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10. 見知らぬ毛色
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昨夜、散々アルファの匂いを嗅いだせいなのか、ここしばらく感じていた倦怠感は消え、久しぶりに俺は清々しい朝を迎えた。
俺が申請したヒート休暇は七日間。
今日からしばらくは一歩も外に出ず、ひたすら自宅に篭もりきりの生活になる。昨日のうちに実家の両親や兄に連絡を入れておいたので、もしかしたら様子を見に来てくれるかもしれない。
もうアラサーなんだからそこまで心配しなくていいんだけどな。いつまでも俺を可愛がってくれる家族のことは大好きだ。
明るい部屋の中で自分の体を見下ろせば、所有印や歯型、鬱血痕といった昨夜の宏樹の重苦しい劣情の跡がそこかしこに残っている。太ももの内側なんて際どいところにも付けられていて、ギョッとした。
よく見れば、汗と白濁で汚れまくったはずの俺の体もきれいにされている。そんなことはなかったかのようにきれいな肌だ。
目が覚めた時、寝室には俺だけで宏樹の姿はなかった。宏樹が脱ぎ捨てたワイシャツやスラックスもない。持って帰ったのだろうか。これからの七日間を乗り切るためにも、少しは手元に残しておきたかったんだけどなぁ……
ふとそんなことを考えてしまった自分に俺は心底嫌気がさす。アルファはオメガがいなくても難なく生きていけるのに、どうしてオメガはアルファがいないと生きていけないんだろう。オメガの置かれているその不平等さに俺は納得がいかなかった。
寝ている間に口の中はカラカラになっている。清々しい気持ちとは反対に、普段使わない筋肉を使ったせいで全身が痛んで仕方ない。鎮痛剤はリビングのキャビネットの中だ。俺は筋肉痛を堪えながら寝室を出た。
「おはよう。ゆっくり眠れた?」
「ーーーーえっ」
寝室のドアを開けてすぐ、南向きの掃き出し窓から注ぐ日差しを背にした六つの目が俺を見た。この時の俺は自分ちに誰かがいるとは思ってもなくて、申し訳程度に肩にシャツを羽織った程度の出で立ちだった。
――あ。もしかして今の俺、下半身丸出しなんじゃなかった?
「ま、真緒っ!!」
六つの目のうちの二つが駆け寄り俺の両肩を掴むと、くるりと今来た寝室の方へ向きを反転させられる。
「真緒、ああもうっ! 何で服を着てないんだっ、風邪ひくだろ!」
「んなこと言われても、ここにいるの俺だけだと思ってたし……っていうか宏樹お前、まだここにいたのか」
「っ……! いるよ、真緒がヒート中なんだから、いるに決まってるだろっ」
「そっか」
寝室にいなかったからてっきり瀬尾へ帰ったのかと思っていたと答えると、宏樹はどこか悲しそうな顔をする。
「真緒くん」
宏樹に両肩を掴まれたままの俺の背後からすぐ耳元で名前を呼ばれ、その声の主から俺を剥がすように宏樹が引き寄せた。
「……何で尚樹さんがここにいるんですか。仕事は?」
「あはは、冷静なツッコミされた。俺も仕事の予定だったんだけどさ、ちょっと瀬尾で色々ありまして。……取り敢えず俺たちの目にちょっと刺激的だから、一旦寝室に戻って、何でもいいからズボンはいてもらえると助かるかな?」
「――あ、うわ、すみません!」
言われて再度自分の格好を思い出す。
寝室に戻り、自分のクローゼットから適当に白いTシャツとチャコール色のチノパンを取り出し身にまとう。
ふとクローゼットの扉についた鏡を見ると、俺の首に巻かれたネックガードは、昨夜、散々アルファの犬歯に噛み付かれていたにも関わらずきれいな状態だった。
「すみません。お待たせしました」
「ううん、待ってないよー」
尚樹さんがヒラヒラと手を振る。
リビングに戻ると、スーツを着た三人はそれぞれソファーに着席して俺を待っていた。――三人?
三人掛けのソファーに座っているのは尚樹さんと宏樹。二人とは少し離れて、ローテーブル横に置いたオットマンに腰掛けているのは見覚えのない青年だった。
見られてることに気づいたのか、彼はおもむろに立ち上がって会釈すると、俺と目を合わせる。
黒いスクエアフレームのメガネ。赤茶色の髪は緩くサイドに流され、そのサイドから覗く刈り上られた箇所は黒いから、赤茶は染めたものなんだろう。いくつものピアスが窓からの日差しを反射させキラキラと耳朶を飾り立てている。
(はー。ピアスの数すごいなー)
ツーブロックにピアス。俺の周りになかなかいないタイプの青年は、何を言うわけでもなくじっとこちらを伺っている。
「ごめん。誰かな?」
ヒート中の俺の元へ連れて来るくらいだから、尚樹さんや宏樹が信用している人物なのだろうけど、心当たりのない俺は首を傾げて尋ねた。
「!!! かっわ……」
「え? 川? ――川さん?」
顔を赤くして川がどうのと言い出した青年に俺が聞き返すと、尚樹さんが「違う違う」と肩を震わせていた。尚樹さんが青年を一瞥すると青年は口をへの字に曲げて「ナオ、うざい」と吐き捨てる。俺はこのへの字口の顔にどことなく見覚えがある気がして、記憶の引き出しをがむしゃらに開けていく。
「……………………………………あっ」
俺の記憶にある人物と、髪色も背丈も、雰囲気も何もかもが違うけど、尚樹さんを唯一「ナオ」と呼び捨てる人物に一人合致して、俺は驚きの声を上げた。
瀬尾泰樹。
ずっとずっと会っていなかった、瀬尾三兄弟の末っ子との再会だった。
俺が申請したヒート休暇は七日間。
今日からしばらくは一歩も外に出ず、ひたすら自宅に篭もりきりの生活になる。昨日のうちに実家の両親や兄に連絡を入れておいたので、もしかしたら様子を見に来てくれるかもしれない。
もうアラサーなんだからそこまで心配しなくていいんだけどな。いつまでも俺を可愛がってくれる家族のことは大好きだ。
明るい部屋の中で自分の体を見下ろせば、所有印や歯型、鬱血痕といった昨夜の宏樹の重苦しい劣情の跡がそこかしこに残っている。太ももの内側なんて際どいところにも付けられていて、ギョッとした。
よく見れば、汗と白濁で汚れまくったはずの俺の体もきれいにされている。そんなことはなかったかのようにきれいな肌だ。
目が覚めた時、寝室には俺だけで宏樹の姿はなかった。宏樹が脱ぎ捨てたワイシャツやスラックスもない。持って帰ったのだろうか。これからの七日間を乗り切るためにも、少しは手元に残しておきたかったんだけどなぁ……
ふとそんなことを考えてしまった自分に俺は心底嫌気がさす。アルファはオメガがいなくても難なく生きていけるのに、どうしてオメガはアルファがいないと生きていけないんだろう。オメガの置かれているその不平等さに俺は納得がいかなかった。
寝ている間に口の中はカラカラになっている。清々しい気持ちとは反対に、普段使わない筋肉を使ったせいで全身が痛んで仕方ない。鎮痛剤はリビングのキャビネットの中だ。俺は筋肉痛を堪えながら寝室を出た。
「おはよう。ゆっくり眠れた?」
「ーーーーえっ」
寝室のドアを開けてすぐ、南向きの掃き出し窓から注ぐ日差しを背にした六つの目が俺を見た。この時の俺は自分ちに誰かがいるとは思ってもなくて、申し訳程度に肩にシャツを羽織った程度の出で立ちだった。
――あ。もしかして今の俺、下半身丸出しなんじゃなかった?
「ま、真緒っ!!」
六つの目のうちの二つが駆け寄り俺の両肩を掴むと、くるりと今来た寝室の方へ向きを反転させられる。
「真緒、ああもうっ! 何で服を着てないんだっ、風邪ひくだろ!」
「んなこと言われても、ここにいるの俺だけだと思ってたし……っていうか宏樹お前、まだここにいたのか」
「っ……! いるよ、真緒がヒート中なんだから、いるに決まってるだろっ」
「そっか」
寝室にいなかったからてっきり瀬尾へ帰ったのかと思っていたと答えると、宏樹はどこか悲しそうな顔をする。
「真緒くん」
宏樹に両肩を掴まれたままの俺の背後からすぐ耳元で名前を呼ばれ、その声の主から俺を剥がすように宏樹が引き寄せた。
「……何で尚樹さんがここにいるんですか。仕事は?」
「あはは、冷静なツッコミされた。俺も仕事の予定だったんだけどさ、ちょっと瀬尾で色々ありまして。……取り敢えず俺たちの目にちょっと刺激的だから、一旦寝室に戻って、何でもいいからズボンはいてもらえると助かるかな?」
「――あ、うわ、すみません!」
言われて再度自分の格好を思い出す。
寝室に戻り、自分のクローゼットから適当に白いTシャツとチャコール色のチノパンを取り出し身にまとう。
ふとクローゼットの扉についた鏡を見ると、俺の首に巻かれたネックガードは、昨夜、散々アルファの犬歯に噛み付かれていたにも関わらずきれいな状態だった。
「すみません。お待たせしました」
「ううん、待ってないよー」
尚樹さんがヒラヒラと手を振る。
リビングに戻ると、スーツを着た三人はそれぞれソファーに着席して俺を待っていた。――三人?
三人掛けのソファーに座っているのは尚樹さんと宏樹。二人とは少し離れて、ローテーブル横に置いたオットマンに腰掛けているのは見覚えのない青年だった。
見られてることに気づいたのか、彼はおもむろに立ち上がって会釈すると、俺と目を合わせる。
黒いスクエアフレームのメガネ。赤茶色の髪は緩くサイドに流され、そのサイドから覗く刈り上られた箇所は黒いから、赤茶は染めたものなんだろう。いくつものピアスが窓からの日差しを反射させキラキラと耳朶を飾り立てている。
(はー。ピアスの数すごいなー)
ツーブロックにピアス。俺の周りになかなかいないタイプの青年は、何を言うわけでもなくじっとこちらを伺っている。
「ごめん。誰かな?」
ヒート中の俺の元へ連れて来るくらいだから、尚樹さんや宏樹が信用している人物なのだろうけど、心当たりのない俺は首を傾げて尋ねた。
「!!! かっわ……」
「え? 川? ――川さん?」
顔を赤くして川がどうのと言い出した青年に俺が聞き返すと、尚樹さんが「違う違う」と肩を震わせていた。尚樹さんが青年を一瞥すると青年は口をへの字に曲げて「ナオ、うざい」と吐き捨てる。俺はこのへの字口の顔にどことなく見覚えがある気がして、記憶の引き出しをがむしゃらに開けていく。
「……………………………………あっ」
俺の記憶にある人物と、髪色も背丈も、雰囲気も何もかもが違うけど、尚樹さんを唯一「ナオ」と呼び捨てる人物に一人合致して、俺は驚きの声を上げた。
瀬尾泰樹。
ずっとずっと会っていなかった、瀬尾三兄弟の末っ子との再会だった。
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