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四章 暴かれる真相
第二十五話
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サソリ悪鬼──アンタレスの正体が判明した瞬間、悠斗の頭はある一つの考えに支配された。
それは──怒り。
「北条ーッ‼︎」
今だけは体の痛みを忘れ、悠斗は親の仇に掴みかかった。
しかし難なくかわされてしまい、床に転がってしまう。
「なんでテメェがここにいる! 答えろ!」
痛みを怒りでかき消すように叫び、北条を睨みつける。
北条は無精髭を撫でながら、あっけらかんとした表情で言った。
「最近の若者は怖いなぁ」
ドスの効いた渋声が耳に届いた時、悠斗の憤怒は頂点に達し、北条を感情任せに殴りつけた。
その拳を受け止めた北条は、悠斗に詰め寄り──耳元で囁く。
「キレてんのはこっちなんだよ、クソガキ」
非情な一言と同時に、拳が悠斗の体を下からえぐり、みぞおちに入る。支えをなくした体は前のめりになってひれ伏す。
床に伏す頭を踏みつける北条は、罵るように放言する。
「お前を見てるとよぉ、クソ親父がつけた傷跡が疼くんだよ」
右目元の傷跡をさすり、足に力を込められる。あの傷跡は、父が死ぬ間際につけたもの……奴に対して行った、最後の抵抗の証だ。
抑えつける力に抗い、無理やり立ち上がろうと全身に力を入れる。
が、先の戦闘で右腕が折れており、力が入らない。
「殺す! お前だけは絶対に、この手で殺す!」
「何が殺すだ。今のお前に、一体何が出来るって言うんだ?」
仇を前に恨み節しかできない悠斗を嘲笑い、北条は不適な笑みを浮かべた。
「今でも覚えてるぜ、お前の親を殺したあの日の事を。あの感触も、高揚感もなぁ」
全身に痛みと共に悪寒が走る。残虐的な笑みと、過去の興奮に耐えられずに身をよじる姿は、とても同じ人間とは思えないおぞましさを秘めていた。
「聞かせてやるよ、お前の両親の最後をなぁ」
まるでこちらの恐怖心を煽るような口振りに、悠斗の表情が恐怖の色に染まっていく。
その様子に愉悦したのか、北条は更に笑みを深め、口を開いた。
「お前のクソ親父を縛り付けてよぉ、目の前でクソ母親を犯してやったんだぜ! もちろん犯ったあとはクソ親父の前で殺したけどな」
北条の口から知らされた両親の最後は、悠斗の中にある理性を消し去った。
「傑作だったなぁ、死の恐怖に怯えながら旦那の前で犯されるクソ母親の姿はよ。お前にも見せてやりたいぐらいだったぜ!」
北条の毒気の帯びた高笑いが、廃工場にこだまする。
「その後のクソ親父も面白かったな。死ぬ寸前まで女の心配しててよ! だから一生側にいられるように、生首を女の腹ん中に入れてやったよ。死んだ奴を労わってやれる俺ってば最高に良い奴だと思わねぇか? 思うよな!」
足をどけ、襟首を掴むと、人とは思えない膂力で悠斗を吊り上げる。
「安心しろよ、お前も両親の所に連れて行ってやる。今度はそうだな……お前の生首をあの女の腹に詰めてやるか」
あの女がユニだと、すぐに察することができた。
同時に、体を支配していた恐怖が消え、またもや怒りが込み上げてくる。
しかし襟首を掴まれているせいで声が出せず、腕も折れているせいで奴の首を絞めることができない。
抵抗すらできずに、ただ黙って殺されるのを待つ最後なんて……鎧騎士が聞いて呆れる。
ふと、両頬に伝うものを感じ取る。これは……涙か?
死への恐怖? 違う。仇を前に何もできない不甲斐ない自分に絶望しているんだ。
頬を伝う涙を見た北条は、口角を不気味なほど吊り上げ、言った。
「おいおいおい、何泣いてんだよ。死ぬ前にそんな顔見せられるとさぁ……興奮しちまうじゃねぇか!」
叫び、両手で首を絞められる。足掻こうにも体に力が入らずに、一気に意識が遠くなる。
「ほら、早く死ねよ! 死んであの世で見てろ! 俺が女を犯すのをよ!」
ボヤける視界の中でも、奴の憎たらしい顔がはっきりと見える。
奴が憎い、という怒りすら、意識と共に消えていく。
──ごめん、みんな。俺は……ここまで…………みたいだ。
自分を信じてくれた仲間たちへの思いを最後に力尽きる、寸前。
直接、頭の中に声が響いた。
──悠斗、少し借りるぞ。
どこかで聞いた声。それが終わると同時に──。
二本の腕が、北条の首を掴んだ。
「なっ⁉︎」
力尽きる寸前だった男からとは思えないほどの膂力に驚き、声を漏らす北条。
首に加わる握力が徐々に強まる。
「北条、そいつから離れろ!」
異変に気付き、錫杖で闇を開いた拓実は、北条に向けて叫ぶ。
意図を察した北条は悠斗から手を離し、胴体に蹴りを入れて絞首を逃れる。そのまま背後の闇へ飛び、拓実の隣に瞬間移動する。
「危ないところだったな、北条」
首を抑える北条を気遣うも、本人は気にせずに拓実に怒鳴り返した。
「テメェなに悠長に構えてんだ! 危うく死ぬとこだったじゃねぇか!」
余裕たっぷりの態度が豹変した北条を一瞥し、悠斗を注意深く見つめる。
あれは本当に悠斗なのか? と疑いたくなるほど、雰囲気が一変した。
さっきまで泣いていたのが嘘のように落ち着き払った表情だというのに、そこから覗く二つの瞳には、一切の感情が読み取れないほどの闇が広がっている。
ユニを拐われ、両親の仇に殺されかけたとは思えないほどの落ち着きは、まるで感情を無くしたようにも見える。
不意に、視線を下げていた悠斗がこちらに顔を向けた。
生気を感じさせないほど無機質な目線を向けられた瞬間、言い知れない恐怖が首筋を撫でる。
いつの間にか、激昂していた北条すらも、彼から放たれる謎の威圧感に圧倒され、押し黙っている。
「首をへし折ろうと思っていたが、五十年ぶりのせいかなまったか?」
重苦しい沈黙を破ったのは、悠斗だった。
しかし、その声は悠斗のものではなく、全く別の生き物によるものだった。
「腕が折れているせいかな? コイツの体にも悪影響だろうし、治すか」
そう言うと悠斗は、折れた腕を片方の手で握り、強引に接合させた。
痛々しい音が廃工場に響き、拓実と北条は戦慄する。
骨と骨が上手く噛み合ったのか、悠斗は折れた方の腕を前後左右に動かし、納得したように頷く。
「まだ多少の粗はあるが、あとは呪力で治してやるか」
「……お前は誰だ?」
常軌を逸した行動を目の当たりにした拓実が、悠斗ではない者に向けて言い放つ。
それに対し悠斗は、相変わらずの無表情で淡々と答えた。
「私の名はロット……お前らが言うところの悪鬼だ」
予想外な存在に驚くが、すぐに否定する。
「嘘を言うな。彼は一度も悪鬼を呼び出していない」
「いいや、違うね。コイツは何度も私を呼んでいる。なんなら一緒に戦っている」
ロットの不可解な発言に一瞬頭を悩ませ、そして理解し、自らのブレスレットに視線を落とす。
拓実の表情から全てを読み取ったロットは、腕のブレスレットを見せびらかした。
「私はこの装置を通じてコイツの体内に入っている。何度もな」
悠斗はこの半年間、毎日と言っていいほどブレスレットを通して呪力を体に与え続けていた。
しかし、だとしても納得いく答えにはならない。
「お前はその装置によって無害化されている。体を乗っ取るなど出来ないはずだ」
「お前は馬鹿だな」
突然の罵倒に、拓実の言葉が詰まった。
「代償無くして力など得られん。理性を保ったまま呪力を手に入れられる、そんな矛盾は通らない」
「……知っている。だから私は、全てを捨てる覚悟で禁忌に手を染めた」
そう……アイツのために、俺は全てを捨てた。自分の命も、誇りも、プライドも……道徳も。
「なんの犠牲もなく装置だけで強くなるなんて無理だ。だからコイツはいつまで経っても弱い」
ロットは、自らの体を引っ掻き、憎らしげに顔を歪めた。
「お前もだが、コイツはもっと馬鹿だ。自分の欲望を抑えて、ずっと他人のために戦ってきた。ようやく欲望を解き放ったと思えば、それも結局は他人のため。お人好しなのか、ただの馬鹿なのか分からん」
「の割には、嬉しそうだな」
傍観していた北条が、ロットの表情を指摘した。
悠斗を罵倒するにしては不釣り合いなほどの笑顔。無感情だったはずが、彼の話をしてる間は豊かな表情になっている。
「嬉しい……? なにを言っている。我々に感情などない」
「そうかい。ま、俺にはどうでもいいことだがな」
北条はそう言うと、戦車・僧侶・兵士の駒を取り出した。
「お前が誰だろうと殺すだけだ」
三つの駒を同時に胸に押し当てると、北条の体が黒い繭に覆われる。繭が破れ、中から黒い靄が現れ人の形へと『変身』する。
アンタレス──特性『再生』を持つ最強最悪の悪鬼の八つある複眼が、ロットに狙いを定める。
「来いよ、ロットとか言う奴! ぐちゃぐちゃに捻り潰してやる!」
粗野な言動と明確な敵意を向けられながらも、ロットは涼しげな表情でアンタレスを見据えていた。
「……伊澤拓実。お前は酷い奴だな」
ふいに放たれた発言に、拓実は鼻で笑って応えた。
「何の話かな?」
「お前は呪力の危険性を知っているだろ? それを知っていながら駒を複数使わせるとは──」
「それはあなたも同じでは?」
拓実に指摘に、今度はロットの言葉が詰まる。
「分かっているんですよ。無害化された呪力が何を奪っているのかを」
「黙れ……」
「変身による副作用だって、あなたが」
「黙れと言っている」
突然、拓実の前に一本の聖槍『ナイトランサー』が突き立つ。そして、槍自身に意思があるかのように空中を滑り、ロットの手元に収まる。
「お前たちを殺すなど容易い。それをしないのは私の慈悲であることを忘れるな」
ハッタリのように聞こえる言葉だが、二人は一言も反論しなかった。いや、出来なかった。ロットが放つ殺人的なまでの威圧感に加え、心臓を貫くほどの鋭い眼光が、二人を押し黙らせたのだ。
アンタレスに変身した北条でさえ例外ではない。
今や唯一ロットの動きを追える北条でさえ、いつ槍を出現させ、槍を投げたのかさえ追えていない。気付いた頃には、拓実の前に槍が突き立っていた。
「今すぐ殺してやりたい所だが、生憎時間がないのでな。今回はお前に譲ってやる」
そう言うとロットは、体を持ち主に返した。
意識の戻った悠斗は、尋常じゃないほどの汗を振り払う。
「感謝、するぜ……ロット。時間を稼いでくれて」
ロットが意識を乗っ取っている間に、少しだけだが冷静さを取り戻すことができた。
何故か骨折も治っているし、まだ戦える。だが──。
「無意味な行為だったな」
不敵な笑みを浮かべる拓実が、アンタレスの真横に並び立つと、鎧騎士に変身する。
「体が元に戻っても、最悪な状況は何も変わっていない」
両手に呪力の槍を展開し、身構える鎧騎士。
拓実の言う通り、腕が治った所で最悪な状況は何一つ変わっていない。このまま戦えば先の二の舞なのは、変え難い事実。
だから、今の悠斗が取るべき選択は、ただ一つ。
「逃げる」
腕時計のベゼルに騎士の駒を押し当てる。魔法陣からロットが現れると、すぐさま背中に飛び乗る。
「少女をおいて逃げるとは情けない奴め。敗れるのがそんなに怖いか?」
誰でも分かるような煽りを、今だけは目を瞑る。
「……これは戦略的撤退だ。俺がやられたら、誰もユニを助けられないからな」
半分は敵に、もう半分は自分に言いながら、悠斗はロットの手綱を強めに握った。
「退き際を心得ているとは、学生にしては上出来だ。流石は半年も悪鬼と戦っていただけはあるな」
「なんとでも言え……だが」
振り向き、空いた右手に収まる聖槍をアンタレスに向けて投げつける。
変身もしていない、純粋な力による投擲は最も容易く避けられてしまう。
「次はない、と肝に銘じておけ」
その台詞を最後に、悠斗は廃工場から撤退する。抑えきれない怒りと覚悟を胸に……。
それは──怒り。
「北条ーッ‼︎」
今だけは体の痛みを忘れ、悠斗は親の仇に掴みかかった。
しかし難なくかわされてしまい、床に転がってしまう。
「なんでテメェがここにいる! 答えろ!」
痛みを怒りでかき消すように叫び、北条を睨みつける。
北条は無精髭を撫でながら、あっけらかんとした表情で言った。
「最近の若者は怖いなぁ」
ドスの効いた渋声が耳に届いた時、悠斗の憤怒は頂点に達し、北条を感情任せに殴りつけた。
その拳を受け止めた北条は、悠斗に詰め寄り──耳元で囁く。
「キレてんのはこっちなんだよ、クソガキ」
非情な一言と同時に、拳が悠斗の体を下からえぐり、みぞおちに入る。支えをなくした体は前のめりになってひれ伏す。
床に伏す頭を踏みつける北条は、罵るように放言する。
「お前を見てるとよぉ、クソ親父がつけた傷跡が疼くんだよ」
右目元の傷跡をさすり、足に力を込められる。あの傷跡は、父が死ぬ間際につけたもの……奴に対して行った、最後の抵抗の証だ。
抑えつける力に抗い、無理やり立ち上がろうと全身に力を入れる。
が、先の戦闘で右腕が折れており、力が入らない。
「殺す! お前だけは絶対に、この手で殺す!」
「何が殺すだ。今のお前に、一体何が出来るって言うんだ?」
仇を前に恨み節しかできない悠斗を嘲笑い、北条は不適な笑みを浮かべた。
「今でも覚えてるぜ、お前の親を殺したあの日の事を。あの感触も、高揚感もなぁ」
全身に痛みと共に悪寒が走る。残虐的な笑みと、過去の興奮に耐えられずに身をよじる姿は、とても同じ人間とは思えないおぞましさを秘めていた。
「聞かせてやるよ、お前の両親の最後をなぁ」
まるでこちらの恐怖心を煽るような口振りに、悠斗の表情が恐怖の色に染まっていく。
その様子に愉悦したのか、北条は更に笑みを深め、口を開いた。
「お前のクソ親父を縛り付けてよぉ、目の前でクソ母親を犯してやったんだぜ! もちろん犯ったあとはクソ親父の前で殺したけどな」
北条の口から知らされた両親の最後は、悠斗の中にある理性を消し去った。
「傑作だったなぁ、死の恐怖に怯えながら旦那の前で犯されるクソ母親の姿はよ。お前にも見せてやりたいぐらいだったぜ!」
北条の毒気の帯びた高笑いが、廃工場にこだまする。
「その後のクソ親父も面白かったな。死ぬ寸前まで女の心配しててよ! だから一生側にいられるように、生首を女の腹ん中に入れてやったよ。死んだ奴を労わってやれる俺ってば最高に良い奴だと思わねぇか? 思うよな!」
足をどけ、襟首を掴むと、人とは思えない膂力で悠斗を吊り上げる。
「安心しろよ、お前も両親の所に連れて行ってやる。今度はそうだな……お前の生首をあの女の腹に詰めてやるか」
あの女がユニだと、すぐに察することができた。
同時に、体を支配していた恐怖が消え、またもや怒りが込み上げてくる。
しかし襟首を掴まれているせいで声が出せず、腕も折れているせいで奴の首を絞めることができない。
抵抗すらできずに、ただ黙って殺されるのを待つ最後なんて……鎧騎士が聞いて呆れる。
ふと、両頬に伝うものを感じ取る。これは……涙か?
死への恐怖? 違う。仇を前に何もできない不甲斐ない自分に絶望しているんだ。
頬を伝う涙を見た北条は、口角を不気味なほど吊り上げ、言った。
「おいおいおい、何泣いてんだよ。死ぬ前にそんな顔見せられるとさぁ……興奮しちまうじゃねぇか!」
叫び、両手で首を絞められる。足掻こうにも体に力が入らずに、一気に意識が遠くなる。
「ほら、早く死ねよ! 死んであの世で見てろ! 俺が女を犯すのをよ!」
ボヤける視界の中でも、奴の憎たらしい顔がはっきりと見える。
奴が憎い、という怒りすら、意識と共に消えていく。
──ごめん、みんな。俺は……ここまで…………みたいだ。
自分を信じてくれた仲間たちへの思いを最後に力尽きる、寸前。
直接、頭の中に声が響いた。
──悠斗、少し借りるぞ。
どこかで聞いた声。それが終わると同時に──。
二本の腕が、北条の首を掴んだ。
「なっ⁉︎」
力尽きる寸前だった男からとは思えないほどの膂力に驚き、声を漏らす北条。
首に加わる握力が徐々に強まる。
「北条、そいつから離れろ!」
異変に気付き、錫杖で闇を開いた拓実は、北条に向けて叫ぶ。
意図を察した北条は悠斗から手を離し、胴体に蹴りを入れて絞首を逃れる。そのまま背後の闇へ飛び、拓実の隣に瞬間移動する。
「危ないところだったな、北条」
首を抑える北条を気遣うも、本人は気にせずに拓実に怒鳴り返した。
「テメェなに悠長に構えてんだ! 危うく死ぬとこだったじゃねぇか!」
余裕たっぷりの態度が豹変した北条を一瞥し、悠斗を注意深く見つめる。
あれは本当に悠斗なのか? と疑いたくなるほど、雰囲気が一変した。
さっきまで泣いていたのが嘘のように落ち着き払った表情だというのに、そこから覗く二つの瞳には、一切の感情が読み取れないほどの闇が広がっている。
ユニを拐われ、両親の仇に殺されかけたとは思えないほどの落ち着きは、まるで感情を無くしたようにも見える。
不意に、視線を下げていた悠斗がこちらに顔を向けた。
生気を感じさせないほど無機質な目線を向けられた瞬間、言い知れない恐怖が首筋を撫でる。
いつの間にか、激昂していた北条すらも、彼から放たれる謎の威圧感に圧倒され、押し黙っている。
「首をへし折ろうと思っていたが、五十年ぶりのせいかなまったか?」
重苦しい沈黙を破ったのは、悠斗だった。
しかし、その声は悠斗のものではなく、全く別の生き物によるものだった。
「腕が折れているせいかな? コイツの体にも悪影響だろうし、治すか」
そう言うと悠斗は、折れた腕を片方の手で握り、強引に接合させた。
痛々しい音が廃工場に響き、拓実と北条は戦慄する。
骨と骨が上手く噛み合ったのか、悠斗は折れた方の腕を前後左右に動かし、納得したように頷く。
「まだ多少の粗はあるが、あとは呪力で治してやるか」
「……お前は誰だ?」
常軌を逸した行動を目の当たりにした拓実が、悠斗ではない者に向けて言い放つ。
それに対し悠斗は、相変わらずの無表情で淡々と答えた。
「私の名はロット……お前らが言うところの悪鬼だ」
予想外な存在に驚くが、すぐに否定する。
「嘘を言うな。彼は一度も悪鬼を呼び出していない」
「いいや、違うね。コイツは何度も私を呼んでいる。なんなら一緒に戦っている」
ロットの不可解な発言に一瞬頭を悩ませ、そして理解し、自らのブレスレットに視線を落とす。
拓実の表情から全てを読み取ったロットは、腕のブレスレットを見せびらかした。
「私はこの装置を通じてコイツの体内に入っている。何度もな」
悠斗はこの半年間、毎日と言っていいほどブレスレットを通して呪力を体に与え続けていた。
しかし、だとしても納得いく答えにはならない。
「お前はその装置によって無害化されている。体を乗っ取るなど出来ないはずだ」
「お前は馬鹿だな」
突然の罵倒に、拓実の言葉が詰まった。
「代償無くして力など得られん。理性を保ったまま呪力を手に入れられる、そんな矛盾は通らない」
「……知っている。だから私は、全てを捨てる覚悟で禁忌に手を染めた」
そう……アイツのために、俺は全てを捨てた。自分の命も、誇りも、プライドも……道徳も。
「なんの犠牲もなく装置だけで強くなるなんて無理だ。だからコイツはいつまで経っても弱い」
ロットは、自らの体を引っ掻き、憎らしげに顔を歪めた。
「お前もだが、コイツはもっと馬鹿だ。自分の欲望を抑えて、ずっと他人のために戦ってきた。ようやく欲望を解き放ったと思えば、それも結局は他人のため。お人好しなのか、ただの馬鹿なのか分からん」
「の割には、嬉しそうだな」
傍観していた北条が、ロットの表情を指摘した。
悠斗を罵倒するにしては不釣り合いなほどの笑顔。無感情だったはずが、彼の話をしてる間は豊かな表情になっている。
「嬉しい……? なにを言っている。我々に感情などない」
「そうかい。ま、俺にはどうでもいいことだがな」
北条はそう言うと、戦車・僧侶・兵士の駒を取り出した。
「お前が誰だろうと殺すだけだ」
三つの駒を同時に胸に押し当てると、北条の体が黒い繭に覆われる。繭が破れ、中から黒い靄が現れ人の形へと『変身』する。
アンタレス──特性『再生』を持つ最強最悪の悪鬼の八つある複眼が、ロットに狙いを定める。
「来いよ、ロットとか言う奴! ぐちゃぐちゃに捻り潰してやる!」
粗野な言動と明確な敵意を向けられながらも、ロットは涼しげな表情でアンタレスを見据えていた。
「……伊澤拓実。お前は酷い奴だな」
ふいに放たれた発言に、拓実は鼻で笑って応えた。
「何の話かな?」
「お前は呪力の危険性を知っているだろ? それを知っていながら駒を複数使わせるとは──」
「それはあなたも同じでは?」
拓実に指摘に、今度はロットの言葉が詰まる。
「分かっているんですよ。無害化された呪力が何を奪っているのかを」
「黙れ……」
「変身による副作用だって、あなたが」
「黙れと言っている」
突然、拓実の前に一本の聖槍『ナイトランサー』が突き立つ。そして、槍自身に意思があるかのように空中を滑り、ロットの手元に収まる。
「お前たちを殺すなど容易い。それをしないのは私の慈悲であることを忘れるな」
ハッタリのように聞こえる言葉だが、二人は一言も反論しなかった。いや、出来なかった。ロットが放つ殺人的なまでの威圧感に加え、心臓を貫くほどの鋭い眼光が、二人を押し黙らせたのだ。
アンタレスに変身した北条でさえ例外ではない。
今や唯一ロットの動きを追える北条でさえ、いつ槍を出現させ、槍を投げたのかさえ追えていない。気付いた頃には、拓実の前に槍が突き立っていた。
「今すぐ殺してやりたい所だが、生憎時間がないのでな。今回はお前に譲ってやる」
そう言うとロットは、体を持ち主に返した。
意識の戻った悠斗は、尋常じゃないほどの汗を振り払う。
「感謝、するぜ……ロット。時間を稼いでくれて」
ロットが意識を乗っ取っている間に、少しだけだが冷静さを取り戻すことができた。
何故か骨折も治っているし、まだ戦える。だが──。
「無意味な行為だったな」
不敵な笑みを浮かべる拓実が、アンタレスの真横に並び立つと、鎧騎士に変身する。
「体が元に戻っても、最悪な状況は何も変わっていない」
両手に呪力の槍を展開し、身構える鎧騎士。
拓実の言う通り、腕が治った所で最悪な状況は何一つ変わっていない。このまま戦えば先の二の舞なのは、変え難い事実。
だから、今の悠斗が取るべき選択は、ただ一つ。
「逃げる」
腕時計のベゼルに騎士の駒を押し当てる。魔法陣からロットが現れると、すぐさま背中に飛び乗る。
「少女をおいて逃げるとは情けない奴め。敗れるのがそんなに怖いか?」
誰でも分かるような煽りを、今だけは目を瞑る。
「……これは戦略的撤退だ。俺がやられたら、誰もユニを助けられないからな」
半分は敵に、もう半分は自分に言いながら、悠斗はロットの手綱を強めに握った。
「退き際を心得ているとは、学生にしては上出来だ。流石は半年も悪鬼と戦っていただけはあるな」
「なんとでも言え……だが」
振り向き、空いた右手に収まる聖槍をアンタレスに向けて投げつける。
変身もしていない、純粋な力による投擲は最も容易く避けられてしまう。
「次はない、と肝に銘じておけ」
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