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二章 もう一人の鎧騎士
第十四話
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悪鬼の姿が昨日よりも歪になっているのは、欲望の歪みが大きく関係している。昨日の時点では背中に翼は生えていなかった。
声帯も不明瞭になっている。悪鬼になる前から冬馬の精神が不安定だった点を鑑みるに、時間は残されていない。
両肩の大砲を二挺のロングライフルに変え、両手に一挺ずつ持つ。
「……ごめん」
俺がもっと早く気付いてあげていれば、冬馬が悪鬼になる事もなかったかもしれない。
自分の不甲斐なさが憎い。関係ない人を巻き込んで、命を危険に晒している自分が憎い。
「絶対に助ける! 俺の命をかけてでも!」
弾を放つも、悪鬼は身軽な動作で回避する。そのまま流れるように両翼を羽ばたかせ、天高く飛び上がった。
銃口を向けるも、動き回っているせいで照準が追いつかない。
「ほら、受けトッてかしワギくん! 私のアイを!」
両翼手から火球を複数生み出すと、上空から爆撃の如き勢いで放ってきた。
ライフルで迎撃するも、圧倒的な物量に押し負けてしまい、何個か直撃する。
「グッ‼︎」
火球が当たるとすぐに小爆発が起こり、耐えられずその場で膝をつく。
「ほらホら! よそ見シチャだメだよカシわぎくん!」
上を向くと、今度は苦無に変化させた火球を空中に待機させている。
「コレで……終わリ!」
両翼手を振り下ろすと、炎の苦無が一斉に降り注ぐ。
鎧変化していない戦車では避けきれない。かと言ってこれ以上の被弾はまずい。
「くそッ‼︎」
やられるよりかはマシだと自分に言い聞かせながら、ライフルの銃口を下に向ける。出力を三十から五十に、弾の種類を『エネルギー』に変える。
反動の少ない『実弾』と違い、『エネルギー』は出力を上げる事に反動も強くなる。四十で仰け反り、五十を越えれば大きく後ろへ吹き飛んでしまう扱い難い弾だ。
しかし、使い方を変えれば大いに役立つ。
銃の角度を若干傾け、二挺同時に発射。高出力による反動を推進力に代え、苦無の攻撃範囲から逃れる。
このように敵に撃つ以外にも、移動したい方向とは逆向きに撃つことで早く動く事もできる。
とはいえ、この方法は緊急時以外は使いたくない。
俺自身が動くほどの出力を空振りするのは非効率だし、出力五〇%を連続で撃てば、短期戦型の鎧ではあっという間に燃料切れで変身解除してしまう。
だからこの手を使うのは後がない時。
もしくは、敵の虚をつく時……まさに今だ。
よもや思いもしまい。戦車に背後を取られるとは。
避けるだけならば直線上に撃つだけで事足りる。敢えて斜めに撃ったのは、空に上がるためだ。
逆噴射はなにも攻撃を避ける為だけにやったわけじゃない。推進力を使って飛翔し、背後から悪鬼を狙い撃つのが本命だ。
素早く弾を『エネルギー』から『実弾』に切り替え、悪鬼の後頭部に照準を合わせる。
呪力の逆噴射と苦無で舞い上がった粉塵によって、悪鬼は俺の姿を見失っている。
この距離なら外さない。気付いても避けられない。
勝利を確信し、引き金に指を置いた直後。
脳裏に一瞬だけ、依代の姿が映る。
──冬馬さん。
さっきまで普通に笑っていた彼女を思い出した瞬間、無意識に照準を両翼に変え、引き金を引く。
弾は翼を貫き、羽を散らす。
「嘘ッ⁉︎」
奇襲に動揺した悪鬼に畳みかけるように、左のライフルを『エネルギー』に変え、背後に放つ。
左腕に来る負担を耐え、悪鬼の背中に飛び乗る。
「カシワぎくん⁉︎」
もう冬馬の声は欠片も残っておらず、鳥類を思わせる甲高い声で名を呼んできた。
侵食の早さが戦車の比じゃない。早く駒と分離しなければ冬馬の精神が危ない。
ライフルを平行連結させ、銃口を悪鬼の頭部に突きつける。
──躊躇うな! 冬馬を助けたいなら、今倒すしかない!
過ちを犯したあの日から覚悟していた事だ。知人が依代になっても迷わず倒すと。
力を得た者として、生半可な覚悟で戦えば誰も救えない。依代も、自分も。
数秒前の自分に言い聞かせるように胸中で叫び、今度こそ終わらせる為に引き金に指をかけ──。
『必殺業・黒狐の咆哮』
弾を放つ寸前、地上から聞き覚えのない機械音声が流れてきた、次の瞬間。
俺の周囲を、無数の赤黒いレーザーが取り囲んでいた。
「なにッ⁉︎」
いつの間に。いや、それよりもこれはまずい。
ライフルの連結を解除し、そのまま大きく腕を開く。二挺のライフルを左右一直線に構えると、レーザーに向けて照射する。
自分を中心に左右方向に高威力かつ巨大なビームの線を形成し、その状態で回転。射線上の対象を薙ぎ払おうと試みる。
が、ビームは宙に留まり続けている。
宙に留まる無数のレーザー……。僧侶の必殺技に似ている。
「まさか……」
今になって気付き、悪鬼の背中から飛び降りる。
赤黒いレーザーが動くのと同時に、ライフルを斜めに放つ。逆噴射を使って逃れようとするも、動き出したレーザーは意思があるように軌道を変え、一つ残らず俺の方へ向かってくる。
間違いない。これは僧侶の必殺技『天狐の咆哮』だ。敵の急所を的確に攻撃する、僧侶の特性たる『精密』が活かされた技。
僧侶の攻撃で戦車の装甲を破ることはできない。しかし鎧騎士といえど、人体の構造上鎧で覆えない部分はある。
普通に戦っている分には狙われる恐れはないが、僧侶の特性を以ってすれば話は別だ。
攻撃が当たれば負ける。しかし、このままでは一方的に消耗するだけ。
「だったら!」
照射を止め、ライフルをもう一度平行連結する。コンタクトに表示された充填率が六十に達した所で発射し、迫り来るレーザーを迎え撃つ。
当然、レーザーは当たる直前に二つに分かれて回避してくる。
その様子を見て、ほくそ笑んだ。
レーザーが迎撃できない事はさっき試した。
だから、最初からレーザーなど無視していた。
逃げてもいずれやられるぐらいなら、目的を完遂してからやられるだけだ。
俺の目的は冬馬を駒から分離すること。その為にも、悪鬼を必殺技で仕留めなければならない。
戦車の必殺技『陸亀砲火』は、どれだけ離れていようがお構いなしの高火力を叩き出せる。
そう……離れていても関係ない。
だから撃った。離れた標的を倒す為に。
レーザーに避けられながらも直進するエネルギーの塊は、捉えていた標的──悪鬼に直撃する。
「グギャァァァァァァ‼︎」
悪鬼の甲高い悲鳴を耳で捉えてから、更に引き金を押す。出力が徐々に上がっていくに連れて反動が強まっていくが、止めずに上げていく。
『呪力残量、残りわずか。これ以上は危険です』
サポートAIの注意勧告を掻き消す勢いで、俺は叫んだ。
「俺の全部を……くれてやる!」
右目全体が赤色に染まっていき、右側の視界を埋め尽くす警告メッセージが表示される。
それでも俺は、照射を止めなかった。
「わ、ワタシは! ワタシはわたシはわたしハワタシワタシワタハ!」
エネルギーの奔流に呑まれた悪鬼は、支離滅裂な悲鳴を上げている。
「ナンでナノ、かしわギくん! なんデ、こんナ酷イことスルの!」
痛々しくもがきながら訴えてくる悪鬼──もしかしたら冬馬の本心への答えに口籠る。
彼女からのサインに気付いてあげず、気付いても真剣に考えなかった。話を逸らして、見て見ぬふりを繰り返していた。
今になってようやく気付く。悪鬼が放つ言葉は全て、彼女が胸の内に秘めていた心の叫びだった事に。
内気な彼女が、好きな人に想いを伝える為に命をかけた。
なら俺も、逃げるわけにはいかない。彼女の気持ちに、真剣に答えなければならない。
最大出力の反動に耐えられず、鎧の破片が飛び散る。欠片が複眼に直撃すると、甲冑にヒビが入る。露わになった右目で悪鬼と分離しかけている冬馬を凝視しながら、大声で叫ぶ。
「君に謝りたいからだ!」
「アヤま……る?」
「今更遅いってわかってる……でも俺は謝りたいんだ! 君の気持ちに気付いていながら、真面目に考えようとしなかったことを! 君の勇気を蔑ろにしたことを!」
両腕の関節が反動に耐え切れず、血を噴き出す。鎧も少しずつ粒子となって消えていく。
もう時間がない。
最後の力を振り絞る。
「俺は君に謝りたいんだ! だから悪鬼なんかに取り込まれないで、早く出てきてくれ!」
渾身の訴えが終わるのと同時に、照射が止まる。呪力が切れたんだ。
「……冬馬!」
見ると、地面で横たわっている。気を失っているんだろうか、その場からピクリとも動かない。手には黒の僧侶が握られている。
どうやら分離に成功したみたいだ。毎度のことながら肝を冷やす。
『何を呆けている』
安堵したのも束の間、周囲をレーザーに取り囲まれているのに気付く。
──しまった! と思うより早く、レーザーが動く。
呪力切れのせいで鎧が維持できず、所々露わになっている。
「グァァァァッ‼︎」
容赦なく突き刺さる激痛によって、悲痛の声が上がる。吊っていた糸を切られた人形さながらに、空中から落ちていく。
鎧騎士に備えられた、使用者の生命が危険時に発せられるアラームが内部に鳴り響く。それほどまでに強烈な攻撃を受けてしまったせいで、体が動かない。
地面に吸い込まれるように落下し、背中が強く叩きつけられる。肺の中から息を一気に押し出される感覚によって、薄れた意識がすぐに目覚める。
まるであの世とこの世の境目にいるみたいだ。酸素が頭にまで回ってないせいで考えがまとまらない。
『まずは見事、と言っておこう』
生き者から発せられてるとは思えない渋声が真上から聞こえ、顔をずらして確認する。
そこにいたのは──黒のローブを着た黒の鎧騎士だった。左手に黒の盾を持っており、右手で紫の錫杖を握っている。
『少女を救う為に自らを省みない覚悟には敬服するよ。だが』
錫杖の先端についた穂先を首元に突きつける。ひんやりした質感が伝わり、金縛りにあったように身動きが取れなくなり、荒い呼吸を無理やり鎮める。
『私を前に無防備な姿を晒すのは誤りであったな。少年』
錫杖を振り上げ、穂先を首に突き刺そうとしてくる──が。
紙一重の位置に突き刺し、黒の鎧騎士はそのまま踵を返した。
『しかし、無防備な者を殺めるほど、私は愚かではない。それに、この程度ならいつでも殺める事ができる。次の機会にさせてもらおう』
捨て台詞を吐くと、突如開かれた闇へと姿を消した。
結局何がしたかったのか分からず終いだが、今優先すべき事は別にある。
震える足を叩きながら這いずり、横たわる冬馬を許される限界の強さで揺さぶる。
「起きろ冬馬……起きてくれ」
呼びかけるも、動きはない。脈も正常で呼吸もできているから死んでいるわけではない。救急車を呼べば助かる。
スマホを取り出そうとするが、黒の鎧騎士と悪鬼にやられた傷が疼き、手元から落としてしまう。
「くそっ……折角助けたのに」
痺れる腕を動かそうとするが、力が入らない。
意識も朦朧としてきた。先程まで燃えるように熱かった全身が、今度は氷水に漬けたように冷えていく。
「……斗! 大丈夫か悠斗!」
聞き慣れた声が耳に届くが、なぜか遠く感じる。
朧げな視界で捉えたのは、店長だった。
「一体何が起きてるんだよ! 嬢ちゃんが化け物になったら、今度は悠斗がよくわかんねー姿になって戦ったり……もう訳がわかんねーよ!」
ニュース見てないのかといつも通りツッコミたいが、そんな余裕はない。
耐え難い苦痛を血と共に吐き出し、微かに和らいだ痛みが再発しないうちに、店長に向けて言う。
「……早く、救急車を。頼む……冬馬だけでも」
喉を切られたかのような嗄れ声もさることながら、一言発するごとに肺や頭蓋といった発声器官に痛みが生じる。
思った以上の消耗してしまった……これは、ユニちゃんに怒られるな。
「悠斗……? おい、しっかりしろ!」
店長が必死に呼びかけているが、声がだんだん遠くなっていく。
瞼も重くなってきた。全身の感覚も薄れていく。
「……ごめん、ユニ」
その一言を最後に、意識が途絶えた。
声帯も不明瞭になっている。悪鬼になる前から冬馬の精神が不安定だった点を鑑みるに、時間は残されていない。
両肩の大砲を二挺のロングライフルに変え、両手に一挺ずつ持つ。
「……ごめん」
俺がもっと早く気付いてあげていれば、冬馬が悪鬼になる事もなかったかもしれない。
自分の不甲斐なさが憎い。関係ない人を巻き込んで、命を危険に晒している自分が憎い。
「絶対に助ける! 俺の命をかけてでも!」
弾を放つも、悪鬼は身軽な動作で回避する。そのまま流れるように両翼を羽ばたかせ、天高く飛び上がった。
銃口を向けるも、動き回っているせいで照準が追いつかない。
「ほら、受けトッてかしワギくん! 私のアイを!」
両翼手から火球を複数生み出すと、上空から爆撃の如き勢いで放ってきた。
ライフルで迎撃するも、圧倒的な物量に押し負けてしまい、何個か直撃する。
「グッ‼︎」
火球が当たるとすぐに小爆発が起こり、耐えられずその場で膝をつく。
「ほらホら! よそ見シチャだメだよカシわぎくん!」
上を向くと、今度は苦無に変化させた火球を空中に待機させている。
「コレで……終わリ!」
両翼手を振り下ろすと、炎の苦無が一斉に降り注ぐ。
鎧変化していない戦車では避けきれない。かと言ってこれ以上の被弾はまずい。
「くそッ‼︎」
やられるよりかはマシだと自分に言い聞かせながら、ライフルの銃口を下に向ける。出力を三十から五十に、弾の種類を『エネルギー』に変える。
反動の少ない『実弾』と違い、『エネルギー』は出力を上げる事に反動も強くなる。四十で仰け反り、五十を越えれば大きく後ろへ吹き飛んでしまう扱い難い弾だ。
しかし、使い方を変えれば大いに役立つ。
銃の角度を若干傾け、二挺同時に発射。高出力による反動を推進力に代え、苦無の攻撃範囲から逃れる。
このように敵に撃つ以外にも、移動したい方向とは逆向きに撃つことで早く動く事もできる。
とはいえ、この方法は緊急時以外は使いたくない。
俺自身が動くほどの出力を空振りするのは非効率だし、出力五〇%を連続で撃てば、短期戦型の鎧ではあっという間に燃料切れで変身解除してしまう。
だからこの手を使うのは後がない時。
もしくは、敵の虚をつく時……まさに今だ。
よもや思いもしまい。戦車に背後を取られるとは。
避けるだけならば直線上に撃つだけで事足りる。敢えて斜めに撃ったのは、空に上がるためだ。
逆噴射はなにも攻撃を避ける為だけにやったわけじゃない。推進力を使って飛翔し、背後から悪鬼を狙い撃つのが本命だ。
素早く弾を『エネルギー』から『実弾』に切り替え、悪鬼の後頭部に照準を合わせる。
呪力の逆噴射と苦無で舞い上がった粉塵によって、悪鬼は俺の姿を見失っている。
この距離なら外さない。気付いても避けられない。
勝利を確信し、引き金に指を置いた直後。
脳裏に一瞬だけ、依代の姿が映る。
──冬馬さん。
さっきまで普通に笑っていた彼女を思い出した瞬間、無意識に照準を両翼に変え、引き金を引く。
弾は翼を貫き、羽を散らす。
「嘘ッ⁉︎」
奇襲に動揺した悪鬼に畳みかけるように、左のライフルを『エネルギー』に変え、背後に放つ。
左腕に来る負担を耐え、悪鬼の背中に飛び乗る。
「カシワぎくん⁉︎」
もう冬馬の声は欠片も残っておらず、鳥類を思わせる甲高い声で名を呼んできた。
侵食の早さが戦車の比じゃない。早く駒と分離しなければ冬馬の精神が危ない。
ライフルを平行連結させ、銃口を悪鬼の頭部に突きつける。
──躊躇うな! 冬馬を助けたいなら、今倒すしかない!
過ちを犯したあの日から覚悟していた事だ。知人が依代になっても迷わず倒すと。
力を得た者として、生半可な覚悟で戦えば誰も救えない。依代も、自分も。
数秒前の自分に言い聞かせるように胸中で叫び、今度こそ終わらせる為に引き金に指をかけ──。
『必殺業・黒狐の咆哮』
弾を放つ寸前、地上から聞き覚えのない機械音声が流れてきた、次の瞬間。
俺の周囲を、無数の赤黒いレーザーが取り囲んでいた。
「なにッ⁉︎」
いつの間に。いや、それよりもこれはまずい。
ライフルの連結を解除し、そのまま大きく腕を開く。二挺のライフルを左右一直線に構えると、レーザーに向けて照射する。
自分を中心に左右方向に高威力かつ巨大なビームの線を形成し、その状態で回転。射線上の対象を薙ぎ払おうと試みる。
が、ビームは宙に留まり続けている。
宙に留まる無数のレーザー……。僧侶の必殺技に似ている。
「まさか……」
今になって気付き、悪鬼の背中から飛び降りる。
赤黒いレーザーが動くのと同時に、ライフルを斜めに放つ。逆噴射を使って逃れようとするも、動き出したレーザーは意思があるように軌道を変え、一つ残らず俺の方へ向かってくる。
間違いない。これは僧侶の必殺技『天狐の咆哮』だ。敵の急所を的確に攻撃する、僧侶の特性たる『精密』が活かされた技。
僧侶の攻撃で戦車の装甲を破ることはできない。しかし鎧騎士といえど、人体の構造上鎧で覆えない部分はある。
普通に戦っている分には狙われる恐れはないが、僧侶の特性を以ってすれば話は別だ。
攻撃が当たれば負ける。しかし、このままでは一方的に消耗するだけ。
「だったら!」
照射を止め、ライフルをもう一度平行連結する。コンタクトに表示された充填率が六十に達した所で発射し、迫り来るレーザーを迎え撃つ。
当然、レーザーは当たる直前に二つに分かれて回避してくる。
その様子を見て、ほくそ笑んだ。
レーザーが迎撃できない事はさっき試した。
だから、最初からレーザーなど無視していた。
逃げてもいずれやられるぐらいなら、目的を完遂してからやられるだけだ。
俺の目的は冬馬を駒から分離すること。その為にも、悪鬼を必殺技で仕留めなければならない。
戦車の必殺技『陸亀砲火』は、どれだけ離れていようがお構いなしの高火力を叩き出せる。
そう……離れていても関係ない。
だから撃った。離れた標的を倒す為に。
レーザーに避けられながらも直進するエネルギーの塊は、捉えていた標的──悪鬼に直撃する。
「グギャァァァァァァ‼︎」
悪鬼の甲高い悲鳴を耳で捉えてから、更に引き金を押す。出力が徐々に上がっていくに連れて反動が強まっていくが、止めずに上げていく。
『呪力残量、残りわずか。これ以上は危険です』
サポートAIの注意勧告を掻き消す勢いで、俺は叫んだ。
「俺の全部を……くれてやる!」
右目全体が赤色に染まっていき、右側の視界を埋め尽くす警告メッセージが表示される。
それでも俺は、照射を止めなかった。
「わ、ワタシは! ワタシはわたシはわたしハワタシワタシワタハ!」
エネルギーの奔流に呑まれた悪鬼は、支離滅裂な悲鳴を上げている。
「ナンでナノ、かしわギくん! なんデ、こんナ酷イことスルの!」
痛々しくもがきながら訴えてくる悪鬼──もしかしたら冬馬の本心への答えに口籠る。
彼女からのサインに気付いてあげず、気付いても真剣に考えなかった。話を逸らして、見て見ぬふりを繰り返していた。
今になってようやく気付く。悪鬼が放つ言葉は全て、彼女が胸の内に秘めていた心の叫びだった事に。
内気な彼女が、好きな人に想いを伝える為に命をかけた。
なら俺も、逃げるわけにはいかない。彼女の気持ちに、真剣に答えなければならない。
最大出力の反動に耐えられず、鎧の破片が飛び散る。欠片が複眼に直撃すると、甲冑にヒビが入る。露わになった右目で悪鬼と分離しかけている冬馬を凝視しながら、大声で叫ぶ。
「君に謝りたいからだ!」
「アヤま……る?」
「今更遅いってわかってる……でも俺は謝りたいんだ! 君の気持ちに気付いていながら、真面目に考えようとしなかったことを! 君の勇気を蔑ろにしたことを!」
両腕の関節が反動に耐え切れず、血を噴き出す。鎧も少しずつ粒子となって消えていく。
もう時間がない。
最後の力を振り絞る。
「俺は君に謝りたいんだ! だから悪鬼なんかに取り込まれないで、早く出てきてくれ!」
渾身の訴えが終わるのと同時に、照射が止まる。呪力が切れたんだ。
「……冬馬!」
見ると、地面で横たわっている。気を失っているんだろうか、その場からピクリとも動かない。手には黒の僧侶が握られている。
どうやら分離に成功したみたいだ。毎度のことながら肝を冷やす。
『何を呆けている』
安堵したのも束の間、周囲をレーザーに取り囲まれているのに気付く。
──しまった! と思うより早く、レーザーが動く。
呪力切れのせいで鎧が維持できず、所々露わになっている。
「グァァァァッ‼︎」
容赦なく突き刺さる激痛によって、悲痛の声が上がる。吊っていた糸を切られた人形さながらに、空中から落ちていく。
鎧騎士に備えられた、使用者の生命が危険時に発せられるアラームが内部に鳴り響く。それほどまでに強烈な攻撃を受けてしまったせいで、体が動かない。
地面に吸い込まれるように落下し、背中が強く叩きつけられる。肺の中から息を一気に押し出される感覚によって、薄れた意識がすぐに目覚める。
まるであの世とこの世の境目にいるみたいだ。酸素が頭にまで回ってないせいで考えがまとまらない。
『まずは見事、と言っておこう』
生き者から発せられてるとは思えない渋声が真上から聞こえ、顔をずらして確認する。
そこにいたのは──黒のローブを着た黒の鎧騎士だった。左手に黒の盾を持っており、右手で紫の錫杖を握っている。
『少女を救う為に自らを省みない覚悟には敬服するよ。だが』
錫杖の先端についた穂先を首元に突きつける。ひんやりした質感が伝わり、金縛りにあったように身動きが取れなくなり、荒い呼吸を無理やり鎮める。
『私を前に無防備な姿を晒すのは誤りであったな。少年』
錫杖を振り上げ、穂先を首に突き刺そうとしてくる──が。
紙一重の位置に突き刺し、黒の鎧騎士はそのまま踵を返した。
『しかし、無防備な者を殺めるほど、私は愚かではない。それに、この程度ならいつでも殺める事ができる。次の機会にさせてもらおう』
捨て台詞を吐くと、突如開かれた闇へと姿を消した。
結局何がしたかったのか分からず終いだが、今優先すべき事は別にある。
震える足を叩きながら這いずり、横たわる冬馬を許される限界の強さで揺さぶる。
「起きろ冬馬……起きてくれ」
呼びかけるも、動きはない。脈も正常で呼吸もできているから死んでいるわけではない。救急車を呼べば助かる。
スマホを取り出そうとするが、黒の鎧騎士と悪鬼にやられた傷が疼き、手元から落としてしまう。
「くそっ……折角助けたのに」
痺れる腕を動かそうとするが、力が入らない。
意識も朦朧としてきた。先程まで燃えるように熱かった全身が、今度は氷水に漬けたように冷えていく。
「……斗! 大丈夫か悠斗!」
聞き慣れた声が耳に届くが、なぜか遠く感じる。
朧げな視界で捉えたのは、店長だった。
「一体何が起きてるんだよ! 嬢ちゃんが化け物になったら、今度は悠斗がよくわかんねー姿になって戦ったり……もう訳がわかんねーよ!」
ニュース見てないのかといつも通りツッコミたいが、そんな余裕はない。
耐え難い苦痛を血と共に吐き出し、微かに和らいだ痛みが再発しないうちに、店長に向けて言う。
「……早く、救急車を。頼む……冬馬だけでも」
喉を切られたかのような嗄れ声もさることながら、一言発するごとに肺や頭蓋といった発声器官に痛みが生じる。
思った以上の消耗してしまった……これは、ユニちゃんに怒られるな。
「悠斗……? おい、しっかりしろ!」
店長が必死に呼びかけているが、声がだんだん遠くなっていく。
瞼も重くなってきた。全身の感覚も薄れていく。
「……ごめん、ユニ」
その一言を最後に、意識が途絶えた。
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