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政変
敗北
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絶対的な差。知識と技術と経験の圧倒的な違い。
──それでも、あるもので精一杯戦えと言ってくれたのは誰だっけ。
「センチ……諦めるな……!」
かすれた声に思考が戻る。
「元気が取り柄ねぇ、カンナちゃん」
はっとして、カンナに駆け寄ろうとするも……突然誰かに腕を掴みあげられる。
「ぐっ……あああぁぁあ……!」
爪が食い込むのは、切り裂いた左腕──肉をえぐられる痛みも伴って叫ばすにはいられない。
「ご無事ですか、ウミナリさん」
あえて指先で裂け目を捻りあげるのは……目の前に立つマリオネットでも、呼ばれた主でもない。
「あら、どうしたの」
誰と、話しているのか。
この痛みを、与えるのは誰か。
その行為からは──憎しみすら感じられる。
「貴女方の戦いが右目から見えて、心配で、急いでこちらに……」
「あらそう。でももう終わったわ。それより他のお仕事は?」
馴染みの会話。政府関係者同士なら当然だろう。だけど、その声には……聞き覚えがあった。
痛みを与えてくる女の顔を、見上げる。侵害への刺激で、視界は閃光弾を受けたかのようにちかちかしていて、正直まともに見えない。
だけど──声の主がまとう黒い軍服が見えた。
カンナが震えた声で、僕より先に口走っていた。
「アンタ……あの時の……!」
『──そんな名前の奴は知らないな』
招集を待つ日々の中……僕はカズエ兄さんにある人のことを尋ねていた。どうしても勧誘を諦めきれない気持ちがあったから。
『でも兄さんやオトナシ……僕の手足のことも知っていたよ。とても無関係の人とは思えなかった』
兄さんは考える素振りで、口元を手で覆う。
『それだけ知っているのは、俺達の知り合いと言うより、どちらかと言うと──』
しばし口ごもる。止めさせまいと、促した。
『僕等が会ったのは……誰?』
『……一人思い当たる奴はいる。だがそいつだとしたら……お前が今、信じるべき相手じゃない。助言したのも気まぐれとしか思えない』
目を細めて、どこかに思いを馳せているようだった。
『それに……もし本当にそうなら、アイなんて名前じゃない』
懐かしそうに、それでいて悲しむように目を伏せる兄。
『誰?』
少し間をあけてから、答えてくれた。
『……海を、教えてくれた……俺の先代の人形師だ。そして──』
「──京愛(キョウマ)、さん?」
兄さんが続けた言葉を思い出しながら、呟いた。腕の痛みは逆に感じなくなっていた。
『お前の……本当の、姉だ』
『本当の?』
──その時、初めてカズエ兄さんと僕は腹違いであることを伝えられた。でも、そう重要なことには思えなかった。
「あら、よく覚えてたわね。会うのは随分久しぶりでしょうに」
その名が正解だと言わんばかりに続けるウミナリ。
やっと戻ってきた視界に、立ち塞がるアイさんの姿を改めて認識する。
──なんでここに。
そして、そこにいるのは同時に……最初に出会った黒い軍服。その人物でもあることに、ようやく気付いた。
「……え?」
頭が──ついていかない。
何と何が等しいのか、分からない。
街で出会って、優しくて……最後は厳しく恐ろしく、それでも手掛かりを残してくれたアイさん。彼女が本当は違う名で、政府関係者の可能性も兄から教えられて覚悟していた。でも城へ招集されても特に反逆者と吊し上げられる動きもなく、やはり違うのだと安心していた。
だけど、その黒い姿──間違いなく顔はあの人なのに、首から下は、最初に襲ってきた軍服。
大切な仲間が、引き受けると言ってくれた──はず。
「コウ……さん、は……?」
躊躇などなく。
「死んだ」
──分かっていた。
分かりきっていた──そういう結末が沢山あるのだと。だって今も、ミキが生きているか分からない。誰が死んだのかさえ分からない。その上に……僕達は立っているのだと。
──でも。
「っ……ああああぁ!!」
掴む腕を掴み返す。傷をえぐられても、なんでも良かった。彼女の体を壁に押しやる。
「よくも……よくも……!」
「ムカつくこと言うから、心臓ぶち抜いてあげた」
「ふ……ざけるな!」
「君達だって同じ事をやってるのに」
「コウさんは違う! 皆は違う!」
「意味が分からない」
咄嗟にカンナが動くのが見えた──そのまま飛び掛かり、キョウマの体を投げ飛ばす。
「センチに触るな!」
けれどキョウマは華麗な受け身をとって、むしろカンナを捕らえて……腹を蹴り、投げ返した。
「相変わらず……仲良いね、二人とも」
その言葉に──やはりアイさんと同じ人物なのだと、認識。絶望が襲ってくる。
「なん、で……なんでだよ……!」
キョウマの体に体当たりして抑え込もうとするが、同じく腹を蹴られて、壁に思い切り投げ飛ばされた。頭を強く打って……目眩がする。
「本質を見なさいって……言ったでしょ」
コツリコツリと、近付いてくる靴のかかとの音。影はしゃがみこんで僕の前に立つ。髪を鷲掴んで、顔を覗きこんできた。記憶の中と違って……とても冷たく、鋭いもの。なのに涙黒子の位置は全く同じ。
「何しにきたの? どうして来たの? どうして私の邪魔をするの?」
ふらふらして……あまり言葉が耳に入ってこない。
「なに……」
髪を掴まれた痛みと、腕を裂いた痛みと、体の痛みと……心の痛み。
──コウさん。
ごめんなさい、ごめんなさいと、何度も何度も繰り返す。彼の仲間に対しても、何度でも何度でも。命尽きるまで謝罪しても足らない。
──アイさん。
オトナシと似た雰囲気で……何故だか惹かれたのに。
「好き、だったのに……信じたかった……のに……」
敵だった。味方になるなんてとんでもない。仲間も殺された。現状こそ全て──僕は彼女の本質を見誤った。姉だろうと関係無い。敵。仇。
少しずつ戻ってきた意識の中で……この最悪の状況下、何がなせるのか考え始めた。
そこへまた近付いてくる足音。カツリ、カツリと高い音をたてて影を下ろし──キョウマを蹴飛ばした。お陰で僕の拘束は解かれる。
「センチに何てことするの! ああ、可哀想に……脳震盪かしら、後で精査するから安心して」
暖かい腕に抱えられる──だけどその手は、僕を想う人のものではない。暖かいのに、とても耐え難い温度。
キョウマは身を起こし、蹴飛ばした張本人を見つめていた。ウミナリは何の悪びれた様子もなく、冷たく言い放つ。
「センチはいいのよ、私が対応するから。それより他の二流品は? 全滅させたの?」
蹴られた頬を撫でながら、彼女は立ち上がって答える。業務命令のように、ただ淡々と。
「いえ……貴女を優先して」
「くだらない答えはやめて。それで他は?」
「……時間の問題かと。こちらが優勢ですので」
何を指しているのか、誰を示しているのか……言わずもがな察する。その表現がどんな事態を指しているのか……考えると辛い。言われただろう生き残っている人達の身を案じずにはいられない。
「何を手間取っているの」
「申し訳ありません」
「まぁいいわ、雑魚はどうとでもなる。センチとオトナシちゃんさえ確保できれば」
ようやく戻った腕の力で──思い切り、ウミナリを払い除ける。
「さわ、るな……!」
「元気そうで良かったわ」
視界の隅で、立ち上がるカンナが見えた。でもまたウミナリの人形に投げ飛ばされていた。辛い。
──何が出来る。
白衣から伸びたウミナリの手が……差し出される。
「さぁ、センチ。悪いようにしないから」
彼女は母親のように優しく微笑んだ。
この手をとれば、僕の命はせめて繋がるのだろう。
だけど──嫌だった。
もう無知な人形に戻りたくなかった。絶対にその手を取りたくなかった。とったらきっと、マリオネットに使われるだけ。
知らないうちに、強く下唇を噛んでいた。血の味がする。抗う術が思い付かなくても、このまま捕まるのは許されない。
「僕には僕だけの、頭がある……!」
沢山の人を巻き込んだ。沢山の人を道連れにした。気付くよりももっと前に、沢山の人が死んでいた。
その内の一人になるのが嫌なのではない……巻き込んだ責任。せめて一矢報いたい。僕だけが助かるのは許されない──。
ふらつく足で立ち上がって、連中から距離をとる。
「お前達の、人形に使われるくらいなら……!」
絶対に、腸が煮えくり返るような連中へ、使われてなどたまるものか。そんな意地と嫌がらせと、謝罪。
ただそれだけで手が動いた──たとえ自害と非難されようとも。
心臓だけではいけない。失血なんて処理がしやすくなるだけ。四肢の損傷は致命的にならない。
「センチ!?」
やるなら……中枢神経系。一番到達しやすいのは頸椎だろうが、脳自体を壊さなければ再利用される可能性がある。
かちゃりと、ポケットに閉まっておいた銃を取り出す。
──この連中に届かなくても、自分になら。
動かせる右手で、教えられた引き金を整える。
「何をするの!」
手が震える。
ともかく脳の損傷を──銃口を頭へ。
「センチ……!」
カンナの叫び声が木霊する。
「アンタが……こんな所で死んでいい訳ないでしょ……! 神をぶっ倒すんじゃなかったの!」
──そうだね、カンナの言う通りだよ。
でも僕には……この人達への対抗策が思い浮かばない。
勝てない──勝てないのだ。
なら、せめて敵の手に落ちることだけはどうしても避けたかった。失敗するにしても責任を負わなければならない。どちらにせよ手詰まりだ。
──いざ死を直面すると涙があがってきて、視界の邪魔をする。
「でも……コイツ等に使われたくない……使われたくないんだ……!」
ごめん、カンナ──乾いた口で呟いた。
「無駄なのに」
一方で……ウミナリの冷ややかな声が響いた。
次の瞬間には右手首の角度が強制的に変えられる。口元には腕をあてがわれる。
「させないわ」
言葉を発せられないが、よく思えば歯を動かせない。恐らく自害防止の一環だろう。
「ああ、ダメよ、ダメ……何度も言わせないで。貴方だけはダメ」
近くにいるとやはり強くなる酸の匂い。しかも触れられているところは肉が焼けるせいか徐々に痛みが強くなる。
あの男のマリオネットに拘束されているのだと理解したのはそれからだった。相変わらず速い動きに絶望しかない。
──死ぬことすら許されない。
あとはただ利用されるだけの身体。
唯一動かせた目でカンナを見る。腹を抱えながら、また立ち上がろうとして、よろめいて、また地べたへと伏せていた。それでも何度でも立ち上がろうとして……見るに耐えない。
もう止めて欲しい……止めていいのだと。首を横に振りたいのに、振れない。
──せめてカンナは。
本当はカンナだけじゃない。ミキも、ランさんも。コウさんだって……理解できず協力させられた人も自発的に手伝ってくれた人も。街で避難しているカズエ兄さんもノゾミも、皆、どうか。
本当は、一緒に──。
「センチだけはダメよ、他はどうでもいいけれど。貴方とオトナシちゃんは、私達の次の完成品になれるもの。何があっても守ってみせるわ!」
──他の人は殺されるのだろうか。
その肉の入った缶詰を食べて、幼い子達は育っていくのだろうか。
──いやだ。
恍惚として僕の前に立つ白衣の姿を睨み付ける。泣いているから、ちゃんと睨めているのかも分からない。
「やっと手に入れたわ、センチ……もう、ずっと一緒よ」
それでも願う──この世界を壊したい。
そう思った時だった。
──それでも、あるもので精一杯戦えと言ってくれたのは誰だっけ。
「センチ……諦めるな……!」
かすれた声に思考が戻る。
「元気が取り柄ねぇ、カンナちゃん」
はっとして、カンナに駆け寄ろうとするも……突然誰かに腕を掴みあげられる。
「ぐっ……あああぁぁあ……!」
爪が食い込むのは、切り裂いた左腕──肉をえぐられる痛みも伴って叫ばすにはいられない。
「ご無事ですか、ウミナリさん」
あえて指先で裂け目を捻りあげるのは……目の前に立つマリオネットでも、呼ばれた主でもない。
「あら、どうしたの」
誰と、話しているのか。
この痛みを、与えるのは誰か。
その行為からは──憎しみすら感じられる。
「貴女方の戦いが右目から見えて、心配で、急いでこちらに……」
「あらそう。でももう終わったわ。それより他のお仕事は?」
馴染みの会話。政府関係者同士なら当然だろう。だけど、その声には……聞き覚えがあった。
痛みを与えてくる女の顔を、見上げる。侵害への刺激で、視界は閃光弾を受けたかのようにちかちかしていて、正直まともに見えない。
だけど──声の主がまとう黒い軍服が見えた。
カンナが震えた声で、僕より先に口走っていた。
「アンタ……あの時の……!」
『──そんな名前の奴は知らないな』
招集を待つ日々の中……僕はカズエ兄さんにある人のことを尋ねていた。どうしても勧誘を諦めきれない気持ちがあったから。
『でも兄さんやオトナシ……僕の手足のことも知っていたよ。とても無関係の人とは思えなかった』
兄さんは考える素振りで、口元を手で覆う。
『それだけ知っているのは、俺達の知り合いと言うより、どちらかと言うと──』
しばし口ごもる。止めさせまいと、促した。
『僕等が会ったのは……誰?』
『……一人思い当たる奴はいる。だがそいつだとしたら……お前が今、信じるべき相手じゃない。助言したのも気まぐれとしか思えない』
目を細めて、どこかに思いを馳せているようだった。
『それに……もし本当にそうなら、アイなんて名前じゃない』
懐かしそうに、それでいて悲しむように目を伏せる兄。
『誰?』
少し間をあけてから、答えてくれた。
『……海を、教えてくれた……俺の先代の人形師だ。そして──』
「──京愛(キョウマ)、さん?」
兄さんが続けた言葉を思い出しながら、呟いた。腕の痛みは逆に感じなくなっていた。
『お前の……本当の、姉だ』
『本当の?』
──その時、初めてカズエ兄さんと僕は腹違いであることを伝えられた。でも、そう重要なことには思えなかった。
「あら、よく覚えてたわね。会うのは随分久しぶりでしょうに」
その名が正解だと言わんばかりに続けるウミナリ。
やっと戻ってきた視界に、立ち塞がるアイさんの姿を改めて認識する。
──なんでここに。
そして、そこにいるのは同時に……最初に出会った黒い軍服。その人物でもあることに、ようやく気付いた。
「……え?」
頭が──ついていかない。
何と何が等しいのか、分からない。
街で出会って、優しくて……最後は厳しく恐ろしく、それでも手掛かりを残してくれたアイさん。彼女が本当は違う名で、政府関係者の可能性も兄から教えられて覚悟していた。でも城へ招集されても特に反逆者と吊し上げられる動きもなく、やはり違うのだと安心していた。
だけど、その黒い姿──間違いなく顔はあの人なのに、首から下は、最初に襲ってきた軍服。
大切な仲間が、引き受けると言ってくれた──はず。
「コウ……さん、は……?」
躊躇などなく。
「死んだ」
──分かっていた。
分かりきっていた──そういう結末が沢山あるのだと。だって今も、ミキが生きているか分からない。誰が死んだのかさえ分からない。その上に……僕達は立っているのだと。
──でも。
「っ……ああああぁ!!」
掴む腕を掴み返す。傷をえぐられても、なんでも良かった。彼女の体を壁に押しやる。
「よくも……よくも……!」
「ムカつくこと言うから、心臓ぶち抜いてあげた」
「ふ……ざけるな!」
「君達だって同じ事をやってるのに」
「コウさんは違う! 皆は違う!」
「意味が分からない」
咄嗟にカンナが動くのが見えた──そのまま飛び掛かり、キョウマの体を投げ飛ばす。
「センチに触るな!」
けれどキョウマは華麗な受け身をとって、むしろカンナを捕らえて……腹を蹴り、投げ返した。
「相変わらず……仲良いね、二人とも」
その言葉に──やはりアイさんと同じ人物なのだと、認識。絶望が襲ってくる。
「なん、で……なんでだよ……!」
キョウマの体に体当たりして抑え込もうとするが、同じく腹を蹴られて、壁に思い切り投げ飛ばされた。頭を強く打って……目眩がする。
「本質を見なさいって……言ったでしょ」
コツリコツリと、近付いてくる靴のかかとの音。影はしゃがみこんで僕の前に立つ。髪を鷲掴んで、顔を覗きこんできた。記憶の中と違って……とても冷たく、鋭いもの。なのに涙黒子の位置は全く同じ。
「何しにきたの? どうして来たの? どうして私の邪魔をするの?」
ふらふらして……あまり言葉が耳に入ってこない。
「なに……」
髪を掴まれた痛みと、腕を裂いた痛みと、体の痛みと……心の痛み。
──コウさん。
ごめんなさい、ごめんなさいと、何度も何度も繰り返す。彼の仲間に対しても、何度でも何度でも。命尽きるまで謝罪しても足らない。
──アイさん。
オトナシと似た雰囲気で……何故だか惹かれたのに。
「好き、だったのに……信じたかった……のに……」
敵だった。味方になるなんてとんでもない。仲間も殺された。現状こそ全て──僕は彼女の本質を見誤った。姉だろうと関係無い。敵。仇。
少しずつ戻ってきた意識の中で……この最悪の状況下、何がなせるのか考え始めた。
そこへまた近付いてくる足音。カツリ、カツリと高い音をたてて影を下ろし──キョウマを蹴飛ばした。お陰で僕の拘束は解かれる。
「センチに何てことするの! ああ、可哀想に……脳震盪かしら、後で精査するから安心して」
暖かい腕に抱えられる──だけどその手は、僕を想う人のものではない。暖かいのに、とても耐え難い温度。
キョウマは身を起こし、蹴飛ばした張本人を見つめていた。ウミナリは何の悪びれた様子もなく、冷たく言い放つ。
「センチはいいのよ、私が対応するから。それより他の二流品は? 全滅させたの?」
蹴られた頬を撫でながら、彼女は立ち上がって答える。業務命令のように、ただ淡々と。
「いえ……貴女を優先して」
「くだらない答えはやめて。それで他は?」
「……時間の問題かと。こちらが優勢ですので」
何を指しているのか、誰を示しているのか……言わずもがな察する。その表現がどんな事態を指しているのか……考えると辛い。言われただろう生き残っている人達の身を案じずにはいられない。
「何を手間取っているの」
「申し訳ありません」
「まぁいいわ、雑魚はどうとでもなる。センチとオトナシちゃんさえ確保できれば」
ようやく戻った腕の力で──思い切り、ウミナリを払い除ける。
「さわ、るな……!」
「元気そうで良かったわ」
視界の隅で、立ち上がるカンナが見えた。でもまたウミナリの人形に投げ飛ばされていた。辛い。
──何が出来る。
白衣から伸びたウミナリの手が……差し出される。
「さぁ、センチ。悪いようにしないから」
彼女は母親のように優しく微笑んだ。
この手をとれば、僕の命はせめて繋がるのだろう。
だけど──嫌だった。
もう無知な人形に戻りたくなかった。絶対にその手を取りたくなかった。とったらきっと、マリオネットに使われるだけ。
知らないうちに、強く下唇を噛んでいた。血の味がする。抗う術が思い付かなくても、このまま捕まるのは許されない。
「僕には僕だけの、頭がある……!」
沢山の人を巻き込んだ。沢山の人を道連れにした。気付くよりももっと前に、沢山の人が死んでいた。
その内の一人になるのが嫌なのではない……巻き込んだ責任。せめて一矢報いたい。僕だけが助かるのは許されない──。
ふらつく足で立ち上がって、連中から距離をとる。
「お前達の、人形に使われるくらいなら……!」
絶対に、腸が煮えくり返るような連中へ、使われてなどたまるものか。そんな意地と嫌がらせと、謝罪。
ただそれだけで手が動いた──たとえ自害と非難されようとも。
心臓だけではいけない。失血なんて処理がしやすくなるだけ。四肢の損傷は致命的にならない。
「センチ!?」
やるなら……中枢神経系。一番到達しやすいのは頸椎だろうが、脳自体を壊さなければ再利用される可能性がある。
かちゃりと、ポケットに閉まっておいた銃を取り出す。
──この連中に届かなくても、自分になら。
動かせる右手で、教えられた引き金を整える。
「何をするの!」
手が震える。
ともかく脳の損傷を──銃口を頭へ。
「センチ……!」
カンナの叫び声が木霊する。
「アンタが……こんな所で死んでいい訳ないでしょ……! 神をぶっ倒すんじゃなかったの!」
──そうだね、カンナの言う通りだよ。
でも僕には……この人達への対抗策が思い浮かばない。
勝てない──勝てないのだ。
なら、せめて敵の手に落ちることだけはどうしても避けたかった。失敗するにしても責任を負わなければならない。どちらにせよ手詰まりだ。
──いざ死を直面すると涙があがってきて、視界の邪魔をする。
「でも……コイツ等に使われたくない……使われたくないんだ……!」
ごめん、カンナ──乾いた口で呟いた。
「無駄なのに」
一方で……ウミナリの冷ややかな声が響いた。
次の瞬間には右手首の角度が強制的に変えられる。口元には腕をあてがわれる。
「させないわ」
言葉を発せられないが、よく思えば歯を動かせない。恐らく自害防止の一環だろう。
「ああ、ダメよ、ダメ……何度も言わせないで。貴方だけはダメ」
近くにいるとやはり強くなる酸の匂い。しかも触れられているところは肉が焼けるせいか徐々に痛みが強くなる。
あの男のマリオネットに拘束されているのだと理解したのはそれからだった。相変わらず速い動きに絶望しかない。
──死ぬことすら許されない。
あとはただ利用されるだけの身体。
唯一動かせた目でカンナを見る。腹を抱えながら、また立ち上がろうとして、よろめいて、また地べたへと伏せていた。それでも何度でも立ち上がろうとして……見るに耐えない。
もう止めて欲しい……止めていいのだと。首を横に振りたいのに、振れない。
──せめてカンナは。
本当はカンナだけじゃない。ミキも、ランさんも。コウさんだって……理解できず協力させられた人も自発的に手伝ってくれた人も。街で避難しているカズエ兄さんもノゾミも、皆、どうか。
本当は、一緒に──。
「センチだけはダメよ、他はどうでもいいけれど。貴方とオトナシちゃんは、私達の次の完成品になれるもの。何があっても守ってみせるわ!」
──他の人は殺されるのだろうか。
その肉の入った缶詰を食べて、幼い子達は育っていくのだろうか。
──いやだ。
恍惚として僕の前に立つ白衣の姿を睨み付ける。泣いているから、ちゃんと睨めているのかも分からない。
「やっと手に入れたわ、センチ……もう、ずっと一緒よ」
それでも願う──この世界を壊したい。
そう思った時だった。
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