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11. 襟足
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読んでいただけるだけで嬉しいです♡
途中ちょこっと阪口視点です。
「うっわ、何そのキスマーク。えっぐ」
授業が始まるまでの空き時間。
真後ろから声をかけられて、誠吾と同時に振り返ると、本気でドン引きした顔の阪口晴斗がいた。相変わらず周囲には男女問わず取り巻きを侍らせている。
「キスマーク……?」
「え。嘘だろ、まさか、気づいてないのかよ」
きょとんと目を丸くした奏多に、唇の端をひくつかせる。写真撮ってあげるからスマホ貸してよ、と言う阪口を、奏多の隣に座る誠吾がにらみつけた。
誠吾がキスマークを残していることは想定の範囲内だったから、奏多も梅雨時期の蒸し暑い中でもハイネックを着ている。それでも阪口からの指摘に、嫌な予感がした。
奏多はリュックのサイドポケットからスマホを取り出して、ロック解除をしてから阪口へと手渡す。
「……おい、奏多」
「写真撮ってもらうだけやから大丈夫やって。ハル、いいから早く撮って」
声なんてかけるんじゃなかった、と狐族の阪口は後悔した。
阪口が奏多と初めて話した日から一ヶ月以上経って、少しは桧葉誠吾の怒りも溶けているのではないかと期待していたが、全然溶けていないことを即行で悟った。
だって、金色の前髪の隙間から覗く同色の瞳が、瞬き一つせずに自分をにらみつけている。
獣人の王族である獅子族の王子の威圧にすくみながら、阪口は渡されたスマホでカメラを起動した。
写しやすいようにと前を向いた奏多が、襟足の髪をかきあげて項を阪口たちに晒す。
おそらく本来は白いはずの項。その髪に隠れた部分にも残された執着の痕跡を見て、阪口の取り巻きたちは一斉に沈黙した。
角度を変えて、二、三枚撮影された後、受け取ったスマホのカメラロールを確認する。一瞬だけ上まぶたを引きつらせた。奏多はスマホを元の鞄の中へと戻すと、はにかみながら小さく頭を下げる。
「見苦しいもん見せちゃってごめんね」
「は、はいっ。あ、いいえ! 大丈夫ですっ」
「それ、ハイとイイエどっちなん?」
取り巻きの中の一人が、ぶんぶんと、そのまま飛んでいくんじゃないかと思うくらいの勢いで首を横に振る。その顔は真っ赤で、それを見た誠吾と阪口はほぼ同時に舌打ちしたものの、奏多は気にせずに声を上げて笑った。
「……おい狐。お前、邪魔だから離れろ」
「邪魔って、俺は後ろの席に座ってるだけなんですけど……」
隣に座る誠吾の方がよほど奏多に近い。
何もそこまで過保護にならなくてもいいじゃないか、というぼやきは、阪口は口にするのを控えた。獅子族の王子の機嫌を損ねるのは、獣人としてはなるだけ避けたい。
現実にいるのかわからない、まるで空想上の存在のようだった〝桧葉誠吾〟が同じ大学にいると知って、沸き立った獣人の一族の中に阪口晴斗の狐族もいた。
分家筋の出身で、普段は滅多に交流のない本家から、桧葉誠吾と藤原奏多について探ってこいと指示されている。だからこそあの日、奏多が一人でいるのを見つけて声をかけたのだが――
すり鉢状の大講義室。いつもひっそり目立たない窓側後方に座っているらしいこの二人組は、自分たちがどれほど周囲の注目を集めているのかわかっていないらしい。
こうして阪口と話している今だって、この場にいる二百人が聞き耳を立てているのを果たしてわかっているのだろうか?
まぁ、わかっているところでこの二人は気にしないだろうなぁ、とも阪口は思っている。なんたって、誠吾は奏多しか見ていないし、奏多も、それを受け入れてるのが明らかだった。
相変わらず本家からは探りを入れるよう催促されているが、自分の身の方が大切だ。
取り巻き連中も、そして他の同級生たちも同じ考えのようで、入学から三ヶ月が経っても奏多の情報が漏れた様子はない。それでいい。
この金獅子はいざとなれば、狐だろうと熊だろうと、容赦なく噛み殺してくる。そんな予感を、同じ講義を取っている獣人たちは、みな抱いていた。それこそが誠吾の狙いだとは、わかっているけれど。
授業が始まり、奏多が前を向くと、隣から放たれていた威圧感がなくなった、のだと思う。あちらこちらから漏れる、はぁ、という吐息がそれを物語っている。
平然と話している素振りだった阪口も、多分誠吾が苦手だ。
地元の友人らは、奏多ほど親密ではなかったものの、特に誠吾を怖がったりはしていない。
奏多たちの学区は一学年に一クラス、多くても二クラスのみ。小学校一つ、中学校一つで、小中学校の九年間は顔ぶれがほぼ変わらない。
いじめっ子なんていなかったし、同じ学年には熊や狼の獣人だっていた。それでもみんな仲が良かったのだ。
地元を離れた途端、桧葉家というだけで、誠吾がこんなにも警戒されるとは露ほども知らなかった。
それに、自分のことも妙に探られているような気がする。
誠吾を見ながら、隣にいる自分への視線も隠そうとせずに堂々とぶつけてくる人がちらほらと――こうして授業を受けている今だって、阪口のグループ以外から。
こそこそとされるくらいなら、いっそ阪口くらい堂々と声をかけてくれていいんやけどな、と思わなくもないが、きっと誠吾が怖いんだろう。仕方ない。
人間の自分は、誠吾の放つ威圧だったりのオーラ的なものはちっともわからないけれど、拗ねた誠吾は非常に厄介なので、まぁ少しずつ仲のいい人ができたらいいと思う。
小学一年生の夏、転校してきた誠吾と奏多が今のように仲良くなるのにも半年はかかった。大学に入ってからは、まだ三ヶ月だ。ゆっくり仲のいい人を作っていけばいい。
でも、できないならできないでもいい。出会って十年以上も一緒にいるのなら、きっと十年後も自分たちは一緒にいるのだから。
――
地味に共依存のにおい
途中ちょこっと阪口視点です。
「うっわ、何そのキスマーク。えっぐ」
授業が始まるまでの空き時間。
真後ろから声をかけられて、誠吾と同時に振り返ると、本気でドン引きした顔の阪口晴斗がいた。相変わらず周囲には男女問わず取り巻きを侍らせている。
「キスマーク……?」
「え。嘘だろ、まさか、気づいてないのかよ」
きょとんと目を丸くした奏多に、唇の端をひくつかせる。写真撮ってあげるからスマホ貸してよ、と言う阪口を、奏多の隣に座る誠吾がにらみつけた。
誠吾がキスマークを残していることは想定の範囲内だったから、奏多も梅雨時期の蒸し暑い中でもハイネックを着ている。それでも阪口からの指摘に、嫌な予感がした。
奏多はリュックのサイドポケットからスマホを取り出して、ロック解除をしてから阪口へと手渡す。
「……おい、奏多」
「写真撮ってもらうだけやから大丈夫やって。ハル、いいから早く撮って」
声なんてかけるんじゃなかった、と狐族の阪口は後悔した。
阪口が奏多と初めて話した日から一ヶ月以上経って、少しは桧葉誠吾の怒りも溶けているのではないかと期待していたが、全然溶けていないことを即行で悟った。
だって、金色の前髪の隙間から覗く同色の瞳が、瞬き一つせずに自分をにらみつけている。
獣人の王族である獅子族の王子の威圧にすくみながら、阪口は渡されたスマホでカメラを起動した。
写しやすいようにと前を向いた奏多が、襟足の髪をかきあげて項を阪口たちに晒す。
おそらく本来は白いはずの項。その髪に隠れた部分にも残された執着の痕跡を見て、阪口の取り巻きたちは一斉に沈黙した。
角度を変えて、二、三枚撮影された後、受け取ったスマホのカメラロールを確認する。一瞬だけ上まぶたを引きつらせた。奏多はスマホを元の鞄の中へと戻すと、はにかみながら小さく頭を下げる。
「見苦しいもん見せちゃってごめんね」
「は、はいっ。あ、いいえ! 大丈夫ですっ」
「それ、ハイとイイエどっちなん?」
取り巻きの中の一人が、ぶんぶんと、そのまま飛んでいくんじゃないかと思うくらいの勢いで首を横に振る。その顔は真っ赤で、それを見た誠吾と阪口はほぼ同時に舌打ちしたものの、奏多は気にせずに声を上げて笑った。
「……おい狐。お前、邪魔だから離れろ」
「邪魔って、俺は後ろの席に座ってるだけなんですけど……」
隣に座る誠吾の方がよほど奏多に近い。
何もそこまで過保護にならなくてもいいじゃないか、というぼやきは、阪口は口にするのを控えた。獅子族の王子の機嫌を損ねるのは、獣人としてはなるだけ避けたい。
現実にいるのかわからない、まるで空想上の存在のようだった〝桧葉誠吾〟が同じ大学にいると知って、沸き立った獣人の一族の中に阪口晴斗の狐族もいた。
分家筋の出身で、普段は滅多に交流のない本家から、桧葉誠吾と藤原奏多について探ってこいと指示されている。だからこそあの日、奏多が一人でいるのを見つけて声をかけたのだが――
すり鉢状の大講義室。いつもひっそり目立たない窓側後方に座っているらしいこの二人組は、自分たちがどれほど周囲の注目を集めているのかわかっていないらしい。
こうして阪口と話している今だって、この場にいる二百人が聞き耳を立てているのを果たしてわかっているのだろうか?
まぁ、わかっているところでこの二人は気にしないだろうなぁ、とも阪口は思っている。なんたって、誠吾は奏多しか見ていないし、奏多も、それを受け入れてるのが明らかだった。
相変わらず本家からは探りを入れるよう催促されているが、自分の身の方が大切だ。
取り巻き連中も、そして他の同級生たちも同じ考えのようで、入学から三ヶ月が経っても奏多の情報が漏れた様子はない。それでいい。
この金獅子はいざとなれば、狐だろうと熊だろうと、容赦なく噛み殺してくる。そんな予感を、同じ講義を取っている獣人たちは、みな抱いていた。それこそが誠吾の狙いだとは、わかっているけれど。
授業が始まり、奏多が前を向くと、隣から放たれていた威圧感がなくなった、のだと思う。あちらこちらから漏れる、はぁ、という吐息がそれを物語っている。
平然と話している素振りだった阪口も、多分誠吾が苦手だ。
地元の友人らは、奏多ほど親密ではなかったものの、特に誠吾を怖がったりはしていない。
奏多たちの学区は一学年に一クラス、多くても二クラスのみ。小学校一つ、中学校一つで、小中学校の九年間は顔ぶれがほぼ変わらない。
いじめっ子なんていなかったし、同じ学年には熊や狼の獣人だっていた。それでもみんな仲が良かったのだ。
地元を離れた途端、桧葉家というだけで、誠吾がこんなにも警戒されるとは露ほども知らなかった。
それに、自分のことも妙に探られているような気がする。
誠吾を見ながら、隣にいる自分への視線も隠そうとせずに堂々とぶつけてくる人がちらほらと――こうして授業を受けている今だって、阪口のグループ以外から。
こそこそとされるくらいなら、いっそ阪口くらい堂々と声をかけてくれていいんやけどな、と思わなくもないが、きっと誠吾が怖いんだろう。仕方ない。
人間の自分は、誠吾の放つ威圧だったりのオーラ的なものはちっともわからないけれど、拗ねた誠吾は非常に厄介なので、まぁ少しずつ仲のいい人ができたらいいと思う。
小学一年生の夏、転校してきた誠吾と奏多が今のように仲良くなるのにも半年はかかった。大学に入ってからは、まだ三ヶ月だ。ゆっくり仲のいい人を作っていけばいい。
でも、できないならできないでもいい。出会って十年以上も一緒にいるのなら、きっと十年後も自分たちは一緒にいるのだから。
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地味に共依存のにおい
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