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第5話 –「囁く声」

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夜が明けても、胸のざわつきは収まらなかった。

隣のあの人──彼が言った「気をつけたほうがいいよ」という言葉が、頭の中で何度も反響する。

──なぜ、そんなことを?

机の上に置かれたノートを開く勇気は、まだ出なかった。

私はコートを羽織り、外に出ることにした。冷たい朝の空気を吸えば、少しは落ち着けるかもしれない。

家を出てすぐ、隣の家の前を通る。

彼の姿はなかった。

──もしかして、私が見た影は彼ではない?

そう考えると、足が少し震えた。

そのときだった。

「おはよう。」

背後から声がした。

振り返ると、彼が庭の隅で古い木の枝を拾い上げていた。

「昨夜のこと、まだ気にしてる?」

私はぎこちなく頷く。

「そうだろうと思ったよ。」

彼はポケットから何かを取り出して私に差し出した。

──便箋?

それは、昨日見たものとよく似ていた。

「これ、見覚えある?」

私は恐る恐る受け取る。

封を切ると、中には青インクで一言だけ書かれていた。

──「会いに来て」。

血の気が引くのを感じた。

「どこで……?」

彼は私をじっと見つめたあと、ゆっくりと答えた。

「図書室。昔、君がよくいた場所だよ。」

頭が真っ白になった。

なぜ彼が、そんなことを知っている?

「どうして、私のことを……」

言葉を続けられない。

彼は微かに笑い、静かに言った。

「君は忘れてるかもしれないけど、俺は覚えてるんだ。」

その瞬間、胸の奥に何かが引っかかった。

──この人は、誰?

記憶の断片がかすかに蘇る。

図書室の窓辺に座る影。

ノートをめくる手。

そして、青インクで何かを書きつける姿。

だが、思い出せない。

名前も、声も、全部が曖昧なままだった。

私は震える手で便箋を握りしめた。

「……図書室に行く。」

彼はゆっくりと頷いた。

「一緒に行こう。」

その瞬間、私は何かを思い出しかけた気がした。

だが、それが何なのかは、まだわからない。


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