欲望を求める騎士

小沢アキラ

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二章 もう一人の鎧騎士

第十四話

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 悪鬼の姿が昨日よりもいびつになっているのは、欲望の歪みが大きく関係している。昨日の時点では背中に翼は生えていなかった。
 声帯せいたい不明瞭ふめいりょうになっている。悪鬼になる前から冬馬とうまの精神が不安定だった点をかんがみるに、時間は残されていない。
 両肩の大砲を二ちょうのロングライフルに変え、両手に一ちょうずつ持つ。
「……ごめん」
 俺がもっと早く気付いてあげていれば、冬馬が悪鬼になる事もなかったかもしれない。
 自分の不甲斐ふがいなさが憎い。関係ない人を巻き込んで、命を危険に晒している自分が憎い。
「絶対に助ける! 俺の命をかけてでも!」
 弾を放つも、悪鬼は身軽みがる動作どうさで回避する。そのまま流れるように両翼を羽ばたかせ、天高く飛び上がった。
 銃口じゅうこうを向けるも、動き回っているせいで照準が追いつかない。
「ほら、受けトッてかしワギくん! 私のアイを!」
 両翼手りょうよくしゅから火球を複数生み出すと、上空から爆撃ばくげきの如き勢いで放ってきた。
 ライフルで迎撃げいげきするも、圧倒的な物量に押し負けてしまい、何個か直撃する。
「グッ‼︎」
 火球が当たるとすぐに小爆発しょうばくはつが起こり、耐えられずその場で膝をつく。
「ほらホら! よそ見シチャだメだよカシわぎくん!」
 上を向くと、今度は苦無くないに変化させた火球を空中に待機させている。
「コレで……終わリ!」
 両翼手を振り下ろすと、炎の苦無が一斉に降り注ぐ。
 鎧変化アーマーチェンジしていない戦車では避けきれない。かと言ってこれ以上の被弾はまずい。
「くそッ‼︎」
 やられるよりかはマシだと自分に言い聞かせながら、ライフルの銃口を下に向ける。出力を三十から五十に、弾の種類を『エネルギー』に変える。
 反動の少ない『実弾』と違い、『エネルギー』は出力を上げる事に反動も強くなる。四十で仰け反り、五十を越えれば大きく後ろへ吹き飛んでしまうあつかにくい弾だ。
 しかし、使い方を変えれば大いに役立つ。
 銃の角度を若干傾け、二ちょう同時に発射。高出力による反動を推進力すいしんりょくに代え、苦無の攻撃範囲から逃れる。
 このように敵に撃つ以外にも、移動したい方向とは逆向きに撃つことで早く動く事もできる。
 とはいえ、この方法は緊急時以外は使いたくない。
 俺自身が動くほどの出力を空振りするのは非効率だし、出力五〇%を連続で撃てば、短期戦型のアーマーではあっという間に燃料切れで変身解除してしまう。
 だからこの手を使うのは後がない時。
 もしくは、……まさに今だ。
 よもや思いもしまい。戦車ルーク
 避けるだけならば直線上に撃つだけで事足りる。敢えて斜めに撃ったのは、空に上がるためだ。
 逆噴射ぎゃくふんしゃはなにも攻撃を避ける為だけにやったわけじゃない。推進力を使って飛翔ひしょうし、背後から悪鬼を狙い撃つのが本命だ。
 素早く弾を『エネルギー』から『実弾』に切り替え、悪鬼の後頭部に照準を合わせる。
 呪力の逆噴射ぎゃくふんしゃと苦無で舞い上がった粉塵によって、悪鬼は俺の姿を見失っている。
 この距離なら外さない。気付いても避けられない。
 勝利を確信し、引き金に指を置いた直後。
 脳裏のうりに一瞬だけ、依代よりしろの姿が映る。
 ──冬馬さん。
 さっきまで普通に笑っていた彼女を思い出した瞬間、無意識に照準を両翼に変え、引き金を引く。
 弾は翼を貫き、羽を散らす。
「嘘ッ⁉︎」
 奇襲きしゅう動揺どうようした悪鬼に畳みかけるように、左のライフルを『エネルギー』に変え、背後に放つ。
 左腕に来る負担を耐え、悪鬼の背中に飛び乗る。
「カシワぎくん⁉︎」
 もう冬馬の声は欠片も残っておらず、鳥類を思わせる甲高い声で名を呼んできた。
 侵食の早さが戦車ルークの比じゃない。早く駒と分離しなければ冬馬の精神が危ない。
 ライフルを平行連結させ、銃口を悪鬼の頭部に突きつける。
 ──躊躇ためらうな! 冬馬を助けたいなら、今倒すしかない!
 過ちを犯したから覚悟していた事だ。知人ちじん依代よりしろになっても迷わず倒すと。
 力を得た者として、生半可な覚悟で戦えば誰も救えない。依代も、
 数秒前の自分に言い聞かせるように胸中で叫び、今度こそ終わらせる為に引き金に指をかけ──。

必殺業ファイナルアタック黒狐の咆哮ブラック・ロアー

 弾を放つ寸前、地上から聞き覚えのない機械音声が流れてきた、次の瞬間。
 俺の周囲を、無数の赤黒いレーザーが取り囲んでいた。
「なにッ⁉︎」
 いつの間に。いや、それよりもこれはまずい。
 ライフルの連結を解除し、そのまま大きく腕を開く。二ちょうのライフルを左右一直線に構えると、レーザーに向けて照射しょうしゃする。
 自分を中心に左右方向に高威力かつ巨大なビームの線を形成し、その状態で回転。射線上の対象を薙ぎ払おうと試みる。
 が、ビームは宙に留まり続けている。
 宙に留まる無数のレーザー……。僧侶ビショップ必殺技ファイナルショットに似ている。
「まさか……」
 今になって気付き、悪鬼の背中から飛び降りる。
 赤黒いレーザーが動くのと同時に、ライフルを斜めに放つ。逆噴射を使ってのがれようとするも、動き出したレーザーは意思があるように軌道を変え、一つ残らず俺の方へ向かってくる。
 間違いない。これは僧侶ビショップ必殺技ファイナルショット天狐の咆哮ヘブン・ロアー』だ。敵の急所を的確に攻撃する、僧侶ビショップの特性たる『精密せいみつ』が活かされた技。
 僧侶ビショップの攻撃で戦車ルークの装甲を破ることはできない。しかし鎧騎士アーマーナイトといえど、人体じんたい構造上こうぞうじょうよろいおおえない部分はある。
 普通に戦っている分には狙われる恐れはないが、僧侶ビショップの特性を以ってすれば話は別だ。
 攻撃が当たれば負ける。しかし、このままでは一方的に消耗しょうもうするだけ。
「だったら!」
 照射を止め、ライフルをもう一度平行連結する。コンタクトに表示された充填率が六十に達した所で発射し、迫り来るレーザーを迎え撃つ。
 当然、レーザーは当たる直前に二つに分かれて回避してくる。
 その様子を見て、ほくそ笑んだ。
 レーザーが迎撃げいげきできない事はさっき試した。
 だから、最初からレーザーなど無視していた。
 逃げてもいずれやられるぐらいなら、目的を完遂かんすいしてからやられるだけだ。
 俺の目的は冬馬を駒から分離すること。その為にも、悪鬼を必殺技ファイナルショットで仕留めなければならない。
 戦車ルーク必殺技ファイナルショット陸亀砲火ガイア・インパクト』は、どれだけ離れていようがお構いなしの高火力を叩き出せる。
 そう……
 だから撃った。離れた標的を倒す為に。
 レーザーに避けられながらも直進するエネルギーの塊は、捉えていた──悪鬼に直撃する。
「グギャァァァァァァ‼︎」
 悪鬼の甲高い悲鳴を耳で捉えてから、更に引き金を押す。出力が徐々に上がっていくに連れて反動が強まっていくが、止めずに上げていく。
『呪力残量、残りわずか。これ以上は危険です』
 サポートAIの注意勧告ちゅういかんこくを掻き消す勢いで、俺は叫んだ。
「俺の全部を……くれてやる!」
 右目全体が赤色に染まっていき、右側の視界を埋め尽くす警告メッセージが表示される。
 それでも俺は、照射を止めなかった。
「わ、ワタシは! ワタシはわたシはわたしハワタシワタシワタハ!」
 エネルギーの奔流ほんりゅうに呑まれた悪鬼は、支離滅裂な悲鳴を上げている。
「ナンでナノ、かしわギくん! なんデ、こんナ酷イことスルの!」
 痛々しくもがきながら訴えてくる悪鬼──もしかしたら冬馬の本心への答えに口籠くちごもる。
 彼女からのサインに気付いてあげず、気付いても真剣に考えなかった。話を逸らして、見て見ぬふりを繰り返していた。
 今になってようやく気付く。悪鬼が放つ言葉は全て、彼女が胸の内に秘めていた心の叫びだった事に。
 内気な彼女が、好きな人に想いを伝える為に命をかけた。
 なら俺も、逃げるわけにはいかない。彼女の気持ちに、真剣に答えなければならない。
 最大出力の反動に耐えられず、アーマーの破片が飛び散る。欠片が複眼に直撃すると、甲冑にヒビが入る。露わになった右目で悪鬼と分離しかけている冬馬を凝視ぎょうししながら、大声で叫ぶ。
「君に謝りたいからだ!」
「アヤま……る?」
「今更遅いってわかってる……でも俺は謝りたいんだ! 君の気持ちに気付いていながら、真面目に考えようとしなかったことを! 君の勇気をないがしろにしたことを!」
 両腕の関節が反動に耐え切れず、血を噴き出す。アーマーも少しずつ粒子となって消えていく。
 もう時間がない。
 最後の力を振り絞る。
「俺は謝りたいんだ! だから悪鬼なんかに取り込まれないで、早く出てきてくれ!」
 渾身の訴えが終わるのと同時に、照射が止まる。呪力が切れたんだ。
「……冬馬!」
 見ると、地面で横たわっている。気を失っているんだろうか、その場からピクリとも動かない。手には黒の僧侶ビショップが握られている。
 どうやら分離に成功したみたいだ。毎度のことながら肝を冷やす。

『何を呆けている』
 
 安堵したのも束の間、周囲をレーザーに取り囲まれているのに気付く。
 ──しまった! と思うより早く、レーザーが動く。
 呪力切れのせいでアーマーが維持できず、所々ところどころ露わになっている。
「グァァァァッ‼︎」
 容赦なく突き刺さる激痛によって、悲痛の声が上がる。吊っていた糸を切られた人形さながらに、空中から落ちていく。
 鎧騎士アーマーナイトに備えられた、使用者の生命いのちが危険時に発せられるアラームが内部に鳴り響く。それほどまでに強烈な攻撃を受けてしまったせいで、体が動かない。
 地面に吸い込まれるように落下し、背中が強く叩きつけられる。肺の中から息を一気に押し出される感覚によって、薄れた意識がすぐに目覚める。
 まるであの世とこの世の境目にいるみたいだ。酸素が頭にまで回ってないせいで考えがまとまらない。
『まずは見事、と言っておこう』
 生き者から発せられてるとは思えない渋声が真上から聞こえ、顔をずらして確認する。
 そこにいたのは──黒のローブを着た黒の鎧騎士アーマーナイトだった。左手に黒の盾を持っており、右手で紫の錫杖しゃくじょうを握っている。
『少女を救う為に自らを省みない覚悟には敬服するよ。だが』
 錫杖しゃくじょうの先端についた穂先を首元に突きつける。ひんやりした質感が伝わり、金縛りにあったように身動きが取れなくなり、荒い呼吸を無理やり鎮める。
『私を前に無防備な姿を晒すのは誤りであったな。少年』
 錫杖を振り上げ、穂先を首に突き刺そうとしてくる──が。
 紙一重の位置に突き刺し、黒の鎧騎士アーマーナイトはそのままきびすを返した。
『しかし、無防備な者をあやめるほど、私は愚かではない。それに、この程度ならいつでも殺める事ができる。次の機会にさせてもらおう』
 捨て台詞を吐くと、突如開かれた闇へと姿を消した。
 結局何がしたかったのか分からず終いだが、今優先すべき事は別にある。
 震える足を叩きながら這いずり、横たわる冬馬を許される限界の強さで揺さぶる。
「起きろ冬馬……起きてくれ」
 呼びかけるも、動きはない。脈も正常で呼吸もできているから死んでいるわけではない。救急車を呼べば助かる。
 スマホを取り出そうとするが、黒の鎧騎士アーマーナイトと悪鬼にやられた傷が疼き、手元から落としてしまう。
「くそっ……折角助けたのに」
 痺れる腕を動かそうとするが、力が入らない。
 意識も朦朧もうろうとしてきた。先程まで燃えるように熱かった全身が、今度は氷水に漬けたように冷えていく。
「……斗! 大丈夫か悠斗!」
 聞き慣れた声が耳に届くが、なぜか遠く感じる。
 おぼろげな視界で捉えたのは、店長マスターだった。
「一体何が起きてるんだよ! 嬢ちゃんが化け物になったら、今度は悠斗がよくわかんねー姿になって戦ったり……もう訳がわかんねーよ!」
 ニュース見てないのかといつも通りツッコミたいが、そんな余裕はない。
 耐え難い苦痛を血と共に吐き出し、微かに和らいだ痛みが再発しないうちに、店長マスターに向けて言う。
「……早く、救急車を。頼む……冬馬だけでも」
 喉を切られたかのような嗄れ声もさることながら、一言発するごとに肺や頭蓋といった発声器官はっせいきかんに痛みが生じる。
 思った以上の消耗してしまった……これは、ユニちゃんに怒られるな。
「悠斗……? おい、しっかりしろ!」
 店長マスターが必死に呼びかけているが、声がだんだん遠くなっていく。
 瞼も重くなってきた。全身の感覚も薄れていく。
「……ごめん、ユニ」

 その一言を最後に、意識が途絶えた。
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