欲望を求める騎士

小沢アキラ

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二章 もう一人の鎧騎士

第十一話

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 二〇六七年五月二十三日火曜日。リビングにて──。

『次のニュースです。昨日さくじつ都内とない高校こうこうにて悪鬼あっき姿すがたあらわしました。校舎やグラウンドには悪鬼が暴れた痕跡こんせきが残っており、被害者ひがいしゃも多数出た模様もようです』
 コーヒー片手に、渋面しぶつらでテレビを睨みつける。
 学校はその後、大事だいじを取って午前終わりになり、今朝のメールで自宅待機じたくたいきとそのかん課題かだいを知らせてきた。
 テレビをつければどの局も赤羽高校を取材している。
 警察の発表から間もなく悪鬼が現れたんだ。世間せけんだまってるはずがなく、ネットの話題はそればかりだ。
 コーヒーを飲み干し、テレビを消す。
 悪鬼の存在が世間を混乱させるのは予想できた。事態じたい鎮圧ちんあつ警察けいさつまかせるとして、俺が対応たいおうすべき問題は変わらない。
 リビングを出てすぐ左にある階段を昇り、手前側にあるユニの部屋の前に立つ。軽くノックすると、中から「はーい」と返ってくる。
 とびらを開けると、化学薬品かがくやくひん塗料とりょうをごちゃ混ぜにした匂いが一気にれてきた。すぐにとびらを閉めてから、閉め切ったカーテンと窓を全開ぜんかいにする。
 朝陽あさひ薄暗うすぐらい部屋をらし、女子高生とは思えない異常いじょうな部屋が露わになる。
 広さ十じょうの部屋には、勉強机べんきょうづくえとベッド、そして部屋の大半を占める実験道具じっけんどうぐが目につく。不気味な色の液体えきたいが入ったフラスコが横長机よこながつくえ等間隔とうかんかくで置かれており、壁には集めてきたこまがかけてある。
 勉強机べんきょうづくえも本来すべき勉強道具べんきょうどうぐは一切置かれておらず、駒のデータ分析や浄化じょうかに使うパソコンと読み取りデバイスが机全体を占領せんりょうしている。
 ここはユニの部屋であり、同時に悪鬼対策あっきたいさくとりでだ。彼女はここから悪鬼の出現場所しゅつげんばしょ特定とくていし、取り返したこまに残る残留思念ざんりゅうしねん──取り込んだ欲望よくぼうを取り除く《浄化じょうか》をしている。他にもブレスレットの調整・補助サポートアイテムの作成・悪鬼のデータ分析と多岐たきにわたる。
 そんな女子高生の概念がいねんとした部屋のあるじは、制服の上に白衣はくい羽織はおり、パソコンをにらみながら物凄ものすごはやさでタイピングしている。
「どうしたの? 学校なら休みでしょ?」
 手を止めずに訊ねてくるも、俺は一切いっさい動じずに要件ようけんつたえた。
「昨日行きそびれた警察署に行ってくる。多分、帰りは遅くなると思う」
「……そう」
 タイピングを止め、回転式の椅子を回して体を向けると、おもむろに白衣のポケットからコンタクトケースを取り出し、こちらに差し出してきた。
「例のコンタクト完成したから渡しておくね」
「サンキュー」
 早速ケースを開け、薄緑色うすみどりいろのコンタクトを右目みぎめにつける。
「三秒ぐらい目をつぶれば自動的に起動きどうするようになってるから、うまく使ってね」
 ユニの少しだけ自慢気じまんげな表情がすごく可愛かわいらしい。発明品が完成して俺に御披露目おひろめする時はいつも誇らしげに説明してくるので、見てて飽きない。本人には内緒だが……。
 言われた通りに三秒ほど瞼を下ろし、持ち上げる。すると右目の背景が薄緑に変わり、ユニにカーソルが合わさる。次々と詳細が文字で表示されてゆき、しまいにはスリーサイズまでも……。
 流石にこれ以上は彼女の尊厳そんげんに関わるので、二つの意味で目をつむる。
 このコンタクトは、戦車ルークに変身する時に付けられる『コンタクトディスプレイ』を日常生活にちじょうせいかつでも使えるよう改良かいりょうした物だ。カーソルを合わせられた者は個人情報のみならず、呪力の有無まで特定できる代物しろものだ。
 悪鬼の数が少なくなり、以前よりも見つけるのが困難になっている。ならば一つでも依代よりしろを特定する手段があるに越したことはない。
 ディスプレイをオフにしてから、窓の外を眺める。景色に異常はなく、色覚しきかくも正常。起動していなければ普通のコンタクトなので怪しまれる心配はない。
「出来栄えはどう?」
「問題ないよ。ありが……とう」
 先程少し見えたスリーサイズが脳裏をチラつき、わずかに目線をズラす。しかし露骨ろこつすぎたのか、ユニがムッとなって詰め寄ってきた。
「なに? 異常でもあるの?」
なにもないですよ。いて言えば……情報じょうほうを少し制限せいげんした方が……」
 途中から声量を少しずつしぼめながらゴニョゴニョと答えると、かすかなで理解したのか、ユニの顔がみるみる赤くなっていく。
「こ……この、変態ッ‼︎」
 猛烈もうれつ平手打ひらてうちをほおに受けると、ほんのかすかに残っていた眠気ねむけ残留ざんりゅうが「イテッ‼︎」という一言と共に出ていった。

 ヒリヒリと残る痛みの余韻よいんさいなまれながら警察署に到着すると、駐車場の入り口に人集ひとだかりができていた。あちこちにカメラを持ったのがいるのでマスコミだろう。
 悪鬼の存在はもう隠しようがないほど広まっている。世間が混乱するのは火を見るより明らかなのだから、警察も予め対策ぐらいは立てているだろう。きっと……。
 そんなどうでもいい思考しこうを脳の奥底へ押し込み、人波を掻き分けながら署内に入る。
 当然、中は外よりも大変なことになっている。マスコミ以外にも昨日の悪鬼騒動で怪我けがをした学生や損害賠償そんがいばいしょうを求める先生など、まさに混沌こんとんきわみだ。
 自宅待機じたくたいきのはずが警察署にいることを先生方がとがめない辺り、切羽詰せっぱつまった状況なんだろう。先生と親御おやごさんが警察と言い争っている。
「あれっ? 悠斗くん?」
 突然背後から名を呼ばれ、なか反射的はんしゃてきに振り向くと、一人の女性警官が立っていた。
「……沙耶香さやかさん?」
 曖昧あいまいな記憶で唯一覚えてる名前を告げると、それをきっかけに記憶がよみがえった。確か二日前に俺を取り調べた警官で、不当逮捕ふとうたいほに最後まで納得なっとくしていなかった優しい人だ。
 我ながら単純たんじゅんと思いながら沙耶香の元に駆け寄り、小声で訊ねる。
「なんですか、この騒動は?」
 大体の見当はついているが一応聞くと、沙耶香は困り果てた表情で答えた。
「悪鬼被害の警察の対応が悪すぎるって文句もんく……現場に警察が来るのが遅いとか、建物を壊されたから弁償べんしょうしろとかの苦情の対応のせいで、署内しょないはめちゃくちゃだよ」
 彼女の表情から如何に苦労したかが伝わってくる。警察は何も悪くないし、被害者ひがいしゃも言うほど出ていないのだから、状況にかこつけて不当な請求せいきゅうをしている人も少なからずいるのだろう。実際、全くの無傷と思える学生が何人かいる。
 みにく欲望よくぼうに任せて行動する人間は、いつ見ても滑稽こっけいで愚かに見える。
 おに形相ぎょうそうで警察と口論こうろんする連中れんちゅうを横目に、小声で沙耶香にささやく。
大変たいへんな時にすいませんが、上の人を呼んでくれませんか? 話したいことがあるので」
「う、上の人? なんで?」
 疑問ぎもんを口にした沙耶香に、制服のそでをまくり、ブレスレットをちらつかせる。
 たったそれだけの事で全てを理解した沙耶香は、すぐに無線機を取り出し、どこかに繋いだ。小声で何度かやりとりしてから無線機をしまうと、俺の耳元でささやく。
「案内するからついてきて」
 無言で頷くと、関係者以外立入禁止かんけいしゃいがいたちいりきんしと書かれた鉄扉てっぴの横にある端末たんまつに、首元に下げた青いカードをかざした。ガチャリと鍵の回る音がすると、細く扉を開け、素早く中に入り、また扉を閉めた。
 すぐ左手にあるエレベーターに乗ると、ボタンの下にあるカード端末たんまつにカードを差し込み、すかさず五階のボタンを押す。ドアが音もなく閉まり、緩やかな上昇感じょうそうかんが起こる。
「どこに行くんですか?」
 自分でも意外なほど冷静な声で訊ねると、沙耶香は声と表情を強張こわばらせた。

 目的地を聞いた瞬間、破れるように大きく眼をみはった。てっきり沙耶香さやかさんの上司が出てくると思っていたが、まさか局長きょくちょうが出てくるとは思いもしなかった。
 エレベーターは五階に到着とうちゃくすると、上品じょうひんなベルの音を鳴らし、扉を開いた。
 全員が一階の対応に向かっているのか誰もおらず、ひんの良い廊下がボウリング・レーンみたいにまっすぐ続いている。
 二つの硬い靴音を響かせながら沙耶香さやかの案内に従って進むと、局長室きょくちょうしつられた表札がかけられた、木目もくめの際立つ豪華ごうか観音扉かんのんびらき出会でくわした。
 なんの変哲へんてつもない扉と表札だというのに、近づくのが躊躇ためらわれる。職員室しょくいんしつ校長室こうちょうしつに入る時とはまるで違う感覚が襲ってくる。
 今更緊張きんちょうで早まる鼓動こどうを整えるため、時間をかけてゆっくりと深呼吸をする。落ち着いてから、隣で様子を見ていた沙耶香が話しかけてきた。
「そんなに緊張きんちょうしなくても大丈夫だよ。局長は気さくな人だから」
「そう言われても……」
 警察署の最高責任者さいこうせきにんしゃと対面するのだから、緊張しない方がおかしい。沙耶香さんだってずっと強張った表情のまま棒立ちになっているし、説得力がない。
 沙耶香も深呼吸をすると、控えめなノックを数回する。間を開けて、中から渋い声で「どうぞ」と聞こえると、ぎこちない動きで取っ手を摑む。扉が開くと、外の冷気がかすかな風となって蒸し暑い廊下に流れ込んできた。
 吸い込まれるように局長室に入り、部屋を見渡す。教室半分ほどの広さだが、書庫が部屋の大半を占領している。来客用のソファーと机が端に寄せられており、部屋の真ん中に堂々と置かれた机は書類の山が積まれている。
「局長、悠斗くんを連れてきました」
「ご苦労」
 さびを帯びた太い声が返ってきた時、俺は無意識に身構え、声がした方を向く。見ると、日差しの射し込む窓の前に、昨日テレビで見た初老の男性が立っていた。
「……あなたが、地方警察局長」
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