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最終章 王女と騎士
第四十一話
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人は絶望した瞬間に、甘美の表情を見せる。
中でも色濃く絶望の色を出すのは、希望を奪われた時。
王を討った英雄が死んだ時。
病に伏す娘を目の前で殺された時。
想いを告げた者の前で殺された時。
全てを諦め、生気を失った表情。
その者から全てを奪い、支配した高揚感。
私はそれに魅力され、多くの者から希望を奪ってきた。自らの欲望を満たす為に。
そして今──。
過去類に見ない絶望を、見られるかもしれない。
愛する者を奪われ、仲間を犠牲に辿り着いた結果、圧倒的な実力差に敗れ、戦う力を奪われた少年。
諦めなければ、もしかしたら。その可能性を秘めた唯一の希望を無くした時、少年はどんな顔になるのか、楽しみすぎて自然と笑みが溢れてしまう。
壊れたブレスレットを踏み潰し、少年の顔を覗き見る。
少年は、失望を露わにする訳でも、生気を失った訳でもなく──。
毅然とした眼差しで、王を睨んでいる。
その瞳には、今まで見てきた絶望の色は微塵も存在せず、光も消えていない。
俗にいえば、まだ諦めていない。
「……何故、絶望しない」
気付けば、少年に訊ねていた。
長い人生に於いて、希望を奪われてなお毅然とした態度でいられた者はいない。皆が絶望に打ち負かされ、正常ではいられなくなっていた。
なのに何故、この少年は絶望しない。何故、諦めずに戦おうとする?
その時、王は一滴の冷や汗が流れていることに気付き、隠すように拭い取った。
少年は、折れた右足を呪力で無理矢理治し、片膝立ちで王を睨み続けている。
こんな者、取るに足らない弱者だというのに、何故殺すのを躊躇っているのか。王には分からない。
「絶望に何の意味がある……?」
「なに……? どういう意味だ」
謎の問いに答えられずに聞き返すと、少年は不敵な笑みを浮かべて言った。
「絶望の先には何もない。あるのは闇だけだ。何もない闇に向かうぐらいなら、俺は絶対に絶望しない。例え幻でも、そこにある希望を捨てたりはしない」
「……君は馬鹿かな?」
少年が絶望しない理由が、何の根拠もない強がりだって事はよく分かった。
毅然としているせいで焦りはしたが、理由を知ればどうってことはない。
「今の君には幻の希望すらない。変身する力も、生きる理由も、支えてくれる存在もいない。何もない君に、一体何が出来るって言うんだい? よかったら教えてくれたまえ」
立つことすらままならない少年に出来ることはもうない。精々強がるのが関の山だ。
しかし少年は、笑みを薄めずに左手を懐に潜り込ませ──
騎士・僧侶・戦車と三つの駒を取り出した。
「俺には、まだこれがある」
駒を胸に押し当て、三つの刻印が刻まれる。
刻印から黒い瘴気が溢れ出し、少年の全身を繭となって覆い隠していく。繭は内側から漏れ出すエネルギーに耐えきれずにひび割れていき、隙間から黒い閃光を漏らし始める。
ヒビが繭全体に走ると、頂点から一本の黒い柱が伸び出し、繭を完全に破壊する。
柱がゆっくりと細まり、繭からは鎧騎士の成れの果て──混沌形態が姿を現す。
「ほぅ……良い判断ではある」
今の彼ならば、理性を保ったまま混沌を維持する事も、戦うこともできる。
「しかし、馬鹿なのは変わりない」
「なんだと?」
「呪力は欲望か寿命を餌に活動している。三つの呪力を体内に取り込めば、分単位で寿命を削られていく。自殺もいい所だ」
「今死ななければどうでもいい!」
両手から放出される瘴気を複数の矢に物体化させ、王に向けて放つ。
戦斧で飛んでくる矢を全て払い落とすと、身を低くして懐に潜り込んだ混沌が、ガラ空きの腹部に拳を振るう。
スペックは双闘よりも上だと言うのに、王は全く気にせずに戦斧を持ち直し、高く振り上げた。
「無駄だと言っているのに」
「無駄じゃない!」
拳の軌跡上に残る物体化した瘴気を掴み、王の頭を叩く。
瘴気は砕けるが、飛び散る破片が一瞬だが王の視界を遮断する。
一瞬だけ混沌の姿を見失った事で、次に視界が戻る頃には姿を消していた。
周囲を探すより早く、王を取り囲むように漂う瘴気が剣と化し、一斉に動き出す。
「小癪な真似を」
戦斧を持ったまま回転し、飛んでくる剣を全て薙ぎ払うも、今度は頭上から剣となった瘴気が降り注ぐ。
これが混沌形態が持つ特性『物体化』。溢れ出す呪力を物体化させる事で変幻自在な攻防一体を体現している。
王が剣に気付いてから、両拳を前に突き出す事で生まれた瘴気の軌跡を物体化させ、歪な剣を二本生み出す。
上を防げば下から斬られ、下を防げば上から貫かれる。
どっちを選んでもダメージを負う状況。これを王が死ぬまで何度でも繰り返す。
王は接近する混沌に気がつくも、既に遅い。どちらかに対処しなければ、両方受ける事になる。
両手の剣と上の剣が同時に王を襲う。
しかし……。
「期待したのに裏切られた私の身にもなってほしいものだよ」
王は、降り注ぐ剣も、斬りかかる剣も防ごうとせず、腕を組んで仁王立ちしていた。
「だから言ったろ? 無駄だって」
「くっ……‼︎」
砕けた剣を王の頭に放り投げ、回し蹴りを繰り出す。
「んー……君は優しいね。もっと本気を出してくれてもいいんだよ」
「舐めるな!」
拳と蹴りを何度も繰り出し、生み出される瘴気を叩きつける。
「いいよいいよ! 必死に頑張る姿はやっぱりいいね!」
王は一切動かずに受けているのに、余裕たっぷりの態度を崩そうとしない。
「なんで効かないんだよ!」
「だからぁ……」
突然、視認すら出来ない早さで拳が掴まれる。
「無駄だって言ってるんだよ!」
半壊した鎧で覆われた体に、王の重い一撃が命中する。
掴まれた腕が千切れるほどの威力。吹き飛べない事で威力を殺す事ができない。
たった一撃。だが、その一撃にすら耐えられず、混沌は変身を強制解除されてしまう。
「分かったかい? 君が如何に強くなろうが、私には勝てないってことが」
まとわりつく瘴気の破片を払いながら見下ろす王は、吐瀉物を吐く悠斗を踏みつけ、嘲笑するように罵った。
「私を倒そうなんて愚かな夢は諦めて、素直に負けを認めたまえ。そうすれば私の慈悲を持って、特別に許してあげるよ、悠斗くん」
「……ふざ、けるな」
頭に乗る足を掴み、見下ろす王を睨みつける。
「お前からの慈悲なんて、誰が受け取るものか」
「知ってるよ」
首を掴まれ、王の眼前まで吊り上げると、邪悪な魔人の顔が不気味なまでに歪んでいく。
「君が私の言う事を聞くなんて思っちゃいないよ。だから」
悠斗を持ったまま歩み出し、塔の端にまで持っていく。悠斗の位置に足場はなく、足は宙を切っている。
「ここで殺す」
無情の一言と共に手が離され、無重力間から一転して強烈な下降感が襲いかかる。
塔の頂上が一気に離れていき、すぐに見えなくなる。下からの向かい風で全身に強い衝撃が加わり、絶え間なく激痛が襲いくるが、叫び声すら上げる気が起きない。
ブレスレットを壊された。混沌形態ですら歯が立たなかった。もう……王に対抗する手段はない。
俺は……負けた。完膚なきまでに。
目を閉じ、自分自身の中を泳ぐ。
俺は今から死ぬ。みんなに託されて、任されたのに、何も出来ずに死ぬ。
そんな事を思った、瞬間。
今、最も会いたかった相手の後ろ姿が、唐突に目の前に浮かんだ。
「っ!」
それは夢か、妄想か、死ぬ前に見る走馬灯か。
それでもその時、悠斗は確かに、ユニの存在を感じた。
ユニはゆっくりと振り返り、瞳に涙を浮かべながら、笑顔で口を開く。
「ゆっくり眠りたまえ、悠斗くん……」
落ちていく少年から目線を外し、足元の塔をじっくりと見据える。
今度こそ邪魔者は居なくなった。もう、私を止められる者は一人もいない。
「ふ、ふふふ……はははは」
悲願が叶う。理想郷が創世される。
「はーはっはっはっ──!」
高笑いが止まらない。
愚かな人類が消滅し、散っていった同胞たちが望んだ呪力が住む安息の星が誕生する。今日はその記念すべき祝福の日だ。
全身を支配する高揚感。長年夢見た世界が、あともう少しで──
「なんだ⁉︎」
突然、足元が光り出す。
いや、足元が光っているのではない。塔全体が光っているのだ。
電磁波の最大出力まで時間はある。ならば、この輝きはなんだ?
「まさか、女王が!」
塔が持つ電磁波は、女王の特性を広範囲に拡大させたものだ。
そして、塔の機能のほとんどを女王が掌握している。
裏切りを防ぐ為に駒に眠る意識は封印しているが、もし何かの拍子で目覚めたりしたら、計画の破綻に繋がる。
「……いや、焦ることはない」
今更女王が目覚めた所で何も変わらない。
今の女王は単なるエネルギー……実体なき状態では何もできない。媒体がなければ力を行使できない。
逃げた後に、二度と裏切れぬように時間をかけて調教すればいい。人類消滅の期間がわずかに伸びる程度、どうとでも…………
その時、王は気付く。
沈みゆく夕陽が照らす影が、一つ増えている事を。
二つの足で立つそれは、自分の背後に──。
『────。──────』
「ユニ!」
その声を聞いて、俺は求めた。
誰のためでもなく、俺自身が求める『希望』を。
騎士の駒を槍に変え、塔の壁に突き刺す。
落下を強引に止めた衝撃で右腕があらぬ方向へ折れるが、どうでもいい。生きてさえいれば何度でも治る。
「ああ……分かってる……」
今、ここにいるはずのない、けれど確かにここにいる、ユニに向かって頷く。
塔の光が突き刺さる槍に集まり、柄頭が輝き始める。
その時、不思議なことが起こった。
全身の傷が癒えていき、折れた腕が治っていく。
そして、右腕に新たなる、四枚の翼を模したブレスレットが巻き付かれる。
柄頭の輝きが収まると、そこには一つの駒が嵌まっていた。
「約束は守るよ、ユニ」
駒──女王に向かって囁き、胸に押し当てる。
烙印が背中に周り、二枚の白翼が生える。槍を塔から放し、空中で体勢が安定してから一気に上昇すると、ものの数秒で塔の頂上に到着する。
夕陽を背に、俺は四枚羽のブレスレットを構える。
「一緒に戦おう。みんなの為に」
女王の駒をブレスレットに嵌め、一拍置いてからゆっくりと、優しく押し倒す。
銀色の魔法陣が目の前に現れると、中から四枚の白翼を生やした白馬が飛び出し、悠斗の周りを光の柱を伴って走り回る。
「変身……」
俺と、もう一人、聞き覚えのある声が、頂上全体を詠うように響き渡る。
背後で分解・再構築された白馬が次々とパワードスーツに装着されていき、残された翼が背中に刺さる。
二枚の羽が、まるで抱きしめるかのように胸元に折り畳まれると、途轍もなく眩い閃光が炸裂し、世界を純白に染め上げる。
光を嫌がるかのように、王が片手を顔の前にかざしながら後ずさる。
床に転がる聖剣『シュバリエ』を拾い上げると、半ばから無残に折れていた白い剣の刀身が、光そのものが凝集、結晶化するかの如く再生していく。
わずか数秒で刀身を取り戻した聖剣が、ひときわ強烈に輝き──。
しゅばっ‼︎ という音を立て、その閃光が拡散した。
一瞬の静寂を経て、頂上全体に幾千、幾万もの鈴が震えるような、清らかかつ壮大な音が鳴り響いた。視線を動かした王は、呆然と目を見開いた。
元のシュバリエではない。鍔から二枚の翼を生やしており、白ではなく銀色の刀身になっている。
「なんだ……その姿は。まるで……まるで!」
かつて己を倒した憎き宿敵『ランスロット』であり、裏切り者たる『女王』のように見えた。
白銀の鎧騎士は、新たなる聖剣『アロンダイト』を下げながら、王を指差す。
「王……お前は俺たちが裁く」
中でも色濃く絶望の色を出すのは、希望を奪われた時。
王を討った英雄が死んだ時。
病に伏す娘を目の前で殺された時。
想いを告げた者の前で殺された時。
全てを諦め、生気を失った表情。
その者から全てを奪い、支配した高揚感。
私はそれに魅力され、多くの者から希望を奪ってきた。自らの欲望を満たす為に。
そして今──。
過去類に見ない絶望を、見られるかもしれない。
愛する者を奪われ、仲間を犠牲に辿り着いた結果、圧倒的な実力差に敗れ、戦う力を奪われた少年。
諦めなければ、もしかしたら。その可能性を秘めた唯一の希望を無くした時、少年はどんな顔になるのか、楽しみすぎて自然と笑みが溢れてしまう。
壊れたブレスレットを踏み潰し、少年の顔を覗き見る。
少年は、失望を露わにする訳でも、生気を失った訳でもなく──。
毅然とした眼差しで、王を睨んでいる。
その瞳には、今まで見てきた絶望の色は微塵も存在せず、光も消えていない。
俗にいえば、まだ諦めていない。
「……何故、絶望しない」
気付けば、少年に訊ねていた。
長い人生に於いて、希望を奪われてなお毅然とした態度でいられた者はいない。皆が絶望に打ち負かされ、正常ではいられなくなっていた。
なのに何故、この少年は絶望しない。何故、諦めずに戦おうとする?
その時、王は一滴の冷や汗が流れていることに気付き、隠すように拭い取った。
少年は、折れた右足を呪力で無理矢理治し、片膝立ちで王を睨み続けている。
こんな者、取るに足らない弱者だというのに、何故殺すのを躊躇っているのか。王には分からない。
「絶望に何の意味がある……?」
「なに……? どういう意味だ」
謎の問いに答えられずに聞き返すと、少年は不敵な笑みを浮かべて言った。
「絶望の先には何もない。あるのは闇だけだ。何もない闇に向かうぐらいなら、俺は絶対に絶望しない。例え幻でも、そこにある希望を捨てたりはしない」
「……君は馬鹿かな?」
少年が絶望しない理由が、何の根拠もない強がりだって事はよく分かった。
毅然としているせいで焦りはしたが、理由を知ればどうってことはない。
「今の君には幻の希望すらない。変身する力も、生きる理由も、支えてくれる存在もいない。何もない君に、一体何が出来るって言うんだい? よかったら教えてくれたまえ」
立つことすらままならない少年に出来ることはもうない。精々強がるのが関の山だ。
しかし少年は、笑みを薄めずに左手を懐に潜り込ませ──
騎士・僧侶・戦車と三つの駒を取り出した。
「俺には、まだこれがある」
駒を胸に押し当て、三つの刻印が刻まれる。
刻印から黒い瘴気が溢れ出し、少年の全身を繭となって覆い隠していく。繭は内側から漏れ出すエネルギーに耐えきれずにひび割れていき、隙間から黒い閃光を漏らし始める。
ヒビが繭全体に走ると、頂点から一本の黒い柱が伸び出し、繭を完全に破壊する。
柱がゆっくりと細まり、繭からは鎧騎士の成れの果て──混沌形態が姿を現す。
「ほぅ……良い判断ではある」
今の彼ならば、理性を保ったまま混沌を維持する事も、戦うこともできる。
「しかし、馬鹿なのは変わりない」
「なんだと?」
「呪力は欲望か寿命を餌に活動している。三つの呪力を体内に取り込めば、分単位で寿命を削られていく。自殺もいい所だ」
「今死ななければどうでもいい!」
両手から放出される瘴気を複数の矢に物体化させ、王に向けて放つ。
戦斧で飛んでくる矢を全て払い落とすと、身を低くして懐に潜り込んだ混沌が、ガラ空きの腹部に拳を振るう。
スペックは双闘よりも上だと言うのに、王は全く気にせずに戦斧を持ち直し、高く振り上げた。
「無駄だと言っているのに」
「無駄じゃない!」
拳の軌跡上に残る物体化した瘴気を掴み、王の頭を叩く。
瘴気は砕けるが、飛び散る破片が一瞬だが王の視界を遮断する。
一瞬だけ混沌の姿を見失った事で、次に視界が戻る頃には姿を消していた。
周囲を探すより早く、王を取り囲むように漂う瘴気が剣と化し、一斉に動き出す。
「小癪な真似を」
戦斧を持ったまま回転し、飛んでくる剣を全て薙ぎ払うも、今度は頭上から剣となった瘴気が降り注ぐ。
これが混沌形態が持つ特性『物体化』。溢れ出す呪力を物体化させる事で変幻自在な攻防一体を体現している。
王が剣に気付いてから、両拳を前に突き出す事で生まれた瘴気の軌跡を物体化させ、歪な剣を二本生み出す。
上を防げば下から斬られ、下を防げば上から貫かれる。
どっちを選んでもダメージを負う状況。これを王が死ぬまで何度でも繰り返す。
王は接近する混沌に気がつくも、既に遅い。どちらかに対処しなければ、両方受ける事になる。
両手の剣と上の剣が同時に王を襲う。
しかし……。
「期待したのに裏切られた私の身にもなってほしいものだよ」
王は、降り注ぐ剣も、斬りかかる剣も防ごうとせず、腕を組んで仁王立ちしていた。
「だから言ったろ? 無駄だって」
「くっ……‼︎」
砕けた剣を王の頭に放り投げ、回し蹴りを繰り出す。
「んー……君は優しいね。もっと本気を出してくれてもいいんだよ」
「舐めるな!」
拳と蹴りを何度も繰り出し、生み出される瘴気を叩きつける。
「いいよいいよ! 必死に頑張る姿はやっぱりいいね!」
王は一切動かずに受けているのに、余裕たっぷりの態度を崩そうとしない。
「なんで効かないんだよ!」
「だからぁ……」
突然、視認すら出来ない早さで拳が掴まれる。
「無駄だって言ってるんだよ!」
半壊した鎧で覆われた体に、王の重い一撃が命中する。
掴まれた腕が千切れるほどの威力。吹き飛べない事で威力を殺す事ができない。
たった一撃。だが、その一撃にすら耐えられず、混沌は変身を強制解除されてしまう。
「分かったかい? 君が如何に強くなろうが、私には勝てないってことが」
まとわりつく瘴気の破片を払いながら見下ろす王は、吐瀉物を吐く悠斗を踏みつけ、嘲笑するように罵った。
「私を倒そうなんて愚かな夢は諦めて、素直に負けを認めたまえ。そうすれば私の慈悲を持って、特別に許してあげるよ、悠斗くん」
「……ふざ、けるな」
頭に乗る足を掴み、見下ろす王を睨みつける。
「お前からの慈悲なんて、誰が受け取るものか」
「知ってるよ」
首を掴まれ、王の眼前まで吊り上げると、邪悪な魔人の顔が不気味なまでに歪んでいく。
「君が私の言う事を聞くなんて思っちゃいないよ。だから」
悠斗を持ったまま歩み出し、塔の端にまで持っていく。悠斗の位置に足場はなく、足は宙を切っている。
「ここで殺す」
無情の一言と共に手が離され、無重力間から一転して強烈な下降感が襲いかかる。
塔の頂上が一気に離れていき、すぐに見えなくなる。下からの向かい風で全身に強い衝撃が加わり、絶え間なく激痛が襲いくるが、叫び声すら上げる気が起きない。
ブレスレットを壊された。混沌形態ですら歯が立たなかった。もう……王に対抗する手段はない。
俺は……負けた。完膚なきまでに。
目を閉じ、自分自身の中を泳ぐ。
俺は今から死ぬ。みんなに託されて、任されたのに、何も出来ずに死ぬ。
そんな事を思った、瞬間。
今、最も会いたかった相手の後ろ姿が、唐突に目の前に浮かんだ。
「っ!」
それは夢か、妄想か、死ぬ前に見る走馬灯か。
それでもその時、悠斗は確かに、ユニの存在を感じた。
ユニはゆっくりと振り返り、瞳に涙を浮かべながら、笑顔で口を開く。
「ゆっくり眠りたまえ、悠斗くん……」
落ちていく少年から目線を外し、足元の塔をじっくりと見据える。
今度こそ邪魔者は居なくなった。もう、私を止められる者は一人もいない。
「ふ、ふふふ……はははは」
悲願が叶う。理想郷が創世される。
「はーはっはっはっ──!」
高笑いが止まらない。
愚かな人類が消滅し、散っていった同胞たちが望んだ呪力が住む安息の星が誕生する。今日はその記念すべき祝福の日だ。
全身を支配する高揚感。長年夢見た世界が、あともう少しで──
「なんだ⁉︎」
突然、足元が光り出す。
いや、足元が光っているのではない。塔全体が光っているのだ。
電磁波の最大出力まで時間はある。ならば、この輝きはなんだ?
「まさか、女王が!」
塔が持つ電磁波は、女王の特性を広範囲に拡大させたものだ。
そして、塔の機能のほとんどを女王が掌握している。
裏切りを防ぐ為に駒に眠る意識は封印しているが、もし何かの拍子で目覚めたりしたら、計画の破綻に繋がる。
「……いや、焦ることはない」
今更女王が目覚めた所で何も変わらない。
今の女王は単なるエネルギー……実体なき状態では何もできない。媒体がなければ力を行使できない。
逃げた後に、二度と裏切れぬように時間をかけて調教すればいい。人類消滅の期間がわずかに伸びる程度、どうとでも…………
その時、王は気付く。
沈みゆく夕陽が照らす影が、一つ増えている事を。
二つの足で立つそれは、自分の背後に──。
『────。──────』
「ユニ!」
その声を聞いて、俺は求めた。
誰のためでもなく、俺自身が求める『希望』を。
騎士の駒を槍に変え、塔の壁に突き刺す。
落下を強引に止めた衝撃で右腕があらぬ方向へ折れるが、どうでもいい。生きてさえいれば何度でも治る。
「ああ……分かってる……」
今、ここにいるはずのない、けれど確かにここにいる、ユニに向かって頷く。
塔の光が突き刺さる槍に集まり、柄頭が輝き始める。
その時、不思議なことが起こった。
全身の傷が癒えていき、折れた腕が治っていく。
そして、右腕に新たなる、四枚の翼を模したブレスレットが巻き付かれる。
柄頭の輝きが収まると、そこには一つの駒が嵌まっていた。
「約束は守るよ、ユニ」
駒──女王に向かって囁き、胸に押し当てる。
烙印が背中に周り、二枚の白翼が生える。槍を塔から放し、空中で体勢が安定してから一気に上昇すると、ものの数秒で塔の頂上に到着する。
夕陽を背に、俺は四枚羽のブレスレットを構える。
「一緒に戦おう。みんなの為に」
女王の駒をブレスレットに嵌め、一拍置いてからゆっくりと、優しく押し倒す。
銀色の魔法陣が目の前に現れると、中から四枚の白翼を生やした白馬が飛び出し、悠斗の周りを光の柱を伴って走り回る。
「変身……」
俺と、もう一人、聞き覚えのある声が、頂上全体を詠うように響き渡る。
背後で分解・再構築された白馬が次々とパワードスーツに装着されていき、残された翼が背中に刺さる。
二枚の羽が、まるで抱きしめるかのように胸元に折り畳まれると、途轍もなく眩い閃光が炸裂し、世界を純白に染め上げる。
光を嫌がるかのように、王が片手を顔の前にかざしながら後ずさる。
床に転がる聖剣『シュバリエ』を拾い上げると、半ばから無残に折れていた白い剣の刀身が、光そのものが凝集、結晶化するかの如く再生していく。
わずか数秒で刀身を取り戻した聖剣が、ひときわ強烈に輝き──。
しゅばっ‼︎ という音を立て、その閃光が拡散した。
一瞬の静寂を経て、頂上全体に幾千、幾万もの鈴が震えるような、清らかかつ壮大な音が鳴り響いた。視線を動かした王は、呆然と目を見開いた。
元のシュバリエではない。鍔から二枚の翼を生やしており、白ではなく銀色の刀身になっている。
「なんだ……その姿は。まるで……まるで!」
かつて己を倒した憎き宿敵『ランスロット』であり、裏切り者たる『女王』のように見えた。
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