上 下
25 / 38

おまけ ソコロと王太子の婚約解消 に

しおりを挟む
 学園でソコロは意外な人物に会った。学園を卒業したその人に声をかけて、薔薇園のガゼボでお茶をする約束をする。

 『ソコロ様のサロンに招かれるなんて光栄だな』

 とその人は軽口をたたき、用事が終わったらいくよと言って颯爽と去っていった。

 ダージリン、アップルティー、セイロン、アッサム

 紅茶の種類はどれにしようか。ソコロは微笑みながら紅茶の入った陶器の入れ物を眺める。

 そして今日の気分はこれねと決め、それを侍女に手渡した。

 遠くの方で女学生らしき華やかな声が聞こえてくる。楽しそうな声にソコロも声のする方を眺めてふふふっと声を上げて少しだけ笑う。

 庭園で王太子に頬を叩かれたソコロは、その後のことは、断片的にしか覚えてなかった。多分、デイブに助けられて安心したのと、殴られた衝撃のせいだろうとソコロは考察している。

 公爵家でソコロが王太子との学園で起きた出来事の顛末を話すと、父は激昂し、母は静かに怒り、兄は激怒していた。
 
 ソコロ一人が首を縦に振らない為に、暗礁に乗り上げてた王太子とソコロの婚約解消。
 家族はとうに王太子とジョイの関係を知っていたし、その上で調査もしていた。だからソコロの知らない王太子とジョイの不適切な関係も、またジョイと側近達との不適切な関係も把握していた。

 この日、初めてソコロは首を縦に振った。

 その後の公爵家の動きは迅速だった。

 国王へ王太子のソコロへの暴行から始まり、ジョイとの浮気の証拠の提出。ソコロをいかに疎かにしていたかの陳述から婚約の解消まで、淀みなく流れるようにモルガン公爵はしてみせた。

 国王はぐうの音も出ず認めるしかなかった。


 ここに王太子とソコロの婚約解消が成立した。


 呆気ないものなのねがソコロの感想。婚約してから十三年、如何にも重みを感じてたけど、実はこんなに軽いものだったなんてね。ソコロから自嘲気味の笑いが漏れる。

 王太子はソコロへの暴力行為により、謹慎処分になったとソコロは聞いた。きっとソコロとの婚約が解消になったのは王太子の耳にも入っているはず。どう考えているのか、どう思ってくれるのか。ちょっとでいいから後悔して欲しいな。それがソコロの本音。

 ソコロと婚約が解消され、近いうちに王太子の廃太子が発表されるだろう。
 王命のしかも王家とモルガン公爵家の、遺恨を改善する目的でなされた大切な縁組を、王太子の一方的な有責で破談になったのだから、もしかしたら王子でもいられなくなるかもしれない。だがもうソコロの知ったことではない。

 ジョイに溺れ自分の立場も省みず、楽しんだツケが今まわってきたのよ。ツケは返さないといけないわ。でも高いツケになりそうだわね。思っていることは過激だったが、ソコロの顔は深く沈んだ色が濃く、決してそれを喜んでいる顔ではなかった。

 ふわりとリバーレースが開き、待ち人のデイブがガゼボへ入ってきた。

「待たせたみたいだな。すまない」
「大丈夫よ、座ってデイブ。貴方と二人で話をするのも久しぶりね」

 二人といっても侍女は控えている。

「子供の頃、学園に入学する前までだな」

 王太子の婚約者だったソコロは、誤解を受けない行動を心がけていた。デイブとは王太子と一緒にころころ育った幼馴染でも異性なので、二人になるのはなるたけ避けてきたが、もうソコロは王太子の婚約者ではないから、その気遣いも不必要だ。

「そうだったかしら?ところで今日はどんな用事で学園に」
「講師を引き受けたんだ。週に一~ニ度だがね」
「講師を?……あらあまり人好きではないデイブにしては、意外なことをなさるのね」
「学園にはアンバーがまだ通っているからな。目を離すわけにはいかないだろ。……目付け役だとでも思ってくれ」

 目付け役って……とソコロは笑いそうになり、危うくティーポットからティーカップへ注いでいた紅茶をこぼしそうになる。

 デイブは情が深い。だけどそれはほんの一部の人間に限られている。そしてそれ以外の人間にはとても冷たい。幸わいにもソコロはデイブの一部に入っている。そしてそれは王太子も……

「うふふ、アンバーは愛されてますのね。少し羨ましいわ」
「婚約はしたが、まだ婚姻はしていない。目を離すわけにはいかないだろう――ソコロが淹れてくれたお茶は久しぶりだが、やはりうまいな」
「お世辞言っても何もでないわよ。ふふふ」

 デイブの少し口元を上げていた顔が真剣な顔に変わった。そして腕を伸ばすとソコロの殴られた頬に触れる。

「あっ……つい子供の頃の癖で。すまない。」
「ふふふ、大丈夫よ。あれからどれくらい経ったと思ってるの?もう腫れも引いたし、あのときだってそんなに、強く叩かれたわけじゃないのよ」
「怪我のない様子に安心した。――あいつは王族を離れて臣籍降下が決まったようだ。国王からそう言われたときは、流石に呆然として項垂れていたそうだ」
「……そう。でもしょうがないわよね。国庫にまで手をつけていたら、流石に国王も庇いきれないでしょう」
「ソコロには悪いことをしたと言ってるぞ」
「今更……でしょう。後悔なされても、どうにもなりませんわ」
「そうだな。――だがあいつが、私が知っているあいつは……あんな奴じゃなかった」
「魅了のせいと仰りたいの?そうですわね、きっと影響はあったのでしょう。ですが、あそこまでされたわたくしには、魅了の影響など関係ないのです。それに……」
「それに?」

 ソコロの頭に、瞳が熱を帯び愛しそうに目を細めて、ジョイを見る王太子が浮かぶ。

「殿下は間違いなく、ジョイ嬢を愛してましたわ。わたくしではなく」
「…………そうか」

 二人に沈黙が降りる。遠くから数人の男子生徒が笑っている、笑い声が聞こえる。

「デイブは知っているでしょ?わたくしが殿下の為に生きてきたのは」
「そういう教育を、ソコロはされていたからだろ?」
「教育?ああそうね、王室の教育はそういうものですものね。――ですが、今わたくし空っぽですの。これからは何の為に生きたらいいか分からないのです」

 そっとソコロは俯いた。

「簡単なことだよ。ソコロの為に生きたらいいじゃないか」
「わたくしの為に?」

 ソコロは意外な言葉を聴いたかのように、俯いていた顔を上げてデイブを見た。デイブは優しい瞳で穏やかに笑っていた。

「そうだよソコロ。君は君の為に生きればいい。どうせ婚約解消したんだ、暫くはいい縁などないだろ」

 茶目っ気たっぷりにデイブが笑う。ソコロも釣られて笑う。

「そうね。デイブの言う通りね、わたくしはわたくしの為に生きればいいのよね」

 ソコロの中でふっと何かが軽くなった。『わたくしの為に生きる』を頭の中で意味は理解していても、実際にどうすればいいのかなど、一つも今のソコロには分からない。だけど時間はあるのだ。ゆっくり考えていけばいい。そうソコロは思った。

「ありがとう、デイブ。わたくし何かに気付けたようですわ」
「お礼ならアンバーに悪い虫が付かないように、見張ってくれるだけでいいから」

 真剣な顔でソコロに言うデイブが可笑しくて、ソコロは声を上げて笑ってしまう。

 ――そうね、今度はデイブみたいに愛してくれる人に出会いたいわ。……留学とかしてみてもいいかもね。うん。わたしらしく生きられそうな気がする

 ソコロは抑圧されていたものから、解放されたように、美しく笑うのだった。

 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

嘘つきな私が貴方に贈らなかった言葉

海林檎
恋愛
※1月4日12時完結 全てが嘘でした。 貴方に嫌われる為に悪役をうって出ました。 婚約破棄できるように。 人ってやろうと思えば残酷になれるのですね。 貴方と仲のいいあの子にわざと肩をぶつけたり、教科書を隠したり、面と向かって文句を言ったり。 貴方とあの子の仲を取り持ったり···· 私に出来る事は貴方に新しい伴侶を作る事だけでした。

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。

しげむろ ゆうき
恋愛
 男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない  そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった 全五話 ※ホラー無し

【完結】妹が旦那様とキスしていたのを見たのが十日前

地鶏
恋愛
私、アリシア・ブルームは順風満帆な人生を送っていた。 あの日、私の婚約者であるライア様と私の妹が濃厚なキスを交わすあの場面をみるまでは……。 私の気持ちを裏切り、弄んだ二人を、私は許さない。 アリシア・ブルームの復讐が始まる。

入り婿予定の婚約者はハーレムを作りたいらしい

音爽(ネソウ)
恋愛
「お前の家は公爵だ、金なんて腐るほどあるだろ使ってやるよ。将来は家を継いでやるんだ文句は言わせない!」 「何を言ってるの……呆れたわ」 夢を見るのは勝手だがそんなこと許されるわけがないと席をたった。 背を向けて去る私に向かって「絶対叶えてやる!愛人100人作ってやるからな!」そう宣った。 愚かなルーファの行為はエスカレートしていき、ある事件を起こす。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

聖人な婚約者は、困っている女性達を側室にするようです。人助けは結構ですが、私は嫌なので婚約破棄してください

香木あかり
恋愛
私の婚約者であるフィリップ・シルゲンは、聖人と称されるほど優しく親切で慈悲深いお方です。 ある日、フィリップは五人の女性を引き連れてこう言いました。 「彼女達は、様々な理由で自分の家で暮らせなくなった娘達でね。落ち着くまで僕の家で居候しているんだ」 「でも、もうすぐ僕は君と結婚するだろう?だから、彼女達を正式に側室として迎え入れようと思うんだ。君にも伝えておこうと思ってね」 いくら聖人のように優しいからって、困っている女性を側室に置きまくるのは……どう考えてもおかしいでしょう? え?おかしいって思っているのは、私だけなのですか? 周囲の人が彼の行動を絶賛しても、私には受け入れられません。 何としても逃げ出さなくては。 入籍まであと一ヶ月。それまでに婚約破棄してみせましょう! ※ゆる設定、コメディ色強めです ※複数サイトで掲載中

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

処理中です...