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ねずみ
ねずみ退治は猫の仕事。けれど堕落アリスは再び外へ
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「今日は何もなかったかい」
「うん、何も」
「誰も来なかったかい」
「うん、誰も」
──女王との一戦が終わると、待っていたのは安住の日々。
好戦的な城の主がいなくなったことで住民を片っ端から消そうとする者はいなくなり、命が狙われることもなくなった。そうしてここは平和な世界と化した。
そこでいつまでも外で過ごすのは大変だろうからと、猫が家を用意してくれた。
私はそこで一日という概念を過ごすだけ──。
与えられた家。猫が持ってきてくれるご飯はおいしい。とてもおいしい。何か薬が入っているのではないかと思う程に。食べる度にこのままここへいたいと思ってしまうほどに。
与えられた家の外に出ることもなく、家で本を読んだり絵を描いたりしてただ猫の帰りを待つだけ。
──自堕落な生活。
帰りたくても、帰り方が分からない。戦おうにも戦う相手が出てこない。
ただこうやって、心地の良い時間を過ごすだけ。
そうして、繰り返す日常のように猫が出て行った後──扉を叩くノックの音が部屋に響いた。
「こんにちは、アリスのお姉さん」
「……誰」
「でも世界は暗いからこんばんはなのかな」
扉の前に立つ小さな男の子。包みを取り出し、小さな白い塊を口へと放り投げた。
猫以外の人に会うのは随分久しい気がする。ああ、そう言えば知らない人に扉を開けてはいけない……って鍵はないんじゃなかったっけ。
だからこの小さな訪問者は扉を勝手に開けてそこに立っているのだろう。
「ねずみだよ」
「ねずみ?」
「うん、チーズ大好きだからねずみ。お姉さんにもあげる」
そう言って、幾つかの包みを投げられる。つい反射的に受け取ってしまったが、信用できるのだろうか。
この──突然の招かれざる客は。
「どうしてここに」
自ら来る連中にはろくな思い出がない。また狙われるのではないかと、少し身を引いた。
だがこの小さい少年はどうやら違うようだ。武器は何も持っていないし、もしゃもしゃとチーズを頬張っているだけ。何より殺意が感じられなかった。
チーズを飲み込み、ねずみは答えた。
「お姉さんに真実を伝えに」
少年は幼い顔つきの割に、大人びた口調で言い放つ。
「真実?」
「お姉さんのせいで、もうこの世界はおしまいだよ」
「何で私のせいなのよ。私は迷いこんでむしろ帰れないし、第一ここは夢の世界でしょ」
「そうだね、夢の世界。でもそれもお姉さんが帰らないせいでもうおしまいだ」
久しぶりにここの住人と言葉を交えたが、相変わらず言っていることがちんぷんかんぷん。言葉は通じるのに、意味が通じない。
「私は帰りたいって言ってるでしょ」
「本当に?」
本当に──ねずみと名乗った男の子の言葉が胸に重りを置いたようにのしかかる。素直にそうだと返せない。
本当に帰りたいと望んでいる……はずだった。
だけどいつからか猫といる生活が捨てがたく、このままここにいるのも悪くないかもしれないと思ってしまう自分も生まれた。そしてそちらの方が大きく占めつつあることも事実。
「……帰りたいに、決まってる」
「その言葉が真意だと願っているよ」
そう言うとねずみはもう一つ包みを口に運んだ。
「お姉さんは食べないの? おいしいよ」
「猫がご飯……持ってきてくれるから」
せっかくだが、ご飯の前に他の物を食べてはいけない。ご飯が入らなくなるから。残すと悪いから。せっかく用意してくれのだから。
「ふーん」
ねずみは更にもう一つ包みを開いた。
「ねぇ。猫さんが何をしているか知っている?」
──猫。
ピクリと肩が反応する。
何をしているか……知らない。彼は私にここに留まるように言って、後は何処かをほつき歩いてる。きっと今までと変わらなく。
私はそれをおかしいとも感じずに。
「もうこの一帯には僕しかいないんだ。あ、きっと帽子屋のお姉さんは離れているからまだ無事だろうけどね」
「……何を言っているの」
「ねぇ、本当に知らないの? それとも知ろうとしていないだけ?」
この心地の良い世界を──そう囁くねずみ。
彼の口が更に動いた。チーズを頬張りながら。
「──え?」
「確かに僕達はこれでいいのかもしれない。でもお姉さんはきっと帰れないよ」
「どういう……」
「だってお姉さんのせいだから」
猫さんがこうなってしまったのは──。
そこまで言い終えたねずみの首が、突然あらぬ方向へと曲がった。
「小賢しいねずみは何処へでも入り込むねえ」
猫だった。
まさに猫がねずみを狩るよう、細い首に爪を立てて、握り潰さんかの勢いで。
「知らない人に扉を開けてはいけないと教えただろうに。今度はまるで小やぎだね」
私の方をにやりとした顔のまま一瞥。だけどすぐにその瞳は小さなねずみの男の子を捕らえた。
「チーズが好きなねずみはね」
「何をしているの!」
「食べられるお口が大切さ」
「やめ──!」
あごの下から入れられた手は、顔の真ん中から飛び出してきた。
男の子の手から……チーズの包みが転がった。真っ赤なチーズが何個も、何十個も。もしかしたら何百個。ざらざらと手の内からポケットから体から転げ落ちていく。
「顎の内側は軟らかいから狙いやすいよ。護身のためにも覚えておくといい」
1つの白いチーズを残して、他の赤い包みは溶けてなくなり──ねずみという存在は呆気なく消えてしまった。
「何も殺さなくたって……!」
「ただいま、おちびちゃん」
猫はいつもと変わらなく、私に裂けた口で笑い掛けた。
「何で、殺したの」
「君が傷つけられたら大変だからさ」
「あんな小さな男の子に出来る訳ないじゃない」
「まだ学習をしていないのかい。見た目は仮初めの姿でしかない」
「ねずみは何もしてこなかった。ただ私と話していただけなのに!」
「油断させるためだよ。ねずみは小賢しいほどに頭が回るからね」
そう言って猫は最後に残ったチーズの包みを足で外へと蹴飛ばした。
何もなくなった扉をくぐり、いつものように中へと入った。
「お腹が空いたのかい。チーズだけでは良くないよ」
「……食べて、ないわ」
「すぐに準備しよう」
奥へ消えていく猫。ふとした疑問が浮かぶ。
「ご飯って……猫が作っているの」
「今更何を言っているんだい。当然じゃないか」
そう、当たり前のこと。指で弾いたらご飯も勝手に出てきそうな世界だが、どちらにせよ持ってくるのは猫自身。
「何を、入れているの」
にょっと、奥から顔を出した。不思議そうに首を傾げる。
「塩とこしょうと砂糖とみりん。醤油は薄口だよ。でも今日はシチューだから入れたらおかしいね」
「シチュー?」
「そうだよ。嫌いかい」
「ううん……大好きだった、昔」
今は違う物が好きになっていた。おばあちゃんはあまりシチューが得意ではなかったから──。
「それは良かった」
猫は嬉しそうに笑い、再び奥へと姿を消した。奥は見たこと無かったが……台所にでもなっているのだろうか。
──どうして、見なかったのだろう。
来た当初だったら、あちこち歩き回って確認していたはずなのに。誰も信用できないから。しかし今では猫に言われるがまま。それを不思議とも思わない。彼の言葉は全て正しいと無意識に感じてしまうほどに。
「何で……?」
聞こえないよう、小さく口の中で呟いた。猫の料理に変なものが混ざっているのではないかと疑問も消えなかった。
その夜──いや、夜かは分からない。ずっと暗いから。
「まだ眠くないわ。寝なくてはいけないの」
「いけないよ」
「だってずっと夜だよ。どうしてこんなに暗くなってしまったの」
「濁ってしまったのかもしれないね」
「何が」
「住人達への想いかな。それともこの世界自体かな」
「私が……いけないの」
「君は何も悪くないよ。やはりねずみに何か吹き込まれたのかい? 忘れておしまい」
食べても何も変わらない。眠くなりもしない。けれど猫に浮かんだ疑惑は変わらず私の中でくすぶっていた。
──もしかして、単に気の持ちようなのだろうか。
私が猫に……全信頼を置いてしまっていたのが原因?
眠る前、猫は私の額にキスをする。
「お休み、おちびちゃん」
そう言って、部屋の電気を消して──いつも去っていく。
いつもなら黙ってそのままベッドに横になるが、今日は扉を閉められる前に声をあげる。
「何処へ行くの」
「見回りだよ。誰も君を傷つけられないようにね。何も心配しなくていいんだよ」
そうして、ばたりと扉はいつものように閉まった。
──目を閉じる。
思い出すのは今までのこと。最初は不審だっていたが、今では猫を信頼しているし大好きだ。
そう……好きな余り、絶対的な信頼の余り、違和感に気づかない振りをしていた。今ははっきりと分かる、あの少年の問い掛けで。
ねずみの言葉を思い出す。
『猫さんは皆を消して回っているよ』
──猫の様子がおかしい。
来た当初は乱暴ながら見守ってくれていた気がする。直接手を出すことはなく、まるで子供を崖から突き落とす獅子のように。
だけど今は……何をしているか一切分からない。私には何も知らせず、でも確実に何かをしている。きっとそれは私に関係して、恐らくは私のため。
ねずみの言葉が本当ならば……何故?
「何をしているの」
目蓋をあげて窓の外の様子を見る。拳を握りしめて、意思は固まった。
ポケットにしまっていた、一欠片のチーズを口へ放り込む。
「……何これ、何かぷちぷちする」
まぁチーズの味はともかく。
窓を開けて──私は家の外へと飛び出した。
「いけないよ──いけないねえ」
そんな様子を屋根から見つめる。
「ああでも頑張ろうとしているんだから、大人しく見守らないといけないねえ」
辛い辛い──そう呟いて、暗闇へ消えたことを誰も知らない。
「うん、何も」
「誰も来なかったかい」
「うん、誰も」
──女王との一戦が終わると、待っていたのは安住の日々。
好戦的な城の主がいなくなったことで住民を片っ端から消そうとする者はいなくなり、命が狙われることもなくなった。そうしてここは平和な世界と化した。
そこでいつまでも外で過ごすのは大変だろうからと、猫が家を用意してくれた。
私はそこで一日という概念を過ごすだけ──。
与えられた家。猫が持ってきてくれるご飯はおいしい。とてもおいしい。何か薬が入っているのではないかと思う程に。食べる度にこのままここへいたいと思ってしまうほどに。
与えられた家の外に出ることもなく、家で本を読んだり絵を描いたりしてただ猫の帰りを待つだけ。
──自堕落な生活。
帰りたくても、帰り方が分からない。戦おうにも戦う相手が出てこない。
ただこうやって、心地の良い時間を過ごすだけ。
そうして、繰り返す日常のように猫が出て行った後──扉を叩くノックの音が部屋に響いた。
「こんにちは、アリスのお姉さん」
「……誰」
「でも世界は暗いからこんばんはなのかな」
扉の前に立つ小さな男の子。包みを取り出し、小さな白い塊を口へと放り投げた。
猫以外の人に会うのは随分久しい気がする。ああ、そう言えば知らない人に扉を開けてはいけない……って鍵はないんじゃなかったっけ。
だからこの小さな訪問者は扉を勝手に開けてそこに立っているのだろう。
「ねずみだよ」
「ねずみ?」
「うん、チーズ大好きだからねずみ。お姉さんにもあげる」
そう言って、幾つかの包みを投げられる。つい反射的に受け取ってしまったが、信用できるのだろうか。
この──突然の招かれざる客は。
「どうしてここに」
自ら来る連中にはろくな思い出がない。また狙われるのではないかと、少し身を引いた。
だがこの小さい少年はどうやら違うようだ。武器は何も持っていないし、もしゃもしゃとチーズを頬張っているだけ。何より殺意が感じられなかった。
チーズを飲み込み、ねずみは答えた。
「お姉さんに真実を伝えに」
少年は幼い顔つきの割に、大人びた口調で言い放つ。
「真実?」
「お姉さんのせいで、もうこの世界はおしまいだよ」
「何で私のせいなのよ。私は迷いこんでむしろ帰れないし、第一ここは夢の世界でしょ」
「そうだね、夢の世界。でもそれもお姉さんが帰らないせいでもうおしまいだ」
久しぶりにここの住人と言葉を交えたが、相変わらず言っていることがちんぷんかんぷん。言葉は通じるのに、意味が通じない。
「私は帰りたいって言ってるでしょ」
「本当に?」
本当に──ねずみと名乗った男の子の言葉が胸に重りを置いたようにのしかかる。素直にそうだと返せない。
本当に帰りたいと望んでいる……はずだった。
だけどいつからか猫といる生活が捨てがたく、このままここにいるのも悪くないかもしれないと思ってしまう自分も生まれた。そしてそちらの方が大きく占めつつあることも事実。
「……帰りたいに、決まってる」
「その言葉が真意だと願っているよ」
そう言うとねずみはもう一つ包みを口に運んだ。
「お姉さんは食べないの? おいしいよ」
「猫がご飯……持ってきてくれるから」
せっかくだが、ご飯の前に他の物を食べてはいけない。ご飯が入らなくなるから。残すと悪いから。せっかく用意してくれのだから。
「ふーん」
ねずみは更にもう一つ包みを開いた。
「ねぇ。猫さんが何をしているか知っている?」
──猫。
ピクリと肩が反応する。
何をしているか……知らない。彼は私にここに留まるように言って、後は何処かをほつき歩いてる。きっと今までと変わらなく。
私はそれをおかしいとも感じずに。
「もうこの一帯には僕しかいないんだ。あ、きっと帽子屋のお姉さんは離れているからまだ無事だろうけどね」
「……何を言っているの」
「ねぇ、本当に知らないの? それとも知ろうとしていないだけ?」
この心地の良い世界を──そう囁くねずみ。
彼の口が更に動いた。チーズを頬張りながら。
「──え?」
「確かに僕達はこれでいいのかもしれない。でもお姉さんはきっと帰れないよ」
「どういう……」
「だってお姉さんのせいだから」
猫さんがこうなってしまったのは──。
そこまで言い終えたねずみの首が、突然あらぬ方向へと曲がった。
「小賢しいねずみは何処へでも入り込むねえ」
猫だった。
まさに猫がねずみを狩るよう、細い首に爪を立てて、握り潰さんかの勢いで。
「知らない人に扉を開けてはいけないと教えただろうに。今度はまるで小やぎだね」
私の方をにやりとした顔のまま一瞥。だけどすぐにその瞳は小さなねずみの男の子を捕らえた。
「チーズが好きなねずみはね」
「何をしているの!」
「食べられるお口が大切さ」
「やめ──!」
あごの下から入れられた手は、顔の真ん中から飛び出してきた。
男の子の手から……チーズの包みが転がった。真っ赤なチーズが何個も、何十個も。もしかしたら何百個。ざらざらと手の内からポケットから体から転げ落ちていく。
「顎の内側は軟らかいから狙いやすいよ。護身のためにも覚えておくといい」
1つの白いチーズを残して、他の赤い包みは溶けてなくなり──ねずみという存在は呆気なく消えてしまった。
「何も殺さなくたって……!」
「ただいま、おちびちゃん」
猫はいつもと変わらなく、私に裂けた口で笑い掛けた。
「何で、殺したの」
「君が傷つけられたら大変だからさ」
「あんな小さな男の子に出来る訳ないじゃない」
「まだ学習をしていないのかい。見た目は仮初めの姿でしかない」
「ねずみは何もしてこなかった。ただ私と話していただけなのに!」
「油断させるためだよ。ねずみは小賢しいほどに頭が回るからね」
そう言って猫は最後に残ったチーズの包みを足で外へと蹴飛ばした。
何もなくなった扉をくぐり、いつものように中へと入った。
「お腹が空いたのかい。チーズだけでは良くないよ」
「……食べて、ないわ」
「すぐに準備しよう」
奥へ消えていく猫。ふとした疑問が浮かぶ。
「ご飯って……猫が作っているの」
「今更何を言っているんだい。当然じゃないか」
そう、当たり前のこと。指で弾いたらご飯も勝手に出てきそうな世界だが、どちらにせよ持ってくるのは猫自身。
「何を、入れているの」
にょっと、奥から顔を出した。不思議そうに首を傾げる。
「塩とこしょうと砂糖とみりん。醤油は薄口だよ。でも今日はシチューだから入れたらおかしいね」
「シチュー?」
「そうだよ。嫌いかい」
「ううん……大好きだった、昔」
今は違う物が好きになっていた。おばあちゃんはあまりシチューが得意ではなかったから──。
「それは良かった」
猫は嬉しそうに笑い、再び奥へと姿を消した。奥は見たこと無かったが……台所にでもなっているのだろうか。
──どうして、見なかったのだろう。
来た当初だったら、あちこち歩き回って確認していたはずなのに。誰も信用できないから。しかし今では猫に言われるがまま。それを不思議とも思わない。彼の言葉は全て正しいと無意識に感じてしまうほどに。
「何で……?」
聞こえないよう、小さく口の中で呟いた。猫の料理に変なものが混ざっているのではないかと疑問も消えなかった。
その夜──いや、夜かは分からない。ずっと暗いから。
「まだ眠くないわ。寝なくてはいけないの」
「いけないよ」
「だってずっと夜だよ。どうしてこんなに暗くなってしまったの」
「濁ってしまったのかもしれないね」
「何が」
「住人達への想いかな。それともこの世界自体かな」
「私が……いけないの」
「君は何も悪くないよ。やはりねずみに何か吹き込まれたのかい? 忘れておしまい」
食べても何も変わらない。眠くなりもしない。けれど猫に浮かんだ疑惑は変わらず私の中でくすぶっていた。
──もしかして、単に気の持ちようなのだろうか。
私が猫に……全信頼を置いてしまっていたのが原因?
眠る前、猫は私の額にキスをする。
「お休み、おちびちゃん」
そう言って、部屋の電気を消して──いつも去っていく。
いつもなら黙ってそのままベッドに横になるが、今日は扉を閉められる前に声をあげる。
「何処へ行くの」
「見回りだよ。誰も君を傷つけられないようにね。何も心配しなくていいんだよ」
そうして、ばたりと扉はいつものように閉まった。
──目を閉じる。
思い出すのは今までのこと。最初は不審だっていたが、今では猫を信頼しているし大好きだ。
そう……好きな余り、絶対的な信頼の余り、違和感に気づかない振りをしていた。今ははっきりと分かる、あの少年の問い掛けで。
ねずみの言葉を思い出す。
『猫さんは皆を消して回っているよ』
──猫の様子がおかしい。
来た当初は乱暴ながら見守ってくれていた気がする。直接手を出すことはなく、まるで子供を崖から突き落とす獅子のように。
だけど今は……何をしているか一切分からない。私には何も知らせず、でも確実に何かをしている。きっとそれは私に関係して、恐らくは私のため。
ねずみの言葉が本当ならば……何故?
「何をしているの」
目蓋をあげて窓の外の様子を見る。拳を握りしめて、意思は固まった。
ポケットにしまっていた、一欠片のチーズを口へ放り込む。
「……何これ、何かぷちぷちする」
まぁチーズの味はともかく。
窓を開けて──私は家の外へと飛び出した。
「いけないよ──いけないねえ」
そんな様子を屋根から見つめる。
「ああでも頑張ろうとしているんだから、大人しく見守らないといけないねえ」
辛い辛い──そう呟いて、暗闇へ消えたことを誰も知らない。
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