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潜入
通達
しおりを挟む数日経つと、体調も良くなった。昔から一度体調を崩すと長い。以前伝えられた免疫系の影響かもしれない。だとしても、日常生活でそれ以外に困ることは特に無かった。
──待てと言われても、何もしないのは落ち着かず。
本を読み漁って現状との相違を指摘したり、街中へ出て信頼できそうな人はいないかと探したり。
──実際、そこはやはり難しいのだが。
幸いなことに、あれからもコウさんは友好的……とまでは言えないが、相変わらずの様子で僕の話を聞いてくれていた。協力してもらえないかとずっと打診していたが──とうとう頷いてくれた。
嬉しかったが、理由を尋ねたら……
「強者に従うのがチームの方針」
と、望んでいるものとは少し違う返答が返ってきた。つまりは協力体制だけど、気持ちが伴うかは別。
「うーん……」
「何が不満だ。事実には変わらない。それに、押し付けられた価値観を全員が許容するとは思うな。お前の考えを理解すら出来ない奴もいる」
やはり彼等には彼等なりの規則が存在する──それを飲み込む。ひとまず感謝を伝えて頭を下げた。
「なんでさ!」
「黙ってろ」
そこへまた怒るのが……毎度のあの彼女だった。
「いつもボスは勝手だ! もういい!」
「おい、ナツ。勝手に動くな」
ぷりぷり怒りながら何処かへ走り去っていく……僕達とそこまで年は離れていないはずなのに、とても幼く感じた。
「ええっと……あの子は?」
「ああ、夏芽(ナツメ)か。騒がしくて悪いな」
「彼女もコウさんと幼馴染なんですか」
「そうだ。聞いたのか」
火葬の日のことを思い出す──数言しか交わさなかったが、悪い人には見えなかった。むしろ出会った中では、珍しいくらい……素直に感じた。
「人形の奴と、俺とナツの三人が昔馴染みだ」
「あの……それだけですか?」
「どういう意味だ」
「ナツメさんって……コウさんの後をついて回ってるって、ミキが」
「まぁ確かに妹みたいなもんだからな。本来ここに置きたくないんだが、言うことを聞かない」
自分の立場には不釣り合いな発言だと分かっているのか、少し小声。同時に、彼の表情は幾分か柔らかくなっていた。
だけど、彼女は明らかに──。
「変な顔してなんだ」
「……なんでもないです」
ささやかでも皆が幸せになればいいな、と……そう思った。
時にはノゾミと遊ぶだけだったり、カンナとまたピアノを弾くだけの日もあったり。カズエ兄さんのミキへの説教を笑いながら聞いたり──久しく忘れていた、穏やかな時間に浸る。
こんな時間も悪くない……何もなくても、有意義な時の流れがあることを知った。オトナシと共に過ごした日々も決して無駄ではなかった。幸せな時間だったのだと……周りにいてくれる人に感謝した。改めての実感。
──もう少し続いてもいいのかもしれない。
ふと、思ってしまった。
勿論そうはいかない──もしかしたら、本来望んではいけなかったかもしれない。
今のこの世界は、誰かの命で成り立っているんだから──。
起きて間もなく、カンナもミキも来ていない。珍しく兄さんもまだ眠っているのか、地下から音がしない。ノゾミとご飯を食べながら、静かな時間──。
そこに……それはやってきた。
扉を四回ノックする音。返事をする。カンナだろう、ミキはノックすらしないから。
しかし待てど入ってこない様子に違和感を覚え、一人で待つようにノゾミに伝えて玄関へと向かう。
開けてみると──そこには、見知らぬ白い姿が立っていた。
「センチ! 大きくなって!」
突然訳も分からず伸ばされた手……逃げるように咄嗟に身を引く。
女性は一瞬悲しそうな表情──申し訳ないとも思ったが、反射的な動きだから勘弁して欲しかった。見ず知らずの相手の懐抱を受け入れるほど、開放的ではない。
そもそも正体が分からない謎の訪問者。彼女の全身を上から下へ、まじたじと眺めた。
顔つきは幼いが白衣を着こなし、まとう空気はまさに威風堂々。大きな眼鏡から覗く瞳は自信に満ち溢れている。あと……胸の膨らみが大きくて目立つ。
けれど何より──軍服をまとう連中を、後ろに引き連れている。明らかに一般人ではない。
唾をゴクリと飲み込んでから……改めて尋ねた。
「ど……どなたですか」
気を取り直したのか咳払いを一つ。
「そうね、突然すまなかった。貴方と会ったのも随分昔だから、覚えていないのも当然ね」
話し方から察するに、古い知り合い──だとしたらいささか冷たい応対だったかもしれない。更に申し訳ない気持ちになった。
「そ、そうなんですね……すみませんでした」
慌てて頭を下げると、いえいえと女性は手を掲げる。気さくな印象。
けれど──異様な格好、軍服に囲まれても怖じ気づかない様子。むしろ引き連れているようにも思えるその姿。頭を下げながら、ちらりと盗み見た。
何者なのかを……自ずと察する。
「もしや、海也(ウミナリ)さんですか」
家の奥からカラカラと車輪の音と共に──カズエ兄さんの畏まった、いつもより大きな声が響いた。すぐさま振り返る。
「驚いた……貴女自身がご足労くださらなくとも、誰か使いの者を寄越せばよろしいのに」
いつもと違う兄の口調に確信する。
この人は──政府所属。求めていた接点。
ウミナリと呼ばれた女性はニヤリと口角をあげた。
「そうはいかないわ。こんな面白い案件、他の人に任せられない性分でね──この区域の人形を全滅させる操縦者が現れるなんて」
楽しそうに話を続ける。
「まあ、随分と無茶苦茶なことをしてくれたけど……区域全ての人形使いを倒すだなんて、前代未聞よ。でもね、それがセンチとカズエくんって聞いてね」
徐々に表情が変わっていく。それは恍惚として──。
「しかも人形中枢がオトナシちゃんだなんて……最っ高じゃない。当然だわ。遺伝子、相性ともに最適合者だもの」
嬉々として言い放つのを聞いて……寒気がした。直感的に悟る。
この人とは──相容れない。
「センチ!」
するとそこで、違う声に呼び掛けられる。見れば一団の後ろには、いつもの彼女が立っていた。
「何この集団──って、ウミナリ、さん……」
「あら、もしかしてカンナちゃんかしら。久し振り、美人さんになって」
こちらも顔馴染みらしい、女性は変わらない調子で。しかし、カンナがあからさまに嫌な顔……二人の反応が一致しない。
彼女の顔を確認するや否や、一瞬にしてまとう空気を重くする。それは以前の僕に対するものより嫌な空気で、どす黒い。言うなれば心底からの嫌悪を感じた。
「どうして……」
「私がここにいてはおかしいかしら」
「おかしいです。今更何しに来たんですか」
「あら」
カンナが僕以外に、ここまで分かりやすく負の感情を露にするのは初めてだった。驚きもあるが、それより危険だと咄嗟に判断する。
「カンナ……!」
この集団は──僕達の手足を奪い、命を元に人形を造らせる政府の一端。今この場で明らかな反抗を見せるのは好ましくない。むしろ何をされるか分からないから回避すべきだ。
「カンナちゃん、止めなさい……神様のお膝元にいる方がわざわざおいでくださった。失礼のないように」
けれど、そこで声をあげたのはカズエ兄さんだった。静かに強く言い放ち……反論を許さない口調。
唇を動かしたが、カンナはぐっと堪えて飲み込み……集団と僕達を抜けて、先に家の奥へと入っていった。
「……失礼しました」
その後ろ姿を兄さんは昔のような冷たい眼差しで見る。かつてと同じ表情を見るのは心が痛んだが、反して女性はくすりと笑った。
「いいえ。流石カズエくんはあの人の子ね、聞き分けのいい子は好きよ」
カンナを追い掛けたい気持ちを抑えて、ひとまずこの場に留まる。
女性を見つめて、問い掛ける。
「あの……神様って」
内容は予見できたが、実際のところはどう話が運ぶのが分からない。今後どう動くのか……僕達に出来ること。きっとこの人は想像もしていない。
僕達の目的は──マリオネット全ての破棄。
「おん?」
するとそこへ、また一つの声が加わってきた。思えばいつの間にか集合時間というものが僕達に中で生まれていたのかもしれない。ただそいつは平常運転で、敬語も使わないままだった。
「けったいな面揃いで、なぁにしてっと。つか、誰じゃそん人は」
説明は後に、兄さんはその場の全員を家の中へと招き入れた。
改めて机を囲む。ウミナリさんを向かいの中央に構え、その後ろには軍服の連中。立って並ぶ辺り、護衛のつもりなのだろうか。
僕達は彼女を前にして横に並んだ。いつもと違う位置で違和感。ただしカンナはノゾミを抱えて、後ろの壁にもたれ掛かっていた。視界にあの人をあまり入れたくないのかもしれない。
「ほんで──あんさんが政府の重鎮だと言うのは分かった」
朝ご飯だろう缶詰を頬張りながら問うミキ。相手が誰であろうと構いなく、このふてぶてしい態度。ここまでくると逆に感心の領域だが、半ば呆れながら見ていた。
「そう」
足を組みかえる仕草は優雅。彼女は笑みを浮かべながら続けた。
「分かっていると思うけど、私はセンチを呼びに来たの」
「ほう。マリオネットの件がやっと伝ったか。何しとんのか知らんが、得体の知れんことで政府も忙しそうやのぉ」
言い回しは含みを持たせ、何処か挑発的で……正直、意外だった。言葉の端には敵意すら感じ取れる。
──政府の情報が欲しいと言っていたことと関係あるのだろうか。
ミキほど頭が回るなら、兄のように政府へ従順な態度を貫くとばかり踏んでいた。なのに目の前のやり取りは、自分を前にした時と変わらない。むしろ僕に言う時は言葉そのままぶつけるのに、これでは腹の探り合い。傍らで聞いていて……少しドキドキした。
「ミキ、言葉に気を付けろ」
「……へいへい」
見かねたカズエ兄さんが一喝すると睨むのを止めて、また缶詰を口へと運んだ。ミキの真意はいまだ掴めなかった。
だけど、恐らく彼女の方が上手なのだろう……口元には笑みすら浮かべている。
「そう噛みつかないで。ミキくん……だったね。君の祖父君は、今も政府に貢献されているよ」
──おじいさん?
ばんっと机が叩かれる音。ミキが目を見開き、身を乗り出していた。空になっていた缶詰が勢いでひっくり返った。
「ほんまか」
「ええ、嘘を言っても仕方ないでしょう。ご立派なことよ、誇りに思いなさい」
ミキはそれきりで……先程まで剥き出しにしていた敵意を潜め、黙りこくってしまった。
──おじいさんの話なんて初めて聞いた。
アイツが長年政府の情報を集めていた理由がそれだとしたら……これまでの印象と異なる気がした。
「さて、本題に移らせてもらいましょうか──センチ」
違うことを考えていた最中で、呼ばれた名前に驚く。肩がびくりと反応してしまった。眼鏡の奥の大きな目がこちらを真っ直ぐに捉えていた。
「一緒に来なさい──光栄なことに貴方は選ばれた。これは神の決定よ」
ごくりと喉がなる。確信。待ち望んでいた政府からの招集通知。
──ここへ至るまでに沢山の人を傷付けた。
絶対に逃してはいけない好機。
それと同時に──決して間違えてはいけない。
負けてはいけない駆け引き、選択。自分の力を過信してはいけない、けれど卑屈になっては至らない……加減を見誤ってはいけない。
──僕に出来ること、望ましい展開。
「……わかりました」
「では、このまま一緒に」
「このまま!?」
「何を驚いているの。当然でしょう、ここにいても無駄。センチの力は発揮されない。本来の評価を受けられる場所へ行くべき」
彼女はまた足を組み直す。
「政府として何も手を差し伸べられなかったのは申し訳なく思っているわ。沢山嫌な思いをしたでしょう」
──嫌な思い。
机の下で拳を握り締める。きっとこの人は何も分かっていない、全て口から出任せ。だけど……言い得て妙。握る手が少し震えた。
「もう誰も貴方に酷いことをしない。むしろ称賛されるべきポジションだわ。だから……ねぇ」
そう言うと前のめりに机に肘をつく。胸の膨らみが重そうに形を変えていた。
隣のカズエ兄さんが僕を一瞥したことに気付いた。多分この動揺を感じ取っている。
仮に──今より恵まれた環境へ行けるのならば。
「……自分だけ?」
うつ向き、ぽつりと呟いた。聞き取れなかったようで、どうしたのか尋ねられたのを何でもないと誤魔化した。
他の面々が黙ってしまったのは──僕の出方を待っているのだろう。
たとえば仮に、ここで頷いて今までの流れに便乗したとしても兄さんは何も言わないのだろう。勿論他は黙っていないだろうが、二度と会うことがなければ関係ない。
──なんて、一瞬も考えない。
緊張を隠すために両手を握り、顔をあげた。
「せっかくですが……今は行けません」
「理由は。明確な理由がなければ拒否とみなされるのよ。私もこれ以上貴方が辛い思いをするところは見たくないわ」
突然後ろでドンっと大きな音がして驚く。僕とミキが咄嗟に振り返るとカンナが凄い形相で床を睨んでいた。腕の中でノゾミがぽかんとしている。多分壁を思い切り後ろ向きの足で蹴飛ばしたのだろう……何も触れず、向き戻った。兄さんは正面を見据えたままだった。
「──人形が、かなり壊れてしまったんです」
「あら」
「最後の相手が手強くて、今修理を頼んでいます。僕はオトナシを完璧な状態で連れていきたい」
嘘──本当はほぼほぼ直っている。けれどまだ足らないパーツがあるとミキは話していた。ただし、ずっと足らないまま。どうして早く戻さないのか不思議だったが、自分で口にして、この時ようやく真意を理解した。
「……そんなに破損したの?」
「内蔵物、全部ぶちまけおったで、コイツ」
沈黙を破って、久しぶりに発言するミキ。兄さんも頷いた。
「なんてことを! 可哀想に、痛かったでしょう」
「まぁ……」
コウさんとの一戦を思い出して苦笑い。神経をやられる時はどんな痛みなのだろう。
「回線さえ切ってしまえば大丈夫よ。だから怖がらないで」
「え? そんなこと出来るんですか」
「あの子達が指示を受けるだけにすればいい話よ。遊びとして、操り手にも感覚を繋げているだけだもの」
──遊び。
本当に、所々で癇に障る。極力こちらの感情が伝わらないように、淡々と話すことを心掛けた。
「あの、だから……直るまで待ってもらえませんか」
「一週間」
ミキが人差し指を立てて示す。
招集まで一週間待てという提案──あからじめ考えていた僕達の筋書き。
「二日間」
だがウミナリさんは譲らない。彼女は指を二本立てた。
「なんでじゃ、前回は実際の招集までそんくらい猶予あったろうに」
「センチは特別なの。今までとは当然扱いが違う」
「いいモン造るに焦ってもロクなことならせん」
「だったらこちらで修理するわ。それ以上は待たない。二日間」
「……ブラックやのぉ」
無駄だと判断したのか、それ以上は食い付かない。頭の後ろで手を組み、ミキはわざとらしく溜め息をついた。多分これは演技だろう、いつもの調子が戻ってきたのが分かった。
ウミナリさんは、僕を前にしてにこりと微笑む。笑っているだけだと、優しそうに見えた……少し胡散臭いが。
「オトナシちゃんを完璧のままでありたいなんて、いい心掛けね、センチ」
「……はい」
そこで、今度は兄さんが口を挟んできた。机の上で組んだ手で口元を隠していたが、顔をあげる。
──僕達が考えているのは、きっと同じこと。
大きな存在を敵に回すのだから、せめて少しでも有利な展開に。どうか物事が上手く運ぶように。
「……ウミナリさん、俺からもお願いがあります」
「あら、カズエくんまでどうしたの」
丁寧な落ち着いた口調は、この中の誰よりも説得力があった。兄というよりも……まさに人形師の顔だった。
「センチの人形は、最高傑作です。俺が造ってきた人形の中でも過去に類を見ない出来です」
「ええ、そうね。私達としても結果を高く評価しているわ」
「この代では、今後これ以上の人形が生まれるとは思えません。最高の状態が維持させることを望みます」
一瞬の間。
「そこで──俺の代わりに、ミキを専属の人形師としてつけることを許可していただけませんか」
──聞いていない。
思わぬ話で驚いて、隣に掛ける二人を見つめた。既に打ち合わせ済みだったのか、名前を出されたミキは顔色一つ変えていない。
彼女は、ほう、と息を吐いた。
「生憎、俺は作業中の怪我が治り切らず役に立ちません。ですが、後任者が見つかれば指導することは出来ましょう」
作業中の怪我ということになっているのかと……少し違うことに頭を巡らせた。
「ミキには修理がてら、完璧にデータを叩き込んであります。性能維持のために是非随伴を許していただきたい」
「おい、わしの権限は」
「そんなもの、マリオネットに貢献できるのだから有り難く思え」
「けっ」
わざとらしいなぁと内心思いながら……でも外面しか知らないなら、二人のやり取りも違和感はないだろう。
ウミナリさんは視線の先をミキへと移した。見定めているのか、顔を凝視。
「一度招集されたら戻れないわよ、貴方はいいの?」
「まぁしゃあないのぉ……けんど、食いっぱぐれんのやろ」
「それは勿論」
「なら、構わせん。後任も目星はつけてある」
兄さんを盗み見る。隣からだと、隠している口元が見えた。きゅっと唇を強く結んでいて……多分緊張している。これ兄さんにとっても一種の賭けなのだろう。
「二人同時に招くなんて聞いたことないけど」
僕達三人は黙って目の前のウミナリさんを見つめた。
「──まぁいいでしょう。カズエくんも人形に対する愛情は相当ね」
「……恐れ入ります」
兄の目が据わる。思うことがあるのだろう……当然の反応。むしろよくここまで体裁を整えられると尊敬していた。
話がまとまったところで、彼女は立ち上がる。
「じゃあ迎えを寄越すわ。ただし二日後──必ず」
「御意に従います」
「やるのはわしじゃ」
「黙れ」
「あら喧嘩しないで。代わりに、引き続きしっかりと管理して頂戴」
ふふ、とウミナリさんは口元に笑みを浮かべた。
「センチ──待っているわ」
兄は玄関先まで見送りに行き──家の中はいつもの光景を取り戻す。
「カンナ、こわい?」
「怖いんじゃないよ……怒ってるだけ。ごめんね」
抱えていたノゾミを下ろし、カンナは強張った表情のままノゾミの頭を撫でた。
「カンナちゃんも相当やのぉ」
「どういう意味ですか」
二人のやり取りを見て、いつもの日常だと……力が抜ける。
いや──日常の終わり。とうの昔に終わっていたが、また終わる。
「皆、よく堪えたな」
戻ってきたカズエ兄さんもいつもの表情に戻り、微笑んでいた。
「兄さん……」
「お前、なんで涙ぐんでるんだ」
緊張で張りつめていた糸が切れたのか、自分でも分からないうちに視界が霞んでいた。兄は笑って、ぽんぽんあやすように僕を軽く叩いた。
「カズエこそなんじゃあら。御意とかウケるわ」
「うるさい」
この面々でいると安心出来る、心強いと……いつの間にか思うようになっていた自分に気がついた。
「大丈夫?」
「カンナこそ」
「私は別に……壁へこんでたらごめん……」
それに対しては苦笑い。
カンナがあの人をここまで酷く嫌っている理由──この時はとても聞けなかった。
ある程度会話を交わして落ち着いたところで……本題に戻る。
「二日後──」
僕が呟くと、兄さんは頷いた。
「充分とは言えないが、無いよりマシだ」
「結果的に、坊が人形の腸(はらわた)ぶちまけたことが功を奏したのぉ」
はは、とミキは大きく笑った。茶化されることにも慣れてきたので、流す。
「でもコイツも一緒って……」
「二人の方が、何かあった時も動きやすいだろう」
「すまんな、カズエ」
「構わない」
態度をころりと変えて、兄さんには真面目な表情で目配せをしていた。
その顔を見て、先の会話を思い出す。
「……おじいさんって」
アイツから一切の表情が消える。恐らく、僕に対しては初めて真顔を見せた。
「聞いたまんまじゃ。わしのじっちゃは城に連れていかれたまま、音沙汰なしやけん」
「城?」
「政府の本拠地。中央には特に高い建物が並んでいるから、通称城」
毎度のごとく、カンナが後ろから教えてくれる。なるほどと頷いた。
「おじいさんもマリオネットで?」
「多分違う。はっきりとした理由は分からん。だから探っとった」
政府の情報を欲している──いつかの話がここへと繋がる。とても……意外だった。コイツが探し求めていたのが祖父だったなんて。
「会えるといいね」
意外過ぎてそれ以上の言葉は出てこなかった。ミキは目を大きく見開いて一度僕を見たが、すぐに視線を兄さんへと移した。
「カズエがくれたチャンスじゃ、大事に使わせてもらう──勿論、坊のおもりが最優先やがな」
「ああ、頼む」
「おもりって……」
「おもりやろう」
小馬鹿にしたように、またニヤリと笑う。溜め息で返した。
さて、と──兄さんが改めて切り出す。
「俺達はこれから人形を仕上げる。センチ、お前は……いいな」
「──うん」
自分の頭で考えろと目で伝えてくれる。任されることは誇らしく、同時に怖くもある。
──それでも考える。あるもので。
心配なことばかり。神に会えるのか、説得できるか……戻ってこられるのか。
──きっと簡単には戻れない。
あえて言わないのだろうが、二人で行かせるのは強行突破も視野にいれてるはず。片方が囮で、片方を外に逃がす……連絡手段がなければ内部事情を伝えられない、協力者がいても動かすことが出来ない。
──無茶もしなければならない。
苦しんで、更に苦しませて……僕は周りの人達に報いることが出来るだろうか。怖くなる。
僕の不安に気付いたのか、またいつものように大丈夫かと聞いてくるカンナ。引きつりながらも笑って頷くと、トンっと兄さんが今度は強く叩いてきた。
「お前達が苦しんでやってきたことに、無駄なんて何一つない──何処かへ繋がるため、全てが必要だったに違いない」
オトナシの犠牲も、カズエ兄さんの苦しみも、自分の無知も……キドの死もランさんの悲しみも。コロンの夢も、コウさんの無情も、ミキの冷酷も。全て歯車のように噛み合ってここまで来たのだとしたら。
「……ありがとう」
この歯車を嵌合させて、進めて……最後には全て壊してやろう。
四人とも頷いた。
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