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最終章 王女と騎士
第三十七話
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『必殺業・黒狐の咆哮』
無数のレーザーと剣が僧侶悪鬼を取り囲み、一斉に突き刺さる。
「これで終わりだ」
錫杖で空間を切り、闇を拡げる。闇に入る事で戦車悪鬼の背後に転移し、槍を突き刺す。
槍の柄頭に黒の戦車を嵌め、先端に呪力を集約。溜まった瞬間にトリガーを押し、呪力をゼロ距離で撃ち込む。
中級最強の駒による業と必殺業を受けた二体の悪鬼は同時に爆発四散し、亡骸が気化する。
通常ならば依代が残るのだが、気化した後には何も残っていない。オリジナルよりも弱く、手応えのなさから察するに複製個体だろう。
今更雑魚を門番にした所で、我々を足止め出来るとは思っていまい。王の狙いは時間稼ぎか、戦力の分断のどちらかに違いない。
門番を倒した以上、もうここに留まる必要はない。悠斗の跡を追う為に扉へ近づいた、次の瞬間──。
背後から突如、三本の鋭い針──尾が伸びてきた。
一瞬早く気付いた事で即座に対応ができ、体をひねる事で尾による刺突を紙一重で躱す。尾は鉄扉を発泡スチロールのように射抜き、すぐさま戻る。
振り向くと、そこには複合悪鬼『アンタレス』が立っていた。
「今度は貴様か」
振り向き様に錫杖を振り、四本の剣で四肢を射抜く。剣で四肢を壁に射止め、身動きを取れないアンタレスの頭部に槍を突き刺す。
呪力を流し込み、内部に抑えきれなくなった炎が甲殻のヒビから噴き出す。
炎の勢いが徐々に増していき、アンタレスの体が膨張していく。
「爆ぜろ」
その一言と同時に、アンタレスの体が爆ぜる。甲殻と臓物が炎によって焼失され、すぐに跡形も無くなる。
しかし──。
ものの数秒で元の姿に戻り、何事もなかったように鋏を構える。
「再生は健在ということか」
アンタレスの特性『再生』がある限り、消し炭にしても蘇ってくる。攻略するには細胞レベルで焼失させるか、再生できなくなるまで倒すしかない。
一時は味方であり頼もしく思えた特性だが、敵対すればこれほど厄介な特性はない。
絶望的な敵を前に考えることを辞めず、どう仕留めるか考えついた悠斗の強さには、改めて感服させられる。
もしかしたら、それこそが悠斗と私にある差なのかもしれない。
弟を失くし、立ち上がる事を辞めた私。
最愛の者を失くしても立ち上がった悠斗。
悠斗が鎧騎士に選ばれたのは、英雄の血を持つからだけではない。
諦めない心。それこそが彼が鎧騎士に選ばれた理由。騎士として生きる上で最も大切な物が私にはなく、彼にはある。
彼ほど強く、世界を救える人間を、私は知らない。
それだけ偉大な彼に、必要とされた。
「だから、負けられないんだ」
両手の鋏を擦り合わせるアンタレスに接近し、槍を刺突する。
アンタレスはその一撃を鋏で器用に挟んで防ぎ、空いた方の鋏を首に向けて突き出してくる。
下から錫杖を突き上げる事で軌道を逸らし、槍を手放して横に回転する事で回避。そのまま錫杖に回転の勢いを乗せ、アンタレスの横腹に叩きつける。
アンタレスは全身を頑丈な甲殻で覆われており、脅威的な防御力を持っている。如何に勢いの乗った打撃とはいえ、アンタレスに致命傷を与えるのは難しい。
だが打撃に強い反面、呪力には脆い。悠斗との戦闘でそれは証明されており、先の呪力の剣による攻撃も効果的だった。
錫杖の柄に黒の僧侶を嵌め、すかさずトリガーを引く。穂先に集中した呪力が分散され、至近距離から甲殻を撃ち貫く。
「ゴアァァ……」
唸り声を上げて体勢を崩した隙に、手放した槍を掴み、撃ち貫いた箇所に突き刺す。
ブレスレットのボタンを押し、黒の騎士を押し倒す。
『必殺業・炎馬の脚』
槍の柄頭に呪力のこもった右脚を叩き込み、槍を深々と突き刺す。甲殻の崩壊が広まり、内側に隠れた肉体が露わになる。
「これで……終わりだ」
両手に呪力を集中させ、長方形の筒と細長い針──注射器を模した武器を形成。踏み込みと同時に肉体を貫き、内部に呪力を流し込む。
流し込まれた呪力がアンタレスの肉体の隅々に行き渡ってから、『想像の具現化』の力で呪力を炎に変換し、細胞の焼失を試みる。
「グ……ォォォォ」
呻き声を上げながら拓実を突き飛ばすも、一度変えた呪力は消えずに体内に残り続け、細胞に着火する。
悶え苦しむように暴れるも、徐々に動きが鈍り出す。体の各所から黒煙を噴き出し、小刻みに震え始める頃には動かなくなり、力なく倒れる。
「やったか……」
悠斗は細胞を帯電させる事で行動不能に追い込んだが、拓実が扱う騎士は炎の扱いに長けている。万物を焼く獄炎を持ってすれば、細胞を燃やすなど造作もない。
細胞を複製する事で蘇るアンタレスだが、複製する細胞が無くなれば再生せずに絶命する。悠斗が導き出した答えを知らなければ倒せない敵だった。
「仲間、か」
確かに、頼もしい力だ。
一人で出来ることなどたかが知れている。欠点を補い合う事でようやく完璧に近づけるほど、人間は弱い。
人は群れを成す。生き残る為に。
かつての私は、群れるのは弱者の証拠だと鼻で笑っていただろう。
だが、本当に笑われるべきなのは己自身だ。
得て分かった。仲間とは素晴らしいものだと。
「もっと早く気付けていれば……」
今とは、少しだけ違っていたのだろうか。
頼れる仲間がいれば、王の傀儡にならずに済んだのか? 間違った行動を止め、正してくれたのか?
「いや……それは、虫が良すぎるな」
背負ってる罪は誰のせいでもなく、自分で決めた結果だ。過去を悔やむのは間違っている。
罪を背負ってでも生きる。それが今の私の使命であり、それ以外は望んではいけない。人並みの幸せも、仲間も。
長いようで短い物思いを終え、変身を解除するべく駒に手を伸ばした瞬間──。
「ごはっ……⁉︎」
突如、背中に何かが刺さる。
生温かい液体が鎧の隙間から漏れ、突き刺さる何かが肉を抉りながら奥へ奥へと入ってくる。
「何……が」
口が上手く動かない。手足にも痺れが回って、思うように動けない。
どうにか首を後ろに回すと、そこには絶命した筈のアンタレスが、万全の状態で仁王立ちしていた。
背中に刺さるのは、アンタレスが持つ強靭な尾。呪力で多種多様な毒を生成し、先端の針から対象の内部に注入する、不意打ちに最も適した武器。
「貴様は」
確かに倒したはず。細胞も、複製できぬほど粉々に焼失させた。仮に残っていたとしても、一分も経たずに全快するはずがない。
悠斗の時も、倒したはずのアンタレスが不自然に蘇っていた。
帯電した細胞を複製した事で神経に障害が生じていたのを考えると、呪力で細胞を複製しているのに間違いはない。
呪力で細胞を複製。残された細胞と同じ物を作り出す……。
「まさか……⁉︎」
不意に浮かび出た仮説だが、そう考えれば合点がいく。
呪力の真価は、想像を具現化する事にある。アンタレスはそれによって細胞を複製させ体を再生してきた。
細胞の複製。呪力で細胞を創造する、無から有を生み出している。
特性は元から備わっている能力であり、意識して発動するものじゃなく、考えだけで発動する。再生する際に頭の中で『体を治す』と考えるだけで、呪力は勝手に細胞の複製を始め、新たな肉体を形成する。
それがアンタレスの持つ再生のメカニズムであり、奴が蘇った理由でもある。
アンタレスが死ぬ間際に『体を治す』と念じてしまえば、細胞を焼失しようとも一から体を造る事が出来る。焼失する前に念じておけば、呪力は残った細胞を勝手に記憶し、事が済んでから体を造ればいい。
奴は──自らの生死を自分で決められる。
「諦める、ものか」
不死身の生物など存在しない。
今のは単なる憶測。確証がない。
もし今の憶測が当たっていたら、アンタレスを倒す術がない。きっと、偶然残った細胞を複製したんだろう。
まだ辛うじて動く腕で槍を掴もうとすると、再生された二本目の尾が槍を遠くへと飛ばし、三本目の尾で伸ばした手を叩き折った。
「グッ……ゥゥゥ!」
痺れているというのに、痛みだけは鮮明に感じる。
アンタレスは、最初の一本を刺したまま、引き戻した二本の尾で拓実を殴打する。
身動きを封じられた拓実に防ぐ術はなく、無情に降り注ぐ尾の攻撃を正面から受け続けた。
鎧が崩れ、体中の骨が粉々に砕ける感覚に襲われながらも、激痛によって気絶を許されない。
ようやく尾の攻撃が終わる頃には、拓実の体は原型を留めないほど歪んでいた。
「ゴフッ……」
医学生だから分かる。内臓がいくつも破裂している。出血量や損傷度を考慮して、助かる見込みはない。呪力を使えば治るかもしれないが、全身の怪我を完治させる事はできない。中途半端に治った所で意味がない。
全身を絶え間なく襲う激痛が意識を留めているが、だからなんだという話だ。立ち上がれない、槍も握れない今、できることは何もない。
「…………」
倒れ伏す拓実に歩み寄ったアンタレスが、無感情で見下ろし、開いた鋏を首にあてがう。
軽く閉じるだけで死ねる鋭さを前に、不思議と恐怖はしなかった。
──悪いな、海斗。
兄ちゃんは最後の最後まで、何も出来なかったよ。
弟を救う為に医学の道を選んでも、治せなかった。
人道を外れる行いを繰り返しても、救えなかった。
償いの為に生きると決めながらも、償えなかった。
何も成し遂げられず、無意味に死んでいく。それが罪人の末路ならば、甘んじて受け入れよう。
少し前までの自分なら、そう思っていただろう。
だが、今は違う。
鋏を閉じようと力むより早く、アンタレスの尾を掴む。瀕死のフリで治していた右腕がようやく動くようになったのだ。
一瞬の動揺を狙い、尾をアンタレスの首筋に突き刺す。
「ガッ……⁉︎」
不意の反撃で判断を誤ったのか、アンタレスは自らの体内に毒液──即効性の麻痺毒を流し込んでしまった。
すぐに全身が震え始め、身動きがとれなくなる。
「自分の毒で……苦しみな」
「……ゴァァァ‼︎」
拓実の煽りに苛立ったのか、雄叫びを上げながら閉じた鋏を振り上げ、拓実の心臓を正確に貫く。
「がはっ‼︎」
断末魔と共に多量の血が吐き出される。
アンタレスは怒りをぶつけるように二度、三度と繰り返し、拓実の胴体を二つに切り裂いた。
下半身と上半身が分かれ、切り離された上半身が更に刻まれる。
そうだ……これでいい。
最初から、私みたいな者が生きようと願うのが……間違いなんだ。
関係ない者を巻き込み、私利私欲の為に戦った犯罪者の末路に、相応しいじゃないか……。
遠のく意識の中、拓実は遥か上にいる者に祈った。
──柏木悠斗。
一番迷惑をかけた君に赦され、必要とされて嬉しかったよ。
だが、やはり私は赦されてはいけないほど、罪深い存在だ。生きて帰る約束を破ってしまったのだから。
君には本当に申し訳ないと思っている。そのせめてもの償いとして、誰にも君の邪魔はさせないよ。
愛する者が既に故人である絶望の中、それでも彼女の為に戦うなんて、誰にも真似のできないことだ。
君の苦しみが報われる事を、弟と共に祈っているよ。
さようなら。そして、ありがとう。我が好敵手にして、親愛なる友よ……。
無数のレーザーと剣が僧侶悪鬼を取り囲み、一斉に突き刺さる。
「これで終わりだ」
錫杖で空間を切り、闇を拡げる。闇に入る事で戦車悪鬼の背後に転移し、槍を突き刺す。
槍の柄頭に黒の戦車を嵌め、先端に呪力を集約。溜まった瞬間にトリガーを押し、呪力をゼロ距離で撃ち込む。
中級最強の駒による業と必殺業を受けた二体の悪鬼は同時に爆発四散し、亡骸が気化する。
通常ならば依代が残るのだが、気化した後には何も残っていない。オリジナルよりも弱く、手応えのなさから察するに複製個体だろう。
今更雑魚を門番にした所で、我々を足止め出来るとは思っていまい。王の狙いは時間稼ぎか、戦力の分断のどちらかに違いない。
門番を倒した以上、もうここに留まる必要はない。悠斗の跡を追う為に扉へ近づいた、次の瞬間──。
背後から突如、三本の鋭い針──尾が伸びてきた。
一瞬早く気付いた事で即座に対応ができ、体をひねる事で尾による刺突を紙一重で躱す。尾は鉄扉を発泡スチロールのように射抜き、すぐさま戻る。
振り向くと、そこには複合悪鬼『アンタレス』が立っていた。
「今度は貴様か」
振り向き様に錫杖を振り、四本の剣で四肢を射抜く。剣で四肢を壁に射止め、身動きを取れないアンタレスの頭部に槍を突き刺す。
呪力を流し込み、内部に抑えきれなくなった炎が甲殻のヒビから噴き出す。
炎の勢いが徐々に増していき、アンタレスの体が膨張していく。
「爆ぜろ」
その一言と同時に、アンタレスの体が爆ぜる。甲殻と臓物が炎によって焼失され、すぐに跡形も無くなる。
しかし──。
ものの数秒で元の姿に戻り、何事もなかったように鋏を構える。
「再生は健在ということか」
アンタレスの特性『再生』がある限り、消し炭にしても蘇ってくる。攻略するには細胞レベルで焼失させるか、再生できなくなるまで倒すしかない。
一時は味方であり頼もしく思えた特性だが、敵対すればこれほど厄介な特性はない。
絶望的な敵を前に考えることを辞めず、どう仕留めるか考えついた悠斗の強さには、改めて感服させられる。
もしかしたら、それこそが悠斗と私にある差なのかもしれない。
弟を失くし、立ち上がる事を辞めた私。
最愛の者を失くしても立ち上がった悠斗。
悠斗が鎧騎士に選ばれたのは、英雄の血を持つからだけではない。
諦めない心。それこそが彼が鎧騎士に選ばれた理由。騎士として生きる上で最も大切な物が私にはなく、彼にはある。
彼ほど強く、世界を救える人間を、私は知らない。
それだけ偉大な彼に、必要とされた。
「だから、負けられないんだ」
両手の鋏を擦り合わせるアンタレスに接近し、槍を刺突する。
アンタレスはその一撃を鋏で器用に挟んで防ぎ、空いた方の鋏を首に向けて突き出してくる。
下から錫杖を突き上げる事で軌道を逸らし、槍を手放して横に回転する事で回避。そのまま錫杖に回転の勢いを乗せ、アンタレスの横腹に叩きつける。
アンタレスは全身を頑丈な甲殻で覆われており、脅威的な防御力を持っている。如何に勢いの乗った打撃とはいえ、アンタレスに致命傷を与えるのは難しい。
だが打撃に強い反面、呪力には脆い。悠斗との戦闘でそれは証明されており、先の呪力の剣による攻撃も効果的だった。
錫杖の柄に黒の僧侶を嵌め、すかさずトリガーを引く。穂先に集中した呪力が分散され、至近距離から甲殻を撃ち貫く。
「ゴアァァ……」
唸り声を上げて体勢を崩した隙に、手放した槍を掴み、撃ち貫いた箇所に突き刺す。
ブレスレットのボタンを押し、黒の騎士を押し倒す。
『必殺業・炎馬の脚』
槍の柄頭に呪力のこもった右脚を叩き込み、槍を深々と突き刺す。甲殻の崩壊が広まり、内側に隠れた肉体が露わになる。
「これで……終わりだ」
両手に呪力を集中させ、長方形の筒と細長い針──注射器を模した武器を形成。踏み込みと同時に肉体を貫き、内部に呪力を流し込む。
流し込まれた呪力がアンタレスの肉体の隅々に行き渡ってから、『想像の具現化』の力で呪力を炎に変換し、細胞の焼失を試みる。
「グ……ォォォォ」
呻き声を上げながら拓実を突き飛ばすも、一度変えた呪力は消えずに体内に残り続け、細胞に着火する。
悶え苦しむように暴れるも、徐々に動きが鈍り出す。体の各所から黒煙を噴き出し、小刻みに震え始める頃には動かなくなり、力なく倒れる。
「やったか……」
悠斗は細胞を帯電させる事で行動不能に追い込んだが、拓実が扱う騎士は炎の扱いに長けている。万物を焼く獄炎を持ってすれば、細胞を燃やすなど造作もない。
細胞を複製する事で蘇るアンタレスだが、複製する細胞が無くなれば再生せずに絶命する。悠斗が導き出した答えを知らなければ倒せない敵だった。
「仲間、か」
確かに、頼もしい力だ。
一人で出来ることなどたかが知れている。欠点を補い合う事でようやく完璧に近づけるほど、人間は弱い。
人は群れを成す。生き残る為に。
かつての私は、群れるのは弱者の証拠だと鼻で笑っていただろう。
だが、本当に笑われるべきなのは己自身だ。
得て分かった。仲間とは素晴らしいものだと。
「もっと早く気付けていれば……」
今とは、少しだけ違っていたのだろうか。
頼れる仲間がいれば、王の傀儡にならずに済んだのか? 間違った行動を止め、正してくれたのか?
「いや……それは、虫が良すぎるな」
背負ってる罪は誰のせいでもなく、自分で決めた結果だ。過去を悔やむのは間違っている。
罪を背負ってでも生きる。それが今の私の使命であり、それ以外は望んではいけない。人並みの幸せも、仲間も。
長いようで短い物思いを終え、変身を解除するべく駒に手を伸ばした瞬間──。
「ごはっ……⁉︎」
突如、背中に何かが刺さる。
生温かい液体が鎧の隙間から漏れ、突き刺さる何かが肉を抉りながら奥へ奥へと入ってくる。
「何……が」
口が上手く動かない。手足にも痺れが回って、思うように動けない。
どうにか首を後ろに回すと、そこには絶命した筈のアンタレスが、万全の状態で仁王立ちしていた。
背中に刺さるのは、アンタレスが持つ強靭な尾。呪力で多種多様な毒を生成し、先端の針から対象の内部に注入する、不意打ちに最も適した武器。
「貴様は」
確かに倒したはず。細胞も、複製できぬほど粉々に焼失させた。仮に残っていたとしても、一分も経たずに全快するはずがない。
悠斗の時も、倒したはずのアンタレスが不自然に蘇っていた。
帯電した細胞を複製した事で神経に障害が生じていたのを考えると、呪力で細胞を複製しているのに間違いはない。
呪力で細胞を複製。残された細胞と同じ物を作り出す……。
「まさか……⁉︎」
不意に浮かび出た仮説だが、そう考えれば合点がいく。
呪力の真価は、想像を具現化する事にある。アンタレスはそれによって細胞を複製させ体を再生してきた。
細胞の複製。呪力で細胞を創造する、無から有を生み出している。
特性は元から備わっている能力であり、意識して発動するものじゃなく、考えだけで発動する。再生する際に頭の中で『体を治す』と考えるだけで、呪力は勝手に細胞の複製を始め、新たな肉体を形成する。
それがアンタレスの持つ再生のメカニズムであり、奴が蘇った理由でもある。
アンタレスが死ぬ間際に『体を治す』と念じてしまえば、細胞を焼失しようとも一から体を造る事が出来る。焼失する前に念じておけば、呪力は残った細胞を勝手に記憶し、事が済んでから体を造ればいい。
奴は──自らの生死を自分で決められる。
「諦める、ものか」
不死身の生物など存在しない。
今のは単なる憶測。確証がない。
もし今の憶測が当たっていたら、アンタレスを倒す術がない。きっと、偶然残った細胞を複製したんだろう。
まだ辛うじて動く腕で槍を掴もうとすると、再生された二本目の尾が槍を遠くへと飛ばし、三本目の尾で伸ばした手を叩き折った。
「グッ……ゥゥゥ!」
痺れているというのに、痛みだけは鮮明に感じる。
アンタレスは、最初の一本を刺したまま、引き戻した二本の尾で拓実を殴打する。
身動きを封じられた拓実に防ぐ術はなく、無情に降り注ぐ尾の攻撃を正面から受け続けた。
鎧が崩れ、体中の骨が粉々に砕ける感覚に襲われながらも、激痛によって気絶を許されない。
ようやく尾の攻撃が終わる頃には、拓実の体は原型を留めないほど歪んでいた。
「ゴフッ……」
医学生だから分かる。内臓がいくつも破裂している。出血量や損傷度を考慮して、助かる見込みはない。呪力を使えば治るかもしれないが、全身の怪我を完治させる事はできない。中途半端に治った所で意味がない。
全身を絶え間なく襲う激痛が意識を留めているが、だからなんだという話だ。立ち上がれない、槍も握れない今、できることは何もない。
「…………」
倒れ伏す拓実に歩み寄ったアンタレスが、無感情で見下ろし、開いた鋏を首にあてがう。
軽く閉じるだけで死ねる鋭さを前に、不思議と恐怖はしなかった。
──悪いな、海斗。
兄ちゃんは最後の最後まで、何も出来なかったよ。
弟を救う為に医学の道を選んでも、治せなかった。
人道を外れる行いを繰り返しても、救えなかった。
償いの為に生きると決めながらも、償えなかった。
何も成し遂げられず、無意味に死んでいく。それが罪人の末路ならば、甘んじて受け入れよう。
少し前までの自分なら、そう思っていただろう。
だが、今は違う。
鋏を閉じようと力むより早く、アンタレスの尾を掴む。瀕死のフリで治していた右腕がようやく動くようになったのだ。
一瞬の動揺を狙い、尾をアンタレスの首筋に突き刺す。
「ガッ……⁉︎」
不意の反撃で判断を誤ったのか、アンタレスは自らの体内に毒液──即効性の麻痺毒を流し込んでしまった。
すぐに全身が震え始め、身動きがとれなくなる。
「自分の毒で……苦しみな」
「……ゴァァァ‼︎」
拓実の煽りに苛立ったのか、雄叫びを上げながら閉じた鋏を振り上げ、拓実の心臓を正確に貫く。
「がはっ‼︎」
断末魔と共に多量の血が吐き出される。
アンタレスは怒りをぶつけるように二度、三度と繰り返し、拓実の胴体を二つに切り裂いた。
下半身と上半身が分かれ、切り離された上半身が更に刻まれる。
そうだ……これでいい。
最初から、私みたいな者が生きようと願うのが……間違いなんだ。
関係ない者を巻き込み、私利私欲の為に戦った犯罪者の末路に、相応しいじゃないか……。
遠のく意識の中、拓実は遥か上にいる者に祈った。
──柏木悠斗。
一番迷惑をかけた君に赦され、必要とされて嬉しかったよ。
だが、やはり私は赦されてはいけないほど、罪深い存在だ。生きて帰る約束を破ってしまったのだから。
君には本当に申し訳ないと思っている。そのせめてもの償いとして、誰にも君の邪魔はさせないよ。
愛する者が既に故人である絶望の中、それでも彼女の為に戦うなんて、誰にも真似のできないことだ。
君の苦しみが報われる事を、弟と共に祈っているよ。
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