30cmの人造人形

アサキ

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政変

人形化

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 どうにか彼女の声が聞こえないかと模索してみるが……変わらない。僕の問い掛けに応えてくれる気配はなかった。
──どうして。
 僕が取り乱す様子を見て、カンナも不安気な表情へ変わる。
 はは、と電子音。
「やはり予測能力が乏しいようだね。人形を携えた辺りまでは感心するが──」 
 右耳を押し当てながら、連中を睨み付ける。表情筋の動きなんてもはやないはずなのに、笑っているように感じた。
「君達人形使いは全員管理下だと、誰か教えてくれなかったのかね」
「……ナンバリング!」
 カンナがはっとして口走る。彼女の声で甦る景色。いつかあの家で、四人でやった作戦会議。
『周波数を変えている』
 兄の声。
「誤作動を防ぐためじゃ……」
「それだけだと本当に思っていたのかね。本当に君達は幼く無知で──愚かだ。そこが庇護欲を誘う」
 得意気に説明し始める電子音──特定の波数はジャミングしており、水槽内で登録してある人形は使用できない。そして教育の結果、無申請の人形の生産は有り得ない。
 色々なことを得意気にほざいていた気がするが……正直何も耳に入ってこなかった。
 つまり──手元にある人形は使えない。その事実が頭を占める。
──倒す方法がない?
 直接、人がそのまま行くのはダメだ。液体そのものが有害だし、深すぎて深部へ到達する前に、きっと息絶えてしまう。
 この大きな水槽を割ろうにも、恐らく僕達、人の力だけじゃ無理だ。それに割ったところで水流がどう影響してくるか分からない。この下の階にはミキとランさんがいるのだから、絶対巻き込みたくない。だからと言って、二人を待っていたら政府の応援がきて僕達は捕まるだろう。そうしたらそこで終わりだ。
──今、この場で、僕達二人だけで、どうにかするしかないのに。
 頭の中で必死に考えを巡らせる僕の傍らで……悲しい響きが聞こえてきた。
 隣でカンナは喚く。
「教育って何! カズエさんの足を切ったことが!?」
「結果的に素晴らしい技師となってくれたではないか。彼もあのまま従順であればその能力を買い、我々神に加わることも出来たのに。実に残念だ」
「ふざけるな! センチもお姉ちゃんも、皆お前達のせいで苦しんで苦しんで苦しんで……! それが神であってなるものか!」
「苦しんで終わるのは、己が弱いからです。火傷で手が使えずとも科学で功績を残す者がいる。足が不自由でも登頂する者もいる。長ける者は試練を乗り越える術を考える──我々は国民を皆愛している。だからこそ強く、より優秀な姿を目指して欲しいのですよ」
 カンナの……泣く声がした。
「違う、違う……! こんなの、こんなの間違ってる! お前達は神じゃない! ただの自尊心の塊だ! 本当に愛していたら、好きな人の苦しむところなんて誰が見たいもんか!」
 無駄と分かっているはずなのに、彼女は硝子を何度も叩く。 
「私はただ……いつものように起きておはようって言って、遊んで……そのままの生活しか望まなかった!それだけなのに!」
 ぼろぼろと涙を流す。敵う術がないと分かって感情が溢れたのか、連中との会話が彼女の許せない箇所に触れたのか……ただ泣きわめく。
 そんなカンナは初めて見たはずなのに──何故だろう。
「カンナ」
 唐突に、幼い彼女の泣き顔を思い出していた。
 もうこれ以上、痛くならないように手を重ねて止めて……涙をぬぐって、崩れた前髪を耳へかけ直して。
「センチ……どうしよう……私じゃやっぱり……ミキさん呼ばないと」
「ミキは僕達を信じて、託してくれたんだよ。兄さんも……皆」
「でも……お姉ちゃんの人形が頼りだったのに、使えないなんて」
「大丈夫だよ。僕達にもまだ出来ることはある」
「……センチ?」
 震える手をそっと握り締める。初めて触れたはずなのに、何だかとても懐かしくて柔らかくて……惜しい気もしたが、すぐに離した。
「泣かないで」
 そして鞄から取り出した小さなものを──彼女の耳へ取り付ける。
「──!? センチ、なに!?」
 何故だか笑えてきた。いや、笑わないといけない気がした。
「ミキと兄さんの秘密兵器」
「秘密? なにそれ、どういう……!」
 両手で彼女の熱を帯びた頬を包み込んで、申し訳ないが話す猶予を与えず続けた。
「10分だよ」
「え……?」
「カンナが僕を最後までサポートして」
「え、何! 何言って!」
 カンナから離れる。
 鞄から、彼女につけたものと対となるものを取り出す。
 自身の、既に装着していたコネクターとは別に──新しい装置を反対側の耳の中へ。もう一つは首の後ろに。
 鋭く、貫くような痛み──。

『坊、お前にこれ渡しといたる』
──あの時だった。それを渡されたのは。
 カンナが先へ乗り、まだ残っていた僕とミキ、カズエ兄さんの三人で交わした最後の会話──。
 少し大きい器械。見た目はまるで、マリオネットの時に使う接続機を彷彿させた。
『何これ?』
『秘密兵器じゃ。わしとカズエの合作処女作にして傑作!』
 こんな時にふざけるなと言いたくなったが……口調とは裏腹に、ミキの表情は固かった。
『余計な謳い文句はいらないが、ばれたら確実に処刑行きの代物だ』
『これが失敗すりゃどうせわしはしまいじゃ。構わへん。カズエは何も関与してへん言う約束守りよ』
 二人がしていた準備とはこのことだったのかと尋ねると、そうだと返ってきた。受け取ったものを手の平の上で転がして観察。
『これは何に使えばいいの?』
『……使うな』
『いや、意味が分からないよ、兄さん』
 つい久方ぶりにつっこんでしまう。
 それでも使い方を聞いた後には──兄の真意を理解した。
 二人は、じっと……僕を見つめてきた。
『お守りみたいなもんやわ。城で見つけた資料から図面を起こして、カズエと造っとった。わし等かて使うことを想定はしておらん。けんど──鬼が出るか、蛇が出るか』
『ミキはお前に託すそうだ』
 こんな時にずるいほど……二人は優しく笑った。
『最後はお前が選びゃいい──全ての始まりは、センチ、お前じゃ。お前がいなきゃ、わしはじっちゃに会えんままだった。あんな姿だったが、会えて感謝しとる。とうに……じっちゃと同じになる覚悟はできとる』
 二人から肩を叩かれ……僕は黙ってそれを鞄の中へとしまい込んだ。ミキは自分に使わせるつもりの様子だったが、そうさせまいと思いながら。

──そんなことが、あったのだ。
 流石あの二人だと、しみじみ思う。感謝する。頭が上がらない。
 やはり最後に出たのは……許しがたく、倒しがたい神だったのだから。元来の方法ではとても届かない。一筋縄ではいかない。だから今までも誰も手が届かなかったのだ。 
──怖くないかと言えば、嘘になる。
 壊した画面を伝って登り、水槽の縁に足をかける。
「センチ! 何処いくの!」
 それでも、彼女にさせる訳にはいかないのだ。
──それは僕が、許さない。
 十分に生きた訳ではないが、十分に生かされた。四肢をもがれ、内臓を奪われ、それでも誰かのお陰でここまでこれた。
 世界を──知れた。
『恐らく限界は10分……保存液からある程度補充出来るかもしれないが、体内の電荷が均等になったら時間切れだ。前処置を飛ばした人形のようなものだからな』
──こんな腐った世界でも、キラキラしていたのだ。
 もう世界の果ては見えない、水平線を見ることは出来ないのだと、そういう身体だと知ってしまった。
──まさにつぎはぎだらけの人造人形は、自分だと。
 だったら、この命でもって精一杯の生きた証を……次へ、繋ぐ。
『自分の意思で動けるのは長くて3分……そこからは誰かが誘導しないと動けないだろう。マリオネットと同じ原理だ』
『笑えんのお』
「……笑えないね」
──痛いだろうか。辛いだろうか。
 体が収縮するとは、どんな感覚だろうか。

「カンナ」
「センチやめて!」
「青い長靴も、似合ってるよ」
「そうじゃな──」
「ずっと……ごめんね」

──どぼんと、冷たい液体の中へ体を沈める。

 カンナの声が遠くで聞こえた。
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