欲望を求める騎士

小沢アキラ

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三章 二人の鎧騎士

第十八話

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 三十分ほどで意識を取り戻した俺は、病室のベッドに座りながら、今の状況をみんなに話した。
 冬馬さんを救う為に黒の鎧騎士アーマーナイトと戦い、無様に敗れた事。その際に言われた言葉を覚えてる限り話し、明日の正午にまた戦うことになる事を。
「……つまり明日、もし伊澤拓実いざわたくみに敗れたら、悠斗くんと冬馬さんの命はないってことね」
 沙耶香さんが簡潔にまとめ、俺は頷いた。
 今は深夜の十時半。あと十三時間三十分で奴と再戦するが、はっきり言って勝てる気がしない。奴に痛めつけられた体こそなんとか動かせるようにはなったが、鎧騎士アーマーナイトには一回変身出来るか出来ないかだ。変身解除にまで追い詰められたら成す術もなく殺されてしまうだろう。
 俺と奴には埋められない差があり、それは覚悟だと言っていた。
 呪力に差はないが、俺は完膚なきまでに敗れた。それは奴の覚悟が本物である証拠だ。
 大義を果たす為ならば人道を外れる覚悟。奴にどういった大義があるのかは不明だが、その差はとても一朝一夕いっちょういっせきで埋められるものではない。
 どうする……? どうすれば、奴を倒せる?
「こら、また一人で悩んでる」
 一人唸りながら頭を悩ませていると、不意に後頭部をツッコミと同時に軽く叩かれた。いつの間にか俯いていた顔を上げると、不満気な面立ちのユニと目が合う。
「そうやってすぐ抱え込んで。全く反省してないでしょ?」
「いやいやしてるよ。これは癖だから仕方ないんだ」
「悠斗くんは治さなきゃいけない癖が多すぎ。今度はその癖の矯正でも始める?」
「今は他ので精一杯だから後々のちのちで……」
 乾いた笑いで流すも、ユニの目は結構本気だ。
 ユニは俺の悪い癖を治す為ならば強引な手段を取ってくる。二度寝癖の矯正に悪鬼察知のアラームで対応したりと、かなりの荒技を平気で命じてくる。
 他にも月のお小遣い・光熱費・通信費も厳しく管理されているので、家ではユニに頭が上がらない。
 だが、その厳しさ故に家計は大助かりなので文句はない。俺なんかよりもずっと先々を見据えて計画を練れる彼女がいなければ、今頃俺は常日頃バイト三昧だろう。
 改めて考えると、俺は見えない所でユニに助けられて、守られていた事が分かる。俺一人じゃ戦いにしか意識を向けられず、家事・食事が疎かになっていただろう。日に日に弱っていき、いずれ倒れていたと思うとゾッとする。
 陰ながらサポートしてくれたユニには感謝してもしきれない。近いうちに感謝の意を込めてプレゼントしてあげよう、と考えながら笑うと、ユニが怪訝な顔で首を傾げた。
「どうしたの? 急に笑って」
「ユニちゃんには感謝しかないなぁ、て思っただけ」
 思わず口走ると、ユニは顔をぱっと紅葉よりも赤く染めながらそっぽを向き、早口で言った。
「な、なな何言い出すの急に!」
「いやさ、ユニちゃんがいてくれたお陰で、今の俺がいるんだなって気付いたんだよ」
 耳まで赤く染めるユニの手を握ると、ピクっと可愛らしい反応で応えてきた。仄かに温かい手を握りながら、心の内を語った。
「両親を無くしてからずっと、家に帰るのが嫌だったんだ。昨日まであった当たり前がいきなり無くなって、もう戻らない事を認めたくなくて……家に帰らずに公園で過ごす日が多かった」
「……知ってるよ」
 ユニは、顔を明後日の方を向きながらも頷いてくれた。
「でも、君と出会って嫌じゃなくなったんだ。家で待ってる人がいて、帰ったら『おかえり』って言われるのが嬉しくてさ。……ユニちゃんには本当に感謝してる」
「別にお礼なんかいらないよ。私、戦い終わった悠斗くんに『おかえり』って言うのが好きだから言ってただけだよ」
「ユニちゃんからしたら何気なくても、それが俺を救ってくれたんだ」
 微笑みながら言うと、ユニは握った手に力を込めてきた。更に密着され、手の温度がじんわりと広がっていく。
「……そういう恥ずかしい事は話さなくていいのに」
「感謝はちゃんと伝えなきゃ。ユニちゃんがいてくれたから、俺は今日まで戦って……」
 そこまで言った瞬間、行き詰まっていた思考に、一閃いっせんの光とユニの言葉が差し込んだ。
 ユニがいてくれたから、今の俺がいる。戦えないユニに代わって俺が戦い、知識のない俺に代わってユニが策を講じる。互いに足りない部分を補う事で、俺たちは完璧に近づくことができた。
 一人では強くなれない。自分の弱さを補ってくれる仲間がいて、初めて完璧になれる。それは人間に限った話じゃない。
 食べ物の相乗効果そうじょうこうかのように、この世には複数の物事が影響しあい、効果を増幅させる組み合わせが無数に存在する。
「……いけるかもしれない」
 静かに、だが確信を持ちながら呟く。
 天啓だ。この発想は、さっきまでの俺では思いつかなかった。個人の限界を認め、頼ることを知らなければ思いつけない発想。最初から仲間を頼っていれば、もしかしたらすぐに思いついていたかもしれない。
 それほどまでに単純な発想に今頃気付くとは、なんて愚かなんだろう。もっと早く気付いていれば、余計な犠牲が出ずに済んだかもしれないのに。
 だが、ここに至るまでの過程を否定する気はない。
 痛みや悲しみ、後悔といった多くの失敗があって初めて俺は俺になれた。その傷跡を否定するのは、俺を支えてくれた人達を否定するのと同じ。
「ユニちゃん、頼みたいことがある」
 まだ明後日の方を向くユニに言うと、顔を向けずに「なに」とだけ訊いてきた。
「すぐに作ってもらいたいのがあるんだけど、いいかな?」
「作る? なにを?」
「それはね…………」

 思いついた発想を実現できるアイディアを伝え終えると、ユニは一才の躊躇ためらいなく頷いてくれた。
 だがその表情は少しだけ暗く、不安そうだった。
「……一応作ってみるけど、大丈夫? 身体への負担とか」
「分からない。けどやってみる価値はある」
 今のままでも副作用は克服できていない。その状態で更に無茶を重ねるのは得策とは言えない。
 しかし、変化を恐れていては何も変わらない。冬馬さんを助けるには、無理を承知で動くしか道はない。
 俺の覚悟を察したのか、ユニはこれ以上は何も言わずに立ち上がり、扉に歩いて行った。
「明日には間に合わせるよ」
「ああ……頼んだよ、ユニちゃん」
 今の言葉をどう受け取ったのか分からないが、ユニの顔が一瞬だけ明るくなった。
 結構無茶な注文なのに、どうして嬉しそうなのかと、一瞬だけ悩んだが、すぐに察する。
 思えば初めてかもしれない。ユニに無茶なお願いをするのは。
 今まで無意識に彼女に頼るのを遠慮していた。そのせいで極力頼み事はしてこなかったし、したとしても無理難題を押しつけてこなかった。
 今回のは違う。コンタクトのように応用品ではなく、新しい装置を一から作って欲しいと頼んだ。
 普通ならば嫌がるだろうに、嫌な顔せずに引き受けるなんて、よっぽど嬉しかったんだろう。
「……それで沙耶香さん。あなたにもお願いしたいことがあります」
 空気を徹してくれていた沙耶香さんに顔を向けると、こちらも何故か笑っている。
「お願いってなぁに?」
 変に上機嫌で不気味だが、構わず言う。
「急ぎじゃなくていいので、伊澤拓実いざわたくみについて調べてもらえませんか? 奴の学生証には住所も書いてあったので」
「個人情報を探れって事ね」
「警察の、主に局長の権力を使えばなんとかなるでしょ? 些細な事も見逃さないようお願いします」
 学生証に記されていた名前と住所、生年月日に大学名を覚えてる限りメモした紙を手渡すと、沙耶香は若干引きつった笑みのまま頷いた。
「会った時から思ってたけど、やっぱり高校生とは思えないほど用心深いのね」
「褒め言葉として受け取っておきます。それじゃ頼みましたよ」
「了解。早速署で調べさせてもらうけど、悠斗くんはどうするの?」
「俺は寝ます。疲れたんで」
 そう言いやすぐにベッドで横になる。時計は十一時を回ろうとしているので、そろそろ寝ておかないと明日に響く。
「そう、おやすみなさい。明日は朝九時に局長が迎えに来るから」
「了解です」
 答えると、扉の閉まる音が返ってきた。
 羽毛布団にくるまり、両眼を閉じると、さっきまでの光景が自然と蘇ってきそうになる。
 人前で泣いたのはいつぶりだろうか? 覚えてる限りだと、両親の葬式以降ない。
 ずっと我慢していたものを吐き出せたせいか、妙にスッキリした気持ちだ。
 ──そうか……。
 両親を無くした時から、俺は無理して生きる理由がなくなっていた。
 だけど、今日この瞬間に見つけられた。
 俺が生きる理由は、俺を信じてくれる、助けてくれる仲間を守る事だ。
 
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