獅子の王子は幼なじみと番いたい

ゆく

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15. 今さら

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 二十一時、風呂上がり。
 奏多はソファーとローテーブルの間に座って、誠吾に髪を乾かしてもらっていた。誠吾はいつもどおりソファーの座面で長い脚を持て余して、片足立ててあぐらをかいている。


「髪が伸びたな」


 奏多の項にかかる髪を指にからめながら誠吾がそう言った。

 襟足部分の髪は項を覆い隠せるほど伸びている。前髪はピンで留めていないと、ちょっとうつむいただけで前が見えなくなる。もっさりしているのが気に入らない。


「受験が終わってから切っとらんもん。大体こっちって美容室が多すぎるんよ……どのお店がいいとかさっぱりわからんし」


 最後に切ったのは受験前の冬休み。
 高校は男子の長髪が禁止されていたから、奏多ももれなく短髪だった。

 四人いる弟妹のうち、男は奏多を入れて三人。何度か節約のためにセルフカットに挑戦してみたが、見るも散々な結果になってしまって、藤原家では「自分で髪を切るべからず」という情けない家訓が生まれた。

 髪を伸ばしている妹二人はともかく、男全員が二ヶ月に一度髪を切るとなると、カット代もばかにできない。全頭は無理だが、前髪程度は自分で切るように各々男三人、頑張った思い出が頭をよぎる。結局は前髪すらまともに切れなかった。


 誠吾はというと、入学当初は奏多と同じように短髪だったものの、獣性が強くなるにつれて髪の伸びるペースが早くなったことから特例で長髪が認められていた。もちろんセルフカットのわけはなく、髪を切るのは美容室だ。

 それ以来、肩につくかどうかという長さの金髪を後頭部で雑に一括りにするという髪型は、誠吾のトレードマークになっている。

 ただでさえ元から目立つ存在だったのに、長髪でいるようになってからは異色さを増して、さらに注目を集めることになったんだった。


「誠吾くんはいつもどこで切っとるん?」
「決めてないな。どうせ長さを揃えるくらいだし、奏多と講義の時間が合わない時に適当な店に入って切ってる」


 ということは大学かアパートの近所か、と奏多はその周辺にある美容室を頭に思い浮かべる。
 
 奏多も、受験が終わってから切ろうと思っていたが、引越の準備などをしていたらあっという間に卒業を迎えてしまって、切ることが叶わなかった。

 引っ越してからはまず美容室の多さにびっくりした。地元では同級生の親が経営している美容室に幼稚園の頃から通っていたし、迷うほど軒数も多くなかったのに。


 そういえば夏休みに入る前、阪口と食堂で鉢合わせした時に「その髪型って、わざと?」と意味深な顔をされたことを思い出した。

 阪口はきっとこっちが地元だ。あの時にお勧めの美容室がないか、尋ねておけば良かったなぁと奏多は後悔した。

 
「奏多は長いのも似合ってる」


 言葉に甘さをにじませながら、指にからめた黒髪を食まれる。

 普段、隠している項がむき出しになると、数日前につけられた鬱血の痕がそこかしこであらわになった。その痕の一つ一つを確認するかのように、親指の腹でやんわりと撫でられる。


「誠吾くんに似合うって言われんのは嬉しいんやけどな。今まで短い髪型ばっかやったから、長いのは妙に落ち着かんっていうか……」


 ずっと短髪だったせいか、伸びた襟足部分がそわそわする。特に、伸びてからは「髪で見えないからいいだろ」と言って、誠吾が何度も痕を残すようになったから余計にだ。


「俺はどんな奏多でも好きだから、奏多がしたい髪型をすればいい」
「坊主でも?」
「坊主なら奏多の顔がよく見えていいかもな。……ああ、でもきれいな黒髪が見られないのは残念だな」
「……誠吾くんは、ほんと俺のことが大好きなんやね」
「何を今さら」


 耳元で返ってきた笑みには特大の甘さが込められている。直情的な言葉が素直に嬉しくて、奏多は振り向きながら、へにゃりと目尻を下げた。すると。


「そんなの、――――」


 ぐいっと屈んだ誠吾が、振り向いた奏多の顔を肩越しに覗き込む。

 髪と同じ、輝く金色の瞳と至近距離で目が合うと、心臓がどきっと跳ねた。奏多は自分の心臓の音がうるさくて、誠吾が何を言ったのか聞き取ることができずにそっと唇を寄せた。
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