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第五章 鎧騎士として
第三十五話
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二〇六七年六月五日日曜日、西橋大学医学部附属病院──。
ベンチに座りながら太陽を眺めていると、庭園に足を踏み入れる者の気配に気付き、素早く立ち上がる。
体全体を音の方へ向けると、そいつは来た。
「時間通りですね」
片手を上げながら歩み寄り、そいつの前に立つ。
「……なんのようだい、柏木悠斗くん」
「警戒しないで下さい。あなたと戦う気はありません、拓実さん」
電話で呼び出した相手は、かつての好敵手である伊澤拓実──消滅から逃れた黒の鎧騎士だ。
何度も生死をかけて戦ってきた男に手を差し出すも反応を示さず、拓実は単刀直入に言った。
「私が憎くないのか?」
「……」
「私は君から大切な人を奪い、王の野望に協力していたんだぞ? それなのに戦う気がないとは、どういうことだ」
拓実の言いたいことも、望みも分かる。
自分が犯した過ちに気付き、罰を受けたがっているんだ。唯一生き残り、事情を知っている俺から。
だから彼は、俺の電話に応じて来てくれた。
「……罪を憎んで人を憎まず」
「は?」
「あなたが犯した罪は許せません。ですが、だからといってあなたを憎む気はありません」
「冗談はやめてくれ。君は私を憎んでいたではないか」
確かに、己の大義が為に関係ないユニを巻き込んだ事を、俺から希望を奪った事を憎み、呪った。何も知らないままだったら、今でも憎んでいただろう……。
「あなたの大義……それは、弟さんを救う為でしょ?」
俺の答えに、拓実は分かりやすい動揺を見せた。
「……調べたのか?」
「昨日の昼に、ある人から」
樹海内の救助作戦前に、以前頼んでおいた件を沙耶香が調べ終えたらしく、移動中に軽く目を通していた。
拓実には四つ下の弟がいたが、二年前に交通事故で大脳を損傷してしまい、植物人間として病院で今も横になっている。
医療技術が発達した現代とはいえ、人間の脳を完璧に治す術がない。二年も経って回復の見込みがない以上、復帰は絶望的としか言えない。
しかし俺はその事を口にせずに、拓実がなぜ王に協力していたのかを言い当てた。
「王は多額の金銭を与える事で医療費を賄わせ、最後まで協力すれば弟さんを救ってやると言われ、あなたは王に協力していた。違いますか?」
「…………合ってるよ」
拓実は言い訳もせず、潔く認めた。
「今の医療では弟が……海斗が助からない! 助かる可能性が万が一にでもあるならそれに縋るしかないだろ!」
「……そうですね」
俺は否定しなかった。
拓実の両親は子育てに無関心で、日常的に暴力を振るっていた。それに嫌気が差した拓実は高校卒業後に弟を連れて西橋都に引っ越し、以後二人で貧しいながらも幸せな日々を過ごしてきた。
そんな生活の中、突然家族が動かなくなったんだ。微かな希望でもすがりたく気持ちは痛いほど分かる。
俺の希望がユニであるように、拓実の希望は弟なんだろう。
「大事な人を助ける為ならなんでもする。絶望の中から希望を見出すのが人間のあるべき姿だと、俺の中の悪鬼も言っていました」
「ロットか。あいつがそんな事を」
そういえば、拓実はロットと一度話しているのか。あの時の印象からは思いもよらない発言に疑問を持っているのがよく分かる。
「それに、あなたを憎めないのはそれだけじゃありません」
怪訝な顔で警戒する拓実に向けて、敵意のかけらもないほどの微笑みを向けた。
「あなたの事を、嫌いになれないからです」
「……⁉︎」
俺の言葉に、拓実が本気で戸惑っている。
「自分でも分からないんですが、根っからの悪人には思えないんです。本当はしたくないけど、他に方法がないから嫌々とやってる感じがして……」
不可解な点は他にもある。
拓実は、戦う度に俺に有益な情報を与えてきた。呪力の使い方、冬馬を救う方法、王の目的。罪滅ぼしかのように、不自然に情報を流してくれた。
もちろん、今の考えは俺の憶測であり、確証も何もない。
「……だから私を許すと?」
「はい」
何故か突然、頭の中で誰かが深いため息を吐いた……気がした。
同様に、拓実は頭を抱えながら呆れ果てる。
「若いからかな? 甘すぎる」
「え……?」
「とんだ甘ちゃんだ。その甘さで死にかけたのを忘れたのかい?」
忘れるわけがない。未熟な覚悟よりも甘さが優ってしまい、トドメを一瞬躊躇した。そのせいで北条の乱入を許してしまい、命かながら一時撤退を余儀なくされた。
自分でも甘すぎると思う。この期に及んで、敵だった者を許そうとするなんて。
でも──。
「ずっと憎み続けても、お互いに苦しいだけです」
憎いから、どちらかが死ぬまで戦い続けたとしても、残された方が虚しくなるだけだ。ならばいっそ、過去の罪も憎しみも全て受け入れて前に進む。
「そんな答えで納得できると思っているのか?」
「思ってませんよ。今のは、俺の中の答えなんですから」
「なら無意味だ。君が許そうとも、私が私自身を許せない」
深い後悔で沈みきった表情でそう言うと、自分の愚かしさを語り出した。
「自分勝手な欲望を大義と偽り、無関係な者を多く巻き込んだ。償いきれないほどの罪を背負った結果、王に全て奪われた。人としての道徳も、心も……海斗も」
呪力を取り込んでいなかった弟は、塔の力によって消滅させられてしまったんだろう。王の計画も半分は嘘だったのを鑑みるに、最初から捨て駒として利用されていた……俺と同じ被害者だ。
なおさら、拓実のことを責められなくなった。もしかしたら、俺以上に酷い目に遭わされている。
「私は君に、一人に固執する情けない男だと言ったね」
ちょうどこの場所で戦った日に、拓実は俺にそう言った。あの時は冬馬を救う事に必死で、冷静さを欠いていた。
そのせいで拓実に完膚なきまでに敗れたが、そのお陰で支える存在の大切さに気付き、鎧騎士を次の段階に進めることができた。
「だが、本当に情けないのは私だ。弟の命だけに執着しておきながら偉そうな事を言って……」
「情けなくなんてありません。あなたは立派です」
自分を否定する拓実に向かって、俺は無意識にそう口走っていた。
予想外の反応に一瞬口ごもる拓実に、俺は続けて言う。
拓実のやり方が正しいと認める気はない。
だが、戦う理由を否定する気もない。
「俺なんて、みんなの為と言いながら、本当はユニの為だけに戦ってきました」
関係ない人が傷つくのを恐れ、嫌がるユニを見て、俺は人を守る為に戦い始めた。もちろん、全部がそうじゃない。俺自身が犯した罪を償う為でもある。
だが、俺の戦う理由は結局、ユニの気を引くため……自己満足に近いものだ。
「体のいい事を言っても、結局は自分の為に戦う。多分、殆どの人がそうです。他人を優先できる人は余程のお人好しか真の善人ぐらいです」
人は所詮、自分第一の生き物だ。間違っていると解っていても、結果的に自分が得する事を平然とやる。
「そんな中、あなたは弟さんの為に戦っていた。強力な力を家族の為に使うのって、簡単そうで難しい事なんですよ?」
拓実に歩み寄り、震える肩に手を置く。
「あなたは悪人なんかじゃない。家族の為に戦える優しい人です」
「……悠斗くん」
「それでも自分が許せないなら、その罪を背負ってでも生きてください」
かつて自分が見殺しにしてしまった者達を思いながら、右手を心臓がある位置に持っていく。
「俺が断罪した所で犯した罪は消えない。だから罪を背負って生きなきゃいけない。それが、罪人である俺たちの責任の取り方でしょう?」
「……そう、だな」
気付けば拓実は、涙を流していた。
「君の言う通りだよ。自分が許せないなら、残りの人生を全て贖罪の為に生きなければならない。それは、この力を得た時から決まっていた運命なのかもしれないな」
ブレスレットをさすり、名残惜しむように言う拓実の姿は、先程までの弱々しさが無くなっていた。固い決意と覚悟を秘めた、騎士を名乗るに相応しい気配を漂わせている。
「私たちは、互いに償えない罪を犯した」
「もう、普通に生きる事は出来ない」
互いに差し出した手を強く握り合い、頷き合う。
「私たちの利己的な欲望のせいで、関係ない者を多く巻き込んだ」
「だから助けなきゃいけない。生きてる俺たちが、みんなを」
そして──。
二人の男は、塔の前に立っていた。
数十万の信徒を抱えているとは思えないほど、塔は静かだ。
「最後の確認だ、柏木」
隣に並び立つ拓実が、愛称で俺を呼ぶ。
「ここに来るまでに説明したが、君のこれ以上の変身は危険だ。引き返しても構わないが?」
俺と拓実は、塔に来るまでに互いが持つ情報を交換しあった。
中でも驚いたのは、副作用についてだ。変身する度に心臓を握り潰されそうになるのは、呪力が俺からある物を奪っており、その反動によるものだった。
拓実の話によると、あと数回変身すれば命はないらしい。
あと数回で死ぬ。意識した時は恐怖したが、今は不思議と落ち着き払っている。
「言ったはずです、拓実さん。覚悟は出来てると」
施設内で手に入れた情報によると、塔の力が地球全体に及ぶまであと一時間。夕陽が沈むと同時に、世界から人間が消える。それまでに塔の頂上に登り、塔の機能を停止させねばならない。
その際、王との戦いは避けられない。
ならば、戦力は多いに越したことはない。
「しかし──」
「今この瞬間に死ななければ問題ありません」
拓実の忠告を遮り、ブレスレットを取り出す。
「……余計な気遣いだった。すまない」
「気にしてませんよ。それより……」
二人同時に、塔の入り口に顔を向ける。
固く閉ざされていた鉄扉が、内側に観音開きされる。
中には、一万以上の兵士が整然と並んでいる。
「信徒か?」
「恐らく」
一切乱れのない訓練された動きで兵士が歩き出し、入り口を塞ぐように横に並ぶ。
何百といく兵士の壁が二人に立ち塞がる。
「歓迎されてないみたいですね」
「王からしたら、私たちは異端者だからな」
人間のいない理想郷こそが王の目的。悪鬼でも人間でもない、中途半端な俺たちがさぞかし目障りなんだろう。
俺は白の、拓実は黒の騎士を取り出し、ブレスレットに押し込む。
雷と炎を伴う馬が二人の周囲を駆け回る。雷と炎の柱が馬の蹄鉄跡から噴き出し、それぞれの主人を取り囲む。
『変身!』
かつては敵として対峙した二人が今、共通の敵を倒す為に変身する。
雷を迸らせ、炎を放出しながら装着される鎧。白と黒の対照的な色・信念を持つ鎧騎士が、槍を高く掲げる。
「俺の希望を取り戻す為に」
「我が大義を成就させる為に」
異なる信念を告げ、互いの槍をクロスする。刀身に付与された雷と炎が混ざり合い、二本の槍を横薙ぐ。
解き放たれたエネルギーは八本足の馬となって次々と兵士を薙ぎ倒していく。
開かれた道を槍で指し、叫ぶ。
「行くぞ、柏木!」
「はい、拓実さん!」
割れた兵士の壁に向かって走り、両サイドからの攻撃をカバーし合いながら突き進む。両者で死角や背後を守り、押し寄せる数の暴力をモノともしない勢いで薙ぎ倒し、次々と消滅させていく。
最低限の力だけで兵士の壁を突破した二人は、同時に戦車形態に鎧変化する。
両肩に大砲を背負う白の鎧騎士と、両腕にガトリング砲、両肩にミサイルポッドを装備した黒の鎧騎士が、群がる兵士に向けて高火力砲撃を浴びせる。
一匹残らず消滅すると、依代となった信徒たちが光の粒となって消えてしまい、塔の頂上へと向かっていく。
「やられた瞬間に呪力が消失して、塔の機能によって消滅させられる……」
「兵士だから捨て駒ということか……どこまで傲慢なんだ王は!」
「怒らないでください、拓実さん。その怒りは全部、王にぶつければいいんです」
眼前に立つ塔の頂上を睨み、俺と拓実は内部へと突入した。
こうして俺たちは、世界の命運を握る戦いに身を投じた。
ベンチに座りながら太陽を眺めていると、庭園に足を踏み入れる者の気配に気付き、素早く立ち上がる。
体全体を音の方へ向けると、そいつは来た。
「時間通りですね」
片手を上げながら歩み寄り、そいつの前に立つ。
「……なんのようだい、柏木悠斗くん」
「警戒しないで下さい。あなたと戦う気はありません、拓実さん」
電話で呼び出した相手は、かつての好敵手である伊澤拓実──消滅から逃れた黒の鎧騎士だ。
何度も生死をかけて戦ってきた男に手を差し出すも反応を示さず、拓実は単刀直入に言った。
「私が憎くないのか?」
「……」
「私は君から大切な人を奪い、王の野望に協力していたんだぞ? それなのに戦う気がないとは、どういうことだ」
拓実の言いたいことも、望みも分かる。
自分が犯した過ちに気付き、罰を受けたがっているんだ。唯一生き残り、事情を知っている俺から。
だから彼は、俺の電話に応じて来てくれた。
「……罪を憎んで人を憎まず」
「は?」
「あなたが犯した罪は許せません。ですが、だからといってあなたを憎む気はありません」
「冗談はやめてくれ。君は私を憎んでいたではないか」
確かに、己の大義が為に関係ないユニを巻き込んだ事を、俺から希望を奪った事を憎み、呪った。何も知らないままだったら、今でも憎んでいただろう……。
「あなたの大義……それは、弟さんを救う為でしょ?」
俺の答えに、拓実は分かりやすい動揺を見せた。
「……調べたのか?」
「昨日の昼に、ある人から」
樹海内の救助作戦前に、以前頼んでおいた件を沙耶香が調べ終えたらしく、移動中に軽く目を通していた。
拓実には四つ下の弟がいたが、二年前に交通事故で大脳を損傷してしまい、植物人間として病院で今も横になっている。
医療技術が発達した現代とはいえ、人間の脳を完璧に治す術がない。二年も経って回復の見込みがない以上、復帰は絶望的としか言えない。
しかし俺はその事を口にせずに、拓実がなぜ王に協力していたのかを言い当てた。
「王は多額の金銭を与える事で医療費を賄わせ、最後まで協力すれば弟さんを救ってやると言われ、あなたは王に協力していた。違いますか?」
「…………合ってるよ」
拓実は言い訳もせず、潔く認めた。
「今の医療では弟が……海斗が助からない! 助かる可能性が万が一にでもあるならそれに縋るしかないだろ!」
「……そうですね」
俺は否定しなかった。
拓実の両親は子育てに無関心で、日常的に暴力を振るっていた。それに嫌気が差した拓実は高校卒業後に弟を連れて西橋都に引っ越し、以後二人で貧しいながらも幸せな日々を過ごしてきた。
そんな生活の中、突然家族が動かなくなったんだ。微かな希望でもすがりたく気持ちは痛いほど分かる。
俺の希望がユニであるように、拓実の希望は弟なんだろう。
「大事な人を助ける為ならなんでもする。絶望の中から希望を見出すのが人間のあるべき姿だと、俺の中の悪鬼も言っていました」
「ロットか。あいつがそんな事を」
そういえば、拓実はロットと一度話しているのか。あの時の印象からは思いもよらない発言に疑問を持っているのがよく分かる。
「それに、あなたを憎めないのはそれだけじゃありません」
怪訝な顔で警戒する拓実に向けて、敵意のかけらもないほどの微笑みを向けた。
「あなたの事を、嫌いになれないからです」
「……⁉︎」
俺の言葉に、拓実が本気で戸惑っている。
「自分でも分からないんですが、根っからの悪人には思えないんです。本当はしたくないけど、他に方法がないから嫌々とやってる感じがして……」
不可解な点は他にもある。
拓実は、戦う度に俺に有益な情報を与えてきた。呪力の使い方、冬馬を救う方法、王の目的。罪滅ぼしかのように、不自然に情報を流してくれた。
もちろん、今の考えは俺の憶測であり、確証も何もない。
「……だから私を許すと?」
「はい」
何故か突然、頭の中で誰かが深いため息を吐いた……気がした。
同様に、拓実は頭を抱えながら呆れ果てる。
「若いからかな? 甘すぎる」
「え……?」
「とんだ甘ちゃんだ。その甘さで死にかけたのを忘れたのかい?」
忘れるわけがない。未熟な覚悟よりも甘さが優ってしまい、トドメを一瞬躊躇した。そのせいで北条の乱入を許してしまい、命かながら一時撤退を余儀なくされた。
自分でも甘すぎると思う。この期に及んで、敵だった者を許そうとするなんて。
でも──。
「ずっと憎み続けても、お互いに苦しいだけです」
憎いから、どちらかが死ぬまで戦い続けたとしても、残された方が虚しくなるだけだ。ならばいっそ、過去の罪も憎しみも全て受け入れて前に進む。
「そんな答えで納得できると思っているのか?」
「思ってませんよ。今のは、俺の中の答えなんですから」
「なら無意味だ。君が許そうとも、私が私自身を許せない」
深い後悔で沈みきった表情でそう言うと、自分の愚かしさを語り出した。
「自分勝手な欲望を大義と偽り、無関係な者を多く巻き込んだ。償いきれないほどの罪を背負った結果、王に全て奪われた。人としての道徳も、心も……海斗も」
呪力を取り込んでいなかった弟は、塔の力によって消滅させられてしまったんだろう。王の計画も半分は嘘だったのを鑑みるに、最初から捨て駒として利用されていた……俺と同じ被害者だ。
なおさら、拓実のことを責められなくなった。もしかしたら、俺以上に酷い目に遭わされている。
「私は君に、一人に固執する情けない男だと言ったね」
ちょうどこの場所で戦った日に、拓実は俺にそう言った。あの時は冬馬を救う事に必死で、冷静さを欠いていた。
そのせいで拓実に完膚なきまでに敗れたが、そのお陰で支える存在の大切さに気付き、鎧騎士を次の段階に進めることができた。
「だが、本当に情けないのは私だ。弟の命だけに執着しておきながら偉そうな事を言って……」
「情けなくなんてありません。あなたは立派です」
自分を否定する拓実に向かって、俺は無意識にそう口走っていた。
予想外の反応に一瞬口ごもる拓実に、俺は続けて言う。
拓実のやり方が正しいと認める気はない。
だが、戦う理由を否定する気もない。
「俺なんて、みんなの為と言いながら、本当はユニの為だけに戦ってきました」
関係ない人が傷つくのを恐れ、嫌がるユニを見て、俺は人を守る為に戦い始めた。もちろん、全部がそうじゃない。俺自身が犯した罪を償う為でもある。
だが、俺の戦う理由は結局、ユニの気を引くため……自己満足に近いものだ。
「体のいい事を言っても、結局は自分の為に戦う。多分、殆どの人がそうです。他人を優先できる人は余程のお人好しか真の善人ぐらいです」
人は所詮、自分第一の生き物だ。間違っていると解っていても、結果的に自分が得する事を平然とやる。
「そんな中、あなたは弟さんの為に戦っていた。強力な力を家族の為に使うのって、簡単そうで難しい事なんですよ?」
拓実に歩み寄り、震える肩に手を置く。
「あなたは悪人なんかじゃない。家族の為に戦える優しい人です」
「……悠斗くん」
「それでも自分が許せないなら、その罪を背負ってでも生きてください」
かつて自分が見殺しにしてしまった者達を思いながら、右手を心臓がある位置に持っていく。
「俺が断罪した所で犯した罪は消えない。だから罪を背負って生きなきゃいけない。それが、罪人である俺たちの責任の取り方でしょう?」
「……そう、だな」
気付けば拓実は、涙を流していた。
「君の言う通りだよ。自分が許せないなら、残りの人生を全て贖罪の為に生きなければならない。それは、この力を得た時から決まっていた運命なのかもしれないな」
ブレスレットをさすり、名残惜しむように言う拓実の姿は、先程までの弱々しさが無くなっていた。固い決意と覚悟を秘めた、騎士を名乗るに相応しい気配を漂わせている。
「私たちは、互いに償えない罪を犯した」
「もう、普通に生きる事は出来ない」
互いに差し出した手を強く握り合い、頷き合う。
「私たちの利己的な欲望のせいで、関係ない者を多く巻き込んだ」
「だから助けなきゃいけない。生きてる俺たちが、みんなを」
そして──。
二人の男は、塔の前に立っていた。
数十万の信徒を抱えているとは思えないほど、塔は静かだ。
「最後の確認だ、柏木」
隣に並び立つ拓実が、愛称で俺を呼ぶ。
「ここに来るまでに説明したが、君のこれ以上の変身は危険だ。引き返しても構わないが?」
俺と拓実は、塔に来るまでに互いが持つ情報を交換しあった。
中でも驚いたのは、副作用についてだ。変身する度に心臓を握り潰されそうになるのは、呪力が俺からある物を奪っており、その反動によるものだった。
拓実の話によると、あと数回変身すれば命はないらしい。
あと数回で死ぬ。意識した時は恐怖したが、今は不思議と落ち着き払っている。
「言ったはずです、拓実さん。覚悟は出来てると」
施設内で手に入れた情報によると、塔の力が地球全体に及ぶまであと一時間。夕陽が沈むと同時に、世界から人間が消える。それまでに塔の頂上に登り、塔の機能を停止させねばならない。
その際、王との戦いは避けられない。
ならば、戦力は多いに越したことはない。
「しかし──」
「今この瞬間に死ななければ問題ありません」
拓実の忠告を遮り、ブレスレットを取り出す。
「……余計な気遣いだった。すまない」
「気にしてませんよ。それより……」
二人同時に、塔の入り口に顔を向ける。
固く閉ざされていた鉄扉が、内側に観音開きされる。
中には、一万以上の兵士が整然と並んでいる。
「信徒か?」
「恐らく」
一切乱れのない訓練された動きで兵士が歩き出し、入り口を塞ぐように横に並ぶ。
何百といく兵士の壁が二人に立ち塞がる。
「歓迎されてないみたいですね」
「王からしたら、私たちは異端者だからな」
人間のいない理想郷こそが王の目的。悪鬼でも人間でもない、中途半端な俺たちがさぞかし目障りなんだろう。
俺は白の、拓実は黒の騎士を取り出し、ブレスレットに押し込む。
雷と炎を伴う馬が二人の周囲を駆け回る。雷と炎の柱が馬の蹄鉄跡から噴き出し、それぞれの主人を取り囲む。
『変身!』
かつては敵として対峙した二人が今、共通の敵を倒す為に変身する。
雷を迸らせ、炎を放出しながら装着される鎧。白と黒の対照的な色・信念を持つ鎧騎士が、槍を高く掲げる。
「俺の希望を取り戻す為に」
「我が大義を成就させる為に」
異なる信念を告げ、互いの槍をクロスする。刀身に付与された雷と炎が混ざり合い、二本の槍を横薙ぐ。
解き放たれたエネルギーは八本足の馬となって次々と兵士を薙ぎ倒していく。
開かれた道を槍で指し、叫ぶ。
「行くぞ、柏木!」
「はい、拓実さん!」
割れた兵士の壁に向かって走り、両サイドからの攻撃をカバーし合いながら突き進む。両者で死角や背後を守り、押し寄せる数の暴力をモノともしない勢いで薙ぎ倒し、次々と消滅させていく。
最低限の力だけで兵士の壁を突破した二人は、同時に戦車形態に鎧変化する。
両肩に大砲を背負う白の鎧騎士と、両腕にガトリング砲、両肩にミサイルポッドを装備した黒の鎧騎士が、群がる兵士に向けて高火力砲撃を浴びせる。
一匹残らず消滅すると、依代となった信徒たちが光の粒となって消えてしまい、塔の頂上へと向かっていく。
「やられた瞬間に呪力が消失して、塔の機能によって消滅させられる……」
「兵士だから捨て駒ということか……どこまで傲慢なんだ王は!」
「怒らないでください、拓実さん。その怒りは全部、王にぶつければいいんです」
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