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第五章 鎧騎士として
第三十一話
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鎧騎士・双闘形態に変身した瞬間、悠斗は駆け出した。
聖剣『シュバリエ』『キャバリエ』を握り、間合いに入るや否や、抜刀。
アンタレスは迫り来る刃を、ハサミとなった両手で迎え撃つ。
刃と刃が交差し、激突するエネルギーが火花となって散る。鍔迫り合いの状態で睨み合う鎧騎士とアンタレス。
アンタレスはサソリの尾を突き出すも、鎧騎士はそれを読んでたかの如く身を翻し、アンタレスの横を取る。
翻した際に斬り上げたシュバリエを尾の付け根に振り下ろし、鈍い感触を無視しながら尾を身体から切り離す。
身体から離れ、黒い液体を噴き出しながらも蠢く尾を突き刺し、雷で消し炭にする。
「北条歩! お前はここで倒す!」
右脚に呪力を集中させる想像をする。呪力の操作はロットがしてるせいか、最初の頃よりも早く呪力が練られる。
呪力をドリル状に変形・高速回転させてから、アンタレスの脇腹を蹴る。
高速回転と突き出されるように放たれた蹴りのエネルギーから来る一撃はアンタレスの甲殻を抉り、内部構造すらも破壊した。
「今のはお前に傷つけられた人たちの分だ!」
右脚の呪力を両手の剣に移す。呪力が雷に変換され、怒涛の連撃がアンタレスの身体を斬り裂き、打ち上げる。
「これは父さんと母さんの分! そして!」
『必殺技・叛逆剣』
聖剣の持ち手を結合させ、薙刀形態にする。
「これが! ユニを辱めた分だ!」
鎧騎士の半身を超える大型武器に雷を宿し、プロペラの如く回転させる。
回転で生まれた衝撃波が上空のアンタレスを拘束。床を蹴り上げて正面に飛び上がり、縦回転させた薙刀でアンタレスを二つに斬り裂く。
聖剣に宿る雷がアンタレスに帯電すると、斬られた尾と同じように消し炭となる。
本来ならば、この時点で変身を解除している。
しかし、今回の相手は違う。
「無駄だってわかんねぇみたいだな」
不快な声が、背後から聞こえて来る。
振り向くと、空気中を舞っていた炭が一箇所に集まっていき、やがて異形な人型になって姿を現す。
「俺は不死身だ。何回消し炭にしようが俺は殺せないんだよ。逆によ……」
アンタレスの特性『再生』によって、斬られた尾までもが元に戻って……いや、三本に増えている。
「死んでは蘇り、その都度強くなるんだよ。分かるか? お前は自分で自分の首を絞めてるってことがよ」
三本の尾をバラバラに動かしながら言うと、アンタレスは駆け出した。
先程までの早さではない。気付いた頃には、懐に潜り込まれていた。
「遅ぇぞウスノロ!」
奴の言葉より早く、拳が突き出される。
二重の鎧越しとは思えないほどの重い一撃に僅かに体勢を崩れるが、一歩踏み込む。その際に聖剣を下ろし、拳を手首から斬り落とす。
しかし、斬られた箇所は斬り落とした物よりも刺々しく、凶悪になって再生する。
「無駄だって言ってんだろこのドアホが!」
棘の生えた拳、ハサミ、三本の尾を使った攻撃を二本の聖剣のみで防ぐも、手数の多さで劣っているせいで防ぎきれない。
「なぁにが断罪するだ‼︎ 雑魚がイキがってんじゃねぇぞ!」
尾による叩きつけを聖剣を交差させて防いだ瞬間、左右からアンタレスの二本の尾が突き出される。
頭上の剣を左右に持って来れば打撃を喰らう。だが守らねば二本の尾に貫かれる。
どうすべきか悩むより先に、身体が動く。
剣の交差を解き、聖剣を地面に突き立てる事で左右から来る毒針を剣脊で防ぐ。
ガラ空きになった事で振り下ろされる尾を、悠斗は呪力を練ることで防ごうと試みる。
迫り来る尾を睨みつつ、甲冑全体を覆い尽くす極薄の壁を想像する。
想像が練り固まるのと、尾が甲冑に接触するのは全くの同時。
まるで鉄同士が衝突したかのような轟音が部屋に響く。
尾は、甲冑よりも僅かに浮いた場所で止まっている。呪力による極薄の壁によって防がれたのだ。
突き立てた剣から手を離し、頭上の尾を握る。
「何を断罪するかだって?」
掲げた右手を振りかぶり、呪力を練り固める。
呪力が練り固まると、一歩前に踏み込み、拳をアンタレスの顔に突き出す。
しかし拳は当てず、眼前の位置で止める。
「そんな簡単な事も分からないとは、馬鹿にも程があるぜ」
悠斗の言葉が終わると、アンタレスは鎧騎士から離れるように吹き飛ばされる。
「ッ⁉︎」
突然の衝撃に驚愕するアンタレス。拳から放たれた呪力が、時間差で鎧騎士とアンタレスの間の斥力となったのだ。
尾をちぎりながら吹き飛んだアンタレスは、壁際に積まれていた廃棄箱に埋もれるも、すぐに這い出てきた。
「何が⁉︎」
「言っただろ? お前を断罪すると」
未だ理解の追いつかないアンタレスだが、鎧騎士は考える暇を与えずに続けて雷撃を放つ。
『必殺技・炸裂雷光』
雷撃が一瞬の閃光を上げて爆発し、アンタレスを消し炭にする。
しかし、散ったはずの炭が一箇所に集まり、より禍々しくなって『再生』される。
「無駄だって……はぁ、言ってんだろ」
疲弊しながら言うと、アンタレスは膝をついた。よく見ると手足が震えている。
「なんだ? 何が起きて……」
「ようやく効果が出てきたみたいだな」
腕を組んで歩み寄った鎧騎士は、引きちぎった尾を雷撃で消し去ってから言った。
「俺の雷撃は特殊で、対象物に帯電するんだよ」
膝をつくアンタレスの頭を踏みつける。
「体ってのは細胞の集合体だ。お前は再生する際、散った消し炭を元に体を作り上げていた。それはおそらく、炭に残る元の細胞を呪力がコピーし、高速分裂して体を再生していたんだろうな。で、余った呪力によって姿形が徐々に変わっていった」
「だ、だからって……俺の体が動かない理由には!」
「俺がお前に電撃を浴びせ続けたのは単に攻撃だけが目的じゃない。体内の細胞に電撃を帯びさせるためだ」
シュバリエをアンタレスの右腕に突き刺し、説明を続ける。
「細胞をコピーする。それって、細胞の状態をそのまま増やすって事だよな?」
「……ま、まさか⁉︎」
「そう。お前の呪力は帯電した細胞をコピーして体を構成した」
左腕にキャバリエを突き刺す。
「細胞が正常だからこそ、人は満足に動ける。だが……それに異常があったらどうなると思う?」
突き刺した二本の聖剣を振り抜き、両腕を同時に切り裂く。
両腕を切られれば、如何に悪鬼といえども尋常じゃない激痛が襲い、叫び声を上げる。
しかし、アンタレスは一切声を上げなかった。
「細胞ってのは種類が沢山あってな。中には神経細胞と呼ばれる神経を構成する細胞がある」
振り抜いた聖剣を、今度は両足に突き刺す。
「神経は体に情報を伝える重要な役割を持っているが、それを構成する細胞に異常が起これば、当然神経は機能しなくなる」
「て……テメェ、さっきから何してやがんだ!」
両腕を切断された事に気付かない北条は、淡々と聖剣で足を切断していく。
「神経が機能しないってことは、抹消神経から情報が伝達されなくなる。中枢神経も機能しないから、脳からの指示を体が聞いてくれなくなる」
四肢を切断されたにも関わらず、北条は叫び声一つあげない。
鎧騎士は、切り離した四肢を北条の前に落とした。
「神経が機能しないと、痛みの情報が脳に送られず、脳からの指示が送られなくなる。次第に呼吸や血液循環も難しくなって、徐々に細胞が壊死していくだろうな」
「なんだ……と」
怒鳴り返そうとしているんだろうが、筋肉が上手く動かせないのか発音が不明瞭になっている。
「それと、初心者のお前に一つ忠告しといてやるよ」
切り離した四肢の切断面から新たな手足が生成され始めるも、すぐにそれを切除する。
「再生は一見すれば万能で最強の特性かもしれないが、無敵でもなければ不死身でもないんだよ」
現に、傷つけられた箇所の治りが遅くなっている。新しい手足も、最初に比べたら一回り細い。
「お前の特性は確かに強力だ。いくら殺しても生き返り、その度に強くなる。けどな」
地に伏すアンタレスを掴み、首を締め上げる。
「だからって倒せないわけじゃない。生き返る度に強くなるなら、殺さずに限界まで追い込んで、その後に殺せばいい」
「ふ……ふざけんな、そんな勝手な真似、許されると思ってんのか」
「知るかよ」
再生しかけた両腕を削ぎ落とし、腹部を貫く。
「自分の欲望を満たす為に蛮行を繰り返してきたお前が、今更許されると思ってるのか?」
聖剣を抜き、再び貫く。おびただしい量の血が噴き出すも、意に介さずに二度、三度と剣を突き刺す。
「おい……もうやめ、ろ。俺が……俺が悪かった」
喋るのも難しいほど血を吐いているのに、北条は鎧騎士に懇願した。
「もう、お前らには……手を出さない。罰も受けるから、刺すのをやめてくれ」
「……」
「なぁ、何か言えよ」
「…………」
鎧騎士は、何も言わずに流れ作業の如く再生しかけた四肢を切り落としてから腹部を刺し続ける。
「おい! 無視すんなよ! こっちは謝ってんだろ!」
今の叫びすら、悠斗は無視した。
何度も貫かれた事で腹部には手が入るほどの穴が開いていた。
悠斗はそこに手を突っ込むと、心臓を握り締めた。
感触は伝わっていない筈なのに、北条は一瞬体をびくつかせる。
「この日を、どれほど待ち望んたか」
心臓を握る手に、力が込められる。
「もうお前に体を再生する力は残っていない。心臓を潰せば終わりだ」
「や……辞めてくれ。俺はまだ、死にたく──」
「どこまでも自分勝手だな」
今際の際に立たされたと言うのに、最後まで自分の事しか考えない北条に呆れながら、鎧騎士はアンタレスから心臓を引き抜く。
人体から剥がされてなお鼓動を続ける心臓を握り潰し、身動きを止めた北条に言い放つ。
「お前の罪は、死んで償うしかないんだよ」
ボロ雑巾のようになった北条にはもう目もくれず、鎧騎士は二体の召喚獣に守られたユニの下へと歩み寄り、家へと連れて帰ろうとした、その時──
突然、背後に気配を感じ、鎧騎士は振り返った。
その目が、驚愕に見開かれる。
「な──っ⁉︎」
北条が、立ち上がっている。
両足を切り離し、たった今心臓を握り潰した相手が、立ち上がり、虚な目で鎧騎士を睨んでいる。
確かに殺したはずの相手が蘇った。その驚愕と混乱が、鎧騎士の体を一瞬硬直させる。
その一瞬で、アンタレスの尾が、鎧騎士の胸に深く突き刺さった。
「う……ああああああああ!」
鎧を貫通し、心臓を深々と貫かれた痛みは、もはや痛みとは呼べないほど強烈なものだった。
胸に刺さる尾に、鎧騎士の手が弱々しく重なる。
そのまま倒れかかる鎧騎士の体から尾を引き抜く。
仰向けに倒れ、変身が解除された悠斗の体へ、アンタレスが尾を向ける。
一発。さらに一発。びくん、びくんと悠斗の体が跳ねる。
完全に動かなくなった悠斗の体を見下ろし、北条は口を開いた。
「ガキが……調子に乗るなよ」
自分に屈辱を与えた敵を罵り、ユニに視線を向ける。
北条の雇い主の目的は、駒の回収とユニの確保。駒を持つ子供は仕留めているから、ユニを捕らえるのは造作もない。
故に、北条はユニではなく、悠斗の下へと歩み寄った。
「このクソガキが!」
罵りと共に、悠斗の体を踏みつける。
「雑魚の分際で、よくも俺を痛ぶってくれたな! 何が死をもって償えだ! 死ぬのはテメェだけだ!」
悠斗から受けた屈辱を何倍にもして返すように、亡骸を何度も踏み、蹴り続ける。その度に血が辺りに飛び散るも、悠斗はピクリとも動かない。
凄惨な光景を前に、ユニはバリア越しに叫んだ。
「もうやめて! これ以上、悠斗くんを傷つけないで!」
「黙ってろ!」
叫び返し、バリアに向けて尾を突き刺す。
尾はバリアを難なく破り、ユニの肩を刺し貫いた。
「う──ッ‼︎」
図太い尾に貫かれると、ユニの護衛に回っていた二匹の召喚獣がアンタレスに襲いかかる。
しかし、アンタレスは二本の尾で召喚獣を叩き潰し、消滅させた。
「……なんだよ、その目はよ」
肩の出血を抑え、激痛に耐えながら北条を睨むユニ。
その反抗的な態度に腹を立てた北条は、悠斗から離れてユニの下へと向かった。
「ほぅ……いい目だ。可愛げがないがな」
悪鬼を前にしても毅然な態度を損なわないユニの顔に、重めの平手打ちが繰り出される。
肩を貫かれ、悪鬼の一撃を生身で受けたら、並の学生は気を失っている。
だがユニは、目の色を変えずに北条を睨み続けた。
「なんだお前? 死ぬのが怖くないのか?」
「死ぬのなんか怖くない」
「じゃあ死ねよ」
尾の先端から、紫の液体が垂れる。アンタレスが持つ致死性の毒だ。
北条が何の躊躇いもなく、ユニを毒殺しようとする寸前──
「させる……かよ」
酷く掠れた声が、背後から響いた。
ユニはアンタレスの向こう側を見て、口を手で覆い隠した。
そこには、体から血を噴き出す凄惨な姿の悠斗が立っていた。
「ユニちゃんは、俺が守る……お前に殺させはしない」
「雑魚が何ほざいてやがる」
ユニから視線を外した北条が、鼻で笑いながら言う。
「死にかけのお前に何が出来る! どう俺を断罪するんだぁ?」
身を捩りながら煽るも、悠斗は気にせずに胸ポケットに手を突っ込み、駒を取り出した。
次の瞬間、ユニは目を見開いた。
悠斗が手に持つ駒は、騎士・僧侶・戦車の三つだった。
「悠斗くん。何する気……?」
ユニの問いに、悠斗は答えなかった。
悠斗の持つブレスレットにセットできる駒の上限は二個。ならば、三個も取り出す理由はない。
いや……あるにはある。複数の駒を同時に使う方法は。
その瞬間、ユニは彼が次に取る行動を直感した。
「悠斗くん! 馬鹿な真似はやめて!」
もし私の予想が正しければ、そんな思考を頭の奥底に押し込みながら叫ぶも、悠斗は何も答えずに手を動かす。
「やめてって言ってるでしょ‼︎ 死にたいの⁉︎」
「今更自分の命に未練なんてない。君と同じさ」
先程のユニの発言を指摘した悠斗は、ニヤリと笑いながら続けた。
「君を救って、奴を殺す。それが俺の欲望であり……俺の覚悟だ!」
悠斗は、三個の駒を高く掲げ、勢いよく胸に押し当てた。
「ウァァァァァァ──ッ‼︎」
苦痛の咆哮を上がり、胸に浮かぶ三つの烙印から黒い瘴気が現れ、悠斗の全身を包み込む。
黒い瘴気はひび割れた繭に変わり、赤黒い光が漏れ出す。
全体にひびが走ると、繭の頂点が内側から砕かれ、黒い柱が出現する。柱は徐々に範囲を広げていき、繭を砕いていく。
『混沌を得た破滅の騎士が、全てを喰らう』
ブレスレットから流れる、ノイズ混じりの音声。
繭が完全に消滅し、黒い柱が消えた瞬間、それは現れた。
鎧騎士とは似て非なる存在。
鎧騎士の容姿を大きく歪めており、元のカラーリングを若干くすませた色合い。弱き者を守ってきた手は血で染まっており、悪を見抜く瞳は焦点が合っておらず、悪を砕く聖剣は酷く錆びている。
助けを求める者を払い除ける禍々しい雰囲気を醸し出すそれは、紛れもなく鎧騎士だった者。
だがもう、彼は鎧騎士ではない。
欲望を満たす為に生まれる怪物。人類の天敵であり、鎧騎士が倒すべき悪鬼だ。
聖剣『シュバリエ』『キャバリエ』を握り、間合いに入るや否や、抜刀。
アンタレスは迫り来る刃を、ハサミとなった両手で迎え撃つ。
刃と刃が交差し、激突するエネルギーが火花となって散る。鍔迫り合いの状態で睨み合う鎧騎士とアンタレス。
アンタレスはサソリの尾を突き出すも、鎧騎士はそれを読んでたかの如く身を翻し、アンタレスの横を取る。
翻した際に斬り上げたシュバリエを尾の付け根に振り下ろし、鈍い感触を無視しながら尾を身体から切り離す。
身体から離れ、黒い液体を噴き出しながらも蠢く尾を突き刺し、雷で消し炭にする。
「北条歩! お前はここで倒す!」
右脚に呪力を集中させる想像をする。呪力の操作はロットがしてるせいか、最初の頃よりも早く呪力が練られる。
呪力をドリル状に変形・高速回転させてから、アンタレスの脇腹を蹴る。
高速回転と突き出されるように放たれた蹴りのエネルギーから来る一撃はアンタレスの甲殻を抉り、内部構造すらも破壊した。
「今のはお前に傷つけられた人たちの分だ!」
右脚の呪力を両手の剣に移す。呪力が雷に変換され、怒涛の連撃がアンタレスの身体を斬り裂き、打ち上げる。
「これは父さんと母さんの分! そして!」
『必殺技・叛逆剣』
聖剣の持ち手を結合させ、薙刀形態にする。
「これが! ユニを辱めた分だ!」
鎧騎士の半身を超える大型武器に雷を宿し、プロペラの如く回転させる。
回転で生まれた衝撃波が上空のアンタレスを拘束。床を蹴り上げて正面に飛び上がり、縦回転させた薙刀でアンタレスを二つに斬り裂く。
聖剣に宿る雷がアンタレスに帯電すると、斬られた尾と同じように消し炭となる。
本来ならば、この時点で変身を解除している。
しかし、今回の相手は違う。
「無駄だってわかんねぇみたいだな」
不快な声が、背後から聞こえて来る。
振り向くと、空気中を舞っていた炭が一箇所に集まっていき、やがて異形な人型になって姿を現す。
「俺は不死身だ。何回消し炭にしようが俺は殺せないんだよ。逆によ……」
アンタレスの特性『再生』によって、斬られた尾までもが元に戻って……いや、三本に増えている。
「死んでは蘇り、その都度強くなるんだよ。分かるか? お前は自分で自分の首を絞めてるってことがよ」
三本の尾をバラバラに動かしながら言うと、アンタレスは駆け出した。
先程までの早さではない。気付いた頃には、懐に潜り込まれていた。
「遅ぇぞウスノロ!」
奴の言葉より早く、拳が突き出される。
二重の鎧越しとは思えないほどの重い一撃に僅かに体勢を崩れるが、一歩踏み込む。その際に聖剣を下ろし、拳を手首から斬り落とす。
しかし、斬られた箇所は斬り落とした物よりも刺々しく、凶悪になって再生する。
「無駄だって言ってんだろこのドアホが!」
棘の生えた拳、ハサミ、三本の尾を使った攻撃を二本の聖剣のみで防ぐも、手数の多さで劣っているせいで防ぎきれない。
「なぁにが断罪するだ‼︎ 雑魚がイキがってんじゃねぇぞ!」
尾による叩きつけを聖剣を交差させて防いだ瞬間、左右からアンタレスの二本の尾が突き出される。
頭上の剣を左右に持って来れば打撃を喰らう。だが守らねば二本の尾に貫かれる。
どうすべきか悩むより先に、身体が動く。
剣の交差を解き、聖剣を地面に突き立てる事で左右から来る毒針を剣脊で防ぐ。
ガラ空きになった事で振り下ろされる尾を、悠斗は呪力を練ることで防ごうと試みる。
迫り来る尾を睨みつつ、甲冑全体を覆い尽くす極薄の壁を想像する。
想像が練り固まるのと、尾が甲冑に接触するのは全くの同時。
まるで鉄同士が衝突したかのような轟音が部屋に響く。
尾は、甲冑よりも僅かに浮いた場所で止まっている。呪力による極薄の壁によって防がれたのだ。
突き立てた剣から手を離し、頭上の尾を握る。
「何を断罪するかだって?」
掲げた右手を振りかぶり、呪力を練り固める。
呪力が練り固まると、一歩前に踏み込み、拳をアンタレスの顔に突き出す。
しかし拳は当てず、眼前の位置で止める。
「そんな簡単な事も分からないとは、馬鹿にも程があるぜ」
悠斗の言葉が終わると、アンタレスは鎧騎士から離れるように吹き飛ばされる。
「ッ⁉︎」
突然の衝撃に驚愕するアンタレス。拳から放たれた呪力が、時間差で鎧騎士とアンタレスの間の斥力となったのだ。
尾をちぎりながら吹き飛んだアンタレスは、壁際に積まれていた廃棄箱に埋もれるも、すぐに這い出てきた。
「何が⁉︎」
「言っただろ? お前を断罪すると」
未だ理解の追いつかないアンタレスだが、鎧騎士は考える暇を与えずに続けて雷撃を放つ。
『必殺技・炸裂雷光』
雷撃が一瞬の閃光を上げて爆発し、アンタレスを消し炭にする。
しかし、散ったはずの炭が一箇所に集まり、より禍々しくなって『再生』される。
「無駄だって……はぁ、言ってんだろ」
疲弊しながら言うと、アンタレスは膝をついた。よく見ると手足が震えている。
「なんだ? 何が起きて……」
「ようやく効果が出てきたみたいだな」
腕を組んで歩み寄った鎧騎士は、引きちぎった尾を雷撃で消し去ってから言った。
「俺の雷撃は特殊で、対象物に帯電するんだよ」
膝をつくアンタレスの頭を踏みつける。
「体ってのは細胞の集合体だ。お前は再生する際、散った消し炭を元に体を作り上げていた。それはおそらく、炭に残る元の細胞を呪力がコピーし、高速分裂して体を再生していたんだろうな。で、余った呪力によって姿形が徐々に変わっていった」
「だ、だからって……俺の体が動かない理由には!」
「俺がお前に電撃を浴びせ続けたのは単に攻撃だけが目的じゃない。体内の細胞に電撃を帯びさせるためだ」
シュバリエをアンタレスの右腕に突き刺し、説明を続ける。
「細胞をコピーする。それって、細胞の状態をそのまま増やすって事だよな?」
「……ま、まさか⁉︎」
「そう。お前の呪力は帯電した細胞をコピーして体を構成した」
左腕にキャバリエを突き刺す。
「細胞が正常だからこそ、人は満足に動ける。だが……それに異常があったらどうなると思う?」
突き刺した二本の聖剣を振り抜き、両腕を同時に切り裂く。
両腕を切られれば、如何に悪鬼といえども尋常じゃない激痛が襲い、叫び声を上げる。
しかし、アンタレスは一切声を上げなかった。
「細胞ってのは種類が沢山あってな。中には神経細胞と呼ばれる神経を構成する細胞がある」
振り抜いた聖剣を、今度は両足に突き刺す。
「神経は体に情報を伝える重要な役割を持っているが、それを構成する細胞に異常が起これば、当然神経は機能しなくなる」
「て……テメェ、さっきから何してやがんだ!」
両腕を切断された事に気付かない北条は、淡々と聖剣で足を切断していく。
「神経が機能しないってことは、抹消神経から情報が伝達されなくなる。中枢神経も機能しないから、脳からの指示を体が聞いてくれなくなる」
四肢を切断されたにも関わらず、北条は叫び声一つあげない。
鎧騎士は、切り離した四肢を北条の前に落とした。
「神経が機能しないと、痛みの情報が脳に送られず、脳からの指示が送られなくなる。次第に呼吸や血液循環も難しくなって、徐々に細胞が壊死していくだろうな」
「なんだ……と」
怒鳴り返そうとしているんだろうが、筋肉が上手く動かせないのか発音が不明瞭になっている。
「それと、初心者のお前に一つ忠告しといてやるよ」
切り離した四肢の切断面から新たな手足が生成され始めるも、すぐにそれを切除する。
「再生は一見すれば万能で最強の特性かもしれないが、無敵でもなければ不死身でもないんだよ」
現に、傷つけられた箇所の治りが遅くなっている。新しい手足も、最初に比べたら一回り細い。
「お前の特性は確かに強力だ。いくら殺しても生き返り、その度に強くなる。けどな」
地に伏すアンタレスを掴み、首を締め上げる。
「だからって倒せないわけじゃない。生き返る度に強くなるなら、殺さずに限界まで追い込んで、その後に殺せばいい」
「ふ……ふざけんな、そんな勝手な真似、許されると思ってんのか」
「知るかよ」
再生しかけた両腕を削ぎ落とし、腹部を貫く。
「自分の欲望を満たす為に蛮行を繰り返してきたお前が、今更許されると思ってるのか?」
聖剣を抜き、再び貫く。おびただしい量の血が噴き出すも、意に介さずに二度、三度と剣を突き刺す。
「おい……もうやめ、ろ。俺が……俺が悪かった」
喋るのも難しいほど血を吐いているのに、北条は鎧騎士に懇願した。
「もう、お前らには……手を出さない。罰も受けるから、刺すのをやめてくれ」
「……」
「なぁ、何か言えよ」
「…………」
鎧騎士は、何も言わずに流れ作業の如く再生しかけた四肢を切り落としてから腹部を刺し続ける。
「おい! 無視すんなよ! こっちは謝ってんだろ!」
今の叫びすら、悠斗は無視した。
何度も貫かれた事で腹部には手が入るほどの穴が開いていた。
悠斗はそこに手を突っ込むと、心臓を握り締めた。
感触は伝わっていない筈なのに、北条は一瞬体をびくつかせる。
「この日を、どれほど待ち望んたか」
心臓を握る手に、力が込められる。
「もうお前に体を再生する力は残っていない。心臓を潰せば終わりだ」
「や……辞めてくれ。俺はまだ、死にたく──」
「どこまでも自分勝手だな」
今際の際に立たされたと言うのに、最後まで自分の事しか考えない北条に呆れながら、鎧騎士はアンタレスから心臓を引き抜く。
人体から剥がされてなお鼓動を続ける心臓を握り潰し、身動きを止めた北条に言い放つ。
「お前の罪は、死んで償うしかないんだよ」
ボロ雑巾のようになった北条にはもう目もくれず、鎧騎士は二体の召喚獣に守られたユニの下へと歩み寄り、家へと連れて帰ろうとした、その時──
突然、背後に気配を感じ、鎧騎士は振り返った。
その目が、驚愕に見開かれる。
「な──っ⁉︎」
北条が、立ち上がっている。
両足を切り離し、たった今心臓を握り潰した相手が、立ち上がり、虚な目で鎧騎士を睨んでいる。
確かに殺したはずの相手が蘇った。その驚愕と混乱が、鎧騎士の体を一瞬硬直させる。
その一瞬で、アンタレスの尾が、鎧騎士の胸に深く突き刺さった。
「う……ああああああああ!」
鎧を貫通し、心臓を深々と貫かれた痛みは、もはや痛みとは呼べないほど強烈なものだった。
胸に刺さる尾に、鎧騎士の手が弱々しく重なる。
そのまま倒れかかる鎧騎士の体から尾を引き抜く。
仰向けに倒れ、変身が解除された悠斗の体へ、アンタレスが尾を向ける。
一発。さらに一発。びくん、びくんと悠斗の体が跳ねる。
完全に動かなくなった悠斗の体を見下ろし、北条は口を開いた。
「ガキが……調子に乗るなよ」
自分に屈辱を与えた敵を罵り、ユニに視線を向ける。
北条の雇い主の目的は、駒の回収とユニの確保。駒を持つ子供は仕留めているから、ユニを捕らえるのは造作もない。
故に、北条はユニではなく、悠斗の下へと歩み寄った。
「このクソガキが!」
罵りと共に、悠斗の体を踏みつける。
「雑魚の分際で、よくも俺を痛ぶってくれたな! 何が死をもって償えだ! 死ぬのはテメェだけだ!」
悠斗から受けた屈辱を何倍にもして返すように、亡骸を何度も踏み、蹴り続ける。その度に血が辺りに飛び散るも、悠斗はピクリとも動かない。
凄惨な光景を前に、ユニはバリア越しに叫んだ。
「もうやめて! これ以上、悠斗くんを傷つけないで!」
「黙ってろ!」
叫び返し、バリアに向けて尾を突き刺す。
尾はバリアを難なく破り、ユニの肩を刺し貫いた。
「う──ッ‼︎」
図太い尾に貫かれると、ユニの護衛に回っていた二匹の召喚獣がアンタレスに襲いかかる。
しかし、アンタレスは二本の尾で召喚獣を叩き潰し、消滅させた。
「……なんだよ、その目はよ」
肩の出血を抑え、激痛に耐えながら北条を睨むユニ。
その反抗的な態度に腹を立てた北条は、悠斗から離れてユニの下へと向かった。
「ほぅ……いい目だ。可愛げがないがな」
悪鬼を前にしても毅然な態度を損なわないユニの顔に、重めの平手打ちが繰り出される。
肩を貫かれ、悪鬼の一撃を生身で受けたら、並の学生は気を失っている。
だがユニは、目の色を変えずに北条を睨み続けた。
「なんだお前? 死ぬのが怖くないのか?」
「死ぬのなんか怖くない」
「じゃあ死ねよ」
尾の先端から、紫の液体が垂れる。アンタレスが持つ致死性の毒だ。
北条が何の躊躇いもなく、ユニを毒殺しようとする寸前──
「させる……かよ」
酷く掠れた声が、背後から響いた。
ユニはアンタレスの向こう側を見て、口を手で覆い隠した。
そこには、体から血を噴き出す凄惨な姿の悠斗が立っていた。
「ユニちゃんは、俺が守る……お前に殺させはしない」
「雑魚が何ほざいてやがる」
ユニから視線を外した北条が、鼻で笑いながら言う。
「死にかけのお前に何が出来る! どう俺を断罪するんだぁ?」
身を捩りながら煽るも、悠斗は気にせずに胸ポケットに手を突っ込み、駒を取り出した。
次の瞬間、ユニは目を見開いた。
悠斗が手に持つ駒は、騎士・僧侶・戦車の三つだった。
「悠斗くん。何する気……?」
ユニの問いに、悠斗は答えなかった。
悠斗の持つブレスレットにセットできる駒の上限は二個。ならば、三個も取り出す理由はない。
いや……あるにはある。複数の駒を同時に使う方法は。
その瞬間、ユニは彼が次に取る行動を直感した。
「悠斗くん! 馬鹿な真似はやめて!」
もし私の予想が正しければ、そんな思考を頭の奥底に押し込みながら叫ぶも、悠斗は何も答えずに手を動かす。
「やめてって言ってるでしょ‼︎ 死にたいの⁉︎」
「今更自分の命に未練なんてない。君と同じさ」
先程のユニの発言を指摘した悠斗は、ニヤリと笑いながら続けた。
「君を救って、奴を殺す。それが俺の欲望であり……俺の覚悟だ!」
悠斗は、三個の駒を高く掲げ、勢いよく胸に押し当てた。
「ウァァァァァァ──ッ‼︎」
苦痛の咆哮を上がり、胸に浮かぶ三つの烙印から黒い瘴気が現れ、悠斗の全身を包み込む。
黒い瘴気はひび割れた繭に変わり、赤黒い光が漏れ出す。
全体にひびが走ると、繭の頂点が内側から砕かれ、黒い柱が出現する。柱は徐々に範囲を広げていき、繭を砕いていく。
『混沌を得た破滅の騎士が、全てを喰らう』
ブレスレットから流れる、ノイズ混じりの音声。
繭が完全に消滅し、黒い柱が消えた瞬間、それは現れた。
鎧騎士とは似て非なる存在。
鎧騎士の容姿を大きく歪めており、元のカラーリングを若干くすませた色合い。弱き者を守ってきた手は血で染まっており、悪を見抜く瞳は焦点が合っておらず、悪を砕く聖剣は酷く錆びている。
助けを求める者を払い除ける禍々しい雰囲気を醸し出すそれは、紛れもなく鎧騎士だった者。
だがもう、彼は鎧騎士ではない。
欲望を満たす為に生まれる怪物。人類の天敵であり、鎧騎士が倒すべき悪鬼だ。
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