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52. 抜け目がない
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宏樹の荷物は仕事で使うパソコンやタブレットなどの道具以外マンションに残ったままだったので、話し合いの後そのまま残ることになった。肝心の仕事道具は尚樹さんが運んでくれるそうなので甘えることにした。
善は急げとばかりに、早々に部屋を出て行こうとする尚樹さんを追いかけて玄関へ行く。俺がお礼を言えば「真緒くんにありがとうって言われると複雑だからやめてね」と苦笑されてしまった。
「宏樹だけじゃなくて、泰樹まで……きみに面倒ばかりかけてごめんね」
そう言う尚樹さんの顔にも、宏樹ほどじゃないけど疲れが見える。それを指摘すると、尚樹さんはまた苦笑した。
三和土に立つ尚樹さんと上がり框に立つ俺とじゃ高さが十センチは違うのに、それでも見上げないといけない。
ふっ……と俺の顔に影が落ちたと思ったら、目の前に尚樹さんの整った顔が迫って、ほんのちょっと見つめ合ってから、ふに、と唇に穏やかで柔らかい感触がした。
「ん、」
その感触がキスだと気づいた時には、もう尚樹さんの唇は名残惜しそうに離れていて、その手際の良さに呆気にとられる。
「…………いつも、不意打ちすぎません?」
「そうでもしないと、きみにはなかなか近づけないからなぁ」
「いや、不意打ちはちょっと」
「不意打ちじゃなければいいの?」
「……ダメです」
「だよね。ごめんね、真緒くんにキスしたかったんだよ」
そう言いながら、ちっとも悪く思ってなさそうに笑っている。
油断も隙もないなと俺が軽く小突くと、それすらも楽しそうに笑ってかわされた。
ああ完全に油断してた。兄たちがいる場で、ヒートにもなっていない時にまさかこういうことをされるとは思っていなかった。
「まぁいいよ。今から瀬尾に戻るから、泰樹も連れて帰ろうかな」
「あ、そうですね。もう兄さんと話し終わったかな……呼んできましょうか」
マンションに残る宏樹と違って、泰樹くんは一度瀬尾に戻る必要がある。
俺もここに残りますと駄々をこねたけど、服も勉強道具も日常生活に必要なものがすべて瀬尾にあるんだから無理だと言い聞かせていた。
「いや、その必要はないよ。もう来てる」
尚樹さんが俺の後ろを指さすと、俺の右肩部分から泰樹くんと思われる大きな手が延びて、その尚樹さんの手を勢いよくはたき落とした。
「…………ナオ、さっき何してたの」
「何が?」
「何が、じゃない。俺が真都さんと話してる隙を狙うとか、……ナオも抜け目ないよね」
微妙に目の据わった泰樹くんがにらむように尚樹さんを見つめつつ三和土に下りる。
泰樹くんも尚樹さんと同じように、俺より十センチは低い位置にいるのに俺よりも目線が高くて、ついついため息が出そうになった。
「真緒ちゃん」
「ん?」
「荷物まとめたらまたここに来ますね。今日はもうどこにも行きませんか?」
「買い物の予定もないし、今日はもうどこにも行かないかなぁ。あ。泰樹くんの合鍵はフロントで申請しておくからね」
「ありがとうございます」
尚樹さんが玄関ドアを開ける。
二人はジャケットを着込むと、軽く頭を下げて廊下に出た。
「じゃあまた」
俺は手を振って玄関ドアが閉まるのを待つ。
あと少しで閉まりそうなタイミングで、隙間に履きつぶされたベージュのスニーカーが差し込まれてドアが開いて、赤茶色の頭が駆け足で飛び込んできた。
「――――え」
よける間も、それが何か考える間もなかった。
両肩を掴まれたかと思ったら壁に体を寄せられる。俺と目線を合わせるように屈んだ泰樹くんの顔があっという間に視界を埋めて、大きな手のひらを俺の唇に強く擦りつけた。
「え、え、いたっ、ちょ、泰樹くん!?」
「消毒です、消毒」
「ええっ、どういう意味!?」
「ヒートでもない時に、ナオの匂いなんてつけないで」
「え……」
ゴシゴシゴシと、俺の唇がすり切れるんじゃないかっていうくらい何度も拭う。
やっと手を離した泰樹くんは、前髪をくしゃくしゃに乱れさせて言い切ったかと思うと、慌ただしくまた玄関から飛び出していった。
ーーーーーーーーーー
最後、泰樹が真緒にキスをする流れだったんですが、泰樹は同意無しでキスする子じゃなかったようで、手のひらゴシゴシになりました(´・ω・`)
善は急げとばかりに、早々に部屋を出て行こうとする尚樹さんを追いかけて玄関へ行く。俺がお礼を言えば「真緒くんにありがとうって言われると複雑だからやめてね」と苦笑されてしまった。
「宏樹だけじゃなくて、泰樹まで……きみに面倒ばかりかけてごめんね」
そう言う尚樹さんの顔にも、宏樹ほどじゃないけど疲れが見える。それを指摘すると、尚樹さんはまた苦笑した。
三和土に立つ尚樹さんと上がり框に立つ俺とじゃ高さが十センチは違うのに、それでも見上げないといけない。
ふっ……と俺の顔に影が落ちたと思ったら、目の前に尚樹さんの整った顔が迫って、ほんのちょっと見つめ合ってから、ふに、と唇に穏やかで柔らかい感触がした。
「ん、」
その感触がキスだと気づいた時には、もう尚樹さんの唇は名残惜しそうに離れていて、その手際の良さに呆気にとられる。
「…………いつも、不意打ちすぎません?」
「そうでもしないと、きみにはなかなか近づけないからなぁ」
「いや、不意打ちはちょっと」
「不意打ちじゃなければいいの?」
「……ダメです」
「だよね。ごめんね、真緒くんにキスしたかったんだよ」
そう言いながら、ちっとも悪く思ってなさそうに笑っている。
油断も隙もないなと俺が軽く小突くと、それすらも楽しそうに笑ってかわされた。
ああ完全に油断してた。兄たちがいる場で、ヒートにもなっていない時にまさかこういうことをされるとは思っていなかった。
「まぁいいよ。今から瀬尾に戻るから、泰樹も連れて帰ろうかな」
「あ、そうですね。もう兄さんと話し終わったかな……呼んできましょうか」
マンションに残る宏樹と違って、泰樹くんは一度瀬尾に戻る必要がある。
俺もここに残りますと駄々をこねたけど、服も勉強道具も日常生活に必要なものがすべて瀬尾にあるんだから無理だと言い聞かせていた。
「いや、その必要はないよ。もう来てる」
尚樹さんが俺の後ろを指さすと、俺の右肩部分から泰樹くんと思われる大きな手が延びて、その尚樹さんの手を勢いよくはたき落とした。
「…………ナオ、さっき何してたの」
「何が?」
「何が、じゃない。俺が真都さんと話してる隙を狙うとか、……ナオも抜け目ないよね」
微妙に目の据わった泰樹くんがにらむように尚樹さんを見つめつつ三和土に下りる。
泰樹くんも尚樹さんと同じように、俺より十センチは低い位置にいるのに俺よりも目線が高くて、ついついため息が出そうになった。
「真緒ちゃん」
「ん?」
「荷物まとめたらまたここに来ますね。今日はもうどこにも行きませんか?」
「買い物の予定もないし、今日はもうどこにも行かないかなぁ。あ。泰樹くんの合鍵はフロントで申請しておくからね」
「ありがとうございます」
尚樹さんが玄関ドアを開ける。
二人はジャケットを着込むと、軽く頭を下げて廊下に出た。
「じゃあまた」
俺は手を振って玄関ドアが閉まるのを待つ。
あと少しで閉まりそうなタイミングで、隙間に履きつぶされたベージュのスニーカーが差し込まれてドアが開いて、赤茶色の頭が駆け足で飛び込んできた。
「――――え」
よける間も、それが何か考える間もなかった。
両肩を掴まれたかと思ったら壁に体を寄せられる。俺と目線を合わせるように屈んだ泰樹くんの顔があっという間に視界を埋めて、大きな手のひらを俺の唇に強く擦りつけた。
「え、え、いたっ、ちょ、泰樹くん!?」
「消毒です、消毒」
「ええっ、どういう意味!?」
「ヒートでもない時に、ナオの匂いなんてつけないで」
「え……」
ゴシゴシゴシと、俺の唇がすり切れるんじゃないかっていうくらい何度も拭う。
やっと手を離した泰樹くんは、前髪をくしゃくしゃに乱れさせて言い切ったかと思うと、慌ただしくまた玄関から飛び出していった。
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最後、泰樹が真緒にキスをする流れだったんですが、泰樹は同意無しでキスする子じゃなかったようで、手のひらゴシゴシになりました(´・ω・`)
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