子宮で眠るアリスさん

アサキ

文字の大きさ
上 下
27 / 27
夢の先

夢の先にあるもの

しおりを挟む


──彼等との繋がりは途切れた。


 たった一度かかってきた電話。

『元気にしてる? 私は親がうるさいけど関係ないの、元気よ』
『双子は?』
『たまに連絡がくるわ。二人も何とかやっているそうよ』
 うさぎさんのことは聞けなかった。
『いつかお茶会をしましょう』

──それでも構わなかった。それが彼等の気持ちなのだと感じていたから。

 たった一度、小さな荷物が届いた。差出人不明のそれは消印の所に北の地名。中には四角い缶と、ジャムをいれるような缶が入っていた。振ると、からからと小さな音がした。

──私はまだ、それを開けられずにいる。

 だけどいつか開けられたら、あるべき場所へ埋葬しに行こうと思う。できたら祖母と一緒に。今はまだ……棚の奥深くにしまってある。



 彼等との繋がりは途絶えた。

──ただ一人を除いては。




 最初の方こそカメラやら記者やらの人だかりもあったが、今となってはそんな影は一つもない。至って普通の病院の姿、平常業務へと戻ったそこへ私は今でも通っていた。
──死体があったって、意識不明の人がいたって何にも不思議じゃないもんね。

 当たり前なのだがふと思う。何人もの人が事故や自殺、病によって生死の境をさ迷い、現実に戻りたくないからと境界線へ留まる……そんな世界があったということを誰が知っていただろうか。

──骨を隠してる先生がいたなんて嫌だなぁ。患者さん可哀想。同じ部屋の先生達も。
 申し訳ないが、この病院には二度とお世話になりたくない。だから今通っているのは私の体のことではない。
 すれ違う警備の人に軽く会釈をし、自動扉を通り抜ける。外との気温差に生温い風が頬を撫でた。

「走っちゃだめよ」
 女性の声が外から聞こえた。同時に向かいからの小さな人陰が私にぶつかった。
「ごめんね、大丈夫?」
  見ると小さな男の子。ぶつかってもへいちゃらな顔でまた走り出す。
──と、何故か戻ってくる。
 踏み出した足を戻す。ぜんまい仕掛けの兵隊のように左右揃えて、私の前へ。大きな目で、知的そうな瞳でこちらを見上げてくる。
 にっこりと、男の子は笑った。
「あげる」
  何かを制服のポケットにつっこみ、走り去っていく。嵐のような一瞬の出来事に目がぱちくり。ポケットの中を手で探りながら、振り返った。
 そこには妹なのだろうか、小さな女の子に話し掛ける男の子の姿があった。傍らには両親と思われる男女の姿。
 カサカサ音をたてる物を取り出す。

──ポケットの中には、小さなチーズの包みが二つ入っていた。




「すみません」
 白い服の集まりの中、近くにいた女の人に声を掛ける。見知った顔だ。挨拶を交わした後、今日もお見舞いかと尋ねられて頷く。
「奥にいるよ」
 彼女の視線の先を、自然と目で追う……と、ピンク色の服を着た女性が近くにいる。体に触れられて嬉しそうに話しているので少しむっとする。
「あら、妬いちゃう? 可愛いな~」
「違います!」

 近付くとこちらに気付き、彼は嬉しそうに言葉を発した。

「アリス! 聞いてよ聞いて!」

 私はアリスではないと何度行っても聞かないので、もう言わない。白衣のお姉さんは小さく笑うと受付の方へ行ってしまった。別にそんな事は望んでいないが……まぁいい。
「なに?」
 車椅子の傍らにしゃがみ、目線の高さを埋めた。
「指がね、少し動いた! ──気がしたんだ」
 手のひらを天井に向けたまま、動かない彼の手を見つめる。さっきまでリハビリで指の運動をしていたのだろう、不自然に指と指の間が広がっていた。
 決して、否定はしない。
「そっか。進歩だね」
「まーね!」

 夢の中で出会った彼のような姿に戻ってほしくないから──たとえ嘘だとしても、私はその言葉を続けるだろう。
 勿論それが本当になることを一番に望みつつ。

「頑張ってるんだね」
「せっかく手足がついてるからね。そっちはどう?」
「まぁまぁかな」
「なんか連絡あった?」
「特に」


 ただ一つ、残された繋がり──それを大切に。


 残されたのか、残されざるを得なかったのか私には分からない。それでも彼の存在は嬉しかった。
 あの時間の……不思議な世界での皆との繋がりを思い出せた。

「アリス」

 そう、あの不思議な夢の中──私は確かにアリスだった。

「あ、ごめん」
「いいよ、イモ虫さん」
「僕はそれ、いやだなぁ。早く蝶になりたいから」
「ごめんごめん。空飛びたいの?」
「歩きたいかな。走れなくてもいいから」

 何も残らない夢。残されたのは私と彼と小さな箱二つ。うさぎも帽子屋さんも双子も……皆がいなくなった。

 きっと段々、大人になるにつれてあの夢のことは忘れてしまうのだろう。
 忘れたくなくても、きっと忘れてしまうのだろうんだ。

「歩けるよ」
「だと良いな」
「あ。そう言えば私ね、進路決めたの」
 だけど、これだけは忘れたくない。

──誰かのおかげで今が続くことを。

 いつか二つの小さな箱を抱き締めたい。
 うさぎに謝りたい、双子に会いたい、帽子屋のお姉さんとお茶を飲みたい。

 戦っているつもりだったのに、守られていた。感謝を忘れたくない。
 皆が守ってくれた私でありたい。そして今度は、誰かを守る存在になりたい。

「なに?」

 致命傷はもう頭と胸だけではないだろう──大切なものに気付いてしまったから。

 ナイショと私は笑ってみせた。ふてくされた彼と悪ふざけを言いながら、窓の外に視線を送る。

 あの世界とは違い、外には綺麗な夕焼けが広がっていた。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

『遺産相続人』〜『猫たちの時間』7〜

segakiyui
キャラ文芸
俺は滝志郎。人に言わせれば『厄介事吸引器』。たまたま助けた爺さんは大富豪、遺産相続人として滝を指名する。出かけた滝を待っていたのは幽霊、音量、魑魅魍魎。舞うのは命、散るのはくれない、引き裂かれて行く人の絆。ったく人間てのは化け物よりタチが悪い。愛が絡めばなおのこと。おい、周一郎、早いとこ逃げ出そうぜ! 山村を舞台に展開する『猫たちの時間』シリーズ7。

冷蔵庫の印南さん

奈古七映
キャラ文芸
地元の電気屋さんが発明した新型冷蔵庫にはAIが搭載されていて、カスタマイズ機能がすごい。母が面白がって「印南さん」と命名したせいで……しゃべる冷蔵庫と田舎育ちヒロインのハートフルでちょっぴり泣けるコメディ短編。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

花よめ物語

小柴
キャラ文芸
名高い騎士とおくびょうな少女の恋物語。アーサー王伝説を下地にしました。少女のもとに、ある騎士の一通の求婚状が届いたことから物語がはじまります──。 ✳︎毎週土曜日更新・5話完結✳︎

小説家の日常

くじら
キャラ文芸
くじらと皐月涼夜の中の人が 小説を書くことにしました。 自分達の周囲で起こったこと、 Twitter、pixiv、テレビのニュース、 小説、絵本、純文学にアニメや漫画など…… オタクとヲタクのため、 今、生きている人みんなに読んでほしい漫画の 元ネタを小説にすることにしました。 お時間のあるときは、 是非!!!! 読んでいただきたいです。 一応……登場人物さえ分かれば どの話から読んでも理解できるようにしています。 (*´・ω・)(・ω・`*) 『アルファポリス』や『小説家になろう』などで 作品を投稿している方と繋がりたいです。 Twitterなどでおっしゃっていただければ、 この小説や漫画で宣伝したいと思います(。・ω・)ノ 何卒、よろしくお願いします。

狐の嫁入りのため婚約者のところに行ったら、クラスの女子同級生だったんだけど!?

ポーチュラカ
キャラ文芸
平安時代のある山奥。一匹の狐が人間と愛し合い、子孫を残した。だがその頃は、狐は人を騙す疫病神と言われていたため、ある古い儀式が行われ続けていました…

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

処理中です...