欲望を求める騎士

小沢アキラ

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四章 暴かれる真相

第二十三話

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 二〇六七年六月三日、金曜日──。

 意識を取り戻した俺は、自宅のソファに座りながら、今の状況を整理していた。
 拓実との戦いから丸三日が過ぎていると、ユニが教えてくれた。
 それだけ気を失っていたという事は、駒の二つ使用による副作用が強力という事だ。その為か今日は大事をとって学校は休むよう念を押された。
 だが、幸いこの三日のうちに悪鬼が現れた様子はないらしい。冬馬さんの容体も安定しているし、俺が倒れているあいだに何も起こらなかったのは良いことだ。
 ユニが淹れてくれた紅茶を飲もうと手を伸ばすと、スマホが突然鳴り響いた。
 手に取ると、着信表示にユニと出ている。
 忘れ物かな……そう思いながら、俺は大きく深呼吸をし、電話に出た。
「やぁ」
 電話の向こうから聞こえてきたのは、男の声だった。
「俺が誰だかわかるよな」
 奴の、もう一人の鎧騎士アーマーナイトの声……一瞬にして背筋が凍りついた。
伊澤拓実いざわたくみ……⁉︎ どうしてお前が⁉︎」
「これがユニの電話って事は、どういう事かわかるよな……?」
「ユニちゃんはッ!」
 俺は怒鳴った。
 ユニちゃんの身に何かが起こっている。しかも、それは最悪の事態かも知れない。
 明らかに俺の油断のせいだ。敵が俺しか狙っていないと過信したあまりに、彼女も標的にされる可能性をすっかり忘れていた。
「気になるなら確かめに来い」
 やけに陽気な奴の声に、焦りと苛立ちは最高潮に達した。
 俺は場所を確認してからすぐに電話を切り、召喚したロットに飛び乗った。

 奴が指定した場所は、街外れの廃工場だった。
 崩れかけた屋根に割れたガラス窓、薄汚れた壁に囲まれた屋内からは、古い油の臭いとほこりっぽい臭いが漂ってくる。
「こんな所ににユニちゃんを連れ込むなんて……」
 なんともいえない不快感が込み上げてきた。俺は、怒りに任せてびついたドアを乱暴に蹴飛ばした。
 中に入ると、床には廃材や錆びた機械のパーツが錯乱しており、奥にあるドラム缶の上に、もう一人の鎧騎士アーマーナイト──拓実がいるのが見えた。
「早かったな」
 奴が悪びれる様子もなく手を上げた。
「ユニちゃんはどこだ!」
「取り乱すなよ。がっつく男はモテないぞ」
 俺は奴に詰め寄り、襟首を摑んだ。
「俺が優しいうちに早く答えろ。さもないと殺す」
 奴はニヤつきながら言った。
「君は馬鹿だな」
「あ?」
「そこまで取り乱すと、彼女が君にとって如何に重要な存在かを露見したようなものだ。人質を取られた時点で慎重に行動しなければいけないというのに」
「御託はいい! ユニちゃんはどこだ! 彼女は無事なんだろうな!」
「無事というのは、どこまでの事を言うんだ?」
 俺の怒りは爆発した。
 俺は、力任せに奴をドラム缶から引きずり下ろした。その勢いでドラム缶が倒れ、大きな音が響き渡る。
 地面にくずれた奴の背中を力いっぱい踏みつける。
 奴はウッとうめいたが、それでも軽口を叩くのをやめようとしない。
「ずいぶん乱暴じゃないか。いつもの君らしくないぞ」
「お前に俺の何が分かる……」
 俺は奴を踏む足にさらに力を込めた。奴は苦しそうに答えた。
「心配するな。彼女は別のところでおとなしく待っててもらっている。指一本触れちゃいない」
「本当だろうな? もし嘘なら……」
「信じていい。だからいい加減踏むのをやめてくれないか?」
 俺は大きく舌打ちし、苛立ちに任せ、奴を思い切り蹴飛ばした。
「どこにいる……? 案内しろ」
「それはできないな」
 奴はそう言って、ゆっくりと立ち上がった。
 俺は奴が立ち上がりきるのを待たずに言った。
「正直、幻滅してるよ」
「なにが?」
 奴はもったいぶるように体のほこりをゆっくり払い、改めて俺を見た。
「あんたは自分の信じた正義を貫く覚悟を持った、超えなきゃいけない好敵手ライバルだと思ってた」
「なんだ、間違ってないじゃないか」
「だが違った。あんたは好敵手ライバルなんかじゃない。ただの外道げどうだ」
 制服の袖口から二つの駒を出し、ブレスレットに押し込む。間髪入れずに交差クロスさせ、鎧騎士アーマーナイト双闘クロスに変身する。
「もう好敵手ライバルとは思わない。駆除くじょすべき害虫がいちゅうだ」
 右腰に納刀された白銀の聖剣『シュバリエ』を抜き、奴に斬りかかる。
「ふんっ、変身」
 黒の騎士ナイトを装着し、伊澤拓実いざわたくみが黒の鎧騎士アーマーナイトへと変身する。手にする武器は槍だけでなく、移動手段で使用していた錫杖しゃくじょうもある。
 剣を持って突撃する悠斗に向けて、呪力の弾を射出する。
 飛来する弾を悠斗は巧みに避け、あるいはシュバリエの刃で切り払いながら、拓実に向かって真っ直ぐに振り下ろす。
 対する拓実もまた槍を斬り上げて、それを迎え撃つ。
 刃と刀身が交差し、激突するエネルギーが火花となって散る。鍔迫つばぜり合いの状態でにらみ合う二人の鎧騎士アーマーナイト
「伊澤拓実! なぜユニちゃんをさらった!」
「大義のためだ!」
 両者、弾かれるように飛び退く。
「そんな理由で関係ない子を巻き込むのか!」
「全ては偉大なる大義のため」
 悠斗と拓実は自らの駒を武器に装着。二人のエネルギーが高まっていく。
雷馬突進エレキ・ラッシュ
黒馬突進ブラック・アッシュ
 放たれた必殺の一撃が正面から衝突。力は拮抗きっこうし、相殺され、爆発を起こす。
 拓実の意識が舞い上がる粉塵ふんじんに向いた一瞬の隙をついて、悠斗が一気に間合いを詰めて突きかかる。
 槍と錫杖しゃくじょうを十字に構えて、何とかその一撃を受け止める拓実。
「ユニちゃんを巻き込んでおきながら、何が偉大な大義だ!」
「君には理解できんよ」
「理解する気もない! 今は、お前を倒せればそれでいい!」
 怒りと共に放たれた斬撃が、二刀流による防御さえ破った。よろめき後ずさる拓実。しかしその顔は真っ直ぐに悠斗へと向けて。
「全く……つくづく甘いな、君は」
「なんだと?」
「しかし、だからこそ選ばれたのかもな」
「なんの話をしている!」
 さらに悠斗が追撃する。左腰の剣──くれないの聖剣『キャバリエ』を抜き、目ではとらえきれない速度の連撃を何とか槍と錫杖でしのぐ拓実だが、完全に防ぎきることはかなわず、致命傷を避けるのが精一杯といった様子だった。
「お前の目的は! なぜお前が鎧騎士アーマーナイトに変身できる! お前に力を与えているのは誰なんだ!」
 その時、悠斗の背筋に悪寒が走る。
 伊澤拓実がその仮面の下で冷たい笑みを浮かべた──ように感じたのだ。
「我の目的か。そんなもの決まっている」
 二人の獲物がせめぎ合う中、拓実は言った。
「人類の救済……それこそが、我らが抱く偉大なる大義だ」
 拓実の言葉に、悠斗は僅かながら動揺を見せた。
「欲望に反応する呪物。それを古代文明が残した禁忌の術であり、人類を救済するシステムでもある」
 悠斗の猛攻を受けながら、拓実は語り続ける。
「呪力は依代よりしろの欲望を吸い尽くす事で徐々に独立化どくりつかし、やがて依代よりしろを新たなるステージ──高次元生命体こうじげんせいめいたいへと変貌へんぼうさせる」
「高次元生命体……? 悪鬼のことを言っているのか︎!」
「そうだ。悪鬼は依代の欲望を吸い尽くす事で生まれる高次元な存在であり、人類を救済する為の鍵だ」
「馬鹿なことを言うな! 悪鬼は人類に害を及ぼす敵だぞ! それのどこが救済の鍵だと言うんだ!」
 拓実の語りを全力で否定し、二本の剣を突き刺す。
 だが拓実が語りを止めることはなかった。
「欲望によって生まれた彼等に善悪ぜんあく概念がいねんはない。人類全てが悪鬼になれば誰も傷つかない、陥れない、平和な世界が訪れる」
「ふざけるな! 取り込まれた人達はどうなってもいいって言うのか!」
「自らの欲望に呑まれた結果……つまり自業自得じごうじとくだ。だが安心しろ、依代は彼等に取り込まれた時点で救済きゅうさいされている」
「なに⁉︎」
 互いに大きく飛び退き、構える。
「依代は新たなる種に生まれ変わった事で欲望を無くし、無欲となる。執着しゅうちゃくといった欲望すら無くした依代はおのずと肉体を悪鬼に受け渡し、肉体の呪縛から解き放たれた魂は天に召されていく」
「それって……」
「そう。あの少女がまさにそれだ」
 あの少女とは、冬馬のことだ。
「天に召された魂は輪廻転生りんねてんせいの輪から外れ、永遠の安楽を手に入れられる」
 輪廻転生の輪から外れる。それはつまり、消えた魂が戻ってくることがない事を意味する。
 その考えに至った時、悠斗は反射的に叫んだ。
「……貴様!」
 怒り、拓実に近づく。
「何を怒っている。人類全てが新たなるステージへ行けるのだぞ? 欲望に身を任せずに済む世界の方が、人類の為だろう?」
「違う!」
 怒りつつも悠斗は攻撃の手をゆるめない。決定的な一撃が炸裂し、拓実は膝をつく。
「そんな世界は人の為じゃない! 悪鬼の為の世界だ! 人が人であることを辞めた世界になんの意味がある!」
 悪寒はさらに酷くなる。ここでこの男たちの計画を止めなければならない──悠斗の直感が、そう告げていた。
 まだ立ち上がることのできない拓実に対して、悠斗は一切の容赦なく渾身こんしんの力を込めて、必殺の一撃を繰り出す。
雷・無明斬いかずち・むみょうぎり!』
 白色ホワイトに輝く刃の軌跡が、拓実を両断した。
「ぐああぁ!」
 ガクガク震える黒の鎧騎士アーマーナイトが膝をついた。そして、元の拓実の姿に戻るとバタンと床に倒れた。
 悠斗は、倒れる拓実の背中を踏みつけた。
「言え! ユニちゃんはどこだ!」
「聞けばなんでも答えてもらえると思うなよ」
「……そうか。じゃあ、もうあんたに用はない」
 シュバリエを拓実の首元に据える。
「なにか言い残すことはあるか?」
 この剣を振れば、拓実の命は消える。生殺与奪せいさつよだつの権を握っているのだから、せめて最後の一言ぐらい聞くのが、好敵手ライバルだった者の務めなのかもしれない……。
「ふふふ……」
 その時拓実は、床に倒れたまま静かに笑い出した。
「なにがおかしい。状況がわかっていないのか?」
 誰が見ても拓実の絶望的状況は分かる。笑っている余裕などあるはずがない。
 しかし拓実は笑い声を抑えようとしない。
 疑問気に顔を覗き込むと、不意に言った。
「若い……若いなぁ。笑っちまうほどに」
「どういう意味だ?」
「甘さは捨てろって意味だ。倒せる敵は倒さなきゃ、足元を掬われるぞ!」
 そう言うと拓実は身を反転させ、悠斗の足から逃れた。
「逃すか」
 拓実の背中に向けて剣を突き刺す寸前、異変が起きる。
 背後から、ノイズのような耳障りな音が聞こえてくる。振り向くと、黒いもやのような何かが床を這って悠斗に向かってきていた。
 否、ノイズの正体は無数の擦れ音であり、黒い靄の正体は虫の群れだ。
 大量の虫が一斉に悠斗にまとわりつく。
「なんだコイツは!」
 群がる虫を必死に避ける悠斗。虫はサソリやクモの類いに類似している。
 やがて虫の群れは悠斗から離れると、虚空の一点に集まり──。
「⁉︎」
 無数の虫が『変身』して、ひとつの異形と化した。
 それは例えるならばサソリ怪人とでも表現すべき怪物だ。地球の生態系には存在しない、異形の生命体。
 だが悠斗はこれによく似た存在を知っている。
「悪鬼か⁉︎」
 すぐさま剣を構える。
 サソリ悪鬼の向こうから、拓実の声が聞こえた。
「私を捨て駒にしたんだ。その分は働けよ」
「捨て駒だと……?」
「そう。私の目的は、君をここに留めるための時間稼ぎさ」
 拓実はサソリ悪鬼の肩に手を置くと、不敵な笑みを浮かべた。
「君じゃ彼には勝てないよ。彼は、他の悪鬼とはレベルが違うからね」
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