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二章 もう一人の鎧騎士
第十三話
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「店長、俺はいつもので、彼女には今日のおすすめを」
「あいよー」
接客としては最低の対応で済ませ、さっさと調理を始める店長から視線を外し、隣に座る冬馬を見てから言う。
「注文した後に聞くのもあれだけど、本当にお昼ここで良かったの? もっとオシャレな店の方が良かったんじゃ……」
「全然良いよ! 私、一回でいいから天龍堂のラーメン食べてみたかったから!」
珍しくテンションが高い彼女の優しさが辛い。
警察署から帰る際に、時間も相待って俺たちの腹は聞こえるほどの音を鳴らした。せっかくなので昼食を食べて行く事になり、何故か彼女は俺に選択を委ねてきた。
ユニと出会うまでの昼食は自炊かたまに天龍堂で済ませてきた俺には、女の子が喜びそうなお店など分かるはずもなく、結局いつも通りラーメンにしてしまった。
デートとか行ったら絶対幻滅されるだろうに、嫌な顔せずに楽しんでくれる彼女の優しさが、不甲斐ない俺を余計に苦しめる。
「柏木くんはよく来るの?」
勝手に苦しむ俺を気遣うように話しかけられ、一瞬だけ反応に遅れてしまった。
「うん。週に……三回くるか来ないかぐらいだよ」
「週四で来るよ。しかも同じメニュー」
「言わないでよ!」
常連客を平気で裏切る店長にキレて、そのまま口論に発展する俺を見ながら、耐えようにも耐えきれずに、笑みを口角に浮かべた。
「どしたの冬馬さん」
声を出して笑いそうになるのを腰を曲げることで懸命に堪えているのを見て、率直な疑問が出てきた。
「いや、ごめんね。学校と雰囲気が違くて」
指摘されて、自分でも今更ながら気付く。
普段学校では人と距離を置いている。話しかけられても最低限な返事しかしないし、遊びに誘われても断っている。イベント毎の準備も自分の仕事が終わったら残らず帰っている。
協調性のかけらもない無慈悲な委員長。クラスでの印象はそれだろう。
教室では近寄りがたい雰囲気を出しているせいもあって、今の俺は別人に見えているに違いない。だから笑ったのか。
口論で荒げた息を整えながら、俺は訂正を入れた。
「誤解だよ冬馬さん。俺は普段からこうさ」
「全然違うよ。昨日だって先約がいるからって、お昼の誘い断ったじゃん」
「うっ……申し訳ない。代わりにここ奢ります」
悪鬼や警察との交渉で忘れていたのを思い出し、即席の償いを提案する。
「いいよ。気にしてないから」
「いやいや、お嬢ちゃん。ここは素直に奢ってもらっちゃいなよ。悠斗、次いでに今までのツケも払えよ」
「ツケなんかないだろ。てゆうかこの前のお釣り早く払ってよ」
「最後まで食べずに居なくなった奴に払うものなどない」
悪鬼が出たから仕方ないだろ。と言い返そうとしたが、直前で止める。悪鬼の存在が公表されてるとは言え、鎧騎士の正体はまだ知られていない。
「とりあえず、今日は最後まで食べていけよ」
皮肉をそのままニンニクに変えたかのような量のラーメンを出され、俺はこれ以上何も言えず席に着く。黙って割り箸を割ってラーメンを啜り、色んな考えが複雑に絡み合っていた思考を一旦リセットする。
やはり店長のラーメンは、前回最後まで食べられなかったのが今になって悔やまれるほど美味い。嫌な事も辛い記憶もこの瞬間だけは忘れられる。
だが警察と手を組んだ事で、これからは自由な時間が制限されるだろう。今みたいにゆっくりと……いや、今でさえゆっくりとラーメンを食べていられるか分からない状況だ。
あと何回、ここでラーメンが食べられるだろうか。もしかしたら今日が最後になるかもしれないと思うと、今日ばかりはいつも以上に味わって食べたくなる。
「どうだお嬢さん。美味しいか?」
店長は俺ではなく冬馬に訊くと、学校ではあまり見せないほど無邪気な笑顔で応えた。
「はい! とても美味しいです! 柚子の清涼感と後味の良さが濃厚な魚介豚骨のくどさを無くしてて食べやすいです!」
本当に冬馬なのか疑いたく饒舌な食レポに唖然とすると、なぜか店長は嬉しそうに頷いた。
「俺は嬉しいぞ……いつも来る無愛想で生意気な小僧は味の感想なんて言ってくれないのに、君は違う。ちゃんと美味しいって貰えるのがこんなに嬉しいなんて、久しぶりに思えたよ」
さりげなく俺をディスってる件は後で話すとして、演技くさい台詞と泣き方が非常に腹立つ。
「君、名前は?」
「冬馬明里です」
「そうか。冬馬さん、これからも悠斗のこと任せたよ」
「は? 任せた?」
不自然な終わりを指摘すると、店長は何食わぬ顔で答えた。
「何言ってんだよ。彼女だろ?」
「違う」
的外れな答えを否定するも、店長は平然と続けた。
「照れるなって。付き合いの長い俺に真っ先に紹介したいから連れてきたんだろ?」
「全然違う。仮に出来てもあんたには紹介しない」
「なんだとこら! ちゃんと俺にも紹介しろ! お祝いで餃子無料にしたやるから!」
「デート中に餃子なんか食わないよ」
またもや不毛な口論が始まりそうになるが、その前に冬馬に謝罪せねばと、顔を横に向ける。
冬馬は顔を俯かせており、表情が見えない。だが耳まで赤くしているのを見れば嫌なのが分かる。
「冬馬さんごめん。俺みたいな男の彼女なんて誤解されちゃって」
「…………」
「……冬馬さん?」
返事が返ってこず、俯いたまま黙っている。
口も聞きたくないほど怒っているんだろう。店長も反省して何も言わずに、申し訳なさそうな顔で俺を見てくる。
店長と無言で視線を交わせながら、この気まずい空気をどうしようか交信し合うも、いい案が思いつかない。
自分の不甲斐なさが嫌だ。出来る男ならこういった時に気の利いたフォローをするんだろうが、俺にはできない。
「…………いいよ」
落胆する俺の横で、冬馬が小声で何かを呟いた。
「今、なんて言ったの?」
訊くと、今度ははっきりと返した。
「わ、私は彼女でも全然いいよ」
今のを理解するのに、そう時間は掛からなかった。
ありのまま受け止めるならば、俺の彼女でもいいって意味になる。それはつまり、遠回しの告白では……。
その考えに至った途端、顔の温度が高まっていく。体に燃えるような恥ずかしさが襲い掛かり、思わず冬馬から視線を外す。
どういうことだ? 冬馬はなぜ俺に惚れているんだ? 無愛想・無慈悲・生意気・協調性ゼロの俺のどこに惚れたというのだ?
世間には駄目男が好きなマニアック人間もいるしひょっとして彼女も……などと支離滅裂な思考を巡らせていると、黙っていた店長が場を和ませようと話題を振ってくれた。
「と、ところで悠斗。ユニに渡したカメノテはどうだった?」
「……あ、あぁ。とても美味でございましたよ」
思考がめちゃくちゃなせいで言語までめちゃくちゃなものになっている。多分、今はどんな話題を振られてもまともな返事はできない。それほどまでに混乱させられるとは、恋愛とは恐ろしい。
「……柏木くん。ユニって誰?」
突然、真横から噛み付くような質問が飛んできた。
「従姉妹だよ」
「従姉妹……?」
「半年前から一緒に暮らしてて、昨日の朝に店長がくれた食材で味噌汁を作ってくれてさ。それがまた美味しくて……」
ユニの話をし始めた途端、先程までの支離滅裂な思考が徐々にまとまってきた。
「へぇ……従姉妹なのにちゃん付けで呼ぶんだ」
話を遮ったのは、冬馬の含みある指摘だった。
そこで俺は、自分の失言に気付いた。
「それに従姉妹の話なのに随分と楽しそう。まるで……好きな子について話してるみたい」
「と、冬馬さん……? 目が怖いんですが……」
局長は鉄の壁すら貫通するほどの眼光なのに対し、今の冬馬は噛みつきでもするような異様な光を帯びている。雰囲気もどこか恐ろしくなってる。
「……もしかしてさ、昨日の先約ってそのユニって人じゃないよね?」
「あっ、いや……その」
「そうなんだ……私よりも従姉妹を優先するんだ」
「……冬馬さん?」
何か様子がおかしい。ユニに過剰な反応を示しているし、急に攻撃的な言動が増えている。俗に言う『ヤンデレ』に似ている。
まさか冬馬はヤンデレなのか? なんて失礼すぎる考察をすぐに消し去り、とりあえず説得する。
「一旦落ち着いてくれ。昨日は確かにユニちゃんと一緒にいたけど、何も彼女優先で動いてるわけじゃないんだ。たまたま偶然──」
「嘘つかないで‼︎」
突然の怒鳴り声に店長と共に驚き、生まれた隙を突かれてしまう。
「なんで嘘つくの? 私は柏木くんの事が好きなんだよ? だったら嘘なんかつかないで本当の事を話してよ」
これは明らかにおかしい。ヤンデレどうこうなんて話じゃない。
「悠斗。この子大丈夫か?」
「いや、普段はもっと大人しい」
「ねぇ柏木くん。私ね、あなたの役に立ちたくて副委員長になったんだよ? あなたが望むなら嫌な役割も全部引き受けるし、なんだってする覚悟だってあるんだよ? だから答えてよ。私のことどう思ってるのかを」
徐々に寄ってくる冬馬から身の危険を感じ、席から立ち上がる。
「なんで逃げるの? 私、柏木くんを傷つけるような事した? だったら言って、すぐ謝るから!」
「どうしたんだ冬馬さん? 君らしくない……⁉︎」
そこで鋭い衝撃が頭を貫く。
瞼を下ろし、『コンタクトディスプレイ』を起動。冬馬にカーソルを合わせる。名前、性別、誕生日……最後に表示された呪力の有無を見て、息を呑む。
「……君だったのか」
呪力の反応は『有』。つまり、依代……。
俺は無意識に彼女は依代ではないと決めつけていたが、如何に性格が良くても所詮は人の子。内に欲望を秘めていてもおかしくはない。
完全に思考の死角だった。
彼女の言動から察するに、呪力の餌は愛しい者を手放したくない『独占欲』。ユニの名を出してから態度が急変したのは、俺が取られると思ったからだろう。
「柏木くんは私だけのものよ! 誰にも渡さない! 従姉妹だからって独占していい理由にはならないわ!」
だいぶ狂った言葉を言い放つと、懐から黒の僧侶を取り出した。
「やめろ冬馬! それを渡せ!」
駒を取り上げようと駆け寄り、腕を伸ばす。
しかし既のところで手を引っ込められてしまう。
「嫌よ! これがあれば柏木くんは永遠に私のものになる! 絶対に手放したりはしない!」
「目を覚ませ冬馬さん! 間違った方法で手に入れた愛に意味なんかない! 欲望に身を任せれば破滅するぞ!」
「それでも構わない! あなたが側にいてくれるなら! 例え死体でもね!」
もはや人間ではない声で叫び、駒を胸に押し込む。押された箇所に烙印が浮かび、そこから現れた無数の黒羽が冬馬の全身を覆い隠し、黒い閃光を放つ。
閃光が収まると、昨日よりも神々しくなった翼手に、背中に伸びる餓の羽に似た禍々しく悍ましい両翼を持つ悪鬼が現れる。
「あアァー! かしわギくん! あナタは私のモの! 誰にもワタしはシなイ!」
血涙を流す女神像から発せられる言葉は、冬馬と悪鬼の声が混ざっている。まだ侵食率は低いが、依代の精神が不安定で錯乱している。
「……待っててくれ。今助ける」
止められなかった事を悔やみつつ、戦車の駒をブレスレットにセットし、押し倒す。鎧となって出てきた陸亀が装着されると、すかさず大砲を放つ。
悪鬼は四枚の翼で台風を思わせる暴風を巻き起こして弾の軌道を逸らし、背後で爆発させた。
「カシわぎくン! 待ってテネ! 今すグ抱きシメてあゲるから! ワタしの愛をたシカめさせテ上げるカラ!」
身をよじりながら不明瞭な声で叫ぶ姿が直視できず、視線を落とす。
だがすぐに顔を上げ、悪鬼にではなく依代に向けて言う。
「遠慮するよ。君の愛は、俺なんかじゃ受け止めきれない」
「あいよー」
接客としては最低の対応で済ませ、さっさと調理を始める店長から視線を外し、隣に座る冬馬を見てから言う。
「注文した後に聞くのもあれだけど、本当にお昼ここで良かったの? もっとオシャレな店の方が良かったんじゃ……」
「全然良いよ! 私、一回でいいから天龍堂のラーメン食べてみたかったから!」
珍しくテンションが高い彼女の優しさが辛い。
警察署から帰る際に、時間も相待って俺たちの腹は聞こえるほどの音を鳴らした。せっかくなので昼食を食べて行く事になり、何故か彼女は俺に選択を委ねてきた。
ユニと出会うまでの昼食は自炊かたまに天龍堂で済ませてきた俺には、女の子が喜びそうなお店など分かるはずもなく、結局いつも通りラーメンにしてしまった。
デートとか行ったら絶対幻滅されるだろうに、嫌な顔せずに楽しんでくれる彼女の優しさが、不甲斐ない俺を余計に苦しめる。
「柏木くんはよく来るの?」
勝手に苦しむ俺を気遣うように話しかけられ、一瞬だけ反応に遅れてしまった。
「うん。週に……三回くるか来ないかぐらいだよ」
「週四で来るよ。しかも同じメニュー」
「言わないでよ!」
常連客を平気で裏切る店長にキレて、そのまま口論に発展する俺を見ながら、耐えようにも耐えきれずに、笑みを口角に浮かべた。
「どしたの冬馬さん」
声を出して笑いそうになるのを腰を曲げることで懸命に堪えているのを見て、率直な疑問が出てきた。
「いや、ごめんね。学校と雰囲気が違くて」
指摘されて、自分でも今更ながら気付く。
普段学校では人と距離を置いている。話しかけられても最低限な返事しかしないし、遊びに誘われても断っている。イベント毎の準備も自分の仕事が終わったら残らず帰っている。
協調性のかけらもない無慈悲な委員長。クラスでの印象はそれだろう。
教室では近寄りがたい雰囲気を出しているせいもあって、今の俺は別人に見えているに違いない。だから笑ったのか。
口論で荒げた息を整えながら、俺は訂正を入れた。
「誤解だよ冬馬さん。俺は普段からこうさ」
「全然違うよ。昨日だって先約がいるからって、お昼の誘い断ったじゃん」
「うっ……申し訳ない。代わりにここ奢ります」
悪鬼や警察との交渉で忘れていたのを思い出し、即席の償いを提案する。
「いいよ。気にしてないから」
「いやいや、お嬢ちゃん。ここは素直に奢ってもらっちゃいなよ。悠斗、次いでに今までのツケも払えよ」
「ツケなんかないだろ。てゆうかこの前のお釣り早く払ってよ」
「最後まで食べずに居なくなった奴に払うものなどない」
悪鬼が出たから仕方ないだろ。と言い返そうとしたが、直前で止める。悪鬼の存在が公表されてるとは言え、鎧騎士の正体はまだ知られていない。
「とりあえず、今日は最後まで食べていけよ」
皮肉をそのままニンニクに変えたかのような量のラーメンを出され、俺はこれ以上何も言えず席に着く。黙って割り箸を割ってラーメンを啜り、色んな考えが複雑に絡み合っていた思考を一旦リセットする。
やはり店長のラーメンは、前回最後まで食べられなかったのが今になって悔やまれるほど美味い。嫌な事も辛い記憶もこの瞬間だけは忘れられる。
だが警察と手を組んだ事で、これからは自由な時間が制限されるだろう。今みたいにゆっくりと……いや、今でさえゆっくりとラーメンを食べていられるか分からない状況だ。
あと何回、ここでラーメンが食べられるだろうか。もしかしたら今日が最後になるかもしれないと思うと、今日ばかりはいつも以上に味わって食べたくなる。
「どうだお嬢さん。美味しいか?」
店長は俺ではなく冬馬に訊くと、学校ではあまり見せないほど無邪気な笑顔で応えた。
「はい! とても美味しいです! 柚子の清涼感と後味の良さが濃厚な魚介豚骨のくどさを無くしてて食べやすいです!」
本当に冬馬なのか疑いたく饒舌な食レポに唖然とすると、なぜか店長は嬉しそうに頷いた。
「俺は嬉しいぞ……いつも来る無愛想で生意気な小僧は味の感想なんて言ってくれないのに、君は違う。ちゃんと美味しいって貰えるのがこんなに嬉しいなんて、久しぶりに思えたよ」
さりげなく俺をディスってる件は後で話すとして、演技くさい台詞と泣き方が非常に腹立つ。
「君、名前は?」
「冬馬明里です」
「そうか。冬馬さん、これからも悠斗のこと任せたよ」
「は? 任せた?」
不自然な終わりを指摘すると、店長は何食わぬ顔で答えた。
「何言ってんだよ。彼女だろ?」
「違う」
的外れな答えを否定するも、店長は平然と続けた。
「照れるなって。付き合いの長い俺に真っ先に紹介したいから連れてきたんだろ?」
「全然違う。仮に出来てもあんたには紹介しない」
「なんだとこら! ちゃんと俺にも紹介しろ! お祝いで餃子無料にしたやるから!」
「デート中に餃子なんか食わないよ」
またもや不毛な口論が始まりそうになるが、その前に冬馬に謝罪せねばと、顔を横に向ける。
冬馬は顔を俯かせており、表情が見えない。だが耳まで赤くしているのを見れば嫌なのが分かる。
「冬馬さんごめん。俺みたいな男の彼女なんて誤解されちゃって」
「…………」
「……冬馬さん?」
返事が返ってこず、俯いたまま黙っている。
口も聞きたくないほど怒っているんだろう。店長も反省して何も言わずに、申し訳なさそうな顔で俺を見てくる。
店長と無言で視線を交わせながら、この気まずい空気をどうしようか交信し合うも、いい案が思いつかない。
自分の不甲斐なさが嫌だ。出来る男ならこういった時に気の利いたフォローをするんだろうが、俺にはできない。
「…………いいよ」
落胆する俺の横で、冬馬が小声で何かを呟いた。
「今、なんて言ったの?」
訊くと、今度ははっきりと返した。
「わ、私は彼女でも全然いいよ」
今のを理解するのに、そう時間は掛からなかった。
ありのまま受け止めるならば、俺の彼女でもいいって意味になる。それはつまり、遠回しの告白では……。
その考えに至った途端、顔の温度が高まっていく。体に燃えるような恥ずかしさが襲い掛かり、思わず冬馬から視線を外す。
どういうことだ? 冬馬はなぜ俺に惚れているんだ? 無愛想・無慈悲・生意気・協調性ゼロの俺のどこに惚れたというのだ?
世間には駄目男が好きなマニアック人間もいるしひょっとして彼女も……などと支離滅裂な思考を巡らせていると、黙っていた店長が場を和ませようと話題を振ってくれた。
「と、ところで悠斗。ユニに渡したカメノテはどうだった?」
「……あ、あぁ。とても美味でございましたよ」
思考がめちゃくちゃなせいで言語までめちゃくちゃなものになっている。多分、今はどんな話題を振られてもまともな返事はできない。それほどまでに混乱させられるとは、恋愛とは恐ろしい。
「……柏木くん。ユニって誰?」
突然、真横から噛み付くような質問が飛んできた。
「従姉妹だよ」
「従姉妹……?」
「半年前から一緒に暮らしてて、昨日の朝に店長がくれた食材で味噌汁を作ってくれてさ。それがまた美味しくて……」
ユニの話をし始めた途端、先程までの支離滅裂な思考が徐々にまとまってきた。
「へぇ……従姉妹なのにちゃん付けで呼ぶんだ」
話を遮ったのは、冬馬の含みある指摘だった。
そこで俺は、自分の失言に気付いた。
「それに従姉妹の話なのに随分と楽しそう。まるで……好きな子について話してるみたい」
「と、冬馬さん……? 目が怖いんですが……」
局長は鉄の壁すら貫通するほどの眼光なのに対し、今の冬馬は噛みつきでもするような異様な光を帯びている。雰囲気もどこか恐ろしくなってる。
「……もしかしてさ、昨日の先約ってそのユニって人じゃないよね?」
「あっ、いや……その」
「そうなんだ……私よりも従姉妹を優先するんだ」
「……冬馬さん?」
何か様子がおかしい。ユニに過剰な反応を示しているし、急に攻撃的な言動が増えている。俗に言う『ヤンデレ』に似ている。
まさか冬馬はヤンデレなのか? なんて失礼すぎる考察をすぐに消し去り、とりあえず説得する。
「一旦落ち着いてくれ。昨日は確かにユニちゃんと一緒にいたけど、何も彼女優先で動いてるわけじゃないんだ。たまたま偶然──」
「嘘つかないで‼︎」
突然の怒鳴り声に店長と共に驚き、生まれた隙を突かれてしまう。
「なんで嘘つくの? 私は柏木くんの事が好きなんだよ? だったら嘘なんかつかないで本当の事を話してよ」
これは明らかにおかしい。ヤンデレどうこうなんて話じゃない。
「悠斗。この子大丈夫か?」
「いや、普段はもっと大人しい」
「ねぇ柏木くん。私ね、あなたの役に立ちたくて副委員長になったんだよ? あなたが望むなら嫌な役割も全部引き受けるし、なんだってする覚悟だってあるんだよ? だから答えてよ。私のことどう思ってるのかを」
徐々に寄ってくる冬馬から身の危険を感じ、席から立ち上がる。
「なんで逃げるの? 私、柏木くんを傷つけるような事した? だったら言って、すぐ謝るから!」
「どうしたんだ冬馬さん? 君らしくない……⁉︎」
そこで鋭い衝撃が頭を貫く。
瞼を下ろし、『コンタクトディスプレイ』を起動。冬馬にカーソルを合わせる。名前、性別、誕生日……最後に表示された呪力の有無を見て、息を呑む。
「……君だったのか」
呪力の反応は『有』。つまり、依代……。
俺は無意識に彼女は依代ではないと決めつけていたが、如何に性格が良くても所詮は人の子。内に欲望を秘めていてもおかしくはない。
完全に思考の死角だった。
彼女の言動から察するに、呪力の餌は愛しい者を手放したくない『独占欲』。ユニの名を出してから態度が急変したのは、俺が取られると思ったからだろう。
「柏木くんは私だけのものよ! 誰にも渡さない! 従姉妹だからって独占していい理由にはならないわ!」
だいぶ狂った言葉を言い放つと、懐から黒の僧侶を取り出した。
「やめろ冬馬! それを渡せ!」
駒を取り上げようと駆け寄り、腕を伸ばす。
しかし既のところで手を引っ込められてしまう。
「嫌よ! これがあれば柏木くんは永遠に私のものになる! 絶対に手放したりはしない!」
「目を覚ませ冬馬さん! 間違った方法で手に入れた愛に意味なんかない! 欲望に身を任せれば破滅するぞ!」
「それでも構わない! あなたが側にいてくれるなら! 例え死体でもね!」
もはや人間ではない声で叫び、駒を胸に押し込む。押された箇所に烙印が浮かび、そこから現れた無数の黒羽が冬馬の全身を覆い隠し、黒い閃光を放つ。
閃光が収まると、昨日よりも神々しくなった翼手に、背中に伸びる餓の羽に似た禍々しく悍ましい両翼を持つ悪鬼が現れる。
「あアァー! かしわギくん! あナタは私のモの! 誰にもワタしはシなイ!」
血涙を流す女神像から発せられる言葉は、冬馬と悪鬼の声が混ざっている。まだ侵食率は低いが、依代の精神が不安定で錯乱している。
「……待っててくれ。今助ける」
止められなかった事を悔やみつつ、戦車の駒をブレスレットにセットし、押し倒す。鎧となって出てきた陸亀が装着されると、すかさず大砲を放つ。
悪鬼は四枚の翼で台風を思わせる暴風を巻き起こして弾の軌道を逸らし、背後で爆発させた。
「カシわぎくン! 待ってテネ! 今すグ抱きシメてあゲるから! ワタしの愛をたシカめさせテ上げるカラ!」
身をよじりながら不明瞭な声で叫ぶ姿が直視できず、視線を落とす。
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