欲望を求める騎士

小沢アキラ

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四章 暴かれる真相

第二十六話

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「着替えてくればよかった……」
 自宅に帰らずに警察署に直行してしまった悠斗だったが、流石に署内で汚れた格好は避けるべきだったと、今更ながら気付く。ただでさえ真っ昼間に学生が署内にいるってだけでも目立つのに、これでは余計注目を浴びてしまう。
 ユニの誘拐から一時間。
 悠斗は局長たちがいる警察署に訪れていた。
 今のままではユニは救えない。そう判断した悠斗は、「困ったら連絡してくれ」と気前の良い大人を頼ることにした。
 ユニ以外で唯一俺の素性を知っている者。あの人が現れるのを、悠斗は一人、署内のロビーで待っていた。
 周囲の警官からの奇異な視線に耐えていると、悠斗へ向かって大きく手を振る人影──。
「ごめんね悠斗くん、待たせちゃって」
 聞き覚えのある声がロビーに響き渡る。
 何事かと周囲の目が注がれるが、声の主を視界に捕らえた途端、皆慌てて頭を下げ始める。
 それもそのはず、声の主は日本警察の全権力を統べる男、滝口裕喜たきぐちひろきなのだから。
 鉄マスクをつけた滝口に、悠斗は頭を下げた。
「すいません、突然呼び出してしまい」
「とんでもない。鎧騎士アーマーナイトに呼ばれたのなら、たとえ地の底へだって参る所存だ」
 悠斗の労いに、満面の笑みで応える滝口たきぐち
「相変わらずですね、あなたは」
 以前と変わらない滝口の様子に、悠斗は苦笑する。
 この男、いったいどこまでが本気なのか?
 滝口の性格は、悠斗には理解しがたい。本気と冗談の判断が難しいから、やはり苦手だ。
「それで、どういった用かな?」
「それについては……外に車を待たせてあります。詳しくは俺の家へ向かう途中で話します」
 軽く周囲に視線を走らせたことで、内容を周囲に聞かれたくないのがうかがえた。事情を説明しないまま滝口を呼び寄せたのも、同様の理由によるものだ。
 警察署を出て、自動車の送迎エリアへ向かう。そこには、運転手付きのリムジンが二人を待っていた。
「どこから?」
「借り物です」
 リムジンは局長に頼んで用意してもらった重役用の送迎車で、防弾や盗聴対策も施された特注品だった。当然、運転手も悠斗が信頼できる人物である。
「俺の家に向かってください、
 先に滝口が乗り込み、後から入った悠斗は、運転席に座る沙耶香に頼んだ。
「了解」
 沙耶香はそれだけ答えると、静かにエンジンを蒸した。
「俺がなんで鎧騎士アーマーナイトとして戦っているのは知っていますよね?」
 装甲の入った分厚いドアが閉じられ、リムジンが走り出すと、悠斗はようやく口を開いた。
「ああ、奪われた三十一個の駒の回収だろ?」
「そうです」
 悠斗は、ここしばらくで知り得た情報を二人に伝える。
 駒を奪った者たちの目的、冬馬の意識が覚めない理由、ユニが攫われた事……そして、両親の仇である北条歩について。
 それらの話を一切疑わずに黙って聞き入れた二人は、たっぷりと間を空けてから話した。
「……そうか」
 滝口の一言から、色んな感情が読み取れた。
「あの男と出会ってしまうとは……辛かっただろ?」
 今度は滝口からの労いに、悠斗は頷くことしかできなかった。
「しかし、またしてもあの男が悠斗くんに関わってくるとは。偶然とは思えない」
「あの……すいません」
 運転席から控えめな声が聞こえ、悠斗と滝口は同時に視線を向ける。
「さっき言ってた北条歩って、悠斗くんとどんな関係なんですか?」
 完全に蚊帳の外だった沙耶香が、申し訳なさそうに尋ねた。
 悠斗と滝口は互いの顔を見つめ合ってから、そういえばと思い返しながら答える。
「沙耶香さんは、俺の両親が亡くなってる事は知ってますよね?」
「それは知ってるよ。不当逮捕の調書にも書いてあったし、悠斗くん自身が言ってたから」
 あれ、そうだっけ? と首を傾げるが、すぐに元に戻す。
「俺の両親は殺されたんですよ。今言った、北条歩に」
 薄れかけていた苛立ちが、奴の名を告げた途端に膨れ上がってくる。
 行き場のない苛立ちが両手をりきませ、ズボンを握りしめる。
「…………ごめんなさい。配慮が足りなかったわ」
「いえ、大丈夫です。話してなかったこちらのミスですから」
「なら、もう一つミスがあるね」
 隣から、鋭い視線が向けられる。見ると、レンズ越しに悠斗を睨みつける滝口と目が合う。
「君の言うユニは誰だ?」
 滝口からの問いに、悠斗は一瞬口ごもる。
 その沈黙を逃すまいと、滝口は次々と問いかけた。
「両親を亡くした事で酷く混乱していた筈の君が、今では人々を守る為に戦う殊勝な人間になっている。非常に喜ばしい事なんだが、どうしても解せないんだ」
 滝口の長広舌に、悠斗の心が締め付けられる。
「最初は時間が解決したのかと思った。しかし、少女の存在を知ってその結論が間違いだと思えた」
「鋭いですね」
 皮肉気味に応えると、滝口は口角をわずかに上げた。
「伊達に警官は務めてないさ」
「そうですか。……それで、何か分かったことでもあるんですか?」
「胸騒ぎがしてね。勝手ながら、あの少女について調べさせてもらった。そして知ったよ」
 スーツの内ポケットに右手を突っ込み、中から携帯端末を取り出す。慣れた手つきで操作し、映し出された画面を突きつける。
 その画面を見て、悠斗は両目を微かに見開く。
「彼女には戸籍がない。生年月日も、出身地も、血液型すら登録されていなかった」
「ちょっと待ってください、総監。それってつまり」
 沙耶香の言葉を、滝口が引き継ぐ。
「そう。ユニは、この国にと言う事だ」
 車内が、一気に静まり返る。
 恐れていたことが発覚してしまった。最悪なタイミングで、しかも最悪な人物に。
「悠斗くん。私たちは君の味方と言ったが、だからといって全てを許すわけではない。君が犯罪を犯しているとしたら、警官として逮捕しなければいけない」
 滝口はそう言うと、左手に手錠を持っていた。顔つきも変わっており、犯罪者を許さない警官の顔になっている。
「だから話してほしい。ユニとは何者で、君が鎧騎士アーマーナイトとして戦っている理由を、今ここで」
 手錠を突きつけられ、言葉が喉に詰まる悠斗。不当逮捕の時とは違い、下手すれば今回は本気で逮捕される恐れがある。
 悠斗は、一旦手錠から目を離し、窓の外を眺めた。
 とても綺麗な空だ。雲一つない快晴空はどこまでも広がっており、まるで空が海になったかのような景色だ。
 悠斗は、自分の中の迷いと向き合い、応えた。
「……分かりました」
 もう隠すのはやめよう。
 黙秘する選択肢は、もちろんあった。当然、強引な手段も。
 だが選ばなかった。いや、選べなかった。
 今の悠斗には、『ユニを救う』『北条を殺す』という願いしかない。そのためならば、恥も外聞も捨てる覚悟はできている。
「長い話になりますよ」
「ちょうど渋滞にハマったから、時間ならたっぷりあるよ」
 沙耶香の返しに鼻で笑い、悠斗は自らの過去について語り出した。
「あれは八年前の夏頃でした」

 二〇五九年六月三十日月曜日──。
 西橋都立赤羽小学校ではその日、夏休み前の終業式が執り行われていた。
 長ったらしい校長の話が終わり、各教室でのささやかなHRホームルームを経て、子供たちは家路へつくのだが、悠斗だけは違った。
 他の生徒が帰る中、彼だけは先生に呼び止められ、応接室で待たされていた。
 遊び盛りだった当時の悠斗からすれば、何の理由もなく何時間も学校へ拘束されるのは苦痛だった。先生方は何も話してくれず、ただ時間だけが過ぎていく。
 午後の授業終了のチャイムが鳴った時、応接室のドアが開いた。
 来客用のソファに退屈そうに座っていた悠斗は、ドアが開く音よりも早く立ち上がり、急ぎ足でドアへと向かった。
 やっと帰れる。そう思ったのも束の間、ドアから現れたのは先生でも親でもなく、日浦──当時の滝口だった。
 なぜ父の先輩がここに? という疑問を抱くより早く、日浦が言った。
「迎えにきたよ、悠斗くん」
 いつもと様子が違うのに、子供ながら気付いていた。だが、真実を知らない悠斗は大して気に留めなかった。
「父さんは?」
 悠斗の問いに、日浦は一瞬だけ表情を曇らせた。が、すぐに笑顔を取り繕う。
「君のお父さんは……仕事が忙しくてね。お母さんも急な出張で家にいないから、しばらくおじさんと一緒に暮らそうか」
 そんな話聞いてない。と言うよりも早く、日浦は悠斗の手を取った。その時の横顔は、どこか悲しげで、申し訳なさそうに見えた。
 それからしばらく、悠斗は日浦の家で過ごしていた。慣れない環境で落ち着かなかったが、時間が経つにつれてその不安も薄れていった。
 だが、両親に会えない寂しさも徐々に強まっていった。最初はすぐに迎えに来てくれると思っていたが、いつまで経っても来てくれなかった。
 日浦に何度聞いても答えを濁されるだけ。忙しいにしても電話ぐらいはしたいと頼んでも許されず、日に日に不満は溜まっていった。
 夏休みが始まってから三週間ほど経っただろうか。
 朝食を食べ終えた私服に着替えた悠斗は、手ぶらで日浦の運転する乗用車に乗り込んだ。
 前日の夜に、早朝から出掛けることを伝えられていた。
 目的地は教えてくれなかったが、久々の外出に心が踊っていた悠斗は深く聞かなかった。
 車内は鬱々うつうつとした空気だった。いつもより少しテンションが高かった悠斗ですら、日浦の苦い表情を見ては何も喋ることができなかった。
 話すこともないので外を眺めていると、ここが自宅の近所であり、この車が自宅に向かっている事に気付く。
 家に帰れる。そう確信した時、沈みかけたテンションが再び高まった。
 しかし、それはすぐに消えた。
 いつもの曲がり角の先にあったのは、自宅と、それを取り囲むように止まったパトカー群。
 中で待つよう言われ、車を降りた日浦が警官たちと深刻な顔で何かを話し合っていた。
 やがて日浦が、沈鬱ちんうつな顔で言った。
「悠斗くん。両親のことなんだが、心して聞いてほしい」
 小学生でも分かるほど真剣な雰囲気に、悠斗は息を呑んだ。
「君のお父さんとお母さんは死んだ。もう、二度と帰ってこない」
 日浦の言葉は、当時の悠斗が理解するのにはかなりの時間を有した。
 両親との突然のお別れ。小学生では処理できない大きな出来事に混乱した悠斗は、日浦の制止を聞かずに自宅へ押しかけた。靴も抜かずに廊下を走り、リビングに飛び込む。
 ──いつも通りだ……いつもみたいに、父さんと母さんが笑って「おかえり」って言ってくれるに決まっている。
 だが、現実は非情だった。
 自宅のリビングは、床一面に飛び散る血痕や傷ついた家具によって、物々しい雰囲気に包まれていた。
 両親と過ごした場所が、知らぬ間に殺人現場に変わり果てていた。そして、そこで亡くなったのが両親だと理解した時、その場で崩れ落ち、喉が枯れるまで泣き叫んだ。
 最後に両親を見たのは、葬儀の日。
 遺体の状態があまりにも酷く、ほんの一部しか見ることができなかった。
 包帯だらけで棺に横たわる父さんと母さんは、息子の目の前で焼却され、骨となった。
 何もできなかった。子供だった彼には二人を助ける力などなかった。
 無力で、ちっぽけで、そして……一人ぼっちになった。
 夏休みが明けて、学校に戻ったあともそれは同じだった。
 一人残ったつらさは想像以上だった。
 皆と同じように笑ったり、騒いだりしても、ふとした事で親がいない事を自覚する。自分が皆とは違う事を思い知らされる。
 そのうち悠斗は、あまり人の輪に入らないようになった。そうしないと、小さな自分の心が押しつぶされてしまいそうだった。
 無力で、ちっぽけで、そして、一人ぼっちだった。
 噂は近所や友達の親にも広がり、あちこちから同情の声が聞こえてきた。
 最初は優しく接してくれたが、徐々に周りからの目は冷たく、厳しくなった。
 小学校を卒業し、中学に上がってから生活は一変した。
 『柏木一家惨殺事件かしわぎいっかざんさつじけん』として世間に大々的に公表されたことで、悠斗の存在は他校にも知れ渡っている。
 同じ出身校だけでなく、他校から来た生徒からも快く思われなかった悠斗は、誰からも受け入れられず、孤独だった。担任も面倒事を嫌う性格で、悠斗に対してのみ消極的だった。
 それだけで済めばどれだけ良かったかと、今でも思う。
 常に一人なのを良いことに、悠斗はイジメられていた。最初は上履きを隠すといったものだったが、徐々にイジメはエスカレートしていき、終いには暴力にまで発展した。
 皆が見て見ぬフリをする。関わろうとしない。
 無力で、ちっぽけで、惨めで、ずっと一人ぼっちの生活。
 全てがどうでもよかった。
 両親もいない。友達もいない。生きる理由もない。
 無意味な日々を、死んだように生きた。
 イジメなどどうでもいい。いくら殴られようが、罵られようが構わない。悠斗の心はもう、死んでいるのだから。
 きっと……これから先、自分を受け入れてくれる人間は現れない。自分はずっと一人なんだろう。
 そんな事を考えていた時に、彼は出会った。一人の少女──ユニと。
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