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おまけ ソコロと王太子の婚約解消 ろく

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「スチュアート様は今どこにいるの?」

 ホラーハウスドゥリー伯爵邸に駆け込んだソコロの第一声がこれだった。

 ドゥリー若夫妻は、はぁはぁと息も荒く焦せる様子のソコロに、目を丸くしながら顔を見合わせ、ふふ、ははっと笑った。

 長旅から帰国したばかりのソコロに有無を言わす間も与えずに、アンバーは侍女に指示してソコロを風呂へ直行させた。身支度を整える頃には、ソコロもだいぶ落ちつきをとり戻し、いくらなんでもいきなりあの態度はなかったと、こっそりソコロは反省する。

「ごめんなさい。焦せり過ぎていたわね。わたくし」

 ティーカップを手にソコロは申し訳なさそうに、目前のドゥリー若夫婦に肩をすくめてみせる。

 ドゥリー伯爵邸の、人も遭難する猛吹雪が荒れ狂うらしいと、巷で有名な伝説の応接室でソコロとドゥリー若夫婦は、しばし同じときを過ごしていた。
 ちなみに、すでに百人以上の遭難者がでているそうだ……と観光客を中心に応接室の評判が上がっているのを、ドゥリー若夫妻は知らない。噂ってこわい。

「落ちついたみたいだな。ところでスチュアートだったな。今は王都にはいないぞ」
「ではどちらに?わたくし、スチュアート様にお話がありますの」
「領地にいらっしゃるわ。一ヶ月は王都に戻らないと、前回お会いしたときに言ってました」
「一ヶ月も?……すぐにでもそこに行くわ」

 ソコロはがたっと音を立て乱暴に立ち上がると、ガンガンと机に足をぶつけるわ、ソファーに体をぶつけるわで、あの淑女然としていたソコロはどこに行ってしまったのかと、アンバーは淑女ソコロを探したくなった。だけど今のソコロは可愛いとアンバーは思う。

「まあ待てソコロ。領地にスチュアートがいる……とは言っても、領地を回っているから正確な居場所は分からない。慌てるな、手紙を書くから待ってろ」
「すれ違ってしまったら、それこそ会うまでに時間がかかりますよ」

 ドゥリー若夫妻の説得は最もなもので、ソコロも頷く以外になかった。

 ソコロは大人しくアンバーが用意した客間で、体を休めているとアンバーがやって来た。

 しばし二人は抱き合うと微笑み合い、ソコロの留学中の話に花を咲かせる……そしてアンバーは思うのだ。

 勿体ない……と。聞けば聞くほど第三皇子はいい男ではないか。アンバーは会ったこと見たことのない、第三皇子の容姿の優劣までは分からないが、少なくともソコロを幸せにする――という相手の並々ならぬ決意は伝わってくる。しかも帝国の皇妃だよ。もうこの大陸一の権力者といっても、過言ではないではないか。
 かたやスチュアートは貧乏伯爵だよ……。恋愛は地位や金銭ではないのは重々承知してるけど、してるけど……それにしても勿体ない。

 それにスチュアートは浮気者である。とアンバーの胸の内ではすっかり、浮気者認定がされているスチュアートであった。余談だが、あの馬車での衝撃的なスチュアートの浮気してました発言は、ソコロには内緒にしている。アンバー、揉めごとは好まない平和主義者。それに比べたら第三皇子はその辺も誠実そうだ。

 だけど、ソコロがスチュアートを好きだというなら仕方がない。全面的にアンバーは応援するしかないのだ。
 そして、留学前は笑ってはいても、その笑いの端に憂いを残していたソコロの笑いが今は眩しいほど輝いている。

 つまりはそういうことなのだ。

 アンバーはソコロが幸せだったらなんだっていいし、この際小さなことなど目を瞑ってしまう。ただただソコロの幸せを願うアンバーだった。

 はやる気持ちを抑え、日々をホラーハウスドゥリー伯爵邸で過ごしたソコロに、デイブがにやにや笑い、一通の手紙を右手でひらひらさせながら表れる。

 ひったくるようにデイブから手紙を奪うと、ソコロは震える手で開封し手紙を読む。

 そして

「デイブ、馬貸して」

 とソコロはデイブに言うと、馬に乗りやすい軽装に着替え、とっくにまとめてあった少量の荷物を手に馬小屋に行き、一番いい馬――オルフィに飛び乗るとホラーハウスドゥリー伯爵邸を飛びでて行った。

 デイブはソコロめ!私が一番気に入ってる馬を選びやがって!と、涙目になりながらソコロを見送り、アンバーは気をつけてご武運を!と願いながらソコロを見送った。

「さてデイブ、モルガン公爵に連絡しないと」

 帝国にいるソコロからデイブ宛に届いた手紙には、国へ帰るが公爵邸には帰りたくないから、しばらく泊めて欲しいと書かれていた。

 その手紙を読んだデイブもアンバーも、ソコロがなにをするのか、即座に予想がつく。

 そこでソコロの父、公爵にはソコロの帰国をしばらくは内緒にする判断をした。いまさら公爵がソコロとスチュアートの仲を許すわけがないし、ソコロから帝国の第三皇子の求婚を断ったと聞いたときには、その判断は正解だったと、デイブもアンバーも胸を撫で下ろす。

 もしソコロ帰国を公爵に知られていたら、今頃ソコロは公爵に軟禁か監禁され、一歩も動けない状態だったろう。

「そうだな。ソコロがこの国に戻っている連絡をそろそろしないとな。侍女達は?」
「部屋の一室で寛いでますよ。側から見たら軟禁か監禁に見えそうですが、快適なはずです」

 ソコロの侍女には事情を説明し、合意の上でそうして貰っている。万が一にも公爵に露呈したときの処置だ。『監禁されてて知りませんでした』がまかり通るように。
 
 アンバーは胡散くさい顔でにやりと笑う。そのアンバーの胡散くさい顔と、にやりに悶絶するデイブ。

「あー、アンバーどうしてそんな、魅力的な胡散くさい顔ができるんだ!お願いだから他の人には見せては駄目だよ……だめだ我慢できない。モルガン公爵の件はあとだ!さぁ寝室へ行こう!」

 アンバー、しまった!と糸目になったときには遅く、ずるずると悶絶するデイブに、寝室へと強制連行されて行くのだった。


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