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3章 禁忌を連れた聖女

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 ――青の国の王城の中庭、メイドが一人掃除をしていた。少しの間箒を事務的に動かしていたが、やがてそのメイドは持っていた箒をじっと眺めた後に思い切り振り回し始めた。

「もう、グレーダったら。またサボっているの?」

 通りかかったリシアが、彼女に話しかける。箒が風を切る音を鳴らしながら、メイドのグレーダは億劫そうに王女の方を向いた。

「あぁ、王女。どうも」
「前々から思っていたけど、あなたってメイドよりも騎士団が向いているんじゃないかしら」
「嫌っすよ。訓練とかダルいっすもん」

 グレーダはまるでやる気がないように、ボリボリと首を掻いた。深緑の髪を一纏めに束ね直し、仕方なさそうに再び箒を本来の動作で扱う。

「不思議ね。なんだかんだ文句を言いつつも、あなたがここへ来てもう十年以上経つわよね?」
「別に居たくて居るわけじゃないっすよ。親父の借金を帳消しにしてくれたら、すぐにでもオサラバっす」
「あぁ、あなたのお父さん、ね。今頃どこにいるのかしら。そういえば最近、週刊誌にもあまり取り上げられていないわね」
「タマごと持ってかれたんじゃないすか? いつまでも見境なく女のケツ追っかけ回してるド阿呆っすし、そろそろ潮時っしょ」
「もう、そんな事言わないの。大切な父親じゃない」
「ど・こ・が。借金を自分と母親に丸投げして雲隠れのバカ親父っすよ? 養育費払ってるからって調子乗ってんじゃねーですよって感じっす」

 あはは、とリシアは笑う。散々罵倒しておきつつも、その気になれば踏み倒せそうな借金をわざわざ働いて返しているグレーダの本心には触れないでおこう。

「……で、自分に何か用事で? 面倒事は聞く前から拒否っすけど」

 あぁそうだ、とリシアは思い出したように手を叩く。

「コーネルを呼んできて欲しいのよ。もうすぐパーティーの時間だから」
「パーティー?」
「ちょっと、メイドなのに今日の宴の話聞いてなかったの?」
「宴を開くほどの何かがあるんで?」

 リシアは呆れを通り越して苦笑いをした。

「今晩はうちと分家の親睦パーティーなの。……というのは表向きで、実際はコーネルと従妹のマオリを婚約させようって魂胆なんだけどね」
「あぁ……そりゃ王子も出てこないわけっすよ。あの人めっちゃ嫌そうな顔してましたもん」
「でも分家との関係もあるわけだし……。出席するだけでもしてもらわないと困るのよね」
「んな事言うんなら王女が直接行ったらどうっすか」
「私はこれから分家を出迎えに行かなきゃいけないの。ねぇ、お願いよグレーダ」
「……はぁ。わかりましたよ。行きゃあいいんでしょ行きゃあ」
「頼むわね」

 肩を回して面倒そうに城内へと向かうグレーダを見送り、リシアは空を見上げた。茜色の空にぽつぽつと星が見え始める。

「まったく世話の焼ける弟だわね……。私がここからいなくなったらどうするのかしら」



 階段を上り、廊下の角を曲がった一番奥に王子の部屋がある。そういえば箒を置いてくるのを忘れた。仕方なく肩に担ぎ、グレーダは扉を叩く。

「王子ー。そろそろパーティーらしいっすよ。さっさと出てきてくださいよ面倒くさい」

 しかし返事はない。チッ、と舌打ちしたグレーダは有無を言わさず扉を無理やり開いた。
バタン、と開いた扉の向こう。だが室内は照明も付けておらず、ベランダが開け放たれカーテンが風に揺れていた。
彼の部屋はいやに広い。それこそベッドと机程度しかないほどだ。隠れる場所などないが、どこをどう見ても王子がいない。

「王子ー? ったく、ガキじゃないんだから駄々こねないで……」

 開けられるものを全て開け、ひっくり返せるものは全てひっくり返した。それでも王子は見つからない。しばらく部屋を見つめてから、グレーダはベランダに出てみた。そこにも彼はいなかったが、その代わりに見つかったものがあった。――ベランダの手すりから外へと垂れるロープ。

「……あ、王子脱走した」



 普通のメイドならば慌てて報告に走るところを、グレーダはのろのろと廊下を行き、国王の部屋の扉を叩いた。

「どうしたのだ、グレーダ?」
「なんか、王子どっか行ったみたいっす」

 あまりの適当な言葉に一瞬状況が頭を通り過ぎたが、国王は思い切り立ち上がって目を見開いた。

「コーネルが?!」
「ベランダにロープが括ってあって、多分それ伝ってどっか行ったんだと思うっす」
「馬鹿な……」

 思わず頭を抱えた国王に、更に追い打ちがかかる。

 グレーダの後ろで思い切り扉が開き、リシアが駆け込んできた。

「お父様、大変!! 分家の馬車が賊に襲われたって!!」

 ダンッ!と机を叩いた国王は、すぐに命令する。

「即刻コーネルを連れ戻せ!! そして騎士団はすぐに分家の保護へ迎えと命令せよ!!」
「え、なに? コーネル? お父様、どういう……」
「早く!!」
「は、はいっ!! ちょ、ちょっとグレーダ、後で説明してちょうだい!!」

 グレーダにぼんやりと見送られつつ、訳も分からないままリシアは慌てて部屋を飛び出していった。
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