欲望を求める騎士

小沢アキラ

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二章 もう一人の鎧騎士

第十話

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 この半年間、俺が鎧騎士アーマーナイトという真実を隠し続けてきた。正体を明かすメリットは皆無に等しく、デメリットしか生まないからだ。
 正体を隠し通せた理由は、学校に悪鬼が出てこなかったことにある。
 しかし、そんな偶然が長続きするとは思っていない。
 だから俺は、学校で変身するのに躊躇ためらいなんてなかった。人並みの生活も……幸せも、半年前のさかいに捨てている。
 
 鎧騎士アーマーナイトに変身するとすぐにランスを持ったまま悪鬼に突撃とつげきし、壁を突き破って外に追い出す。戦うにしても、屋内じゃ狭すぎる。
 このまま地面に叩きつけようとするが、悪鬼は両翼手りょうよくしゅ力一杯ちからいっぱい振り下ろし、強風……いや、竜巻に似た風を巻き起こした。
 襲いくる風圧ふうあつに耐えきれずにランスを手放してしまい、悪鬼と離されてしまう。離れた位置に着地すると、悪鬼は翼に刺さるランスを無造作むぞうさに抜き取り、後ろに放り投げた。
 武器を失ってしまったが、だからと言って戦いを放棄ほうきする気はない。拳を構えると、悪鬼が動く。
 右翼手よくしゅてのひらを上に向け、右指四本を手前に折り曲げる動作どうさを繰り返している。あきらかな挑発行為ちょうはつこういだが、へん激情げきじょうしてすきを見せれば不利になるので無視むしする。
 女神像めがみぞうに似た顔に笑みが浮かぶと、両翼手りょうよくしゅを大きく仰ぎ、天高く飛び上がった。
 校舎三階ほどの高さまで飛ぶと、身を反転させ、こちらに向かって滑空かっくうしてきた。かなりの速度だが避けられない攻撃ではないので、たる直前ちょくぜんひねってカウンターを打ち込もうと身構える。
 距離が直前に迫ってから踏み込む。が、ぬかるんだ地面に足を取られ、その場に転がり込んでしまう。
 偶然敵の攻撃を回避かいひする形になるも、空中で進路を変えた悪鬼がまたもや突撃してくる。
 立ち上がる暇がないので横に転がって避ける。足場が悪いせいで立ち上がれず、反撃に移れない。対して悪鬼は足場の不調ふちょう関係なく攻撃してくるので、防戦一方だ。
 しかも今回は天気まで敵に味方している。黒雲こくうんと雨の中を高機動こうきどうで動かれては姿を捉えるのも難しい。
 このままでは消耗する一方だ。ここは一か八か、賭けに出る。
 四度目の滑空かっくうを避け、強引に立ち上がる。雨音や校舎から聞こえる騒ぎを忘れ、にのみ集中する。
 ──目で捉えようとするな……。全感覚を使って、奴を仕留めるんだ。
 人間には視覚・触覚・聴覚と、色々な感覚で物事を捉え、判断する力がある。
 目で追えないなら音で捉える。音が聞こえないなら触って捕らえる。触れないなら目で見つければいい。全ての感覚を使えば……捉えられない物なんてない。
 切り裂き音が徐々に強まる。四……三……二……。
 一と数えるより早く振り向き、女神像の顔面に向けて、転がる勢いを乗せた拳を上から叩きつける。
「キエアアアアアア────!!」
 大型の鳥類ちょうるいを思わせる叫び声を上げると、すぐさま俺から距離を取ろうとした。
 しかし、直前に翼をつかみ、引きちぎる為に顔面に蹴りを入れる。大きく後ろへすべって行き、地面に屈したまま動かない。
「空を飛ばれちゃ困るんでな。これでもう、満足に飛べないだろ」
 もいだ翼を放り投げ、腰のホルダーから白の戦車ルークを取り出す。
「空の上だと手出しできないと思って調子に乗りやがって……空の支配者を名乗ってるなら、こっちはだ」
 騎士ナイトの駒を外し、代わりに戦車ルークを押し込む。
 灰色はいいろ魔法陣まほうじんが前方に現れると、中から二門の大砲を背負う四肢がキャタピラのかめ──機械仕掛けの亀ギア・タートルが地響きを立てながら出てきた。
「力を借してくれ、ベヘモス」
 愛称を呼んでから押し倒し、分解・再構築された鎧が全身に装着される。甲羅こうらが体全体を覆い、四つのキャタピラが四肢ししに装備される。二門の大砲が両肩に乗り、亀をかたどる甲冑が閉じると、複眼が灰色はいいろかがやく。
 鎧騎士アーマーナイト戦車ルーク形態。火力かりょく特化とっかしたアーマーだ。機動力は騎士ナイトより劣るが、攻撃と防御において戦車ルークの右に出る者はいない。
 両腕りょううでで回転するキャタピラをこすり合わせ、悪鬼に腕を向ける。
「見せてやるよ。戦車ルークの力を!」
 すぐさま駒を二回押し込む。ブレスレットから『形態変化カンビオ・フォルム』と流れ、下半身を魔法陣が包み込む。
 アーマーが再構築されると内側から四散し、ひざの裏側についていたキャタピラが脚部に装着される。その姿はまるで戦車の様だった。
「さぁて、断罪だんざいのときだ」
 台詞ゼリフと同時にキャタピラが作動し、どろを跳ね飛ばしながら悪鬼に接近する。普通に走れば途中で足を取られてしまう悪路あくろだが、キャタピラを使えば悪路など無視して走ることができる。
 片翼をもがれ地に伏す悪鬼に、キャタピラの重量をかしたキックを繰り出し、蹴り上げる。衝撃で宙に舞う悪鬼に向け、両肩の大砲が火を噴く。呪力を弾に変えて放つ『陸亀の咆哮ガイア・ロアー』は見事みごと空中の悪鬼に命中する。
「グキャァァァ──ッ‼︎」
 断末魔だんまつまのような叫びを上げながら、悪鬼は残る翼を必死に動かしながら逃げようとする。しかし安定しないのか緩やかに落ちてくる。
 離れた位置に不時着ふじちゃくした瞬間、キャタピラを回転させる。俺の接近に気付くと、左翼手ひだりよくしゅに呪力を集中させた火球かきゅうを複数ともし、一斉に放ってきた。
 両腕で迫りくる火球かきゅうを払い、残った翼手よくしゅ両腕りょううでからめる。低姿勢ていしせいになり、大砲の銃口を悪鬼の体に押し付け、連続で放つ。
 悪鬼はゼロ距離砲撃きょりほうげきの衝撃に耐えきれず、翼手を引きちぎりながら吹き飛ぶ。両翼手を失った悪鬼は立ち上がることが出来ず、その場で脚をジタバタしてのたうち回っている。
 両翼りょうよくを無くした鳥に見えてきて可哀想かわいそうに思えてくるが、そんな甘い考えを無情の一言と共に捨てる。
「これで……終わりだ」
 ちぎった翼手を手放し、ブレスレットのボタンを押してから駒を倒す。
必殺技ファイナルショット陸亀砲火ガイア・インパクト
 両肩の大砲が外れ、ロングライフルに変わってから両手に一ちょうずつ持つ。二ちょうのロングライフルを平行連結へいこうれんけつさせ、変身時に取り付けられる『コンタクトディスプレイ』に標準と距離が表示される。
『距離四十三。誤差修正。呪力エネルギー充填率じゅうてんりつ%
 甲冑内部かっちゅうないぶに備わる補助サポートAIを聞き終えてから、引き金を引く。ライフル内で充填された呪力が巨大なエネルギーとなり、悪鬼に向かって射出される。反動で後退するのを、キャタピラの回転で相殺そうさいする。
 エネルギーのかたまりが命中すると、悪鬼の全身があっという間に呑み込まれる。エネルギーがサッカーゴールに直撃し、大爆発を起こすのを見届けながら、ロングライフルを二挺に戻す。
「流石……戦車ルークだ」
 途切れ途切れに呟く。
 騎士ナイトはバランス型、僧侶ビショップ長期戦ちょうきせん型だが、戦車ルークはいわば短期戦たんきせん型だ。底無そこなしの火力と手数の多さで敵を殲滅せんめつする戦闘スタイルなので、他のアーマーよりも体力の消費が激しい。
 校舎を壊さない為でもあるが、もし一〇〇%で撃っていたら、鎧を維持するだけの呪力が残らずに強制的に変身解除させられる。
 だが、六〇%でも充分な威力いりょくだ。疲弊ひへいした悪鬼ならば跡形あとかたもなく消滅しているだろう。
 念のためにいつでも撃てるよう身構え、爆発で舞い上がった粉塵ふんじん凝視ぎょうししていると、右眼みぎめのコンタクトが反応を示し、照準しょうじゅんを定めた。
 次に、補助サポートAIが事を告げた。
『前方より熱源反応ねつげんはんのう
 ……二つ?
 それはおかしい。今相手にしてるのは一体だけで、普通ならば反応は一つのはず。しかもその反応は必殺技を受けて消滅しているはず。
 外した……? いや、敵は動けない的だ。耐えられる体力もなかった。
 謎の胸騒むなさわぎが起き、なか反射的はんしゃてきに引き金を引く。先ほどよりも弱いが追撃ついげきには充分な威力の弾が粉塵ふんじんを払って着弾ちゃくだんする。
 黒煙が立ち昇り、視界を覆っていく。
 今度こそ仕留めた。そう確信した瞬間、俺は両眼を見開いた。
 黒煙が晴れると、そこにいたのは必殺技で消滅して駒の依代よりしろではなく──。
 悪鬼と、黒の盾を構える──全身を黒の金属鎧きんぞくよろいで覆う謎の騎士だった。馬をかたどる甲冑から覗く、怪しげな輝きを放つ青色あおいろ複眼ふくがんがこちらを睨んでいる。
 その視線と目が合った瞬間、全身に悪寒おかんが走る。
 何故なら、その姿には見覚えがあるからだ。
鎧騎士アーマーナイト……だと……」
 色と武器は違うが、あれは紛れもなく鎧騎士アーマーナイトだ。
 ありえない。鎧騎士になれるのはブレスレットを持つ者だけ……。そしてそれは、世界に一つしかない。複製ふくせいしようにも、開発者は既に死んでいる。
 予期せぬ乱入に戸惑とまどっていると、黒の鎧騎士は盾から剣を取り出し、地面に突き刺した。
 途端、地面は内側から爆発するように舞い上がり、視界を奪った。
「しまった……‼︎」
 我に帰り、弾を二発放つ。だが着弾することもなく空を切るだけ。粉塵が晴れた時には、悪鬼も鎧騎士もいなくなっていた。
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