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最終章 王女と騎士
第四十二話
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「……何故だ、柏木悠斗」
塔の頂上で、鎧騎士と王が再び対峙する。
王の表情にかつての静かさと余裕はない。その瞳は、理解できないものに対する畏怖に震えていた。
「希望を根こそぎ奪い、実力差をこれでもかと分からせられた君が、なぜまだ立ち上がれる。どうしてそこまで自我を保つことができるのだ?」
「俺が鎧騎士であり、ユニの希望だからだ」
聖剣『アロンダイト』を構えると、一瞬、王が怯んだ。
己の中に芽生えた恐怖を否定するように、ありったけの怒りを込めて叫ぶ。
「馬鹿も休み休み言え! 貴様は希望ではない! 自分の弱さを知らないクズでカスのドブネズミ同然の存在なんだよ! 柏木悠斗!」
王がかざした掌に、闇を纏う駒が顕現する。
駒から発させられる瘴気から次々と悪鬼が現れる。
「私は全てを支配する、この星の王だ! あらゆる者を支配する私は神だ! もはや如何なる手段を用いても、私を滅ぼすことはできない!」
悪鬼の軍勢の中、王は叫び続ける。
「何故、私の慈悲を拒む? 生き地獄に身を委ねる?」
「命を弄び、人の尊厳を踏み躙るお前には、俺の気持ちなど永遠に分からないだろうな!」
「命を弄んだ? 尊厳を踏み躙った? 馬鹿もここまで来ると傑作だな! 貴様ら奴隷の命と尊厳は、支配者たる私の自由なんだよ!」
悪鬼の軍勢にただ一人、戦い続ける鎧騎士。
「だからお前は馬鹿なんだ!」
『必殺技・救済』
鎧騎士の両手にエネルギーが集中する。床に拳を振るい、迫り来る悪鬼達の足元から光の柱が立ち昇る。
光の柱に呑まれた悪鬼は粒子となって散り、何十といた悪鬼が姿を消す。
粒子が舞う中、鎧騎士はアロンダイトを下段に構えながら王に迫る。
対する王は、驚きはするも動きに無駄はなく、戦斧を体の前に持ってきてアロンダイトと切り結んだ。
「私が馬鹿だと? 王になんたる暴言を!」
「事実だろ!」
「戯言を!」
王の、呪力を纏った拳に吹き飛ばされ、膝をつく。片膝立つ鎧騎士を、王が蔑むように見下ろしてくる。
「君は何も分かっていない。私の行為は侵略ではない。貴様ら人類の為でもあるのだ!」
「俺たちの……為だって⁉︎」
「そもそも、戦いを仕掛けてきたのは貴様らの方だ! 強大な力を恐れた人間は、共存を望む我々を攻撃してきた。少ない同胞たちが目の前で痛ぶらながら殺されていった! 助けを求める声が今も頭の中で響いている! 助けて、死にたくないって声が今も聞こえてくる! だから私は決めたのだ! 同胞たちの安息の地の為に、人類を消滅させることを!」
それは、俺がロットから聞いた詳細と一致している。きっと、昔の人間が呪力を迫害したというのも、本当の事なのだろう。
「呪力は、人類が消滅したこの星で永遠に生き続ける。その代わりに、人類は次なる段階へと向かえる! 肉体の呪縛から解き放たれ、死をも超越する事で輪廻転生から外れ、永遠の安楽を手に入れられるんだぞ⁉︎ 恐怖すらない永遠の安らぎこそが、貴様ら人類が望む結末だろ!」
確かに、恐怖のない世界は理想郷かもしれない。しかし。
「にも関わらず、君たちはそれを否定している……つまり! 人類の望みを拒み、両者の秩序を脅かしているのは、君達だ!」
そればかりは、俺にも擁護出来ない。人類が望む理想郷と、呪力が望む理想郷。互いに得しかない結末を否定するのが、本当に正しい選択なのかは、俺には分からない。
でも。それでも。
「ならなんで……諦めたんだ!」
「なに……?」
「なんでいきなり支配しようと考えたんだ! どうして全てを打ち明けて、話し合おうとしなかったんだ!」
「どうして……? どうやら、私の話を聞いていなかったらしいな!」
戦斧から呪力が溢れ出す。王の怒りに共鳴し、威力が上がっていく。
「最初に戦いを仕掛けてきたのは……貴様らの方だっ!」
溢れる呪力が鋭い槍となって四方から迫り来る。
刺された穴から、勢いよく鮮血が溢れ始める。
「封印から解放された時、私は悟った……」
──でも。
「今こそ、呪力の理想郷を創世する時だと」
「……っ!」
違う。
それは、それだけは。
「そろそろ終わりにしよう……君だけを抹消して、女王を返してもらう!」
五本目の槍がブレスレットに食い込み、駒を引き剥がそうとする。
ブレスレットについた傷から、呪力が溢れ出す。
その、呪力が。
「違う!」
俺の声に反応して、輝いた。
「っ! なんだ……?」
呪力の輝きが増していき、体の底から力が湧き上がる。
「お前たちは、人間との共存を強く望んだ! でも、傷ついたから諦めた。分かり合えないと絶望して、諦めた……助けを求めずに、強がった!」
かつての自分の姿が、脳裏にチラつく。
「あいつは……ロットは、自分が消えると分かっていても諦めずに、俺の為に戦ってくれた!」
親友の姿が、脳裏に浮かび出る。
「俺が大好きな女の子は、みんなの為に力を貸してくれた! お前たちが支配しようとする人間の為に、危険も顧みずに!」
ユニの姿が、脳裏に浮かび出る。
「傷ついても、否定されても、諦めなかった! だから俺たちは共に生きる事が出来た!」
離したアロンダイトを振りかぶり、戦斧と切り結ぶ。
「諦めなければ道は拓ける! 一回で絶望し、諦めたお前には、負けられないんだ! アイツらが示した道が間違っていなかった事を証明する為に!」
「黙れ小僧があああ!」
一合、二合、三合と切り結ぶ。
「俺は諦めない! やってみせる!」
横薙ぎの戦斧の腹を下から剣で叩き、王の攻撃を避ける。
「私は、果たさねばならぬのだ! 王として!」
相手が体勢を立て直すより速く、袈裟懸けの一撃を浴びせる。
「うおおおぉぉぉっ‼︎」
返す剣を振り下ろし、戦斧を斬り飛ばす。
ガラ空きになった胴体目掛けて、アロンダイトを力強く振り下ろす。
王の鎧が崩れ、溢れ出す呪力が、光の粒子となって散っていく。
しかし──
「無駄だと言っているのがまだ分からないのか!」
受けた傷を気にせず、呪力を纏った拳を容赦なく振るう。
アロンダイトで受け止め、拮抗する。
「言っただろ! 私を倒す事はできない! 私の特性『支配』の前には、如何なる攻撃も無力と化す!」
支配……女王を通して流れてきた情報にある、王の駒の特性。
自分に向けられた呪力を力に換える能力。必殺技を真正面から受けて無傷なうえ、一撃の威力が桁違いなのは、放たれた呪力を全て自分の力に換えていたからだ。
呪力の王に相応しいと言わざるを得ない、完璧な特性。
「君がいくら強がろうと、私を止めることは……!」
王は気付いたようだ。
自分の傷が、治らないことに。
「な、なんだと⁉︎ 傷が治らない!」
狼狽え、呪力が溢れる傷口を塞ぐ王。
「貴様! 何をした!」
「浄化したんだよ。呪力を」
光の粒子となった呪力を見ながら、王にアロンダイトを突きつける。
「女王の特性『慈愛』は、触れたあらゆる呪力を浄化する! つまり、お前が取り込んだ呪力は戻る事なく消滅するんだ!」
正確には、消滅ではなく成仏に近い。
現世に残る呪力とは、読んで字の如く呪いの力だ。過去の人間たちに殺された恨みが呪いとなって駒に残り続け、人間の欲望を糧に具現化する存在。
女王の特性『慈愛』は、呪力が持つ恨みを祓い、苦しみから解き放つ能力。その対象は全ての呪力であり、触れればそれだけで浄化される。
ユニが触れただけで駒を浄化出来たのは、無意識に女王の特性を使っていたからだろう。パソコンを要求したのは、それっぽく見せる為に違いない。
「もうお前は無敵じゃない! 大人しく裁かれろ、王!」
「はしゃぐなよ! まだ私は半分の力も出していないんだ!」
「俺は三割しか出してないがな!」
四枚の白翼が展開され、天高く舞い上がる。
夕陽を背に頂上を見下ろし、白翼から無数の矢が顕現する。
『必殺技・希望』
光の矢が洪水のように降り注ぐと、次々と王の体から光の粒子が溢れ出していく。
「ぬ……ぬわぁぁぁ! 力が、力が抜けていくー!」
鎧を維持する事すら出来ずに、王の姿が細々としていく。
矢の洪水が止み、王の前に降り立つと、もはや戦斧すら握れないほど衰弱していた。
「人間如きに敗れるなんて……私は悪夢を見ているのか!」
「これが現実だ、王」
ブレスレットから女王を外し、アロンダイトの柄頭に嵌め込む。
『必殺技・慈愛』
鍔の白翼が巨大化し、光の粒子が集まっていき、アロンダイトが巨大な粒子の剣と化す。
「認めん……認めんぞぉ! 私が人間に敗れるなど、認められる筈ないだろぉ!」
王の右手に残された呪力が集まっていき、巨大な黒い剣となる。
白と黒の剣がぶつかり合い、塔全体が大きく揺れる。
「私は王だ! 全てを支配する完璧にして不滅の存在なのだ!」
黒い刃が纏う呪力たちが悲鳴を上げながら強まる中、白い刃は安らぎの光を徐々に強めていく。
「最初から完璧な生き物なんていない! 足りない所を助け合って、初めて完璧になれるんだ! それが分からない奴に、王を名乗る資格はない!」
「黙れと言っているのだ! 不完全で、出来損ないの、下等生物がぁぁぁ!」
黒い刃の悲鳴が一際強くなり、重みが増していく。
だが、白い刃が放つ光が悲鳴を上げる呪力に安らぎを与え、苦しむ事なく浄化していく。
解放された呪力は、全て貴重な魂だ。ほんの僅かでも無駄にはしない。欠片も残さずに全て浄化してみせる。
黒い刃が少しずつ縮小化していく。呪力が徐々に浄化されていき、刃自体が消えかかっている。
「何故だ! 何故私の元から離れる! 愚民ならば、王の為に戦え!」
「その考えが間違っているんだよ!」
白い刃を纏わせたアロンダイトが、あれほど強固だった鎧を切り裂いて、王の腹を刺し貫く。
王の全身から呪力が、粒となって溢れていく。
「他の呪力も、本当は支配なんか望んじゃいなかった! 時間をかけてでも人間と和解して、互いに損得ない共存を強く望んでいた! お前は他の声も聞かずに、自分の絶望を他に強いていただけなんだよ‼︎」
拳を握り、力任せに叩き込む。
「今が駄目でも次がある! 生きてる限り、立ち上がる事は出来る! 一回の失敗で諦めなければ、必ず道は拓けるんだ!」
四枚の白翼から光の粒子が噴き出し、腹を刺し貫かれた王ごと空へと押し上げる。
登りかけた月をバックに王からアロンダイトを抜き、肩に担ぐように構える。
「分かり合う道を選ばず、己の欲望を満たす為だけに支配を望んだ罪を償え!」
光の翼が巨大化し、アロンダイトが動く。
十字に斬られた王から、残された呪力が溢れていく。
「負ける……⁉︎ この私が、負けるというのかぁ⁉︎」
粒子となる呪力を必死に集めるが、みな離れるかのように手を避けてから消えていく。
「何故……何故なんだ! 私はどこで間違えたと言うのだ! 私はただ……同胞のために‼︎」
「言っただろ! お前が他に絶望を強いたからだ!」
アロンダイトを手放し、ブレスレットのボタンを押す。
『必殺技・安息』
右足に光の粒子が集中する。光の翼を仰ぎ、王に向かって最後の技を繰り出す。
「鎧騎士ォォォォ! 貴様がぁぁぁ!」
王の体が消えていく。だがその表情は憎悪で染まっていた。
きっと……王を浄化するのは、女王の特性だけでは無理なのだろう。
力ではない。彼には──。
「俺はお前のやり方に共感できない。間違ってるとも思う。だけど」
かつての自分に言い聞かせるように、優しく、微笑みながら伝える。
「ずっと一人で、よく頑張った。だから、もう休め」
「……ッ‼︎」
彼の頑張りを褒めて、労いの言葉を贈る。
誰かが認めてあげる。それこそが、今の王が一番求めている事なのかもしれない。
王はその言葉を待っていたのか、少しだけ表情が和らいだ……ように見えた。
そして。
ありったけのエネルギーを、想いを注ぎ込んだ一撃が、王の胸に深く突き刺す。
「ぐふっ……うぁ……」
浄化の力によって、己の呪力が消えていく。
だが、怖くない。
ようやく……解放される。王の責務から。
「……ありがとう」
自分を救ってくれた──許してくれた少年を目に焼き付け、安心したように笑って、王は浄化される。
俺の目の前で、王が光の粒子となって消えるのとほぼ同時に。
「あ……」
鎧騎士の変身が解除され。
目の前に、一人の少女が現れた。
ユニではない。身長が百四十ほどの小柄な少女で、床に着きそうなほど長い、純金を溶かしたかのような金髪を一つに結っている。
顔はユニと似ている。唯一の違いは、瞳の色が蒼色な事ぐらいだ。
「……意外と、小さかったんですね」
俺は少女──女王に言うと、くすくすと笑いながら答えてくれた。
「本当、ランスと同じぐらい太々しい子ね」
「ランス……?」
「ランスロット。私の夫のことよ」
そう言えば、この人結婚してるんだった。こんな可憐な少女と結婚なんて、ランスロットって変態か?
女王は、微笑みながら言った。
「柏木悠斗くん。あなたには感謝だけでは足りないほどの恩義があります」
「良いですよ。俺が勝手にやったことなんで」
「いえ……あなたを巻き込んでしまったのは、全て私の落ち度です。千年前に封印に留まったばかりに、現世で関係ない者を多く巻き込んでしまった……平穏な人生を歩む筈だったあなたの人生を歪めてしまった」
凛とした表情に切り替えた女王が、真っ直ぐ俺の目を見て言う。
「償いとして、あなたの望みを可能な限り叶えます。なんでも言ってください」
「望みを叶える⁉︎ そんな事出来るんですか?」
なら、ユニを生き返らせてくれ。
と言うより早く、女王が指摘する。
「はい。ですが、死んだ人間を生き返らせる事は出来ません」
流石は一年を共に過ごしていただけはある。俺の考えなどお見通しというわけか。
「死んだ魂は肉体を離れ、私たちが住む次元とは違う次元へと向かいます。別次元から魂を呼び戻す事はできません」
「……なら、聞かせてくれ。あなたは何故ユニの体を使って、俺と会ったんですか?」
「ユニが私の子孫だからです」
「なっ……んだと⁉︎」
ユニが女王の子孫? という事は、俺と同じ英雄の血筋……つまり、家族だということか?
「五十年前、封印から解かれた時に気付きました。我が一族に生まれる女性は古くから短命で病弱でしたからね。王に殺されたユニの魂に承諾を得て、彼女の体を拝借しました」
「なんで、ユニは承諾したんですか?」
「みんなの為よ。他の子たちが殺されるのを嫌がったユニは、私に一人でも多く救って欲しくて肉体を与えてくれた。しかし肉体に宿った瞬間に王の不意打ちを受けて、偽りの記憶を与えられて西橋都に放り出されてしまった」
「だから俺の家の前にいたのか」
「あなたと会ったのも、全ては王の筋書き通りなのよ。あなたの人生は王に弄ばれた。だから私がその責任を果たします。彼を止められなかった償いとして」
俺は、言葉に悩んだ。
ユニが生き返らない。だったら、願うことなんて何もない。
「……聞きますが、消滅した人たちはどうなるんですか?」
「彼らなら大丈夫。王が消滅した事で塔の一部の機能が停止して、直に肉体を取り戻す筈よ。消滅していた時の記憶もない筈だから、明日からいつも通りの日常が戻るはず。個人差はあるけど」
「そっか……ならいいや」
その場に座り込み、月夜を眺める。
長い戦いが終わった。両親の仇も取れて、消滅した人たちも帰ってくる。万々歳じゃないか。
……なのに、どうしてこんなに胸が痛むんだ?
分かってる。
ユニに会えない。それが何よりも辛い。
「……私がもう一度体に入ることで、ユニとして振る舞う事はできます。それでもいいなら」
「駄目に決まってるじゃないですか」
確かに、そういう選択もある。彼女がユニを演じれば、胸の痛みも少しは薄れるかもしれない。
「けど、ユニは俺たちの為に死んでからも戦ってくれた。だから、もう休ませてあげないと」
王と同じだ。死んでからも戦い続けたユニを、俺の勝手な願望でこれ以上苦しませる訳にはいかない。
「あなたの優しさに敬意を表します。でしたら、一体何を願うというのですか?」
「……決まってるでしょ」
振り向き、女王に笑いかける。
「俺の願い。それは──」
塔の頂上で、鎧騎士と王が再び対峙する。
王の表情にかつての静かさと余裕はない。その瞳は、理解できないものに対する畏怖に震えていた。
「希望を根こそぎ奪い、実力差をこれでもかと分からせられた君が、なぜまだ立ち上がれる。どうしてそこまで自我を保つことができるのだ?」
「俺が鎧騎士であり、ユニの希望だからだ」
聖剣『アロンダイト』を構えると、一瞬、王が怯んだ。
己の中に芽生えた恐怖を否定するように、ありったけの怒りを込めて叫ぶ。
「馬鹿も休み休み言え! 貴様は希望ではない! 自分の弱さを知らないクズでカスのドブネズミ同然の存在なんだよ! 柏木悠斗!」
王がかざした掌に、闇を纏う駒が顕現する。
駒から発させられる瘴気から次々と悪鬼が現れる。
「私は全てを支配する、この星の王だ! あらゆる者を支配する私は神だ! もはや如何なる手段を用いても、私を滅ぼすことはできない!」
悪鬼の軍勢の中、王は叫び続ける。
「何故、私の慈悲を拒む? 生き地獄に身を委ねる?」
「命を弄び、人の尊厳を踏み躙るお前には、俺の気持ちなど永遠に分からないだろうな!」
「命を弄んだ? 尊厳を踏み躙った? 馬鹿もここまで来ると傑作だな! 貴様ら奴隷の命と尊厳は、支配者たる私の自由なんだよ!」
悪鬼の軍勢にただ一人、戦い続ける鎧騎士。
「だからお前は馬鹿なんだ!」
『必殺技・救済』
鎧騎士の両手にエネルギーが集中する。床に拳を振るい、迫り来る悪鬼達の足元から光の柱が立ち昇る。
光の柱に呑まれた悪鬼は粒子となって散り、何十といた悪鬼が姿を消す。
粒子が舞う中、鎧騎士はアロンダイトを下段に構えながら王に迫る。
対する王は、驚きはするも動きに無駄はなく、戦斧を体の前に持ってきてアロンダイトと切り結んだ。
「私が馬鹿だと? 王になんたる暴言を!」
「事実だろ!」
「戯言を!」
王の、呪力を纏った拳に吹き飛ばされ、膝をつく。片膝立つ鎧騎士を、王が蔑むように見下ろしてくる。
「君は何も分かっていない。私の行為は侵略ではない。貴様ら人類の為でもあるのだ!」
「俺たちの……為だって⁉︎」
「そもそも、戦いを仕掛けてきたのは貴様らの方だ! 強大な力を恐れた人間は、共存を望む我々を攻撃してきた。少ない同胞たちが目の前で痛ぶらながら殺されていった! 助けを求める声が今も頭の中で響いている! 助けて、死にたくないって声が今も聞こえてくる! だから私は決めたのだ! 同胞たちの安息の地の為に、人類を消滅させることを!」
それは、俺がロットから聞いた詳細と一致している。きっと、昔の人間が呪力を迫害したというのも、本当の事なのだろう。
「呪力は、人類が消滅したこの星で永遠に生き続ける。その代わりに、人類は次なる段階へと向かえる! 肉体の呪縛から解き放たれ、死をも超越する事で輪廻転生から外れ、永遠の安楽を手に入れられるんだぞ⁉︎ 恐怖すらない永遠の安らぎこそが、貴様ら人類が望む結末だろ!」
確かに、恐怖のない世界は理想郷かもしれない。しかし。
「にも関わらず、君たちはそれを否定している……つまり! 人類の望みを拒み、両者の秩序を脅かしているのは、君達だ!」
そればかりは、俺にも擁護出来ない。人類が望む理想郷と、呪力が望む理想郷。互いに得しかない結末を否定するのが、本当に正しい選択なのかは、俺には分からない。
でも。それでも。
「ならなんで……諦めたんだ!」
「なに……?」
「なんでいきなり支配しようと考えたんだ! どうして全てを打ち明けて、話し合おうとしなかったんだ!」
「どうして……? どうやら、私の話を聞いていなかったらしいな!」
戦斧から呪力が溢れ出す。王の怒りに共鳴し、威力が上がっていく。
「最初に戦いを仕掛けてきたのは……貴様らの方だっ!」
溢れる呪力が鋭い槍となって四方から迫り来る。
刺された穴から、勢いよく鮮血が溢れ始める。
「封印から解放された時、私は悟った……」
──でも。
「今こそ、呪力の理想郷を創世する時だと」
「……っ!」
違う。
それは、それだけは。
「そろそろ終わりにしよう……君だけを抹消して、女王を返してもらう!」
五本目の槍がブレスレットに食い込み、駒を引き剥がそうとする。
ブレスレットについた傷から、呪力が溢れ出す。
その、呪力が。
「違う!」
俺の声に反応して、輝いた。
「っ! なんだ……?」
呪力の輝きが増していき、体の底から力が湧き上がる。
「お前たちは、人間との共存を強く望んだ! でも、傷ついたから諦めた。分かり合えないと絶望して、諦めた……助けを求めずに、強がった!」
かつての自分の姿が、脳裏にチラつく。
「あいつは……ロットは、自分が消えると分かっていても諦めずに、俺の為に戦ってくれた!」
親友の姿が、脳裏に浮かび出る。
「俺が大好きな女の子は、みんなの為に力を貸してくれた! お前たちが支配しようとする人間の為に、危険も顧みずに!」
ユニの姿が、脳裏に浮かび出る。
「傷ついても、否定されても、諦めなかった! だから俺たちは共に生きる事が出来た!」
離したアロンダイトを振りかぶり、戦斧と切り結ぶ。
「諦めなければ道は拓ける! 一回で絶望し、諦めたお前には、負けられないんだ! アイツらが示した道が間違っていなかった事を証明する為に!」
「黙れ小僧があああ!」
一合、二合、三合と切り結ぶ。
「俺は諦めない! やってみせる!」
横薙ぎの戦斧の腹を下から剣で叩き、王の攻撃を避ける。
「私は、果たさねばならぬのだ! 王として!」
相手が体勢を立て直すより速く、袈裟懸けの一撃を浴びせる。
「うおおおぉぉぉっ‼︎」
返す剣を振り下ろし、戦斧を斬り飛ばす。
ガラ空きになった胴体目掛けて、アロンダイトを力強く振り下ろす。
王の鎧が崩れ、溢れ出す呪力が、光の粒子となって散っていく。
しかし──
「無駄だと言っているのがまだ分からないのか!」
受けた傷を気にせず、呪力を纏った拳を容赦なく振るう。
アロンダイトで受け止め、拮抗する。
「言っただろ! 私を倒す事はできない! 私の特性『支配』の前には、如何なる攻撃も無力と化す!」
支配……女王を通して流れてきた情報にある、王の駒の特性。
自分に向けられた呪力を力に換える能力。必殺技を真正面から受けて無傷なうえ、一撃の威力が桁違いなのは、放たれた呪力を全て自分の力に換えていたからだ。
呪力の王に相応しいと言わざるを得ない、完璧な特性。
「君がいくら強がろうと、私を止めることは……!」
王は気付いたようだ。
自分の傷が、治らないことに。
「な、なんだと⁉︎ 傷が治らない!」
狼狽え、呪力が溢れる傷口を塞ぐ王。
「貴様! 何をした!」
「浄化したんだよ。呪力を」
光の粒子となった呪力を見ながら、王にアロンダイトを突きつける。
「女王の特性『慈愛』は、触れたあらゆる呪力を浄化する! つまり、お前が取り込んだ呪力は戻る事なく消滅するんだ!」
正確には、消滅ではなく成仏に近い。
現世に残る呪力とは、読んで字の如く呪いの力だ。過去の人間たちに殺された恨みが呪いとなって駒に残り続け、人間の欲望を糧に具現化する存在。
女王の特性『慈愛』は、呪力が持つ恨みを祓い、苦しみから解き放つ能力。その対象は全ての呪力であり、触れればそれだけで浄化される。
ユニが触れただけで駒を浄化出来たのは、無意識に女王の特性を使っていたからだろう。パソコンを要求したのは、それっぽく見せる為に違いない。
「もうお前は無敵じゃない! 大人しく裁かれろ、王!」
「はしゃぐなよ! まだ私は半分の力も出していないんだ!」
「俺は三割しか出してないがな!」
四枚の白翼が展開され、天高く舞い上がる。
夕陽を背に頂上を見下ろし、白翼から無数の矢が顕現する。
『必殺技・希望』
光の矢が洪水のように降り注ぐと、次々と王の体から光の粒子が溢れ出していく。
「ぬ……ぬわぁぁぁ! 力が、力が抜けていくー!」
鎧を維持する事すら出来ずに、王の姿が細々としていく。
矢の洪水が止み、王の前に降り立つと、もはや戦斧すら握れないほど衰弱していた。
「人間如きに敗れるなんて……私は悪夢を見ているのか!」
「これが現実だ、王」
ブレスレットから女王を外し、アロンダイトの柄頭に嵌め込む。
『必殺技・慈愛』
鍔の白翼が巨大化し、光の粒子が集まっていき、アロンダイトが巨大な粒子の剣と化す。
「認めん……認めんぞぉ! 私が人間に敗れるなど、認められる筈ないだろぉ!」
王の右手に残された呪力が集まっていき、巨大な黒い剣となる。
白と黒の剣がぶつかり合い、塔全体が大きく揺れる。
「私は王だ! 全てを支配する完璧にして不滅の存在なのだ!」
黒い刃が纏う呪力たちが悲鳴を上げながら強まる中、白い刃は安らぎの光を徐々に強めていく。
「最初から完璧な生き物なんていない! 足りない所を助け合って、初めて完璧になれるんだ! それが分からない奴に、王を名乗る資格はない!」
「黙れと言っているのだ! 不完全で、出来損ないの、下等生物がぁぁぁ!」
黒い刃の悲鳴が一際強くなり、重みが増していく。
だが、白い刃が放つ光が悲鳴を上げる呪力に安らぎを与え、苦しむ事なく浄化していく。
解放された呪力は、全て貴重な魂だ。ほんの僅かでも無駄にはしない。欠片も残さずに全て浄化してみせる。
黒い刃が少しずつ縮小化していく。呪力が徐々に浄化されていき、刃自体が消えかかっている。
「何故だ! 何故私の元から離れる! 愚民ならば、王の為に戦え!」
「その考えが間違っているんだよ!」
白い刃を纏わせたアロンダイトが、あれほど強固だった鎧を切り裂いて、王の腹を刺し貫く。
王の全身から呪力が、粒となって溢れていく。
「他の呪力も、本当は支配なんか望んじゃいなかった! 時間をかけてでも人間と和解して、互いに損得ない共存を強く望んでいた! お前は他の声も聞かずに、自分の絶望を他に強いていただけなんだよ‼︎」
拳を握り、力任せに叩き込む。
「今が駄目でも次がある! 生きてる限り、立ち上がる事は出来る! 一回の失敗で諦めなければ、必ず道は拓けるんだ!」
四枚の白翼から光の粒子が噴き出し、腹を刺し貫かれた王ごと空へと押し上げる。
登りかけた月をバックに王からアロンダイトを抜き、肩に担ぐように構える。
「分かり合う道を選ばず、己の欲望を満たす為だけに支配を望んだ罪を償え!」
光の翼が巨大化し、アロンダイトが動く。
十字に斬られた王から、残された呪力が溢れていく。
「負ける……⁉︎ この私が、負けるというのかぁ⁉︎」
粒子となる呪力を必死に集めるが、みな離れるかのように手を避けてから消えていく。
「何故……何故なんだ! 私はどこで間違えたと言うのだ! 私はただ……同胞のために‼︎」
「言っただろ! お前が他に絶望を強いたからだ!」
アロンダイトを手放し、ブレスレットのボタンを押す。
『必殺技・安息』
右足に光の粒子が集中する。光の翼を仰ぎ、王に向かって最後の技を繰り出す。
「鎧騎士ォォォォ! 貴様がぁぁぁ!」
王の体が消えていく。だがその表情は憎悪で染まっていた。
きっと……王を浄化するのは、女王の特性だけでは無理なのだろう。
力ではない。彼には──。
「俺はお前のやり方に共感できない。間違ってるとも思う。だけど」
かつての自分に言い聞かせるように、優しく、微笑みながら伝える。
「ずっと一人で、よく頑張った。だから、もう休め」
「……ッ‼︎」
彼の頑張りを褒めて、労いの言葉を贈る。
誰かが認めてあげる。それこそが、今の王が一番求めている事なのかもしれない。
王はその言葉を待っていたのか、少しだけ表情が和らいだ……ように見えた。
そして。
ありったけのエネルギーを、想いを注ぎ込んだ一撃が、王の胸に深く突き刺す。
「ぐふっ……うぁ……」
浄化の力によって、己の呪力が消えていく。
だが、怖くない。
ようやく……解放される。王の責務から。
「……ありがとう」
自分を救ってくれた──許してくれた少年を目に焼き付け、安心したように笑って、王は浄化される。
俺の目の前で、王が光の粒子となって消えるのとほぼ同時に。
「あ……」
鎧騎士の変身が解除され。
目の前に、一人の少女が現れた。
ユニではない。身長が百四十ほどの小柄な少女で、床に着きそうなほど長い、純金を溶かしたかのような金髪を一つに結っている。
顔はユニと似ている。唯一の違いは、瞳の色が蒼色な事ぐらいだ。
「……意外と、小さかったんですね」
俺は少女──女王に言うと、くすくすと笑いながら答えてくれた。
「本当、ランスと同じぐらい太々しい子ね」
「ランス……?」
「ランスロット。私の夫のことよ」
そう言えば、この人結婚してるんだった。こんな可憐な少女と結婚なんて、ランスロットって変態か?
女王は、微笑みながら言った。
「柏木悠斗くん。あなたには感謝だけでは足りないほどの恩義があります」
「良いですよ。俺が勝手にやったことなんで」
「いえ……あなたを巻き込んでしまったのは、全て私の落ち度です。千年前に封印に留まったばかりに、現世で関係ない者を多く巻き込んでしまった……平穏な人生を歩む筈だったあなたの人生を歪めてしまった」
凛とした表情に切り替えた女王が、真っ直ぐ俺の目を見て言う。
「償いとして、あなたの望みを可能な限り叶えます。なんでも言ってください」
「望みを叶える⁉︎ そんな事出来るんですか?」
なら、ユニを生き返らせてくれ。
と言うより早く、女王が指摘する。
「はい。ですが、死んだ人間を生き返らせる事は出来ません」
流石は一年を共に過ごしていただけはある。俺の考えなどお見通しというわけか。
「死んだ魂は肉体を離れ、私たちが住む次元とは違う次元へと向かいます。別次元から魂を呼び戻す事はできません」
「……なら、聞かせてくれ。あなたは何故ユニの体を使って、俺と会ったんですか?」
「ユニが私の子孫だからです」
「なっ……んだと⁉︎」
ユニが女王の子孫? という事は、俺と同じ英雄の血筋……つまり、家族だということか?
「五十年前、封印から解かれた時に気付きました。我が一族に生まれる女性は古くから短命で病弱でしたからね。王に殺されたユニの魂に承諾を得て、彼女の体を拝借しました」
「なんで、ユニは承諾したんですか?」
「みんなの為よ。他の子たちが殺されるのを嫌がったユニは、私に一人でも多く救って欲しくて肉体を与えてくれた。しかし肉体に宿った瞬間に王の不意打ちを受けて、偽りの記憶を与えられて西橋都に放り出されてしまった」
「だから俺の家の前にいたのか」
「あなたと会ったのも、全ては王の筋書き通りなのよ。あなたの人生は王に弄ばれた。だから私がその責任を果たします。彼を止められなかった償いとして」
俺は、言葉に悩んだ。
ユニが生き返らない。だったら、願うことなんて何もない。
「……聞きますが、消滅した人たちはどうなるんですか?」
「彼らなら大丈夫。王が消滅した事で塔の一部の機能が停止して、直に肉体を取り戻す筈よ。消滅していた時の記憶もない筈だから、明日からいつも通りの日常が戻るはず。個人差はあるけど」
「そっか……ならいいや」
その場に座り込み、月夜を眺める。
長い戦いが終わった。両親の仇も取れて、消滅した人たちも帰ってくる。万々歳じゃないか。
……なのに、どうしてこんなに胸が痛むんだ?
分かってる。
ユニに会えない。それが何よりも辛い。
「……私がもう一度体に入ることで、ユニとして振る舞う事はできます。それでもいいなら」
「駄目に決まってるじゃないですか」
確かに、そういう選択もある。彼女がユニを演じれば、胸の痛みも少しは薄れるかもしれない。
「けど、ユニは俺たちの為に死んでからも戦ってくれた。だから、もう休ませてあげないと」
王と同じだ。死んでからも戦い続けたユニを、俺の勝手な願望でこれ以上苦しませる訳にはいかない。
「あなたの優しさに敬意を表します。でしたら、一体何を願うというのですか?」
「……決まってるでしょ」
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「俺の願い。それは──」
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