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最終章 王女と騎士
第四十話
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夕焼け空が、徐々に星空の闇に染まっていく。
橙色と藍色に染まる空が淀みなく観れるのは、己が高い位置──塔の頂上に立っているからだろう。
王は、頂上の真ん中に置かれる、過度な装飾を施した玉座に座り、遠巻きに座る三十万の信徒たちを見渡す。
「世界が終わり、全てが生まれ変わる……」
「全てが浄化され、救われる……」
虚な目で、同じことを繰り返し言っている。
消滅させない代わりに奴隷として生かした信徒たちは、全員が大量生産した兵士の劣悪な呪力によって精神が壊れている。まともな会話も出来なければ、同じ事を永遠と繰り返し喋るだけの存在。
「滑稽だな」
絶対的な強者を前にした人間ほど面白い存在はいない。知恵を持つが故に、勝てないと分かる相手には徹底的に媚びへつらい、従順な下僕に成り下がる。
これほど愚かで醜い生き物はいない。
そして、あともう少しでこの星から人間は消える。
『破滅の塔』が持つ特殊な電磁波は、呪力を持たない人間のみをエネルギーに変え、王の糧となる。
この星から人間が消えれば、同胞たちが二度と脅威に脅かされない安息の地が創世される。
「長かった……本当に、長かった」
この星に降り立ち、何千年と続く戦いを経て、ようやく理想が成就する。邪魔する者は誰一人としていない。
玉座に置かれた赤ワインをグラスに注ぎ、液体越しに夜空を見上げる。
星の輝きを散らすワインを口に含む。
美味い。何千年の間に酒がこんなにも進化していたとは。唯一人間を褒めるに値する功績だ。
空になったグラスを置き、空気を胸一杯に吸い込む。
空気も美味しい。
人間が消えるだけで、全てが良い方向へと向かっている気がする。
眼前に広がる美しい光景も、永遠のものとなる。
いずれ建造物は風化し、大地は更地と化すだろう。人が支配する世界が終わり、全てが浄化された世界で、我々が新たな支配者となって、この星そのものを救ってみせよう。
「平和の、完成だ」
火照る体を夜風で冷やしながら呟く中、背後から、カンカンカンと階段を登る音が聞こえてくる。
音が止み、急かしい足音が近くで止まると、一人の少年の声が響く。
「そこまでだ、王」
少年──最後の障害である『柏木悠斗』が、傷だらけの状態で『破滅の塔』を踏破し、とうとう王である我の前にたどり着いたようだ。
「ここまでよく頑張ったね、柏木悠斗くん」
振り返り、勇敢なる少年に拍手と労いを贈る。
真ん中の階『審議の間』で敵として送った滝口に殺されると思っていたが、まさか恩人を倒してまで来るとは……彼の覚悟を甘く見ていたようだ。
しかし、少年も無傷というわけでもないようだ。
「成る程。拓実くんと裏切り者を犠牲にしてきたようだね」
「……裏切り者?」
「君にも分かるように言えば、ロットの事さ。同じ呪力でありながら人間の味方をした、愚かな裏切り者さ」
「あいつを侮辱するな!」
私の言い方が気に入らなかったのか、少年は激昂してきた。
「ロットはお前みたいな独裁者とは違う! 人間との共存を望んだ優しい奴だ!」
「人間との共存……? ク、ククク……」
少年が真剣な顔で珍妙な事を口走り、思わず耐えきれずに吹き出す。
「何がおかしい!」
裏切り者の真意を笑った事に腹が立ったのか、少年は顔を真っ赤にして怒鳴ってきた。
「共存なんて冗談は辞めたまえ。できるはずがないだろ」
「なんだと……?」
「じゃあ聞くが、君は猿と同じ空間で過ごせるか?」
「……どういう意味だ」
「そのままの意味さ。君は下等生物と共に暮らせるか? 私には出来ない。だから人間とは共存できない」
私の主張を聞き入れた少年は、怒りを通り越して呆れ果てた表情で言った。
「そうか……お前にとって、俺たちは下等生物って事なんだな」
「何を当たり前な事を」
当然のことを呆れながら言われ、思わず笑みが溢れる。
「我々は人間よりも遥かに優れている。その癖に共存を望むなどおこがましいにも程がある。だが……君はその限りではない」
何故か私を睨む少年に自ら歩み寄り、手を差し出す。
「私の下に就くといい。君ならば歓迎してもいい」
「……は?」
少年は首を傾げ、疑問気に答えてきた。
「君は他の人間とは違う特別な存在だ。きっと、私の理想郷において必要になるだろう。だから命令だ。私の下に就け」
「随分と上から目線な物言いだな」
「私は王だぞ? 全ての種族の頂点に立つ存在なのだから当然だろう?」
少年から舌打ちが聞こえた。何故か最初に比べてかなり不機嫌になっている。
情緒が不安定な面に首を傾げながら、さらに手を近づける。
「断ると言ったら?」
「君の知り合いを全員殺す」
私の返答に、少年は予想以上に驚き、言葉を失った。
誰が見ても分かるほど動揺している。やはり彼は、多くの者を犠牲にしたにしては甘すぎる。
だが、絶望だけを与えてもつまらない。少しは希望も与えてやらねば、王としての示しがつかない。
「見返りは用意してあるぞ。私に降れば、どこか一つのエリアを君に任せよう」
「何っ!?」
「更に、こちらが捕らえている人間の中から、君が望む者を返してもいい」
少年の表情に、僅かながら安堵の色が出てきた。
「返した人間達は君に与えたエリア内で飼うといい。私が支配した世界の中で、唯一人間の自由が認められたエリアだからね。選ぶ人間も君の好みで選ぶといい」
我ながらなんて慈悲深い。全てを犠牲にしてきた少年には勿体ないほどのご褒美に、今頃歓喜しているに……。
「冗談にしても笑えないぜ」
差し出す手を叩き、少年は予想外な返しをした。
「……正気かな?」
「少なくともお前よりかは正気だ」
私を下に見た言動を不敵な笑みで言う少年。
「俺はお前みたいな独裁者になる気はない。制限のある自由なんていらない」
「微かな希望よりも、取り返しのつかない絶望を選ぶというのかい?」
「そもそも、お前が選択を強いる事自体が間違ってる。俺はお前の駒でも部下でもない」
「…………」
あまりにも愚かな言動に、ついに言葉を失う。
若さ故に立場を理解していないのか。圧倒的な強者を前に太々しい態度を平然と取るとは、万死に値する罪だ。
「王である私の慈悲を理解しないとはな……君は他の人間と違い、もう少し利口だと思っていたんだが」
「独裁者に降るのが利口だって言うなら、俺は喜んで馬鹿になる」
「……救えない子だ」
君も結局、愚かな人の子だと言うことか。同胞をあらぬ疑いで殺し続けた、忌まわしき種族の末裔。
初めて出会った時に、もしかしたら、そんな事を考えていた。
けど、やはり分かり合えない。
人間とは、二度と共存などできない。
ため息を漏らし、懐から黒の王の駒を取り出す。
「王の慈悲を蔑ろにした己の愚かさを後悔しながら、死んでゆけ」
制服の裾をめくり、黒色のブレスレットを露わにする。
ブレスレットを目にした少年は、驚きから目を見開いた。
「お前、それは……」
「人間が開発した鎧システム。それを我々の技術を持って再開発した全く新しいシステムだ」
駒をブレスレットに嵌め、押し倒す。
王の前に現れた歪な魔法陣から、呪力が悲鳴を上げながら噴き出し、黒い靄となって全身を包み込む。
靄が徐々に異形の姿に定まり、二つの眼窩が紅く光ると、魔法陣が破裂するように砕け散る。
砕け散る魔法陣が姿形を形成した鎧に次々と装着され、二つの棒状の破片が額にV字で装着される。
一連の変身エフェクトが終わると、王の駒から一つの巨大な戦斧が飛び出し、右手に収まる。
「その姿は」
更に美しくなった王の姿に驚く少年。
驚くのも無理はない。彼の目には、それほどまでに美しく──禍々しく見えているのだから。
巨大な戦斧を構え、高らかに名乗る。
「我が名はテイオー。全ての種族の頂点に立つ存在であり、この星の真の王だ。我が一撃は断罪の一撃と思い、その身に受けて散るがいい」
王──テイオーを名乗る奴が変身した姿は、鎧騎士と酷似している。
ディテールが多くて複雑かつ凶悪な黒と金の鎧に、邪悪な魔人を思わせる顔からは殺人的なまでの威圧感が放たれている。
これが王。呪力の頂点に立つ存在。
倒せるのか? なんて疑問を持つ気はない。
倒さなければならない。
俺を信じて先へと行かせてくれた拓実の為に。
消滅を恐れずに託してくれたロットの為に。
俺たちのせいで巻き込んでしまった人達の為に。
そして、帰りを待っているユニの為に。
騎士の駒をブレスレットに嵌める。
白い魔法陣が前方に現れ、機械仕掛けの馬が目の前に現れる。
もうこの中にロットはいない。あるのは純粋な呪力というエネルギーのみ。
消えたロットを思うと胸が締め付けられるが、躊躇わずに駒を押し倒す。
無感情に俺を見下ろす機械仕掛けの馬が鎧へと再構築されていき、パワードスーツの上に次々と装着されていく。
右手に槍を持ち、王に突きつける。
「かつて貴様を討った英雄『ランスロット』の血を引く者として、今度は私が貴様を討つ!」
槍を向けられた王は、邪悪な魔人の顔を不機嫌そうに歪め──。
次の瞬間、鎧騎士の視界から消え、背後で戦斧を大きく振りかぶっていた。
「人間如きが調子に乗るな」
一瞬の溜めを経て振り下ろされた戦斧は、塔全体を揺らすほどの一撃を秘めていた。
しかし──。
地面を深く抉られ舞い上がる粉塵から、鋭い一突きが王の鎧を射抜いた。
「人間を舐めるな」
晴れる粉塵から、青色に輝く複眼越しに睨まれた王は、不意の反撃によって微かに体勢を崩した。
その隙に槍を引き戻した鎧騎士は、怒涛の連続突きを繰り出し、王に反撃の隙を与えなかった。
巨大な戦斧では全て防げず、少しずつ鎧を削られていく王は、驚きながらも余裕たっぷりに訊ねた。
「この槍捌き、なぜ貴様が」
「聞けば答えてもらえると思うな」
戦斧を下から弾き上げ、空いた胴体に全体重を乗せた会心の一突きを繰り出す。
槍は鎧を砕いて肉体に刺さり、亀裂から黒い靄が噴き出す。
「……効かん」
王は一切動じず、重量をものともしない速さで戦斧を振り回す。
対する鎧騎士は、騎士の駒を予め仕込んでいた僧侶と入れ替え、鎧変化する。
王の攻撃を魔法陣から現れたキュウビがいなし、鎧となって装着されると、戦斧の一撃を受け流しながら上空へ飛び、ブレスレットのボタンを押す。
『必殺技・天狐の咆哮』
九つの尾から放たれる無数のレーザーが王に降り注ぎ、爆発する。
離れた場所で着地した鎧騎士は、空中で変えていた戦車の駒を押し倒し、鎧変化する。
両肩の大砲を二挺のロングライフルに変え、平行連結。粉塵の中にある反応をロックオンし、呪力充填率が百に達した瞬間にトリガーを押す。
『必殺技・陸亀砲火』
高層ビルすら壊滅させる呪力の奔流は、暗くなってきた街に一時だけ光を灯すほどのものだった。
全身に来る反動を呪力によるストッパーで辛うじて堪え、奔流が途切れる寸前にライフルを放り投げ、剣型デバイスを機能拡張スロットに組み込む。
二つの騎士を交差する様に倒し、二匹のギアホースが鎧となって装着される。
『必殺技・叛逆剣』
二本の聖剣を繋ぎ合わせた薙刀を片手に、奔流に呑まれた王に突進する。
間合いに入るや否や、雷を宿す薙刀を横薙ぎ、禍々しい鎧を豆腐のように切り裂く。
綺麗に二つに分かれた肉体に、薙刀に付与された雷が追撃をかけるべく、爆発する。
黒の鎧が破片となって飛び散る中、鎧騎士は慢心せずに振り向き、薙刀を元の聖剣に戻して構える。
持ちうる駒全てを使った多段攻撃。呪力の消耗は凄まじいが、実力が未知数の王といえども無事では済まない……はず。
充分な攻撃を与えたというのに、心の底に眠る不安は消えないでいる。
そしてそれは、見事に的中した。
爆発の白煙が晴れると、何事もなかったように仁王立ちする王がいた。
「まだ生きていたか」
「『まだ生きていたか』……? こう言うと気の毒だが、君の攻撃は効いていない」
何故かくっついている胴体から、黒い靄が溢れている。よく見ると、壊した鎧も直っている。
「君の実力がどれほどのものかを確認したくてな。暇を持て余していた身としてはいい退屈しのぎになったよ……礼を言わねばな。思ったよりはいい動きだった」
嘘だ。と思えないのは、奴が放つ気迫に押し負けてしまったからだろう。さっきまで存在しなかった恐怖が込み上げ、冷や汗となって出てきたのだから。
「少年。君は二つの過ちを犯した」
床に落ちた戦斧を軽々と拾い上げた王が、一歩ずつ近づいてくる。
「一つ目は君の致命的な力不足。何故か君は憎き宿敵『ランスロット』の力を行使できるようだが、今の君は奴の足元にも及んではいない。私に傷一つつけられないのが何よりの証拠だ」
戦斧の間合いで足を止め、憐れむように見下ろしながら続けた。
「そして二つ目……君は戦う相手を間違えた」
王の瞳が紅く輝き、不敵な笑みが刻まれる。
「ランスロットは多くの裏切り者達の助力があって、ようやく私を討ち倒せた。分かるか? 英雄と言われているが、奴も所詮は人間。一人の……しかも奴より劣っている人間如きが対等に渡り合える存在ではないのだよ」
「……っ、そんな……」
「その上、今はこのブレスレットがある」
王は、腕に巻かれた黒のブレスレットを撫でながら、さらに笑みを深めた。
「このブレスレットは私の力を最大限にまで引き出すよう設計されている。ランスロットの時よりも遥かに強くなった私を倒そうなど片腹痛い」
振り上げた戦斧が、奇妙な輝きを放ち始める。
輝きは徐々に強まっていく。
全身に悪寒が走り、戦斧が動く寸前に後ろへ跳ぶ。
戦斧は一秒前まで俺がいた場所を砕き──。
床に留まりきらない余波が、鎧騎士を襲う。
大型トラックに轢かれたかの如き衝撃は大気を震わし、塔の周辺に群生する樹々を崩壊させるほどの規格外のパワーに耐え切れず、二本の聖剣と鎧にヒビが走る。
「なんだ、この威力は……!」
なんとか着地するも、王は既に間近で二撃目の構えを取っていた。
「サヨナラだ」
横薙ぎで振られる戦斧に対して、ヒビ割れた二本の聖剣で防御を試みるも、全くの無意味とでも言うかのようにあっさりと粉砕されてしまう。
戦斧が鎧に接触する直前に、呪力を壁にする想像を固めた事で直撃は免れるも、次に信じられない事が起きた。
『消えろ』
王の一言が終わると、攻撃を防いだ筈の呪力が勝手に消滅してしまった。
「なっ……⁉︎」
呪力の壁を解いた覚えはない。なのに勝手に消滅した。まるで、王の命令を聞いたかのように……。
「まさか、お前の能力は!」
「死にゆく者には関係ない」
無情の一言で答えを遮られ、戦斧が上段から振り下ろされる。
迫り来る戦斧が、一瞬だけ隕石に見えるほどの迫力と威力を秘めていた。
回避しようとするも、先ほどの攻撃で足場が酷く荒れているせいで動けず、戦斧の一撃をモロに受けてしまう。
「グァァァァ‼︎」
余波だけで鎧にヒビを入れた一撃は、全身を覆っていた二重の鎧を容易く粉々に砕き、鎧では防ぎきれなかったダメージが直接肉体を襲ってきた。
体が宙を舞い、頭から落下すると、気絶した意識が衝撃と激痛によって呼び戻される。
「ぐ……がは…………」
両足の骨が折れているせいで立ち上がれない。肋もいくつか折れて肺に刺さっているせいで、呼吸するのも困難だ。
どうにか呪力で治療を試みるも、激痛と無呼吸のせいで想像が固まらない。そもそも、内臓修復や骨折治療の想像など簡単にできるものじゃない。
「愚かなる人の子よ。これが王の力ぞ」
戦斧を担ぎ、床に這いつくばる姿を見下ろす王は、悠斗の腕からブレスレットを奪い取る。
「私に歯向かった罪だ。君の希望を奪う」
ブレスレットを握る手に黒い靄が集まると、バチバチと火花と音を立てて、盾型のブレスレットが爆発した。
「これでもう、鎧騎士に変身できない」
橙色と藍色に染まる空が淀みなく観れるのは、己が高い位置──塔の頂上に立っているからだろう。
王は、頂上の真ん中に置かれる、過度な装飾を施した玉座に座り、遠巻きに座る三十万の信徒たちを見渡す。
「世界が終わり、全てが生まれ変わる……」
「全てが浄化され、救われる……」
虚な目で、同じことを繰り返し言っている。
消滅させない代わりに奴隷として生かした信徒たちは、全員が大量生産した兵士の劣悪な呪力によって精神が壊れている。まともな会話も出来なければ、同じ事を永遠と繰り返し喋るだけの存在。
「滑稽だな」
絶対的な強者を前にした人間ほど面白い存在はいない。知恵を持つが故に、勝てないと分かる相手には徹底的に媚びへつらい、従順な下僕に成り下がる。
これほど愚かで醜い生き物はいない。
そして、あともう少しでこの星から人間は消える。
『破滅の塔』が持つ特殊な電磁波は、呪力を持たない人間のみをエネルギーに変え、王の糧となる。
この星から人間が消えれば、同胞たちが二度と脅威に脅かされない安息の地が創世される。
「長かった……本当に、長かった」
この星に降り立ち、何千年と続く戦いを経て、ようやく理想が成就する。邪魔する者は誰一人としていない。
玉座に置かれた赤ワインをグラスに注ぎ、液体越しに夜空を見上げる。
星の輝きを散らすワインを口に含む。
美味い。何千年の間に酒がこんなにも進化していたとは。唯一人間を褒めるに値する功績だ。
空になったグラスを置き、空気を胸一杯に吸い込む。
空気も美味しい。
人間が消えるだけで、全てが良い方向へと向かっている気がする。
眼前に広がる美しい光景も、永遠のものとなる。
いずれ建造物は風化し、大地は更地と化すだろう。人が支配する世界が終わり、全てが浄化された世界で、我々が新たな支配者となって、この星そのものを救ってみせよう。
「平和の、完成だ」
火照る体を夜風で冷やしながら呟く中、背後から、カンカンカンと階段を登る音が聞こえてくる。
音が止み、急かしい足音が近くで止まると、一人の少年の声が響く。
「そこまでだ、王」
少年──最後の障害である『柏木悠斗』が、傷だらけの状態で『破滅の塔』を踏破し、とうとう王である我の前にたどり着いたようだ。
「ここまでよく頑張ったね、柏木悠斗くん」
振り返り、勇敢なる少年に拍手と労いを贈る。
真ん中の階『審議の間』で敵として送った滝口に殺されると思っていたが、まさか恩人を倒してまで来るとは……彼の覚悟を甘く見ていたようだ。
しかし、少年も無傷というわけでもないようだ。
「成る程。拓実くんと裏切り者を犠牲にしてきたようだね」
「……裏切り者?」
「君にも分かるように言えば、ロットの事さ。同じ呪力でありながら人間の味方をした、愚かな裏切り者さ」
「あいつを侮辱するな!」
私の言い方が気に入らなかったのか、少年は激昂してきた。
「ロットはお前みたいな独裁者とは違う! 人間との共存を望んだ優しい奴だ!」
「人間との共存……? ク、ククク……」
少年が真剣な顔で珍妙な事を口走り、思わず耐えきれずに吹き出す。
「何がおかしい!」
裏切り者の真意を笑った事に腹が立ったのか、少年は顔を真っ赤にして怒鳴ってきた。
「共存なんて冗談は辞めたまえ。できるはずがないだろ」
「なんだと……?」
「じゃあ聞くが、君は猿と同じ空間で過ごせるか?」
「……どういう意味だ」
「そのままの意味さ。君は下等生物と共に暮らせるか? 私には出来ない。だから人間とは共存できない」
私の主張を聞き入れた少年は、怒りを通り越して呆れ果てた表情で言った。
「そうか……お前にとって、俺たちは下等生物って事なんだな」
「何を当たり前な事を」
当然のことを呆れながら言われ、思わず笑みが溢れる。
「我々は人間よりも遥かに優れている。その癖に共存を望むなどおこがましいにも程がある。だが……君はその限りではない」
何故か私を睨む少年に自ら歩み寄り、手を差し出す。
「私の下に就くといい。君ならば歓迎してもいい」
「……は?」
少年は首を傾げ、疑問気に答えてきた。
「君は他の人間とは違う特別な存在だ。きっと、私の理想郷において必要になるだろう。だから命令だ。私の下に就け」
「随分と上から目線な物言いだな」
「私は王だぞ? 全ての種族の頂点に立つ存在なのだから当然だろう?」
少年から舌打ちが聞こえた。何故か最初に比べてかなり不機嫌になっている。
情緒が不安定な面に首を傾げながら、さらに手を近づける。
「断ると言ったら?」
「君の知り合いを全員殺す」
私の返答に、少年は予想以上に驚き、言葉を失った。
誰が見ても分かるほど動揺している。やはり彼は、多くの者を犠牲にしたにしては甘すぎる。
だが、絶望だけを与えてもつまらない。少しは希望も与えてやらねば、王としての示しがつかない。
「見返りは用意してあるぞ。私に降れば、どこか一つのエリアを君に任せよう」
「何っ!?」
「更に、こちらが捕らえている人間の中から、君が望む者を返してもいい」
少年の表情に、僅かながら安堵の色が出てきた。
「返した人間達は君に与えたエリア内で飼うといい。私が支配した世界の中で、唯一人間の自由が認められたエリアだからね。選ぶ人間も君の好みで選ぶといい」
我ながらなんて慈悲深い。全てを犠牲にしてきた少年には勿体ないほどのご褒美に、今頃歓喜しているに……。
「冗談にしても笑えないぜ」
差し出す手を叩き、少年は予想外な返しをした。
「……正気かな?」
「少なくともお前よりかは正気だ」
私を下に見た言動を不敵な笑みで言う少年。
「俺はお前みたいな独裁者になる気はない。制限のある自由なんていらない」
「微かな希望よりも、取り返しのつかない絶望を選ぶというのかい?」
「そもそも、お前が選択を強いる事自体が間違ってる。俺はお前の駒でも部下でもない」
「…………」
あまりにも愚かな言動に、ついに言葉を失う。
若さ故に立場を理解していないのか。圧倒的な強者を前に太々しい態度を平然と取るとは、万死に値する罪だ。
「王である私の慈悲を理解しないとはな……君は他の人間と違い、もう少し利口だと思っていたんだが」
「独裁者に降るのが利口だって言うなら、俺は喜んで馬鹿になる」
「……救えない子だ」
君も結局、愚かな人の子だと言うことか。同胞をあらぬ疑いで殺し続けた、忌まわしき種族の末裔。
初めて出会った時に、もしかしたら、そんな事を考えていた。
けど、やはり分かり合えない。
人間とは、二度と共存などできない。
ため息を漏らし、懐から黒の王の駒を取り出す。
「王の慈悲を蔑ろにした己の愚かさを後悔しながら、死んでゆけ」
制服の裾をめくり、黒色のブレスレットを露わにする。
ブレスレットを目にした少年は、驚きから目を見開いた。
「お前、それは……」
「人間が開発した鎧システム。それを我々の技術を持って再開発した全く新しいシステムだ」
駒をブレスレットに嵌め、押し倒す。
王の前に現れた歪な魔法陣から、呪力が悲鳴を上げながら噴き出し、黒い靄となって全身を包み込む。
靄が徐々に異形の姿に定まり、二つの眼窩が紅く光ると、魔法陣が破裂するように砕け散る。
砕け散る魔法陣が姿形を形成した鎧に次々と装着され、二つの棒状の破片が額にV字で装着される。
一連の変身エフェクトが終わると、王の駒から一つの巨大な戦斧が飛び出し、右手に収まる。
「その姿は」
更に美しくなった王の姿に驚く少年。
驚くのも無理はない。彼の目には、それほどまでに美しく──禍々しく見えているのだから。
巨大な戦斧を構え、高らかに名乗る。
「我が名はテイオー。全ての種族の頂点に立つ存在であり、この星の真の王だ。我が一撃は断罪の一撃と思い、その身に受けて散るがいい」
王──テイオーを名乗る奴が変身した姿は、鎧騎士と酷似している。
ディテールが多くて複雑かつ凶悪な黒と金の鎧に、邪悪な魔人を思わせる顔からは殺人的なまでの威圧感が放たれている。
これが王。呪力の頂点に立つ存在。
倒せるのか? なんて疑問を持つ気はない。
倒さなければならない。
俺を信じて先へと行かせてくれた拓実の為に。
消滅を恐れずに託してくれたロットの為に。
俺たちのせいで巻き込んでしまった人達の為に。
そして、帰りを待っているユニの為に。
騎士の駒をブレスレットに嵌める。
白い魔法陣が前方に現れ、機械仕掛けの馬が目の前に現れる。
もうこの中にロットはいない。あるのは純粋な呪力というエネルギーのみ。
消えたロットを思うと胸が締め付けられるが、躊躇わずに駒を押し倒す。
無感情に俺を見下ろす機械仕掛けの馬が鎧へと再構築されていき、パワードスーツの上に次々と装着されていく。
右手に槍を持ち、王に突きつける。
「かつて貴様を討った英雄『ランスロット』の血を引く者として、今度は私が貴様を討つ!」
槍を向けられた王は、邪悪な魔人の顔を不機嫌そうに歪め──。
次の瞬間、鎧騎士の視界から消え、背後で戦斧を大きく振りかぶっていた。
「人間如きが調子に乗るな」
一瞬の溜めを経て振り下ろされた戦斧は、塔全体を揺らすほどの一撃を秘めていた。
しかし──。
地面を深く抉られ舞い上がる粉塵から、鋭い一突きが王の鎧を射抜いた。
「人間を舐めるな」
晴れる粉塵から、青色に輝く複眼越しに睨まれた王は、不意の反撃によって微かに体勢を崩した。
その隙に槍を引き戻した鎧騎士は、怒涛の連続突きを繰り出し、王に反撃の隙を与えなかった。
巨大な戦斧では全て防げず、少しずつ鎧を削られていく王は、驚きながらも余裕たっぷりに訊ねた。
「この槍捌き、なぜ貴様が」
「聞けば答えてもらえると思うな」
戦斧を下から弾き上げ、空いた胴体に全体重を乗せた会心の一突きを繰り出す。
槍は鎧を砕いて肉体に刺さり、亀裂から黒い靄が噴き出す。
「……効かん」
王は一切動じず、重量をものともしない速さで戦斧を振り回す。
対する鎧騎士は、騎士の駒を予め仕込んでいた僧侶と入れ替え、鎧変化する。
王の攻撃を魔法陣から現れたキュウビがいなし、鎧となって装着されると、戦斧の一撃を受け流しながら上空へ飛び、ブレスレットのボタンを押す。
『必殺技・天狐の咆哮』
九つの尾から放たれる無数のレーザーが王に降り注ぎ、爆発する。
離れた場所で着地した鎧騎士は、空中で変えていた戦車の駒を押し倒し、鎧変化する。
両肩の大砲を二挺のロングライフルに変え、平行連結。粉塵の中にある反応をロックオンし、呪力充填率が百に達した瞬間にトリガーを押す。
『必殺技・陸亀砲火』
高層ビルすら壊滅させる呪力の奔流は、暗くなってきた街に一時だけ光を灯すほどのものだった。
全身に来る反動を呪力によるストッパーで辛うじて堪え、奔流が途切れる寸前にライフルを放り投げ、剣型デバイスを機能拡張スロットに組み込む。
二つの騎士を交差する様に倒し、二匹のギアホースが鎧となって装着される。
『必殺技・叛逆剣』
二本の聖剣を繋ぎ合わせた薙刀を片手に、奔流に呑まれた王に突進する。
間合いに入るや否や、雷を宿す薙刀を横薙ぎ、禍々しい鎧を豆腐のように切り裂く。
綺麗に二つに分かれた肉体に、薙刀に付与された雷が追撃をかけるべく、爆発する。
黒の鎧が破片となって飛び散る中、鎧騎士は慢心せずに振り向き、薙刀を元の聖剣に戻して構える。
持ちうる駒全てを使った多段攻撃。呪力の消耗は凄まじいが、実力が未知数の王といえども無事では済まない……はず。
充分な攻撃を与えたというのに、心の底に眠る不安は消えないでいる。
そしてそれは、見事に的中した。
爆発の白煙が晴れると、何事もなかったように仁王立ちする王がいた。
「まだ生きていたか」
「『まだ生きていたか』……? こう言うと気の毒だが、君の攻撃は効いていない」
何故かくっついている胴体から、黒い靄が溢れている。よく見ると、壊した鎧も直っている。
「君の実力がどれほどのものかを確認したくてな。暇を持て余していた身としてはいい退屈しのぎになったよ……礼を言わねばな。思ったよりはいい動きだった」
嘘だ。と思えないのは、奴が放つ気迫に押し負けてしまったからだろう。さっきまで存在しなかった恐怖が込み上げ、冷や汗となって出てきたのだから。
「少年。君は二つの過ちを犯した」
床に落ちた戦斧を軽々と拾い上げた王が、一歩ずつ近づいてくる。
「一つ目は君の致命的な力不足。何故か君は憎き宿敵『ランスロット』の力を行使できるようだが、今の君は奴の足元にも及んではいない。私に傷一つつけられないのが何よりの証拠だ」
戦斧の間合いで足を止め、憐れむように見下ろしながら続けた。
「そして二つ目……君は戦う相手を間違えた」
王の瞳が紅く輝き、不敵な笑みが刻まれる。
「ランスロットは多くの裏切り者達の助力があって、ようやく私を討ち倒せた。分かるか? 英雄と言われているが、奴も所詮は人間。一人の……しかも奴より劣っている人間如きが対等に渡り合える存在ではないのだよ」
「……っ、そんな……」
「その上、今はこのブレスレットがある」
王は、腕に巻かれた黒のブレスレットを撫でながら、さらに笑みを深めた。
「このブレスレットは私の力を最大限にまで引き出すよう設計されている。ランスロットの時よりも遥かに強くなった私を倒そうなど片腹痛い」
振り上げた戦斧が、奇妙な輝きを放ち始める。
輝きは徐々に強まっていく。
全身に悪寒が走り、戦斧が動く寸前に後ろへ跳ぶ。
戦斧は一秒前まで俺がいた場所を砕き──。
床に留まりきらない余波が、鎧騎士を襲う。
大型トラックに轢かれたかの如き衝撃は大気を震わし、塔の周辺に群生する樹々を崩壊させるほどの規格外のパワーに耐え切れず、二本の聖剣と鎧にヒビが走る。
「なんだ、この威力は……!」
なんとか着地するも、王は既に間近で二撃目の構えを取っていた。
「サヨナラだ」
横薙ぎで振られる戦斧に対して、ヒビ割れた二本の聖剣で防御を試みるも、全くの無意味とでも言うかのようにあっさりと粉砕されてしまう。
戦斧が鎧に接触する直前に、呪力を壁にする想像を固めた事で直撃は免れるも、次に信じられない事が起きた。
『消えろ』
王の一言が終わると、攻撃を防いだ筈の呪力が勝手に消滅してしまった。
「なっ……⁉︎」
呪力の壁を解いた覚えはない。なのに勝手に消滅した。まるで、王の命令を聞いたかのように……。
「まさか、お前の能力は!」
「死にゆく者には関係ない」
無情の一言で答えを遮られ、戦斧が上段から振り下ろされる。
迫り来る戦斧が、一瞬だけ隕石に見えるほどの迫力と威力を秘めていた。
回避しようとするも、先ほどの攻撃で足場が酷く荒れているせいで動けず、戦斧の一撃をモロに受けてしまう。
「グァァァァ‼︎」
余波だけで鎧にヒビを入れた一撃は、全身を覆っていた二重の鎧を容易く粉々に砕き、鎧では防ぎきれなかったダメージが直接肉体を襲ってきた。
体が宙を舞い、頭から落下すると、気絶した意識が衝撃と激痛によって呼び戻される。
「ぐ……がは…………」
両足の骨が折れているせいで立ち上がれない。肋もいくつか折れて肺に刺さっているせいで、呼吸するのも困難だ。
どうにか呪力で治療を試みるも、激痛と無呼吸のせいで想像が固まらない。そもそも、内臓修復や骨折治療の想像など簡単にできるものじゃない。
「愚かなる人の子よ。これが王の力ぞ」
戦斧を担ぎ、床に這いつくばる姿を見下ろす王は、悠斗の腕からブレスレットを奪い取る。
「私に歯向かった罪だ。君の希望を奪う」
ブレスレットを握る手に黒い靄が集まると、バチバチと火花と音を立てて、盾型のブレスレットが爆発した。
「これでもう、鎧騎士に変身できない」
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