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2章 凪を切り裂く二つの剣

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 青の国、王都カレイドヴルフ。今日も気の遠くなるような晴天が広がっている。真っ青な空、絵具を垂らしたような白い雲。この国は、一年のほとんどが常夏だ。ジメジメとした雨期が過ぎ、今まさに『夏』真っ盛り。海に面する楽園であるこの国、特に王都は、富裕層が余暇を過ごすためにお忍びでやってくる観光地でもある。

 青の国を治める王家、オリゾンテ家。古くから緑の国のアクイラ王家と親交が深く、両国の同盟関係は、実質双方の国王の友人関係から成り立っているようなものである。今代の両国王、アメシスとラズワルドもまた、幼い頃から共に笑い、共に修行をしてきた仲だった。    
 閉ざされた括りの中で生きる王族にとって、友と呼べる相手は唯一無二に等しい。半身のようだとも言える。そんな親友が先日ついに病でこの世を去り、その報せに心が引き裂かれる思いだ。だが今回に至っては、少々事情が複雑である。

 ――緑の国の王都が一夜にして落ちた。

 そんな一報を受け、現状の把握を急がせる。親友の死とほぼ同じタイミングでの王城陥落など、誰がどう見ても少なからず陰謀じみたものを感じさせる。極めつけは、親友の忘れ形見である王子の安否も不明であること。偵察兵の報告では、親友の遺体は見つかったものの、その子供の亡骸は見つからなかったという。更に言えば、その子を長年見ていたはずの従者でさえ、行方がわからなくなっている。

 ラズワルドは心底頭を抱えていた。幸い、自国は今何の問題もなく機能してはいるが、同盟国の王都が落ちたとなると、こちらとしても見過ごすわけにはいかない。それだけならまだいいが、この絶望的な状況を、果たして自分の息子に伝えるべきか否か……――

「父上!!」
「ノックくらいせぬか、馬鹿者。礼儀がなっとらんぞ」

 乱暴に扉が蹴り開けられ、ラズワルドは深く溜息を吐く。どこかの愚か者からの吹聴か、はたまた当人の地獄耳か、この悲劇的な現状を息子が知ってしまったようだと察する。

 血相を変えてラズワルドの執務室にやってきたのは、鮮やかな橙髪で海色の鋭い両眸をした年若い青年。――ラズワルドの親友の忘れ形見と同い年の、この国の第一王子だ。

「ミストルテイン城が落ちたと! 本当なのですか?!」

  やはりその話か、とラズワルドはもう一度溜息を吐いた。

「まったく、誰から聞いたのだ。……あぁ、相違ない。ミストルテイン城は落ちた。我が親友アメシスは遺体で発見されたらしい。それで、ジストの事だが……」
「……奴はどこに?」

 ぐ、と拳を握る息子の姿。それは彼の『親友』の死を覚悟するものではなく、絶対に認めないという強固な姿勢の表れのようだ。やれやれと首を振ったラズワルドは、仕方なく事実を告げた。

「ジストの遺体は、見つかっておらぬ。つまり、今のところ、あやつは『行方不明』という扱いになる。だがこの状況だ。期待薄とも言える。最悪の事態も考えておかねばならぬ」
「最悪の……?」
「アクイラ王家の断絶、緑の国の崩壊だ」

 ダンッ!と、王子はありったけの力で父親の執務机に拳を叩きつける。積み上げられていた書類がヒラヒラと崩れた。

「俺は認めない。あいつはこんな事で死ぬような奴ではない。そうでしょう、父上。まだ遺体は見つかっていないんだ。どこかに逃げたかもしれない。父上、俺にご命令下さい。直々にミストルテインへ偵察に行けと」

 瞬時に、今度はラズワルドが机を叩きつけた。

「ならぬぞ、コーネル!! この大馬鹿者め!! ……お前はこの国の跡取りだ。ミストルテイン壊滅の原因もまだわからない今、そう易々と王子を派遣できるものか!! お前の身に何かが起きたらこの国も終わるのだぞ!! 身の程を弁えろ!!」

 ピシャリとした雷のような怒号。王子――コーネルは、不服そうにチッと舌打ちをする。

「黙って見ていろと? こういう時こそ、何とかしてやるのが同盟国というものではないのか?! 俺は、椅子に座って駒を動かすだけの国王にはなりたくない!!」
「知った風な口をきくな、青二才が! また牢屋で謹慎したいのか! ……とにかく、現状を確実に把握せねば、迂闊に手を出せないのが現実なのだ。闇雲に突っ走る者など、ただの愚か者だ」

 コーネルは苛立ちを隠せず、食いしばった歯を覗かせている。

「お前は騎士団の方の様子を見に行け。総帥の立場があるだろう? 緑の国の次はこの国が危機に陥るかもしれない。警戒を強めるように指示を出しておけ」
「……御意」

 言葉ではそう言うが、明らかに納得していない雰囲気が隠し切れていない。背を向けて部屋を出たコーネルは、力任せに思い切り扉を閉めて立ち去って行った。
 肩の緊張をほぐし、ラズワルドは椅子の背に身を預ける。右手の親指に嵌められている指輪を眺め、彼は三度、長々と溜息を吐いた。

「わしには友を悼む暇も与えられぬというのか。本当に、コーネルは何をしでかすかわかったものではないな……」

 これで黙って引き下がるほど、コーネルは聞き分けのいい息子ではない。頭痛の種は増えるばかりだ。

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