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目覚め
目覚め
しおりを挟む──動かない。
違う、体がない。
だけど、みえる。
──これは誰の記憶?
確かに見える訳じゃない、だけど分かる。聞こえるのだ。
男と女の言い争う声。男はがなり、女は恐ろしくて悲しんでいるのが分かる。
──この声って……。
どすんと鈍い感覚。そこから急速に寒くなる景色。
そこへ二つのぬいぐるみが世界に入ってきた。とても見覚えのあるくまのぬいぐるみ達が。
──どうしてここに。私が持って……。
は、と。思い出す。
彼等は私のものだった。だけど二つとも取り上げられた。
小さなトミーは、父に奪い取られ。
大きなテディは父がくれたが、気付いた母が取り上げた。
大きな二人の声に、私は部屋の奥へと逃げ隠れる。
──だから、あの子達は彼女のものになったのか。
全ては悲しい、悲しい記憶。思い出せなかったのは、忘れたかったからなのだろうか。
悲しい気持ち。だけど今度は、はっきりと音がわかる。
懐かしい声がする。大好きだった声。
「そう……名前をもらったの」
「うん!」
ずっと聞きたかった声がする……気がした。
「ごめんなさい。私は貴方を守れなかった。貴方に気付けなかった」
「ううん、いいの。あたし、お姉ちゃんがうらやましかった。あたしだってママに遊んで欲しかった。抱っこして欲しかった。好きになって欲しかった」
「勿論大好きよ。貴方を守ることすら出来なかった、こんな不甲斐ないお母さんを……ミノリは許してくれるの?」
「いいの! 大好き!」
瞼がある。
目を開けるとそこはとても眩しい場所で、よく見えなくて──かろうじて、小さな女の子が消えていく瞬間が見えた。
女の人のお腹に向かって、消えていった……。
「──お母さん?」
猫の姿も、女王の姿もどこにもなかった。何もなかった。
ただ真っ白な空間に、ただ漠然と、誰かがいるという気がする。
「私の可愛い可愛いおちびちゃん」
ああ、猫と同じ呼び方をするなと。声のトーンが落ち着くのも同じだなと。
でも……女の人の声だな、と。
「お母さん!」
「こんなに大きくなって、もうおちびちゃんじゃないわね」
「お母さん! お母さん!」
「貴方にもごめんなさい。私の夢に巻き込んでしまって。沢山沢山辛い想いをさせてしまって」
「そんなこといいの! 私はお母さんに……!」
「共にいられる可能性が消えた今、やっと貴方の幸せを願うだけのお母さんに戻れたの。ごめんなさい……一緒にいたくて、負けてしまって。留めようとする私が貴方を苦しめて」
そんなこといいと、いいと……ないかもしれない首を何度も横に振る。
「ありがとう……やっぱり、優しい子ね。自慢の娘だわ」
「お母さん!」
「どうか幸せに──お母さんのことはもう気にしないで」
そんなこと出来ないと言うはずの声は、しゃがれて出ない。
世界は眩しく、白の一色に変わる。そこにいるはずの女の人の姿も世界に溶けていく。
私は……ないはずの手をのばす。
──やっと逢えたのに。
「教えて! お母さんはどこにいるの!」
彼女が首を振る。だけど私は諦めない。指先が白くにじんで溶けようとも、それでも私は手を伸ばす。
「絶対に、見つけるから!」
彼女は……母は困ったような、それでいてはにかんだように笑った。
世界が消える中で──温かい体温に抱き締められる感覚があった。
それも溶けて消える。
「お母さんはね────」
──白い、天井。
「……ノゾミちゃん? 望ちゃん!」
ああ。おばあちゃんの声がする。
「望!」
友達の声も。
「良かった、良かった……! ああ、早くお医者様を呼ばないと」
朧気な意識の中……ただ帰ってきたことだけは理解した。
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