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第五章 鎧騎士として
第三十四話
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突如現れたそれは、西橋都を睥睨していた。
樹海を突き破り、天を衝くように聳える、巨大な塔。
その姿は異形としか形容できないほど歪んでおり、二つの紅い光が瞳を彷彿とさせた。
まるで悪魔のような塔を前に、西橋都の人々は不安に震えるのか。恐慌をきたすのか。
どちらでもなかった。
謎の塔の出現を気に留める者は誰もいない。
──西橋都にはもう、人間はいない。
樹海での戦いから一日が経った。
崩壊する建物から逃れた悠斗が見たものは、街を見下ろすほどの塔と、人間が消えた西橋都だった。
あの塔はどうやら呪力を持たない人間を消滅させる兵器で、極めて広範囲に広がるものらしい。共に乗り込んだ滝口たちも無論、その影響から逃れることはできなかった。
三個の駒を用いた変身──鎧騎士・混沌形態によって体の八割が呪力に侵された悠斗と、既に亡くなっているユニと冬馬は今のところ無事であったが、だからと言って何ができる訳じゃない。
一日かけて街を探索して、誰とも出会わなかった。学校にも、病院にも、警察署にも、誰もいない……。
いま、自宅のリビングには悠斗とユニがいる。だが、ユニはずっと目を閉じており、その様子を見つめる悠斗は、憔悴しきった表情を浮かべている。
──みんないなくなった。
滝口も、沙耶香も、佐藤もいない。
誰もいない。俺だけになった。
「……もう、疲れた……」
うずくまり、独りごちる。
ユニを助ける為に戦い、人間を辞めた結果、全てを失った。せっかく出来た仲間も、愛する人も、全て。
ブレスレットを外し、駒と共に放り投げる。今更こんな物があった所で、何もできない。したくない。
これからどうしようか。誰もいないなら、最後ぐらい好き勝手してから死のうかな……それとも、何もせずに死ぬか…………。
今は寝たい。一日中街を走り回ったせいで疲れた。死ぬのは起きてからでもいい。
真っ暗な世界。
夢で見る世界に、俺はまた漂うように浮かんでいた。
──死にたいな……。
俺は負けた。そして、全てを奪われた。
守るべきものも……。
想いをかけるものも……。
誰かを救う力も……。
俺にはもう何もない。
俺は無力で、ちっぽけで、哀れで、そして、一人ぼっちになった。
思えば、ずっとそうだった。
俺を愛してくれた父さんと母さんは殺された。
俺を心配して励まそうとしてくれた滝口さん、沙耶香さん、佐藤さん、店長は消された。
俺を想ってくれた冬馬さんも消えた。
俺に生きる希望をくれたユニも、殺されていた。
一人だけ生き残っても意味がない。あの明るさと優しさが、俺の心に安らぎを与えてくれた。
皆を守り、皆と助け合う事で、自分が一人じゃない事を実感できた。
が、俺にはもう何もない。
守るべきものも……。
想いをかけるものも……。
誰かを救う力も……。
もう、何もない。
暗い闇の中に漂いながら、俺は自分の命の終わりを願った。
不思議と悲しくはなかった。むしろ一切の煩わしい事から解放され、心が軽くなったような気がする。
死とはこういうものかも知れない。
俺はゆっくりと目を閉じた。
「……柏木悠斗」
どこからともなく声がする。
俺の中で生きる呪力──ロットの声だ。
「……お前、そんな姿してたのか」
以前は黒い靄だったロットが、今では俺と同じ背丈の人間として現れており、変身時に装着される鎧を着込んでいる。
可憐な少女を思わせる顔立ちに、闇の中では目立つ白い長髪。人間とは思えない金と銀のオッドアイがとても印象深い。
「肉体の八割が呪力に侵されているからな。本来の姿形を取り戻せた」
「それはよかったな。お前が元に戻れて俺も嬉しいよ」
俺はおかしくなった。
一人になったと思っていた自分のそばにまだ残っていたものがあった。ロットの存在を心から喜べる日が来るとは思いもしなかった。
「それで? お前が出て来たって事は、俺の体を乗っ取りに来たのか?」
「そのつもりだった」
冗談の通じないロットが低い声で言った。
「だが辞めた。これ以上、君からは何も奪わない」
「悪鬼らしからぬ発言だな」
「なんとでも言え」
申し訳なさそうに俯くロットを見ていると、姿のせいもあるがいたたまれない気分になる。
「私はずっと君を騙してきた。その罪滅ぼしとして、君の質問に全て答えよう」
唐突な申し出に戸惑いかけるが、今更知った所で意味がないことに気付き、すぐに落ち着きを取り戻す。
「じゃあ聞くが、お前ら呪力ってなんなんだ?」
かねてから疑問に思っていた事を聞くと、ロットは苦々しい表情を浮かべた。
「逆に聞くが、君は呪力をどこまで知っている」
「駒に宿る魂であり、想像を具現化させる力を持つ謎のエネルギー」
あとは、死んだ人間を動かせること。
だが、それは口にしたくない。認めたくない。
往生際悪く口を閉ざすも、ロットは全てを見透かしたように頷いた。
「合ってはいるが、根本的には正解とは言えない」
「じゃあなんだよ?」
「異星人……分かりやすく言えば宇宙人だ」
突拍子もない答えに、意外とすんなり納得出来てしまうのは、やはり悪鬼の存在が異質すぎるからだろうか?
さほど驚かない俺を見て、ロットは笑いながら続けた。
「我々は今から数千年前、こことは違う星から来た。肉体を持たないエネルギーだった我々は、種の存続の為に新たな肉体を求めて活動を開始した。最初は昆虫、次に動物と、それは多種多様に及んだ。その中で我々が目をつけたのは」
「俺たち人間か」
「生物の一生は儚い。些細なことで種が滅ぶ存在に宿っては、我々まで滅んでしまう。だから我々は、地球の覇権を得た人間を依代に選び、我々の持つ技術の提供・欲望を叶える代わりに、肉体の提供を求めた」
「当時の人間達の反応は?」
「最初は半信半疑だったが、次第に信用を得ていき、五百年経つ頃には人間との共存に成功していた。人間は自分達よりも高い次元の存在を崇める種族故に、一時期は神とまで崇められていた」
遥か昔の事を懐かしむロットの表情が、とても穏やかに見えた。
「全てが順調だった。しかし、ある時を境に平穏は崩れていった」
穏やかな表情が一気に暗がる。
「人間との共存を望む一方で、中には人間達を支配しようと企む者もいた」
「それが局ちょ……助手の中にいる呪力なのか?」
一瞬濁してから指摘すると、ロットは暗い表情のまま頷いた。
「奴は人間達を奴隷か餌としか見ておらず、いつしか人類の支配を望むようになった」
「支配欲ってやつか」
「同じ思想を持つ奴らもいて、王はそいつらを従えて人間達の肉体と領地を奪っていった。次第に欲望も膨れ上がっていき、百年も経つ頃には自分に都合のいい理想郷を作り上げていた」
「でも、その理想郷は崩れたんだろ?」
「そうだ。僅かに生き残った人類と王の元を離反した呪力達が手を組み、何年にも及ぶ抗争の果てに王は討ち倒した。その後、人間が持つ呪術なるもので地下深くへと永久封印した……はずだった」
「だが、ある科学者が娘を救いたいが為に封印を解いてしまった。結果娘と科学者は殺されてしまい、偽りのヒーローは何も知らず王に協力して、無事に奴が望む理想郷が完成したと」
自虐気味に続けると、すぐにロットが訂正した。
「まだ完成したわけではない」
「もう完成してるだろ? 西橋都から人が居なくなったんだから」
正確に言えば、まだ数十万の人間は残ってはいる。
だがそれは、王の思想に心酔した信徒だ。樹海内で複製した兵士を使って呪力を取り込み、消滅の対象から逃れたのだ。
「王の目的は全人類の支配だ。あの塔はその為の手段であり、今はまだ最大出力に達していない。だから範囲は西橋都のみに留まっている。今の情報だけで、私の言いたいことは分かるな?」
「塔の範囲が全世界に及ぶまでまだ時間があるから、それまでに塔の機能を停止させれば、王の野望を阻止できる」
答えを投げかけると、ロットは頷きつつも、納得いかなそうに首を傾げた。
「どうした? いつもの君らしくないぞ」
俺の何を知っている……と言おうとしたが、ロットは俺以上に俺を知っている。
だからこそ謎だ。
知っていながら、なぜ今の発言ができる。
「俺はもう疲れた……全てがどうでもいい」
その場で座り込み、力なく呟く。
戦う力を持ち、奪われる辛さを知っていながら、何も守れなかった。
これ以上は耐えられない。もう失うものがなくなった今、最後ぐらい穏やかに消えたい。
「……誰もそんな事を望んでいない」
心を読んだロットの励ましも、今はどうでもいい。
「私はお前に生きて欲しい」
「誰も望んでないさ。俺の帰りを待つ人なんて、どこにもいないんだから」
「君の気持ちは察するに余りある。だが今は──」
「なら答えろ! なんで俺を選んだ!」
湧かないはずの怒りが表れ、ロットに掴みかかる。
「なんで俺ばかりこんな目に遭うんだ! 両親を殺されて、ユニも殺されて、仲間も奪われた! なぜ俺から何もかも奪うんだ! 俺が何をしたって言うんだ!」
ロットを掴む手に力が加わる。僅かに表情を歪めているが、直ぐに申し訳なさそうに言った。
「すまなかった」
「……謝るぐらいなら返せよ!」
叫び、殴る。
「俺は……俺はただ、普通に生きたかった! なのになんで俺ばっかりこんな目に遭うんだよ!」
ロットは微動だにせず拳を受けてくれた。
情けない。行き場のない怒りを、相棒にぶつける自分が情けなく、惨めだと思う。
分かってる。ロットは悪くない。
それなのにロットは、理不尽な暴力を前に怒らずに、真摯に受け止めてくれる。その気になれば俺の意識など消せるくせに、何もしてこない。
いつしか俺は泣いていた。そんな俺を見据え、ロットはゆっくりと告げた。
「……選ばれたんじゃない。これが運命なんだ」
「何?」
殴る手を止め、ロットの言葉に耳を傾ける。
「女王と私は人間達と協力し、王を討つ為の戦いを繰り広げた。その戦いでは超常的な力に臆さず立ち向かう一人の英雄がいた。彼の勇敢なる姿に惚れた女王はその者と結婚し、二人の息子と娘を授かった」
呪力と人間が結婚して子供をこさえるとは、少し前の俺なら一笑に付していただろう。
「その者の名は『ランスロット』。世界を救いし英雄だ」
「ランスロットだと……?」
かの有名な『アーサー王伝説』に出てくる『円卓の騎士』が一人。架空の存在と言われていた人物が実在した事には驚くが、それが女王と何の関係がある?
「ランスロットは王と相打ちになり、その命を落とした。多くの者が英雄の死を嘆く中、私と女王は彼とある約束を交わした。『王が復活し、また同じ悲劇が繰り返される時は、迷わず我が血筋を頼れ。必ずや力になってくれる』と。そして、彼の予言通り王が目覚め、悲劇が起こった」
「……ちょっと待ってくれ。今の話が本当だとしたら、それってつまり」
ここに来て初めて見せた戸惑いに、ロットは真剣な顔で断言した。
「君はランスロットの……英雄の子孫だ」
あまりにも予想外すぎる展開に言葉が出ない。
「ランスロットの死後、女王は王と共に封印される道を選んだ。子供たちは子孫繁栄の為に国を離れ、各々が世帯を持ち、英雄の血を後世へと継いでいった」
話が壮大になるに連れ、俺の理解が追いつかなくなり、淡々と語り続けるロットに軽く恐怖を感じてきた。
「子孫は何世代に渡って増えていき、いつしかこの国にも産まれ落ちた」
「それが、俺だと……」
俺の答えに、ロットが頷く。
自分に英雄の血が流れているなんて、にわかに信じ難い話だが、今はどうでもいい。
「俺の祖先については分かったよ。だが、それでも俺が選ばれた理由が分からない。他にも子孫はいるのに、なんで俺なんだ」
「王が殺したからだ」
食い気味の返答に、息を呑む。
「王は再び討たれる事を恐れ、世界中に散らばる彼の血筋を殺していった。殺し屋や犯罪者を金で雇ってね」
その事実を聞いて、ようやく合点がいく。
なぜ北条は両親を殺したのか。それは王に金で雇われたからで、俺に執着していたのも同様の理由からだろう。
「北条がすぐに逮捕された事で、君を脅かす存在がいなくなった。それに焦った王は自ら懐に潜り、散らばった駒を集めさせつつ、元から持っている駒を巧みに使い、君にヒーローを演じさせてきた」
兵士を持つ悪鬼。犯罪者の依代。呪力の真価。謎がここに来て一つずつ解けてきた。局長という立場と街一つを大胆に使っての計画は、俺に偽りのヒーローを演じさせる為だったのか。
正義と信じて疑わずに戦い続けた結果、世界が支配される。改めて、自分の愚かさを思い知らされる。
「柏木悠斗。君が背負っている業の重さは、私には計り知れない。その吐口として私に当たる事は間違っていない」
理不尽に殴られながらも怒らず、俺に罪の意識を被せない為の理由付けまでしてくれたロットの優しさが、今は辛い。
「……俺が選ばれた理由は解った。それでも、俺はもう戦いたくない」
心臓が締めつられる思いになりつつ、俺はか細い声で言った。
「英雄の血があるから選ばれた? そんな事知ったことか。何千年も前の話を持ち出した所で、俺の意思は変わらない」
「悠斗……」
「お前だって分かってんだろ? 俺は特別でもなんでもない、普通の子供なんだ。世界を救うなんて大事が、俺に出来ると思うか?」
「……出来るかじゃない。やるんだ」
ロットの言葉に、更に胸が苦しくなる。
「君の本質は理解している。私が無茶なお願いをしているのも理解している。それでも君はやらなければならない」
「だからなんで?」
「君には、鎧騎士になった責任がある」
「それは俺に英雄の血が流れてるから──」
「誰かのせいにするな!」
突然の怒鳴りに、俺は口を閉ざした。
今まで一度も激情しなかったロットが、今は険しい表情を浮かべている。その威圧感に圧倒され、駄々をこねる口が自ずと閉じてしまった。
「運命が選んだのは、鎧騎士となる道だけだ。その道を選んだのは他の誰でもない、君自身だ!」
しゃがみ込む俺の襟首を掴み、ロットは眼前で叫んだ。
「一度の敗北で心が折れようとも、全てを失って生きる気力を無くそうとも、戦う事からは逃れられない。それが弱き者を救い、間違った者を正す鎧騎士の使命であり、君が選んだ道のはずだろ!」
「……うるせぇ!」
この期に及んで逆ギレできる自分の愚かさが、もはや誇らしく思える。
ロットの拘束から逃れ、我慢していた感情のままに呟く。
「どうすりゃいいんだよ……どうすれば、この苦しみから解放されるんだよ……」
「王を討てばいい」
俺の問いへの答えは、至ってシンプルなものだった。
「人々を消した塔は王が操作している。奴を倒す事で奪われた女王も戻ってきて、消された人々とユニが帰ってくるかもしれないぞ」
「確証もない話をするな」
「希望に生きるのが人間だ」
その時──
ロットの何気ない言葉が、何故だか俺の心の奥底に響いた……気がした。
「絶望しかない状況でも希望を見出す。それが君たち人間の力であり、我々が持ち得ない価値観だ」
「ロット……お前」
「人間ほど不器用な生き物はいない。同じ種を憎み、恨む傍ら、同じように愛し、求める。人間だけが持ち得る感情を、私はもっと学びたい。これが私の欲望であり、君に対する切実なお願いだ」
そう言うとロットは、白長髪を垂らさせる角度まで頭を下げた。
「頼む。私と共に、戦ってくれ」
「お前が俺の体を乗っ取って戦えばいいだろ」
「それでは駄目だ。鎧騎士は君が扱わなければ真の力を発揮できない」
きっと英雄の血が関係しているんだろうが、どうでもいい。
「希望……か」
呟き、考える。
何も無い俺に、そんなものはない──そう思っていた。
しかし、ロットの言葉を聞いて、真っ先に思い浮かんだ人がいた。先の見えない暗闇から俺を救い出し、生きる道標となって導き、支えてくれた、あの子。
あの子を想うと、沈みかけた気力が湧いてくる。死のうとしていた意識が消えていく。
気付けば、涙が止まっていた。
「……そうだよな。お前の言う通りだよ」
絶望の中から希望を見出す生き物。たしかにその通りだ。
何もないと思っていた俺の中にも、まだあった。生きる希望が、戦える希望が、助けたい希望が。
顔を上げたロットの目を見据え、無気力ではなく、芯の通った声で答えた。
「俺はまだ、生きたい」
ロットは目を見開き、同時に笑みを浮かべた。
「ならば、どうする?」
「戦うよ。俺の希望──ユニを取り戻す為に」
同じように笑い返す。
いつもそうだった。恐怖に屈する時も、絶望した時も、ユニを思う事で乗り越えられた。彼女という希望がいたから、俺は戦えた。
「傑作だな。ランスロットは世界の為に戦っていたが、君は一人の少女の為とは」
「笑うなよ」
いつしか、周囲の暗闇が薄れていき、純白の世界へと変わっていった。
これは俺の心の闇が生み出した世界。絶望の闇しかなかった俺の心が今、一筋の希望によって照らされ、闇を払ったのだろう。
「世界の為に戦った英雄の子孫が、今度は少女の為に戦う。面白いだろ?」
「全く……ますます君の事が好きになったぞ、悠斗」
初めて呼び捨てで呼ばれ、俺は思わず表情を綻ばせる。
余計な事を考える必要なんてない。鎧騎士として戦うんじゃなく、俺が人間だから戦えばいいんだ。希望を求める、一人の生き物として。
俺はロットに手を差し出し、握手を申し出た。
「殴ってごめん」
「気にするな。その詫びとして、これからは呼び捨てで呼ばせてもらうぞ」
「分かった。改めて……よろしくな、ロット」
「ああ。こちらこそ、よろしく頼む」
気がつくと俺は、自室のベッドで横になっていた。眠りについてからロットが体を動かしたのだろう。
随分と寝たかと思いきや、まだ二時間しか経っておらず、時計は十二時を示している。
こんな時でも腹は減るが、それは俺が生きてる証でもある。ユニや沢山の人たちが守り、助けてくれたから感じられるんだ。
もう──生きる事を辞めたりはしない。俺の命は俺だけのものじゃない。それを簡単に捨てようとするなんて、愚かにも程がある。
おもむろにポケットからスマホを取り出し、ある番号へと電話をかける。俺の予想が外れていなければ……。
スマホから鳴るコール音がリビングに響く。人がいないだけに、些細な音でもよく聞こえる。
十何回目のコールを経て、そいつは出た。
『──なんだ?』
スマホの向こうから、奴の声が聞こえる。
「今から一時間後、あそこに来い。話がある」
「…………分かった」
電話を切られ、スマホをしまう。
立ち上がり、ユニの側に歩み寄る。ソファで目を瞑るユニは、とても穏やかな表情だ。
手を取り、甲に唇を当てる。
「必ず帰ってくる。だからいい子で待っててね、ユニ」
樹海を突き破り、天を衝くように聳える、巨大な塔。
その姿は異形としか形容できないほど歪んでおり、二つの紅い光が瞳を彷彿とさせた。
まるで悪魔のような塔を前に、西橋都の人々は不安に震えるのか。恐慌をきたすのか。
どちらでもなかった。
謎の塔の出現を気に留める者は誰もいない。
──西橋都にはもう、人間はいない。
樹海での戦いから一日が経った。
崩壊する建物から逃れた悠斗が見たものは、街を見下ろすほどの塔と、人間が消えた西橋都だった。
あの塔はどうやら呪力を持たない人間を消滅させる兵器で、極めて広範囲に広がるものらしい。共に乗り込んだ滝口たちも無論、その影響から逃れることはできなかった。
三個の駒を用いた変身──鎧騎士・混沌形態によって体の八割が呪力に侵された悠斗と、既に亡くなっているユニと冬馬は今のところ無事であったが、だからと言って何ができる訳じゃない。
一日かけて街を探索して、誰とも出会わなかった。学校にも、病院にも、警察署にも、誰もいない……。
いま、自宅のリビングには悠斗とユニがいる。だが、ユニはずっと目を閉じており、その様子を見つめる悠斗は、憔悴しきった表情を浮かべている。
──みんないなくなった。
滝口も、沙耶香も、佐藤もいない。
誰もいない。俺だけになった。
「……もう、疲れた……」
うずくまり、独りごちる。
ユニを助ける為に戦い、人間を辞めた結果、全てを失った。せっかく出来た仲間も、愛する人も、全て。
ブレスレットを外し、駒と共に放り投げる。今更こんな物があった所で、何もできない。したくない。
これからどうしようか。誰もいないなら、最後ぐらい好き勝手してから死のうかな……それとも、何もせずに死ぬか…………。
今は寝たい。一日中街を走り回ったせいで疲れた。死ぬのは起きてからでもいい。
真っ暗な世界。
夢で見る世界に、俺はまた漂うように浮かんでいた。
──死にたいな……。
俺は負けた。そして、全てを奪われた。
守るべきものも……。
想いをかけるものも……。
誰かを救う力も……。
俺にはもう何もない。
俺は無力で、ちっぽけで、哀れで、そして、一人ぼっちになった。
思えば、ずっとそうだった。
俺を愛してくれた父さんと母さんは殺された。
俺を心配して励まそうとしてくれた滝口さん、沙耶香さん、佐藤さん、店長は消された。
俺を想ってくれた冬馬さんも消えた。
俺に生きる希望をくれたユニも、殺されていた。
一人だけ生き残っても意味がない。あの明るさと優しさが、俺の心に安らぎを与えてくれた。
皆を守り、皆と助け合う事で、自分が一人じゃない事を実感できた。
が、俺にはもう何もない。
守るべきものも……。
想いをかけるものも……。
誰かを救う力も……。
もう、何もない。
暗い闇の中に漂いながら、俺は自分の命の終わりを願った。
不思議と悲しくはなかった。むしろ一切の煩わしい事から解放され、心が軽くなったような気がする。
死とはこういうものかも知れない。
俺はゆっくりと目を閉じた。
「……柏木悠斗」
どこからともなく声がする。
俺の中で生きる呪力──ロットの声だ。
「……お前、そんな姿してたのか」
以前は黒い靄だったロットが、今では俺と同じ背丈の人間として現れており、変身時に装着される鎧を着込んでいる。
可憐な少女を思わせる顔立ちに、闇の中では目立つ白い長髪。人間とは思えない金と銀のオッドアイがとても印象深い。
「肉体の八割が呪力に侵されているからな。本来の姿形を取り戻せた」
「それはよかったな。お前が元に戻れて俺も嬉しいよ」
俺はおかしくなった。
一人になったと思っていた自分のそばにまだ残っていたものがあった。ロットの存在を心から喜べる日が来るとは思いもしなかった。
「それで? お前が出て来たって事は、俺の体を乗っ取りに来たのか?」
「そのつもりだった」
冗談の通じないロットが低い声で言った。
「だが辞めた。これ以上、君からは何も奪わない」
「悪鬼らしからぬ発言だな」
「なんとでも言え」
申し訳なさそうに俯くロットを見ていると、姿のせいもあるがいたたまれない気分になる。
「私はずっと君を騙してきた。その罪滅ぼしとして、君の質問に全て答えよう」
唐突な申し出に戸惑いかけるが、今更知った所で意味がないことに気付き、すぐに落ち着きを取り戻す。
「じゃあ聞くが、お前ら呪力ってなんなんだ?」
かねてから疑問に思っていた事を聞くと、ロットは苦々しい表情を浮かべた。
「逆に聞くが、君は呪力をどこまで知っている」
「駒に宿る魂であり、想像を具現化させる力を持つ謎のエネルギー」
あとは、死んだ人間を動かせること。
だが、それは口にしたくない。認めたくない。
往生際悪く口を閉ざすも、ロットは全てを見透かしたように頷いた。
「合ってはいるが、根本的には正解とは言えない」
「じゃあなんだよ?」
「異星人……分かりやすく言えば宇宙人だ」
突拍子もない答えに、意外とすんなり納得出来てしまうのは、やはり悪鬼の存在が異質すぎるからだろうか?
さほど驚かない俺を見て、ロットは笑いながら続けた。
「我々は今から数千年前、こことは違う星から来た。肉体を持たないエネルギーだった我々は、種の存続の為に新たな肉体を求めて活動を開始した。最初は昆虫、次に動物と、それは多種多様に及んだ。その中で我々が目をつけたのは」
「俺たち人間か」
「生物の一生は儚い。些細なことで種が滅ぶ存在に宿っては、我々まで滅んでしまう。だから我々は、地球の覇権を得た人間を依代に選び、我々の持つ技術の提供・欲望を叶える代わりに、肉体の提供を求めた」
「当時の人間達の反応は?」
「最初は半信半疑だったが、次第に信用を得ていき、五百年経つ頃には人間との共存に成功していた。人間は自分達よりも高い次元の存在を崇める種族故に、一時期は神とまで崇められていた」
遥か昔の事を懐かしむロットの表情が、とても穏やかに見えた。
「全てが順調だった。しかし、ある時を境に平穏は崩れていった」
穏やかな表情が一気に暗がる。
「人間との共存を望む一方で、中には人間達を支配しようと企む者もいた」
「それが局ちょ……助手の中にいる呪力なのか?」
一瞬濁してから指摘すると、ロットは暗い表情のまま頷いた。
「奴は人間達を奴隷か餌としか見ておらず、いつしか人類の支配を望むようになった」
「支配欲ってやつか」
「同じ思想を持つ奴らもいて、王はそいつらを従えて人間達の肉体と領地を奪っていった。次第に欲望も膨れ上がっていき、百年も経つ頃には自分に都合のいい理想郷を作り上げていた」
「でも、その理想郷は崩れたんだろ?」
「そうだ。僅かに生き残った人類と王の元を離反した呪力達が手を組み、何年にも及ぶ抗争の果てに王は討ち倒した。その後、人間が持つ呪術なるもので地下深くへと永久封印した……はずだった」
「だが、ある科学者が娘を救いたいが為に封印を解いてしまった。結果娘と科学者は殺されてしまい、偽りのヒーローは何も知らず王に協力して、無事に奴が望む理想郷が完成したと」
自虐気味に続けると、すぐにロットが訂正した。
「まだ完成したわけではない」
「もう完成してるだろ? 西橋都から人が居なくなったんだから」
正確に言えば、まだ数十万の人間は残ってはいる。
だがそれは、王の思想に心酔した信徒だ。樹海内で複製した兵士を使って呪力を取り込み、消滅の対象から逃れたのだ。
「王の目的は全人類の支配だ。あの塔はその為の手段であり、今はまだ最大出力に達していない。だから範囲は西橋都のみに留まっている。今の情報だけで、私の言いたいことは分かるな?」
「塔の範囲が全世界に及ぶまでまだ時間があるから、それまでに塔の機能を停止させれば、王の野望を阻止できる」
答えを投げかけると、ロットは頷きつつも、納得いかなそうに首を傾げた。
「どうした? いつもの君らしくないぞ」
俺の何を知っている……と言おうとしたが、ロットは俺以上に俺を知っている。
だからこそ謎だ。
知っていながら、なぜ今の発言ができる。
「俺はもう疲れた……全てがどうでもいい」
その場で座り込み、力なく呟く。
戦う力を持ち、奪われる辛さを知っていながら、何も守れなかった。
これ以上は耐えられない。もう失うものがなくなった今、最後ぐらい穏やかに消えたい。
「……誰もそんな事を望んでいない」
心を読んだロットの励ましも、今はどうでもいい。
「私はお前に生きて欲しい」
「誰も望んでないさ。俺の帰りを待つ人なんて、どこにもいないんだから」
「君の気持ちは察するに余りある。だが今は──」
「なら答えろ! なんで俺を選んだ!」
湧かないはずの怒りが表れ、ロットに掴みかかる。
「なんで俺ばかりこんな目に遭うんだ! 両親を殺されて、ユニも殺されて、仲間も奪われた! なぜ俺から何もかも奪うんだ! 俺が何をしたって言うんだ!」
ロットを掴む手に力が加わる。僅かに表情を歪めているが、直ぐに申し訳なさそうに言った。
「すまなかった」
「……謝るぐらいなら返せよ!」
叫び、殴る。
「俺は……俺はただ、普通に生きたかった! なのになんで俺ばっかりこんな目に遭うんだよ!」
ロットは微動だにせず拳を受けてくれた。
情けない。行き場のない怒りを、相棒にぶつける自分が情けなく、惨めだと思う。
分かってる。ロットは悪くない。
それなのにロットは、理不尽な暴力を前に怒らずに、真摯に受け止めてくれる。その気になれば俺の意識など消せるくせに、何もしてこない。
いつしか俺は泣いていた。そんな俺を見据え、ロットはゆっくりと告げた。
「……選ばれたんじゃない。これが運命なんだ」
「何?」
殴る手を止め、ロットの言葉に耳を傾ける。
「女王と私は人間達と協力し、王を討つ為の戦いを繰り広げた。その戦いでは超常的な力に臆さず立ち向かう一人の英雄がいた。彼の勇敢なる姿に惚れた女王はその者と結婚し、二人の息子と娘を授かった」
呪力と人間が結婚して子供をこさえるとは、少し前の俺なら一笑に付していただろう。
「その者の名は『ランスロット』。世界を救いし英雄だ」
「ランスロットだと……?」
かの有名な『アーサー王伝説』に出てくる『円卓の騎士』が一人。架空の存在と言われていた人物が実在した事には驚くが、それが女王と何の関係がある?
「ランスロットは王と相打ちになり、その命を落とした。多くの者が英雄の死を嘆く中、私と女王は彼とある約束を交わした。『王が復活し、また同じ悲劇が繰り返される時は、迷わず我が血筋を頼れ。必ずや力になってくれる』と。そして、彼の予言通り王が目覚め、悲劇が起こった」
「……ちょっと待ってくれ。今の話が本当だとしたら、それってつまり」
ここに来て初めて見せた戸惑いに、ロットは真剣な顔で断言した。
「君はランスロットの……英雄の子孫だ」
あまりにも予想外すぎる展開に言葉が出ない。
「ランスロットの死後、女王は王と共に封印される道を選んだ。子供たちは子孫繁栄の為に国を離れ、各々が世帯を持ち、英雄の血を後世へと継いでいった」
話が壮大になるに連れ、俺の理解が追いつかなくなり、淡々と語り続けるロットに軽く恐怖を感じてきた。
「子孫は何世代に渡って増えていき、いつしかこの国にも産まれ落ちた」
「それが、俺だと……」
俺の答えに、ロットが頷く。
自分に英雄の血が流れているなんて、にわかに信じ難い話だが、今はどうでもいい。
「俺の祖先については分かったよ。だが、それでも俺が選ばれた理由が分からない。他にも子孫はいるのに、なんで俺なんだ」
「王が殺したからだ」
食い気味の返答に、息を呑む。
「王は再び討たれる事を恐れ、世界中に散らばる彼の血筋を殺していった。殺し屋や犯罪者を金で雇ってね」
その事実を聞いて、ようやく合点がいく。
なぜ北条は両親を殺したのか。それは王に金で雇われたからで、俺に執着していたのも同様の理由からだろう。
「北条がすぐに逮捕された事で、君を脅かす存在がいなくなった。それに焦った王は自ら懐に潜り、散らばった駒を集めさせつつ、元から持っている駒を巧みに使い、君にヒーローを演じさせてきた」
兵士を持つ悪鬼。犯罪者の依代。呪力の真価。謎がここに来て一つずつ解けてきた。局長という立場と街一つを大胆に使っての計画は、俺に偽りのヒーローを演じさせる為だったのか。
正義と信じて疑わずに戦い続けた結果、世界が支配される。改めて、自分の愚かさを思い知らされる。
「柏木悠斗。君が背負っている業の重さは、私には計り知れない。その吐口として私に当たる事は間違っていない」
理不尽に殴られながらも怒らず、俺に罪の意識を被せない為の理由付けまでしてくれたロットの優しさが、今は辛い。
「……俺が選ばれた理由は解った。それでも、俺はもう戦いたくない」
心臓が締めつられる思いになりつつ、俺はか細い声で言った。
「英雄の血があるから選ばれた? そんな事知ったことか。何千年も前の話を持ち出した所で、俺の意思は変わらない」
「悠斗……」
「お前だって分かってんだろ? 俺は特別でもなんでもない、普通の子供なんだ。世界を救うなんて大事が、俺に出来ると思うか?」
「……出来るかじゃない。やるんだ」
ロットの言葉に、更に胸が苦しくなる。
「君の本質は理解している。私が無茶なお願いをしているのも理解している。それでも君はやらなければならない」
「だからなんで?」
「君には、鎧騎士になった責任がある」
「それは俺に英雄の血が流れてるから──」
「誰かのせいにするな!」
突然の怒鳴りに、俺は口を閉ざした。
今まで一度も激情しなかったロットが、今は険しい表情を浮かべている。その威圧感に圧倒され、駄々をこねる口が自ずと閉じてしまった。
「運命が選んだのは、鎧騎士となる道だけだ。その道を選んだのは他の誰でもない、君自身だ!」
しゃがみ込む俺の襟首を掴み、ロットは眼前で叫んだ。
「一度の敗北で心が折れようとも、全てを失って生きる気力を無くそうとも、戦う事からは逃れられない。それが弱き者を救い、間違った者を正す鎧騎士の使命であり、君が選んだ道のはずだろ!」
「……うるせぇ!」
この期に及んで逆ギレできる自分の愚かさが、もはや誇らしく思える。
ロットの拘束から逃れ、我慢していた感情のままに呟く。
「どうすりゃいいんだよ……どうすれば、この苦しみから解放されるんだよ……」
「王を討てばいい」
俺の問いへの答えは、至ってシンプルなものだった。
「人々を消した塔は王が操作している。奴を倒す事で奪われた女王も戻ってきて、消された人々とユニが帰ってくるかもしれないぞ」
「確証もない話をするな」
「希望に生きるのが人間だ」
その時──
ロットの何気ない言葉が、何故だか俺の心の奥底に響いた……気がした。
「絶望しかない状況でも希望を見出す。それが君たち人間の力であり、我々が持ち得ない価値観だ」
「ロット……お前」
「人間ほど不器用な生き物はいない。同じ種を憎み、恨む傍ら、同じように愛し、求める。人間だけが持ち得る感情を、私はもっと学びたい。これが私の欲望であり、君に対する切実なお願いだ」
そう言うとロットは、白長髪を垂らさせる角度まで頭を下げた。
「頼む。私と共に、戦ってくれ」
「お前が俺の体を乗っ取って戦えばいいだろ」
「それでは駄目だ。鎧騎士は君が扱わなければ真の力を発揮できない」
きっと英雄の血が関係しているんだろうが、どうでもいい。
「希望……か」
呟き、考える。
何も無い俺に、そんなものはない──そう思っていた。
しかし、ロットの言葉を聞いて、真っ先に思い浮かんだ人がいた。先の見えない暗闇から俺を救い出し、生きる道標となって導き、支えてくれた、あの子。
あの子を想うと、沈みかけた気力が湧いてくる。死のうとしていた意識が消えていく。
気付けば、涙が止まっていた。
「……そうだよな。お前の言う通りだよ」
絶望の中から希望を見出す生き物。たしかにその通りだ。
何もないと思っていた俺の中にも、まだあった。生きる希望が、戦える希望が、助けたい希望が。
顔を上げたロットの目を見据え、無気力ではなく、芯の通った声で答えた。
「俺はまだ、生きたい」
ロットは目を見開き、同時に笑みを浮かべた。
「ならば、どうする?」
「戦うよ。俺の希望──ユニを取り戻す為に」
同じように笑い返す。
いつもそうだった。恐怖に屈する時も、絶望した時も、ユニを思う事で乗り越えられた。彼女という希望がいたから、俺は戦えた。
「傑作だな。ランスロットは世界の為に戦っていたが、君は一人の少女の為とは」
「笑うなよ」
いつしか、周囲の暗闇が薄れていき、純白の世界へと変わっていった。
これは俺の心の闇が生み出した世界。絶望の闇しかなかった俺の心が今、一筋の希望によって照らされ、闇を払ったのだろう。
「世界の為に戦った英雄の子孫が、今度は少女の為に戦う。面白いだろ?」
「全く……ますます君の事が好きになったぞ、悠斗」
初めて呼び捨てで呼ばれ、俺は思わず表情を綻ばせる。
余計な事を考える必要なんてない。鎧騎士として戦うんじゃなく、俺が人間だから戦えばいいんだ。希望を求める、一人の生き物として。
俺はロットに手を差し出し、握手を申し出た。
「殴ってごめん」
「気にするな。その詫びとして、これからは呼び捨てで呼ばせてもらうぞ」
「分かった。改めて……よろしくな、ロット」
「ああ。こちらこそ、よろしく頼む」
気がつくと俺は、自室のベッドで横になっていた。眠りについてからロットが体を動かしたのだろう。
随分と寝たかと思いきや、まだ二時間しか経っておらず、時計は十二時を示している。
こんな時でも腹は減るが、それは俺が生きてる証でもある。ユニや沢山の人たちが守り、助けてくれたから感じられるんだ。
もう──生きる事を辞めたりはしない。俺の命は俺だけのものじゃない。それを簡単に捨てようとするなんて、愚かにも程がある。
おもむろにポケットからスマホを取り出し、ある番号へと電話をかける。俺の予想が外れていなければ……。
スマホから鳴るコール音がリビングに響く。人がいないだけに、些細な音でもよく聞こえる。
十何回目のコールを経て、そいつは出た。
『──なんだ?』
スマホの向こうから、奴の声が聞こえる。
「今から一時間後、あそこに来い。話がある」
「…………分かった」
電話を切られ、スマホをしまう。
立ち上がり、ユニの側に歩み寄る。ソファで目を瞑るユニは、とても穏やかな表情だ。
手を取り、甲に唇を当てる。
「必ず帰ってくる。だからいい子で待っててね、ユニ」
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