欲望を求める騎士

小沢アキラ

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二章 もう一人の鎧騎士

第十二話

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 初老しょろうの男性──地方警察局長ちほうけいさつきょくちょうは、まず沙耶香さやか一瞥いちべつしてから、俺に目線を向けた。
 まるで鉄の壁すら射通いとおしそうなするどい視線によって、入る前の緊張きんちょうが何倍にもふくがってきた。
 しかし、改めて見ると凄い存在感だ。スーツ越しでも分かるほど鍛錬たんれんされている筋肉に、おとろえているのかうたがいたくなる若々しい肌。堂々とした体つきが周りを威圧しているのか、空気も重く感じる。
 テレビでは何も感じなかったが、対面して分かった。この人は只者ただものじゃない。
 だが……そんな事よりも気になる点がある。
「…………」
 局長は何故か、部屋に入るなり俺を無言で睨み続けている。威圧感と厳格な雰囲気が相まって、とても息苦しい。
 誰でもいいからこの状況をどうにかしてくれと、人知れず必死に願った瞬間、空気を悪くしてる原因に動きがあった。
 恐ろしく厳粛げんしゅくした顔を突然、満足そうにほころばせる。そして、先ほどまでの厳格さをそのまま声にした声質せいしつではなく、晴れ晴れした声で言った。
「やぁやぁ! はじめまして、悠斗
「……ゆ、悠斗?」
 突然のちゃん付けに戸惑とまどっていると、
「立ちっぱなしも疲れるでしょ? 遠慮えんりょなく座って! 沙耶香さやかちゃん、悠斗ちゃんにお茶と茶菓子ちゃがし……そうだな、この前の出張土産に買った八ツ橋、出してあげて」
「了解です、局長」
 無感情の返事をして、逃げるように部屋から去る沙耶香を呆然と眺めていると、またもや局長が声を発した。
「どうしたの悠斗ちゃん! そうかしこまらずに楽にしてていいよ! さぁほら!」
 盛大な拍手と笑い声を上げながら座るよううながされてしまい、俺はみぞおちを打たれたように声も立てられずただ黙って従った。
 局長もにこやかな笑顔を一切損なわずに来客用のソファーに腰掛け、ニコニコしながら俺を見ている。はっきり言って気持ち悪い。
 完全に予想外だった。いかつい雰囲気やたたずまいから冗談じょうだんの通じない厳格げんかくな性格の持ち主かと思っていたが、まさか初対面の人をちゃん呼びするほど気さくで親しみやすい性格の方だったとは。
 これからはあまり先入観せんにゅうかんをあてにしないようにしよと勝手に決心すると、お茶と八ツ橋を取りに行っていた沙耶香さやかが戻ってきた。
 まず俺の前に、次に局長の前にお茶と茶菓子を置くと、一礼してからそそくさと退散する。音もなく一言も発さず退散する辺り、長居したくないんだろう。
「どうしたの悠斗ちゃん。お茶飲まないで? まさかジュースの方が良かったりする?」
「あっ、いや……いただきます」
 衝撃が抜け切れていないせいで反応に遅れてしまい、慌てて湯呑ゆのみを口に運ぶ。一度局長を見ると、やはり笑顔のまま俺を見ている。
 違う意味で緊張しながらほろ苦い茶を飲み終えると、間髪入れずに局長が聞いてきた。
「どう? 美味おいしい?」
「美味しいです」
「そっか! 良かった」
 またもや盛大な拍手と笑い声を上げている。無礼を承知で考えてしまうが、少しめんどくさい。
「しかしありがたいね。こっちから会いに行こうと思ってたけど、まさか悠斗ちゃんから来てくれるなんて。手間が省けて助かったよ」
「……手間が省けた?」
「そうそう。実はね、近いうちに謝罪しようと思ってたんだよ」
 そう言うと局長はその場で立ち上がり、綺麗きれい最敬礼さいけいれいをしてきた。
柏木悠斗かしわぎゆうとくん。先日の誤認逮捕ごにんたいほの件、まことに申し訳ない」
 気さくな雰囲気が一変し、真剣しんけんな物言いで謝られてしまい、俺は思わず口走った。
「あ、謝らなくていいですよ! もう全然気にしてないので!」
「本当かね?」
「はい! 本当です!」
「そうか……寛大かんだいな配慮、感謝させてもらう」
 顔を上げた渋面の局長は、すぐに柔和な笑みに切り替えて言った。
「それで? 君の要件は何かな?」
 その一言で忘れていた事を思い出した。局長のペースに呑まれて切り出せなかったが、向こうから聞いてくるなら都合が良い。
 茶を飲み気を引き締め、表情を改める。
「まず最初に、突然の訪問、まことに申し訳ございません」
「いやぁ~全然気にしてないから謝らないでよ!」
 今度はこちらが頭を下げると、局長は気にせずに笑い飛ばした。
「ありがたいございます。……それで、早速本題に入らせていただきます」
「うんうん。楽しみだなぁ」
 まるで無邪気な子供みたいにニコニコしているせいで、どうにも調子を狂わされる。
「悪鬼を倒す為に手を組みましょう」
「…………へぇ」
 淡白な返事しか返ってこず、俺は局長の顔を凝視ぎょうしした。余裕たっぷりの笑顔を絶やさずにいるので、何を考えているのか見当もつかない。
 意味深の間をおいて、ようやく局長が口を開く。
「なんでかな?」
「……なんで、とは」
「沙耶香ちゃんの報告だと、悪鬼は結構いるんでしょ? そのほとんどを君と他の協力者が倒してきたというのに、何故ここにきて警察に協力を仰ぐのか、その理由を教えて欲しいな」
 局長の放つ圧が強まる。
 てのひらがじわりと熱くなるのを感じながら、かすごえで答える。
「奴等を根絶ねだやしにするためです」
「……ほぅ」
 局長は首を傾げ、訝しげに表現を曇らせた。
「悪鬼の数が減るのは嬉しい事ですが、同時に見つけるのが困難になります。だから警察ほどの組織と手を組む事で、残りの早期発見が可能だと判断したからです」
「理に適った理由だ。でも、なおのことせないんだよね」
 つくえ両肘りょうひじを立てて寄りかかり、両手を口元に持っていった。いつの間にか消え失せた笑顔の変わりに、鋭い眼光と共に問いを投げかけた。
「何故君は、最初から我々に協力を求めなかった? 君がどういった経緯けいいで悪鬼を知り、鎧騎士アーマーナイトとなって戦っているのかは詮索せんさくしないでおくけど、この問題は学生がくせいだけで解決かいけつできない事は君が一番よく分かってるはずだ。特別な事情があるなら聞くけど、言ってごらん」
「関係ない人間を巻き込まない為です」
「その理由のせいで傷ついた人がいたかもしれないし、救えたかもしれない命が犠牲ぎせいになるのは容易に想像できたはず。そうだろ?」
 局長の指摘が耳に届いた時、不意に記憶の奥底からがフラッシュバックした。
 凄まじいうなりを立てて燃える建物。
 腹を貫かれ、倒れてゆく人達。
 息絶えた者の血をもてあそぶ悪鬼。
 今でも耳に残っている、子供の鳴き声。
 唐突な吐き気に口元を抑えそうになるが、無理やり押し戻してから答える。
「自分でも馬鹿だと思ってます。俺が選択を誤ったせいで余計な被害が出てしまって……俺の罪はもうあがなうことができないほど重いものです。残りの人生を使って何万人助けても、一生許されることはない」
「……それで?」
あがなうことができなくても、俺にしかできない事を精一杯やると決めた。悪鬼は俺にしか倒せない。だから、一秒でも早く悪鬼を根絶やしにしなくてはいけないんです」
「つまり君は、過去の過ちを清算する為に我々警察を利用しようってことか」
 そこで一度黙り込み、何やら深く考え出した。
 ようやく生まれたあいだに、過去のいましめを頭から消し去ろうとする。が、こびりついたカビのように簡単に消えてはくれない。
 ──当然だろうな。あれは鎧騎士アーマーナイトという力に溺れた自分への罰なのだから……。簡単に忘れていい過去じゃない。
 ユニと出会い、鎧騎士アーマーナイトの力を手に入れてから一ヶ月。順調じゅんちょうに駒を回収できて舞い上がっていた時に起きた、凄惨せいさんな事故。
 悪鬼の暴走によって起きた死亡者十四人・重傷者六人の計二十人が被害に遭ったあの日、俺はいた。
 一人の欲望によって全てを奪われ、失う辛さを知りながら、俺は二十人を見殺しにした。助ける力と守る力を持っていながら、自分の為だけに使ってきた。
 そこでようやく気付いた。身につけた力の使い道はもっと他にあった事を。自分が力を得てつけあがっていた子供だと。
 自分の弱さが憎く、同時に願った。
 強くなりたい。救えなかった人達の為に、一人でも多く守れる強さが欲しい。
 理不尽りふじんな欲望から人々を守りたい。そう誓ったあの日以降、俺は許されない罪を背負いながら、悪鬼を倒す修羅しゅらになった。
 奴等を生かしておく理由はない。奴等はいるだけで人を不幸にする。だから早く根絶やしにしなければならないんだ。その為なら俺は──。
「悠斗ちゃんさぁ」
 つい熟考している最中、不意に局長が渋い声で呼びかけてきて我に帰る。そして、とんでもない事を言った。

 瞬間、俺は息を飲んだ。喉に栓でもされたかのように、一言も発する事ができない。
「本当はそんな大層な理由じゃないんだろ? 君が戦う理由はもっと単純で、浅はかで、ただの自──」
「あなたに何が分かる」
 どうにか絞り出した声は、怒りと苛立ちが含まれていた。
 理由は明白だ。この人の心の内を見透かしたかのような話し方が気に入らないからだ。
 俺は半年間、ずっと悪鬼を倒す為だけに戦ってきた。そこに嘘偽りなど存在しない。出会って間もない人に否定されるのは腹が立つ。
 そんな俺の心境を察したのか、局長はふっと鼻で笑い、先ほどまでの気迫が嘘のように消えた柔和な笑みに切り替えた。
「いやぁ、ごめんね。君を責めてるわけじゃないんだよ。……ただね、自分の弱さや罪にちゃんと向き合ってるのか確認したかっただけなんだよ」
 ニコニコしながら言われても説得力がない。この人の気さくで親しみやすい性格のお陰で緊張は解けたが、部屋に入ってからずっと隠していた警戒心は強まる一方だ。
 こちらの気などお構いなしなのか、更に笑みを強めた局長は、両手でパンっと大きな音を立てて頷いた。
「それで協力の件だが……いいだろう。我々警察は、本日をもって鎧騎士アーマーナイトと手を組ませてもらうよ」
「……その代価は?」
 もちろんタダではあるまいと思いながらくと、局長はこちらに向かってぐっと身を乗り出し、音量を限界まで抑えた声で囁いた。
「警察は悪鬼に対して無知で無力な烏合の衆でしかない。だから君の知恵と力を貸して欲しい」
 瞳の奥で、茶色の瞳が強い光を放つ。吸い込まれるように頷きかけたが、さっと首を戻して答える。
「いいですが、俺からも条件があります」
「ふ……」
 一瞬笑ってから、局長は言った。
「言ってみたまえ。君のをね……」
 引っかかる言い方だが、俺は構わず告げる。
「俺たちの後ろ盾になってください」
 笑いを収め、茶を一口含んでから続ける。
鎧騎士アーマーナイトが警察の所有する兵器になるとは言え、未知の技術を欲する組織が現れる可能性があります。悪鬼だけでも手一杯の状況でこれ以上敵が増えては困るので、そういった存在から俺たちを守る後ろ盾になってもらいたいんです」
 今まではおおやけになる前に排除していたから存在を隠せてきたが、警察が両方の存在を公開してしまったせいで危惧きぐしていた状況──人間同士の争いに発展する恐れもある。
 鎧騎士は人々を悪鬼から守る為の力だ。災害や紛争の後始末にも役立つかもしれない技術を悪用する者は必ず現れる。
 局長は一瞬きょとんとした表情を浮かべてから、突然「ははは……!」と声を上げて笑った。
「そう来たか! 確かにその通りだよ悠斗ちゃん!」
 一度乱れた呼吸を収め、茶と八ツ橋を一口ずつ含んでから続ける。
「鎧騎士の技術は現代じゃ実現できないオーバーテクノロジーだから、各国は喉から手が出るほど欲しがるだろうね! 下手すれば戦争になるかもしれない!」
「だからこそ警察に守ってもらいたいんです。今は、人間同士で争ってる場合じゃないんですから」
「でもね悠斗ちゃん。それは杞憂きゆうだよ。だってもう
 局長は、不敵な笑みで意味深な発言を告げてきた。
 先手は打ってあるだと? それはつまり、鎧騎士は既に警察の物だと世間に公表していると……。
「…………まさか」
 長い時間をかけてようやく理解した俺を見て、局長は笑みを深めた。
「流石悠斗ちゃん。もう気付くなんて、優秀だねぇ」
「食えない人だ……こうなる事を見越して、
「伊達に地方局長は名乗っていないよ」
 豪快ごうかいで陽気な笑い声を拍手と共に上げている局長を見ながら、俺は掌に広がる冷や汗を拭い取る。
 昨日の放送。あれは俺に警察に協力しなければ正体を明かす脅しだけでなく、全国に向けて「鎧騎士アーマーナイトは警察が所有する兵器」と印象づける目的でもあった。
 公務員が持つ権力は三十年前から急変しており、職種問わず民間では簡単に手が出せないほど強力なものになっている。世間に警察が所有する兵器と印象づければ、民間も下手には手出しできない。
 高校生の証言をたった一日で全国放送した謎がやっと解けた気がする。もし先にマスコミが鎧騎士の存在に気付いていたら、あらゆる民間から研究の為に日夜にちや狙われ続けていただろう。
 そうなってはとてもじゃないが悪鬼の相手などしている暇はない。下手すれば国自体が機能しなくなる可能性だってあり得る。
 局長はその最悪な事態を防ぐ為に、不確かな情報にも関わらず、大胆に俺と悪鬼の存在を公表した。国の崩壊を防ぐために……。
かないませんね。あなたには……」
 俺なんかよりもずっと先を見越した大胆な行動力に、並みの人間にはない度胸も持っている、絶対に敵には回したくない厄介な人だ。
鎧騎士アーマーナイトに褒められるとは光栄の限りだ」
「ご謙遜を。俺なんかよりもあなたは凄いですよ」
「ははは! 随分とのある言い方だね?」
 またもや嫌な所を突かれてしまい、思わずビクッと跳ねてしまう。そのリアクションで察したのか、更に追求してきた。
「私からしたら、鎧騎士なんて未知の力を恐れずに使える君の方が立派だと思うよ? 私だけじゃない。誰もが言うだろうね。騎士道精神きしどうせいしんを持つ英雄えいゆうだと」
「騎士道精神……?」
西欧せいおう存在そんざいしていた騎士きし階級かいきゅうにおいてはぐくまれた精神の事だよ。誰よりも勇敢ゆうかんであり、名誉めいよを重んじ、よわものまも精神それは、まさに騎士の生き様そのものだと言われていた」
「それはまた、随分と立派で仰々しいですね」
「その立派で仰々しい精神を持つ存在なんだから、もう少し自分に自信を持ちなよ」 
「…………とりあえず、話が済んだのでそろそろ失礼します。情報については後日まとめて郵送するので」
 強引に話を切り上げ、ソファーから立ち上がる。
「おやおや、悠斗ちゃん照れてるのかい?」
「違います」
 食い気味に否定しながら局長室の扉を乱暴に開け、恥ずかしさを忘れるように足早で廊下を突っ切る。
「なんであの人は……」
 今になって込み上げる照れくさい思いで、顔がみるみる熱くなってくる。
 正面からめられた事なんてないから、どういった反応をすればいいのか分からずに強引に切り上げてしまった。
「あら、悠斗くん。もうお話は済んだの?」
「……はい、もう帰ります」
 廊下で待っていた沙耶香に一礼し、一緒にエレベーターに乗る。緩やかな下降感を感じながら一階に到着すると、降りてすぐ右にある鉄扉に手を置く。内側からはロックがかかっておらず、すんなりと開けることができた。
 局長室にどれほどの時間いたのか分からないが、来た時はフロア全体にいた人集りが消えており、かなり殺風景になっている。
「それじゃ、自分はこれで」
「うん。気をつけてね」
 わざわざ見送ってくれた沙耶香に軽く会釈してから警察署を出る。太陽はまだ遥か高みにあり、ジメジメと嫌な熱気が一斉に襲いかかってきた。
 腕時計を見ると、十一時を回ったばかりだ。お昼時にもちょうどいいし、帰りに天龍堂てんりゅうどう寄って──。
「柏木くん?」
 ブツブツと呟きながら歩いていると、今日何度目かの呼びかけが聞こえてきた。顔を向けると、副委員長──冬馬明里とうまあかりが制服姿で立っていた。
冬馬とうまさん……君も警察署に来ていたのか」
「う、うん。昨日の事でお母さんが警察に文句言いに行くって聞かなくて、付き添いで」
「怪我でもしたの?」
「…………いや、大丈夫だよ」
 若干の間を空けてから首を振ってきたのが気になるが、見た限り目立った外傷はない。
 だがまぁ、悪鬼が現れたのは二階多目的ホールで、彼女がいたのは真上の二年A組なのだから、悪鬼を目撃することすらなかっただろう。
「それで? まだ警察に用でもあるの?」
 俺の質問に、冬馬は首を横に振って返した。
「帰ろうとしたら柏木くんが出てきて、つい呼びかけちゃった。……もしかして、迷惑だった?」
「いやいや。名前呼ばれたくらいで迷惑なわけないじゃないか」
「そ、そう。良かった……」
 彼女はホッと吐息をらすと、真っ白な肌をミルミル赤く染めながら、勇気を振り絞るように口を開いた。
「あ、あの! 柏木くんが良ければなんだけど、一緒に帰らない?」
「いいよ」
「だ、だよね。私なんかと……って、えぇ⁉︎」
 平然と了承した俺に対して、彼女は耳のそばで大砲でも撃たれたように驚きだした。
「良いの⁉︎ 私なんかと一緒に帰って⁉︎」
「別に構わないよ。俺も帰る所だし」 
「で、でも……私面白い話なんかできないし、つまんないかもしれないし」
「そんなの気にしないよ。ほら、行くよ」
 
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