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四章 暴かれる真相
第二十七話
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二〇六六年六月三十日、水曜日。柏木一家惨殺事件から七年。
世間はその事件と当事者を忘れていた。
しかし、当事者は違う。
中学を卒業し、高校に進学した悠斗の心は未だ癒えず、他人と距離を置く生活を続けていた。
終業式を無断欠席した悠斗は、かつて両親と訪れた公園で課題を済ませ、読書に明け暮れた。
両親を亡くした日から、なるべく自宅にいる時間を減らしている。誰もいない家で過ごしていると、孤独に押しつぶされてしまうからだ。
今は学生だから遅くまでいると補導されてしまうので、嫌々帰るようにしている。
重い足取りで帰路を歩いていると、十字路の横に建っている電柱が目に入った。あの電柱のある十字路を右に曲がれば、もうすぐ自宅だ。
ぼんやりとする目で電柱を見つめながら歩いてゆく。すぐに、その電柱の違和感に気が付いた。電柱自体というよりも、電柱の下だ。電柱の下に、人が倒れている。
……酔っ払い?
都会の駅の近くだと、地面に人が転がっていることは日常風景だが、自宅近くで人が路上で倒れているというのは初めてだった。
近付いてゆくと、どうやらそれは女性であるらしいこと、しかも女子高生であることが分かった。
なぜなら、その人物は『制服』を着ていたから。黒のブレザーに、灰色のチェックスカート。スカートを穿いたまま横たわっているものだから、下着が丸見えになっている。
……この辺の学生じゃないな。
瞬時に判断する。西橋都の高校は一区に密集している為、他校の制服は嫌でも目につく。
はっきり言って地味な制服だが、似たような制服を見たことがない。
ちらりと腕時計を見ると、時刻は二十時を回っていた。こんな時間に道端で寝てるというのは、明らかに異常だ。
「おい、起きろ」
気付けば、声をかけていた。
女子高生はすぐに目を覚まし、軽く伸びをしてから辺りを見回し、ぼんやりとこちらを見た。
「なんでこんな所で寝てるんだ? 早く家に帰れ」
俺が言うと、女子高生はぱちくりと瞬きをして、口を開いた。
「分かんない」
「は?」
「家がどこか分かんない」
女子高生は、うーんと唸って、首を傾げた。
よく見ると、なかなかに可愛い顔である。髪の毛は少し茶色がかった黒髪で、目は切れ長。鼻はラインは綺麗だが、先端は丸い。美人とも可愛いとも取れる顔だちをしている。
首を傾げていた女子高生は、スッと首の角度を戻して、悠斗をじっと見た。
「あなたは誰?」
「え、俺のこと知らないの?」
「初対面でしょ」
ごもっともな返しにぐうの音も出なかった。
「柏木悠斗。赤羽高校の生徒だ。君は?」
最低限な自己紹介を済ませ、女子高生に尋ねると、またもやうーんと唸って、首を傾げた。
「分かんない」
「またか。てか、名前が分かんないっておかしいだろ」
「だって分かんないんだもん」
「なら学生証見せ……」
そこまで言ってようやく、女子高生が手荷物を一つも持っていないことに気付く。
「君、どこから来たの?」
「うーんとね、分かんない」
「それもか……」
名前も分からず、どこから来たかも分からない。荷物もなく、道端で寝ていたなんて、絶対におかしい。
どうしたものかと頭を抱えていると、電柱の点滅するライトの光が、隠すように置かれていたアタッシュケースに反射した。
それでようやくアタッシュケースに気付いた悠斗は、女子高生に尋ねた。
「これ、君の?」
「分かんない」
「ですよね」
聞くだけ無駄だった、と胸中で呟きながら、ケースを開ける。
中には、緩衝材に埋まるように、腕時計とブレスレット、チェスの駒が収められていた。
「なんだこれ、おもちゃか?」
統一性のない中身にぼやき、ケースを閉じようとする寸前、持ち上げた蓋の裏側に貼られた紙に気付く。
両面テープで張り付いた紙を剥がす。中身には
「その子の名前は『ユニ』です。十二月八日生まれのO型。事故で両親を亡くしており、ショックから記憶喪失になっています。私目は現在、とある事情でその子と共に暮らせない状況にあります。道端に子供を放置していく不作法をお許しください。同封の現金は養育費としてお使いください」
あまりにもふざけた内容に、悠斗は絶句した。
ツッコミたい事は多々ある。しかし、情報が洪水のように押し寄せてきた事によって、その気力が根こそぎ掻き消された。
要するに彼女──ユニは記憶喪失で、自分の名前も出身地も分からないでいる。保護者はやむを得ない事情によって、心優しい人に拾われる事を祈って捨てたと。
要約しても分かる。異常だと。
どこの世界に、娘を道端に捨てて消える無神経な親がいるだろうか。しかも本人には何も伝えずに寝ている隙に捨てるなんて。
とりあえず、この子の素性や事情は大雑把にだが把握できた。
問題はこれからだ。
できることなら知らんぷりして帰りたいが、関わってしまった以上無視もできない。ここまで知っておきながら放置するほど人を辞めてはいないが、だからって変わりに育てるほど出来た人間でもない。
どうするべきか困惑していると、くう、という可愛らしいサウンドがユニの腹部から聞こえ、俺は思わずふっと笑いをこぼしてしまった。
ユニの顔は瞬時に赤くなり、膝と胸の間に顔をうずめた。
「仕方ないか……」
呟き、ユニに歩み寄る。
「お邪魔します」
結局、家に上げてしまった。あの場で突っ立てて、近所の誰かに見られでもしたら俺の立場が更に危うい。
警察に見つかったら面倒だし、仕方なくだ。
……本当に、それだけの理由だけだろうか。
手紙の内容を鵜呑みにするわけじゃないが、全部が嘘だとも思えない。事実、ユニは何も覚えていない。
彼女の記憶喪失が本当だとしたら、原因は俺と同じになる。そこに惹かれるものがあったから、家まで上げてしまったのだろうか?
そんなはずはない。俺はただ、こんな夜中に女の子を放っておくのは夢見が悪いと思っただけで、明日には追い出すつもりだ。
ユニの私物と思われるケースを床に置き、悠斗は言った。
「風呂沸かしといたから入ってこい」
「わーいありがとう~」
能天気に応えリビングから出ていくのを見届けてから、冷蔵庫の中を物色する。
一人で暮らすようになってから食事は雑に済ませてるせいか、まともな食材がない。俺だけならば米と卵、残りの栄養はサプリで事足りるんだが、今日は記憶喪失の客人がいるのでそれも出来ない。
「出前でも頼むか」
慣れた手つきで番号を打ち込む。わずか二コールで電話に出たのは、行きつけのラーメン屋『天龍堂』の店長だ。
「すいません。野菜炒め定食といつもの頼めますか?」
「こんな時間に珍しいな。分かった、すぐ行く」
店長の気さくな口調に微笑みながら電話を切り、花束を持ってリビングを出る。二階に通ずる階段をゆっくりと歩き、両親の寝室のドアを開ける。
家には使っていない部屋が増えた。使うべき人が既に亡くなっており、今ではリビングと自室以外はほとんど手をつけていない。
唯一手をつけられた寝室には、ベッドの代わりに両親の仏壇が置かれている。
花立の中身を変え、仏壇の前で正座する。線香に火をつけてからおりんを鳴らし、黙祷。
悠斗は毎日、朝と夜に両親へ線香をあげている。こうしてれば、両親が側にいる気がするからだ。
無論、そんなはずないのは分かっている。死んだ人間とは、もう会えないことも……。
「誰か……亡くなったの?」
いつもより長く黙祷していると、不意に背後から声が聞こえてきたが、確認するまでもない。今この家にいるのは、悠斗とユニだけだ。
「昔にな。君には関係ないから、下で待ってて」
「気にしないで。死に人には誰であれ礼節はもつよう言われてるから」
そう言うとユニは、隣に座り、両手を合わせて黙祷した。
「死んだら魂と肉体は分離し、魂は天に、肉体は土に還る。肉体は大地に実を実らせ、魂は天に召されて、新たなる生を授かる」
「なにそれ、誰かの入れ知恵?」
「分かんない」
そういえば記憶喪失だったの忘れてた。
「けど……なんでだろう? 最近聞いたような、気がする」
「へぇ、そっか」
聞いといてなんだが、あまり興味がなかった。どうせ今夜限りの関係なのだから、深く知る必要もない。境遇には同情するが、彼女もこちらの境遇を知れば周りと同じ反応をするに違いない。
スッと立ち上がり、ユニを連れて部屋から出る。そのまま向かいの部屋──自室に入り、電気をつける。
勉強机とベッドしか置かれていない、殺風景な部屋。とても学生の部屋とは思えないが、ここが悠斗の自室だ。
「君はここで寝てくれ」
「綺麗な部屋だね」
「何も置いてないからな。掃除も楽で助かってる」
笑いながら言っていると、下からインターホンの鳴る音が聞こえてきた。頼んでいた出前が届いたのだろう。
駆け足気味に階段を降り、扉を開ける。出迎えた強面店長に一瞬驚くもすぐに落ち着きを取り戻し、注文した料理を受け取る。
後から降りてきたユニをリビングに入れて、野菜炒め定食を渡す。
「食べていいの?」
尋ねてくるユニに、俺は頷いた。
「腹減ってんだろ。遠慮せずに食え」
その言葉を待っていたかのように、ユニは食べ始める。
「美味しい!」
「だろ。俺も好きなんだよ、あの店の料理は」
美味しそうに食べるユニを見ていると、自然と笑みが溢れる。
いつぶりだろうか。誰かと一緒に食べるのは。
両親を亡くしてからは、何をするにも一人だった。家を出る時も、帰ってくる時も、食事の時も……。
不意に、目頭が熱くなる。自分が泣いている事に気付き、ユニにバレないように涙を拭いとる。
「どうしたの?」
顔を伏せたのを不審がったユニが尋ねてきたが、俺は薄い笑みを取り繕った。
「なんでもないさ。ほら、食べ終わったらもう寝るぞ」
「本当にいいの? こんな所で」
ソファで寝ると言った俺に、ユニが心配気に聞いてくる。
「いいよ。気にせず寝て」
制服のままソファで横になる。
いろいろなことがありすぎて、今日はもう身体の疲労が限界まできていた。すぐに意識がぼんやりとしてくる。
「風邪引いちゃうよ?」
「道端で寝てた人に言われたくない」
「でも……」
「俺は寝る。君も好きにしてていいよ」
ぼんやりと返すと、ユニはソファにゆっくりと腰掛ける。
「なにしてんの?」
「好きにしてるの」
「……そうですか」
眠気が脳を支配してゆく。目を閉じて、意識を手放さんとしている最中に、またもやユニの声が鼓膜を揺らした。
「なにか、してほしいことある?」
強いて言うなら、部屋に帰って寝ていてもらいたい。朝になったら俺の財布がなくなっていた、とかいう展開も勘弁してほしい。
しかし、それは言葉にならなかった。
眠すぎて、身体も口もまともに動かない。
ぼんやりとする意識の中、強烈に自分の欲望に訴えかけてくるものがあった。
「側にいてほしい……」
気付いたら、それだけ口にしていた。
「寝るまで側にいてほしい」
そう言ったところで、俺の意識は途切れた。
世間はその事件と当事者を忘れていた。
しかし、当事者は違う。
中学を卒業し、高校に進学した悠斗の心は未だ癒えず、他人と距離を置く生活を続けていた。
終業式を無断欠席した悠斗は、かつて両親と訪れた公園で課題を済ませ、読書に明け暮れた。
両親を亡くした日から、なるべく自宅にいる時間を減らしている。誰もいない家で過ごしていると、孤独に押しつぶされてしまうからだ。
今は学生だから遅くまでいると補導されてしまうので、嫌々帰るようにしている。
重い足取りで帰路を歩いていると、十字路の横に建っている電柱が目に入った。あの電柱のある十字路を右に曲がれば、もうすぐ自宅だ。
ぼんやりとする目で電柱を見つめながら歩いてゆく。すぐに、その電柱の違和感に気が付いた。電柱自体というよりも、電柱の下だ。電柱の下に、人が倒れている。
……酔っ払い?
都会の駅の近くだと、地面に人が転がっていることは日常風景だが、自宅近くで人が路上で倒れているというのは初めてだった。
近付いてゆくと、どうやらそれは女性であるらしいこと、しかも女子高生であることが分かった。
なぜなら、その人物は『制服』を着ていたから。黒のブレザーに、灰色のチェックスカート。スカートを穿いたまま横たわっているものだから、下着が丸見えになっている。
……この辺の学生じゃないな。
瞬時に判断する。西橋都の高校は一区に密集している為、他校の制服は嫌でも目につく。
はっきり言って地味な制服だが、似たような制服を見たことがない。
ちらりと腕時計を見ると、時刻は二十時を回っていた。こんな時間に道端で寝てるというのは、明らかに異常だ。
「おい、起きろ」
気付けば、声をかけていた。
女子高生はすぐに目を覚まし、軽く伸びをしてから辺りを見回し、ぼんやりとこちらを見た。
「なんでこんな所で寝てるんだ? 早く家に帰れ」
俺が言うと、女子高生はぱちくりと瞬きをして、口を開いた。
「分かんない」
「は?」
「家がどこか分かんない」
女子高生は、うーんと唸って、首を傾げた。
よく見ると、なかなかに可愛い顔である。髪の毛は少し茶色がかった黒髪で、目は切れ長。鼻はラインは綺麗だが、先端は丸い。美人とも可愛いとも取れる顔だちをしている。
首を傾げていた女子高生は、スッと首の角度を戻して、悠斗をじっと見た。
「あなたは誰?」
「え、俺のこと知らないの?」
「初対面でしょ」
ごもっともな返しにぐうの音も出なかった。
「柏木悠斗。赤羽高校の生徒だ。君は?」
最低限な自己紹介を済ませ、女子高生に尋ねると、またもやうーんと唸って、首を傾げた。
「分かんない」
「またか。てか、名前が分かんないっておかしいだろ」
「だって分かんないんだもん」
「なら学生証見せ……」
そこまで言ってようやく、女子高生が手荷物を一つも持っていないことに気付く。
「君、どこから来たの?」
「うーんとね、分かんない」
「それもか……」
名前も分からず、どこから来たかも分からない。荷物もなく、道端で寝ていたなんて、絶対におかしい。
どうしたものかと頭を抱えていると、電柱の点滅するライトの光が、隠すように置かれていたアタッシュケースに反射した。
それでようやくアタッシュケースに気付いた悠斗は、女子高生に尋ねた。
「これ、君の?」
「分かんない」
「ですよね」
聞くだけ無駄だった、と胸中で呟きながら、ケースを開ける。
中には、緩衝材に埋まるように、腕時計とブレスレット、チェスの駒が収められていた。
「なんだこれ、おもちゃか?」
統一性のない中身にぼやき、ケースを閉じようとする寸前、持ち上げた蓋の裏側に貼られた紙に気付く。
両面テープで張り付いた紙を剥がす。中身には
「その子の名前は『ユニ』です。十二月八日生まれのO型。事故で両親を亡くしており、ショックから記憶喪失になっています。私目は現在、とある事情でその子と共に暮らせない状況にあります。道端に子供を放置していく不作法をお許しください。同封の現金は養育費としてお使いください」
あまりにもふざけた内容に、悠斗は絶句した。
ツッコミたい事は多々ある。しかし、情報が洪水のように押し寄せてきた事によって、その気力が根こそぎ掻き消された。
要するに彼女──ユニは記憶喪失で、自分の名前も出身地も分からないでいる。保護者はやむを得ない事情によって、心優しい人に拾われる事を祈って捨てたと。
要約しても分かる。異常だと。
どこの世界に、娘を道端に捨てて消える無神経な親がいるだろうか。しかも本人には何も伝えずに寝ている隙に捨てるなんて。
とりあえず、この子の素性や事情は大雑把にだが把握できた。
問題はこれからだ。
できることなら知らんぷりして帰りたいが、関わってしまった以上無視もできない。ここまで知っておきながら放置するほど人を辞めてはいないが、だからって変わりに育てるほど出来た人間でもない。
どうするべきか困惑していると、くう、という可愛らしいサウンドがユニの腹部から聞こえ、俺は思わずふっと笑いをこぼしてしまった。
ユニの顔は瞬時に赤くなり、膝と胸の間に顔をうずめた。
「仕方ないか……」
呟き、ユニに歩み寄る。
「お邪魔します」
結局、家に上げてしまった。あの場で突っ立てて、近所の誰かに見られでもしたら俺の立場が更に危うい。
警察に見つかったら面倒だし、仕方なくだ。
……本当に、それだけの理由だけだろうか。
手紙の内容を鵜呑みにするわけじゃないが、全部が嘘だとも思えない。事実、ユニは何も覚えていない。
彼女の記憶喪失が本当だとしたら、原因は俺と同じになる。そこに惹かれるものがあったから、家まで上げてしまったのだろうか?
そんなはずはない。俺はただ、こんな夜中に女の子を放っておくのは夢見が悪いと思っただけで、明日には追い出すつもりだ。
ユニの私物と思われるケースを床に置き、悠斗は言った。
「風呂沸かしといたから入ってこい」
「わーいありがとう~」
能天気に応えリビングから出ていくのを見届けてから、冷蔵庫の中を物色する。
一人で暮らすようになってから食事は雑に済ませてるせいか、まともな食材がない。俺だけならば米と卵、残りの栄養はサプリで事足りるんだが、今日は記憶喪失の客人がいるのでそれも出来ない。
「出前でも頼むか」
慣れた手つきで番号を打ち込む。わずか二コールで電話に出たのは、行きつけのラーメン屋『天龍堂』の店長だ。
「すいません。野菜炒め定食といつもの頼めますか?」
「こんな時間に珍しいな。分かった、すぐ行く」
店長の気さくな口調に微笑みながら電話を切り、花束を持ってリビングを出る。二階に通ずる階段をゆっくりと歩き、両親の寝室のドアを開ける。
家には使っていない部屋が増えた。使うべき人が既に亡くなっており、今ではリビングと自室以外はほとんど手をつけていない。
唯一手をつけられた寝室には、ベッドの代わりに両親の仏壇が置かれている。
花立の中身を変え、仏壇の前で正座する。線香に火をつけてからおりんを鳴らし、黙祷。
悠斗は毎日、朝と夜に両親へ線香をあげている。こうしてれば、両親が側にいる気がするからだ。
無論、そんなはずないのは分かっている。死んだ人間とは、もう会えないことも……。
「誰か……亡くなったの?」
いつもより長く黙祷していると、不意に背後から声が聞こえてきたが、確認するまでもない。今この家にいるのは、悠斗とユニだけだ。
「昔にな。君には関係ないから、下で待ってて」
「気にしないで。死に人には誰であれ礼節はもつよう言われてるから」
そう言うとユニは、隣に座り、両手を合わせて黙祷した。
「死んだら魂と肉体は分離し、魂は天に、肉体は土に還る。肉体は大地に実を実らせ、魂は天に召されて、新たなる生を授かる」
「なにそれ、誰かの入れ知恵?」
「分かんない」
そういえば記憶喪失だったの忘れてた。
「けど……なんでだろう? 最近聞いたような、気がする」
「へぇ、そっか」
聞いといてなんだが、あまり興味がなかった。どうせ今夜限りの関係なのだから、深く知る必要もない。境遇には同情するが、彼女もこちらの境遇を知れば周りと同じ反応をするに違いない。
スッと立ち上がり、ユニを連れて部屋から出る。そのまま向かいの部屋──自室に入り、電気をつける。
勉強机とベッドしか置かれていない、殺風景な部屋。とても学生の部屋とは思えないが、ここが悠斗の自室だ。
「君はここで寝てくれ」
「綺麗な部屋だね」
「何も置いてないからな。掃除も楽で助かってる」
笑いながら言っていると、下からインターホンの鳴る音が聞こえてきた。頼んでいた出前が届いたのだろう。
駆け足気味に階段を降り、扉を開ける。出迎えた強面店長に一瞬驚くもすぐに落ち着きを取り戻し、注文した料理を受け取る。
後から降りてきたユニをリビングに入れて、野菜炒め定食を渡す。
「食べていいの?」
尋ねてくるユニに、俺は頷いた。
「腹減ってんだろ。遠慮せずに食え」
その言葉を待っていたかのように、ユニは食べ始める。
「美味しい!」
「だろ。俺も好きなんだよ、あの店の料理は」
美味しそうに食べるユニを見ていると、自然と笑みが溢れる。
いつぶりだろうか。誰かと一緒に食べるのは。
両親を亡くしてからは、何をするにも一人だった。家を出る時も、帰ってくる時も、食事の時も……。
不意に、目頭が熱くなる。自分が泣いている事に気付き、ユニにバレないように涙を拭いとる。
「どうしたの?」
顔を伏せたのを不審がったユニが尋ねてきたが、俺は薄い笑みを取り繕った。
「なんでもないさ。ほら、食べ終わったらもう寝るぞ」
「本当にいいの? こんな所で」
ソファで寝ると言った俺に、ユニが心配気に聞いてくる。
「いいよ。気にせず寝て」
制服のままソファで横になる。
いろいろなことがありすぎて、今日はもう身体の疲労が限界まできていた。すぐに意識がぼんやりとしてくる。
「風邪引いちゃうよ?」
「道端で寝てた人に言われたくない」
「でも……」
「俺は寝る。君も好きにしてていいよ」
ぼんやりと返すと、ユニはソファにゆっくりと腰掛ける。
「なにしてんの?」
「好きにしてるの」
「……そうですか」
眠気が脳を支配してゆく。目を閉じて、意識を手放さんとしている最中に、またもやユニの声が鼓膜を揺らした。
「なにか、してほしいことある?」
強いて言うなら、部屋に帰って寝ていてもらいたい。朝になったら俺の財布がなくなっていた、とかいう展開も勘弁してほしい。
しかし、それは言葉にならなかった。
眠すぎて、身体も口もまともに動かない。
ぼんやりとする意識の中、強烈に自分の欲望に訴えかけてくるものがあった。
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