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第9話 –「12時45分」
しおりを挟む廊下を駆け抜けながら、私は時計を何度も確認した。
──12時40分。
時間が迫っていた。
「急ごう。」
彼が私の手を引き、階段を駆け下りる。
建物の中はひどく静かだった。
廊下に反響する足音だけが、やけに耳に残る。
──あと5分。
「待って。」
私は立ち止まった。
「どうした?」
息を切らしながら、彼が振り返る。
「ここから……出たら、何か変わるの?」
自分でもなぜそんなことを言ったのか、わからなかった。
だが、足が動かなかった。
まるで何かが、この場所に私を縛りつけているようだった。
「早く!」
彼が手を強く引いた。
──その瞬間。
階段の奥から、何かが崩れるような音が響いた。
「今の、何?」
私は息を飲んだ。
彼も立ち止まり、懐中電灯の光を奥に向ける。
だが、何も見えない。
「行くぞ。」
彼は私を引き寄せた。
私は頷くしかなかった。
***
時計の針が12時45分を指したとき、私たちはようやく外へと飛び出した。
──その瞬間だった。
背後から鈍い音が響く。
振り返ると、建物の窓が暗闇の中で光を放っていた。
「何……?」
言葉が出ない。
彼は懐中電灯を構えたまま、一歩後ずさった。
「ここに戻っちゃダメだ。」
私の手を強く握りしめる。
「どうして?」
彼は答えなかった。
ただ、その表情は恐怖に満ちていた。
私はもう一度振り返った。
──光る窓の中に、誰かが立っていた。
長い髪を揺らし、こちらをじっと見つめているようだった。
「……あの子?」
声が震える。
彼は私を振り返った。
「思い出したのか?」
私は目を閉じた。
──あの子。
おさげの似合う、あの子。
名前は思い出せない。
けれど、確かに記憶の中にいた。
そして、その子は笑っていた。
「待ってるよ。」
──ノートの文字が頭をよぎる。
「覚えていて。」
「待っています。」
「ここにいないで。」
私は思わず耳を塞いだ。
「大丈夫だよ。」
彼の声が、遠くから聞こえた。
「俺が守るから。」
私はようやく顔を上げた。
光る窓は、もう何も映していなかった。
けれど、胸の奥には確かな気配が残っていた。
──まだ、終わっていない。
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