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四章 暴かれる真相
第二十二話
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そこは真っ暗な世界だった……。
気がつくと、俺はその中に漂うように浮かんでいた。
上も下も分からない。周りには暗い闇が広がっているだけだ。
「……柏木悠斗」
どこからともなく声がした。
突然、目の前に白い靄が現れる。
俺は靄をじっと見据え、ため息混じりに言う。
「久しぶりだな、ロット」
靄はゆっくりと姿形を変えていき、やがて見慣れた機械馬となった。
「何を言う? いつも私を呼んでいるではないか」
「そういう意味じゃなくて、お前と話すのが久々ってこと」
「……君と話すことは特にない」
「お前は俺以上に俺の事を知ってるんだから、今更趣味の話をしたって意味無いもんな」
せせら笑い、両足を闇に向けて下ろすと、足裏に確かな感触が伝わってくる。ピッタリと両足をつけると、円状の波紋が闇全体に広がっていく。
奇妙な浮遊感が落ち着いてから、機械馬と目を合わせる。
コイツは俺が愛用する騎士の駒に宿る呪力だ。
呪力は駒の魂のようなモノで、人間の体を通して具現化されるのだが、俺のようにブレスレットを通して入ってきた呪力は体に留まり、時折夢の中で語りかけてくる。
といっても、向こうが一方的に話しかけてくるだけで、こちらの質問には全く答えてくれない。
「そう身構えるな。君にとっても有意義な時間になるはずだ」
「俺からの質問に答えたことないくせによく言うぜ」
長年付き添った友人に愚痴るように呟く自分がおかしいと、いつも思う。
コイツは友人でもなんでもない。俺の体を虎視眈々と狙う悪鬼なのだ。
「で? 今回はなんのようだ?」
「知れたことを」
嘲笑するロット。
俺はそれに苦笑いで応えた。
「私は言った筈だ。過度に呪力を取り込むなと。ただの人間たる君は私の呪力だけでも限界だというのに、あまつさえもう一つの呪力を取り込むとは、愚かにも程があるぞ?」
「そうしなきゃいけない理由ができたまでだ」
仕方なさそうに笑いながら言うと、ロットは深いため息を頭を振りながら吐いた。
「君たち人間が持つ自己犠牲と言うものは相変わらず理解できん。まぁ……抑えていた欲望を解き放った事は私にとっては吉報だから構わんが、これ以上の無茶は身を滅ぼすぞ」
「ユニちゃんと同じこと言うなよ」
「ユニ……? あぁ、君の戦う理由か」
ロットの何気ない発言に、俺は過度な反応する。
コイツは俺の心に住み着く悪鬼だから、俺以上に俺を知り尽くしている。誰にも話したことのない秘密もコイツには筒抜けだ。
「安心しろ、君の秘密を晒す気はない」
俺の不安を見抜いたロットが素っ気なく言うと、姿を出てきた時と同じ靄に戻していく。
「私は君のことが気に入っている。欲望を出したことで更に好きになった」
「そりゃどうも」
悪鬼に好かれても嬉しくないが、そんなことコイツも承知だろう。
「今回の過剰な呪力摂取の副作用は抜けている。直に目覚めるはずだ。それと、今後は私が呪力を操作するから、君は戦いに専念してほしい」
「分かった。サンキューな」
「礼には及ばん」
ロットの気配が闇の中に消えた。
俺はカッと目を開いた。
目の前に、ユニのどアップがあった。
「うぉっ!」
「わっ!」
お互いの驚く声が合唱のように響き渡った。
あたりを見渡すと、そこはあの海浜公園ではなかった。俺は、自宅のリビングのソファで寝かされていた。
「俺は一体……」
たしか、俺は海浜公園で拓実と戦っていたはず。いつの間に家に帰ってきていたのか?
「私と沙耶香さん、それから局長さんにも手伝ってもらって運び込んだんだよ。でも、悠斗くんの意識がなかなか戻らなくて……でもよかった。ちゃんと起きてくれて」
「ユニちゃん……ありがとう」
状況が分からずにうろたえる俺を見かねたユニに感謝しつつ、俺は尋ねた。
「それで、俺はどれくらいの時間寝てた?」
同日、深夜。
街外れにある古い商業ビル。
老朽化で近く取り壊しが行われるため、ビル内のテナントはほとんど既に引っ越しており、夜ともなれば人気がなくなってしまう。
けれどその日は、屋上にポツンと人影があった。
屋上広告の支柱やエアコン室外機のパイプなどが乱雑に立ち並ぶ中に佇んでいるのは黒の鎧騎士、伊澤拓実であった。
彼が屋上に到着してから、既に三十分ほど経過している。
「いつまで待たせるつもりだ……!」
携帯に届いたメールを確認するために俯き、再び顔を上げた拓実は、自分しかいなかったはずの屋上に、一人の男が佇んでいるのに気づき驚く。
「あんた、いつの間に……⁉︎」
暗い色のローブを羽織った男。
顔は見えないが、近づいて確認しようとは思えないほど、どこか近寄りがたい雰囲気を放っている。
男は拓実に向かって、軽く顎を振ってみせる。
男が示した先を見ると、朽ちたペントハウスへ通じる階段の陰に、銀色のケースが置いてあった。
駆け寄ってケースを開くと、中にはギッチリと一万円の札束が敷き詰められていた。
「……いいのか?」
拓実はケースから手を離し、再び男へ顔を向ける。
「俺は今回、彼に負けているんだぞ? なのに報酬を受け取っていいのか?」
「目的は達している」
「……あんた、いったい何が目的なんだ?」
「答える気はない。君はただ、私の依頼を聞いていればそれでいい」
男は無言できびすを返すと、下階へ通じる非常階段の方へと歩み去る。
「おい、待ってくれ。なんであんたは俺に力を貸すんだ?」
「何度も言わせるな。答える気はない」
「だが──」
「余計な詮索は死を招く」
瞬間、喉元に悪寒が走る。
いつの間にか背後に回っていた男が、喉元にナイフを突き立ててきた。
「君にお金が必要なように、私には君が必要だ。互いの利害が一致する間は干渉しないのが、私たちに結ばれた契約だと忘れたのか?」
拓実は嫌な部分を突かれ、言葉を失う。
「君は黙って私の言う通りにしていればいい。そうすれば損はさせん」
ナイフと共に男が消えると、非常階段から足音が響いてきた。
「またこちらから連絡する。それまでに怪我を治しておけ」
非常階段へ近づき、下方を覗き込むが、もうそこに男の姿はなかった。
「薄気味悪い男だが、奴の正体や目的がなんだろうと、コイツをくれるならかまうものか」
拓実は再びケースを開くと、中に詰まった札束を確認する。
「これだけあれば、ようやくあれができる……」
立ち上がり、屋上の錆びた手すりの向こうに広がる西橋都の夜景を見下ろす。
あの男と出会ったのも、同じく深夜だった。
奴は金に困っていた俺の前に現れると黒の騎士とブレスレットを手渡し、自分の依頼を果たせば報酬として金を払うと言って、一方的に契約を結んできた。
無論、奴の依頼は容易ではない。留置所にいる犯罪者の脱走の手助けや、悪鬼となった少女の護衛と人道を外れるものばかりだった。
しかし、その分払われる報酬は莫大なもので、あと一回の依頼で目的の額を達してしまう。
そう……あと少しなんだ。次の依頼で全てが終わる。
右手を白衣のポケットに突っ込み、ペンダントを取り出す。側面の膨らみを押し、中にある写真を見詰める。
「待ってろ、海斗。もう少しだからな」
気がつくと、俺はその中に漂うように浮かんでいた。
上も下も分からない。周りには暗い闇が広がっているだけだ。
「……柏木悠斗」
どこからともなく声がした。
突然、目の前に白い靄が現れる。
俺は靄をじっと見据え、ため息混じりに言う。
「久しぶりだな、ロット」
靄はゆっくりと姿形を変えていき、やがて見慣れた機械馬となった。
「何を言う? いつも私を呼んでいるではないか」
「そういう意味じゃなくて、お前と話すのが久々ってこと」
「……君と話すことは特にない」
「お前は俺以上に俺の事を知ってるんだから、今更趣味の話をしたって意味無いもんな」
せせら笑い、両足を闇に向けて下ろすと、足裏に確かな感触が伝わってくる。ピッタリと両足をつけると、円状の波紋が闇全体に広がっていく。
奇妙な浮遊感が落ち着いてから、機械馬と目を合わせる。
コイツは俺が愛用する騎士の駒に宿る呪力だ。
呪力は駒の魂のようなモノで、人間の体を通して具現化されるのだが、俺のようにブレスレットを通して入ってきた呪力は体に留まり、時折夢の中で語りかけてくる。
といっても、向こうが一方的に話しかけてくるだけで、こちらの質問には全く答えてくれない。
「そう身構えるな。君にとっても有意義な時間になるはずだ」
「俺からの質問に答えたことないくせによく言うぜ」
長年付き添った友人に愚痴るように呟く自分がおかしいと、いつも思う。
コイツは友人でもなんでもない。俺の体を虎視眈々と狙う悪鬼なのだ。
「で? 今回はなんのようだ?」
「知れたことを」
嘲笑するロット。
俺はそれに苦笑いで応えた。
「私は言った筈だ。過度に呪力を取り込むなと。ただの人間たる君は私の呪力だけでも限界だというのに、あまつさえもう一つの呪力を取り込むとは、愚かにも程があるぞ?」
「そうしなきゃいけない理由ができたまでだ」
仕方なさそうに笑いながら言うと、ロットは深いため息を頭を振りながら吐いた。
「君たち人間が持つ自己犠牲と言うものは相変わらず理解できん。まぁ……抑えていた欲望を解き放った事は私にとっては吉報だから構わんが、これ以上の無茶は身を滅ぼすぞ」
「ユニちゃんと同じこと言うなよ」
「ユニ……? あぁ、君の戦う理由か」
ロットの何気ない発言に、俺は過度な反応する。
コイツは俺の心に住み着く悪鬼だから、俺以上に俺を知り尽くしている。誰にも話したことのない秘密もコイツには筒抜けだ。
「安心しろ、君の秘密を晒す気はない」
俺の不安を見抜いたロットが素っ気なく言うと、姿を出てきた時と同じ靄に戻していく。
「私は君のことが気に入っている。欲望を出したことで更に好きになった」
「そりゃどうも」
悪鬼に好かれても嬉しくないが、そんなことコイツも承知だろう。
「今回の過剰な呪力摂取の副作用は抜けている。直に目覚めるはずだ。それと、今後は私が呪力を操作するから、君は戦いに専念してほしい」
「分かった。サンキューな」
「礼には及ばん」
ロットの気配が闇の中に消えた。
俺はカッと目を開いた。
目の前に、ユニのどアップがあった。
「うぉっ!」
「わっ!」
お互いの驚く声が合唱のように響き渡った。
あたりを見渡すと、そこはあの海浜公園ではなかった。俺は、自宅のリビングのソファで寝かされていた。
「俺は一体……」
たしか、俺は海浜公園で拓実と戦っていたはず。いつの間に家に帰ってきていたのか?
「私と沙耶香さん、それから局長さんにも手伝ってもらって運び込んだんだよ。でも、悠斗くんの意識がなかなか戻らなくて……でもよかった。ちゃんと起きてくれて」
「ユニちゃん……ありがとう」
状況が分からずにうろたえる俺を見かねたユニに感謝しつつ、俺は尋ねた。
「それで、俺はどれくらいの時間寝てた?」
同日、深夜。
街外れにある古い商業ビル。
老朽化で近く取り壊しが行われるため、ビル内のテナントはほとんど既に引っ越しており、夜ともなれば人気がなくなってしまう。
けれどその日は、屋上にポツンと人影があった。
屋上広告の支柱やエアコン室外機のパイプなどが乱雑に立ち並ぶ中に佇んでいるのは黒の鎧騎士、伊澤拓実であった。
彼が屋上に到着してから、既に三十分ほど経過している。
「いつまで待たせるつもりだ……!」
携帯に届いたメールを確認するために俯き、再び顔を上げた拓実は、自分しかいなかったはずの屋上に、一人の男が佇んでいるのに気づき驚く。
「あんた、いつの間に……⁉︎」
暗い色のローブを羽織った男。
顔は見えないが、近づいて確認しようとは思えないほど、どこか近寄りがたい雰囲気を放っている。
男は拓実に向かって、軽く顎を振ってみせる。
男が示した先を見ると、朽ちたペントハウスへ通じる階段の陰に、銀色のケースが置いてあった。
駆け寄ってケースを開くと、中にはギッチリと一万円の札束が敷き詰められていた。
「……いいのか?」
拓実はケースから手を離し、再び男へ顔を向ける。
「俺は今回、彼に負けているんだぞ? なのに報酬を受け取っていいのか?」
「目的は達している」
「……あんた、いったい何が目的なんだ?」
「答える気はない。君はただ、私の依頼を聞いていればそれでいい」
男は無言できびすを返すと、下階へ通じる非常階段の方へと歩み去る。
「おい、待ってくれ。なんであんたは俺に力を貸すんだ?」
「何度も言わせるな。答える気はない」
「だが──」
「余計な詮索は死を招く」
瞬間、喉元に悪寒が走る。
いつの間にか背後に回っていた男が、喉元にナイフを突き立ててきた。
「君にお金が必要なように、私には君が必要だ。互いの利害が一致する間は干渉しないのが、私たちに結ばれた契約だと忘れたのか?」
拓実は嫌な部分を突かれ、言葉を失う。
「君は黙って私の言う通りにしていればいい。そうすれば損はさせん」
ナイフと共に男が消えると、非常階段から足音が響いてきた。
「またこちらから連絡する。それまでに怪我を治しておけ」
非常階段へ近づき、下方を覗き込むが、もうそこに男の姿はなかった。
「薄気味悪い男だが、奴の正体や目的がなんだろうと、コイツをくれるならかまうものか」
拓実は再びケースを開くと、中に詰まった札束を確認する。
「これだけあれば、ようやくあれができる……」
立ち上がり、屋上の錆びた手すりの向こうに広がる西橋都の夜景を見下ろす。
あの男と出会ったのも、同じく深夜だった。
奴は金に困っていた俺の前に現れると黒の騎士とブレスレットを手渡し、自分の依頼を果たせば報酬として金を払うと言って、一方的に契約を結んできた。
無論、奴の依頼は容易ではない。留置所にいる犯罪者の脱走の手助けや、悪鬼となった少女の護衛と人道を外れるものばかりだった。
しかし、その分払われる報酬は莫大なもので、あと一回の依頼で目的の額を達してしまう。
そう……あと少しなんだ。次の依頼で全てが終わる。
右手を白衣のポケットに突っ込み、ペンダントを取り出す。側面の膨らみを押し、中にある写真を見詰める。
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