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二章 もう一人の鎧騎士
第九話
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「よって、この問題は三平方の定理を使って……」
教室に響くチョークの音と先生の声だが、大半の生徒は無視している。教科書を立てて寝ている者や、隠れて携帯をイジってる者。特に意味もなく外を眺めている者など様々だ。
かくいう俺も、雨が降る外を意味もなく眺めている。
西橋都立赤羽高校──。偏差値六十四とそこそこ高いが緩い校則と授業のせいで生徒の質は少しだけ悪い。だが定期考査で赤点者は出てこないし、どのクラスも平均点は七十点以上と結構高い。
真面目なのか不真面目なのか分からない学校だが、居心地は悪くない。俺みたいに静かに過ごせば目立たずに済むから。
「じゃあこの問題を……柏木、前に来て解いてくれ」
「ふぇ?」
黄昏ている中、不意に呼ばれてしまったので変な声が出てしまった。周りから笑い声が上がり、先生も必死に笑いを堪えている。
早速目立ってしまったと猛省しながら黒板の前まで歩き、さっさと問題を解く。先生お手製の授業を聞いてないと解けない意地悪問題だが、気を抜いてるようで耳だけは傾けてるので難なく解ける。
「解けました」
チョークの粉を払いながら席に戻ると、今度は笑い声ではなく「おぉっ」と感嘆の声が上がった。
「正解だぞ柏木。流石は委員長だな」
先生のお世辞を無視し、席に着いてまた外を眺める。先生の声とチョークの音がまた響くのを聞きながら、今朝のニュースを思い返す。
『鎧騎士。これこそ、我々警察が開発した悪鬼に対抗する唯一の手段であり、人類の希望そのものです!』
悪鬼の存在を昨日知ったばかりのくせに、鎧騎士を我々警察が開発したなんて。よく嘘でしかないことをあそこまで堂々と言えたものだよ。しかも最後に『人類の希望』って断言もしている。
哀れすぎて感想も出てこなかった。
あの放送は悪鬼の脅威を知らせるのが目的じゃない。警察はきっと、鎧騎士になれる俺に向かって「協力しろ。さもなければ正体をバラす」と脅しているのだろう。
鎧騎士と悪鬼の存在が知られてしまった以上、正体を隠し続けるのは不可能に近い。正体がバレればもう普通の生活ができなくなるが、別に構わない。半年前のあの日から、人並みの生活も幸せも望んでなどいない。
今後の対策はユニが考えると言っているが、俺もこれからは少し考えてから動かねばと考えているうちに授業が終わり、教室内が一気にざわつく。退屈な授業が終わり、昼休みに入ったからだ。
食堂目掛けて教室から出て行く生徒を尻目になおも外を眺めていると、控えめに机を叩く音が聞こえてきた。
顔を向けると、一人の女子が立っていた。血の気を感じないほど白い肌と、対照的なまでの黒髪を三つ編みにしている。高校生とは思えないほど大人びた顔立ちに落ち着いた雰囲気のせいで担任かと思わせるが違う。
彼女の名は冬馬明里。高一から同じクラスで副委員長だ。物静かで消極的な性格だが、面倒な役を買って出ており、容姿も相待ってクラス内での人望も厚い。
去年から同じ委員だから一緒にいる時間が多いので、そこそこ仲が良い。現に今みたいに休み時間になると俺の席によく来る。
「あ、あの……柏木くん」
今にも消えてしまいそうなか細い声で言い、背後に回していた右手を前に出して、更に萎縮された声で続けた。
「よ……よかったら、一緒にお昼食べない? 実はその……柏木くんに話したいこともあって……」
さっきの俺以上に顔を赤面させながら誘ってくれているのが痛々しく思える。恥ずかしい思いを胸に行動する気持ちは痛いほど分かるが、首を横に振る。
「すまない、先約がいるんだ」
鞄を手に椅子から立ち上がり、そそくさと教室を出る。怒られないギリギリの速度で廊下を進み、ユニのいる教室に駆け込む。こちらも大半の生徒が食堂に行っているので人が少ない。
「よっ、ユニちゃん」
教室の端に座る彼女に声をかけると、嬉しそうに顔を綻ばせたかと思いきや、すぐに真剣な面立ちに戻した。
「柏木君、学校ではちゃん付け禁止って言ってるでしょ。一応私たち従姉妹って扱いなんだから」
「ごめんごめん。つい癖で」
本当は従姉妹でもなんでもないが、ユニが転校した時に住所が同じなので仕方なくその設定にした。カップルじゃない高校生二人が同棲してるなんて知られれば、先生方が黙っちゃいないだろう。
「それで、クラスの反応は?」
周りに聞こえないような小声で訊ねると、ユニは改めて周囲を確認してから同じく小声で答えた。
「柏木くんの予想通りの結果。そっちは?」
「同じく」
朝のニュース──悪鬼と鎧騎士の話は既に全国に知らされているのだから、当然学校でもその話を聞かない時間はない。ホームルームでの先生の話、休み時間になればあちこちから悪鬼と鎧騎士の正体を考察する話が飛び交っている。
「全く……こんな事態になるぐらいなら話すんじゃなかった」
俺が警察に安易に情報を流したのが悪いが、まさかたった一日で全国ネットに流すとは……。
「いつかはバレるんだからしょうがないよ。今は、これからの事を考えよ?」
「そうだな……で、何かいい策は思い浮かんだ?」
「……一つだけなら」
「お、もう思いついたのか。流石はユニちゃん」
本来なら喜ばしいことなのだが、ユニの浮かない顔色から察するに本人はあまり納得していないのが分かる。現にさっきは指摘してきたちゃん付けを無視している。
ユニは水筒から口を離し、一拍置いてから話した。
「素直に警察に協力する」
「却下」
食い気味に答えるも、ユニは往生際悪く食いついた。
「でも、これしか案はないよ。警察は柏木くんが鎧騎士だって気付いてるんだから、変に意地を張って敵を増やす必要なんて……」
「関係ない人間を巻き込むわけにはいかない」
俺の反論に、ユニは息を呑んだ。が、引き下がらずになおも主張を続ける。
「これは柏木くんのためでもあるんだよ」
「俺のため……?」
「警察と協力すれば悪鬼の早期発見だけじゃない。現場への移動でパトカーに乗せてもらえば、召喚でロットを出す手間も省けて、副作用だって和らぐんだよ? 警察が付近の住民に避難勧告すれば被害だって抑えられるし、ここは警察と協力した方がいいよ」
言われてみればデメリットはない。警察という強力な後ろ盾が有れば、登校日でも活動することができるかもしれない。被害を抑えられるのなら、俺は悪鬼退治に専念できるし……。
卵焼きと睨めっこしながら熟考し、俺の中でも結論が出た。
「……分かった。君の言う通り、警察と組むよ」
それを聞いた途端、ユニの顔に今まで見たことのないほど明るい笑顔が浮かんだ。しかもすぐに戻さずに、嬉しそうに肯定してきた。
「だよね。柏木くんの負担が減るんだから、断る理由は──」
「ただし、条件を出す」
ユニの台詞を遮る形で提案すると、一瞬で笑顔が消え失せた。
「……どんな?」
「それは言えない。止められそうだから」
「なにそれ」
呆れ果てながら言われるが、こればかりは譲れない。無条件で従えば無理難題を押し付けられそうだし、警察のやり方に従うのも癪だ。という私怨めいた理由だけじゃなく、ちゃんと合理性に基づいている条件だ。ある意味、これは警察と組まねば不可能な条件でもある。
弁当を食べ終わり、まったりと茶を飲みながら外を眺めて黄昏ていると、ユニが思い出したように手を叩き、胸元から取り出した駒を差し出した。
「戦車の駒、浄化終わったよ。朝渡そうと思ってたの忘れてた」
「お疲れ様。ありがたくいただくよ」
礼を言いながら駒を取り、腰のホルダーに入れる。これで騎士・僧侶・戦車の三つにいつでも鎧変化できる。
戦闘の幅が広がったことを内心で喜びながら、ユニに訊ねる。
「それで、何か分かった?」
「…………」
ユニは何も答えずに、水筒に口をつける。口元を拭い、ふぅと一息ついてから言う。
「駒に変化は見られなかったよ。呪力は中級最強だから多かったけど、特別ずば抜けてるほどじゃなかった」
「そうか……」
顎に手を置き、考え込む仕草を取る。
昨日相手にした悪鬼の強さは、どうにも納得いかない。一体化が進めば呪力の質が上がることもあるが、それだけで説明できる強さではなかった。
半年間も戦っているのに、知れば知るほど悪鬼の存在が謎めいていく。
呪力に宿る魂が人間の欲望を喰らい、現実に実体化する悪鬼。空気も水も食料もいらない、必要なのは欲望という抽象的なエネルギーだけ。生き物じゃないせいか、倒されると気化するように朽ちて消滅する。
駄目だ、悪鬼の事を考えると頭が痛くなる。
水筒に口をつけ、お茶を嫌な考えと一緒に喉奥へ流し込む。
「放課後、警察署に行ってくる」
雨の降る外を見ながら言った。
「私もついて行った方がいい?」
「……そうだな。一応来た方がいいかも」
「分かった。それじゃ十六時に校門前ね」
了解と返そうとしたが、それはスマホからの警報によって遮られた。この音は、悪鬼を感知した音だ。
「なんだと⁉︎」
ここは学校の敷地内だ。なのにレーダーが鳴るってことは、近くに悪鬼がいると言うこと……。
瞬時にスマホの画面を見て、俺はまたもや驚いた。
南東百七十六メートル⁉︎
馬鹿な。レーダーは常に作動していて、半径五百メートルに入れば必ず鳴る仕組みになっている。
学校の敷地内で、ここまでの接近を許した……以上から導き出される結論は一つ。
学校関係者が依代になっている。
「ユニちゃん! 君は警察に連絡を!」
「分かった。悠斗くんは?」
「悪鬼を仕留める! 今ここで!」
それだけ言い残し、教室を出る。レーダーが示す座標は二階多目的ホール。回り道しなければ行けないが、近道すればほぼ正面……ならば!
「仕方ねぇ……か!」
正体がバレる恐れがあるが、気にしてる場合じゃない。後々バレるなら今は人命第一だ!
胸中で叫びながら袖をまくり、ブレスレットに騎士を押し込む。そして、窓から身を乗り出す。
「そこのお前、何をしている!」
廊下にいる先生の声が聞こえてきたので、俺は叫び返した。
「悪鬼が出た! 早く生徒を避難させて!」
言うと同時に、三階から二階多目的ホールの窓目掛けて飛び出す。背後から悲鳴が聞こえてくるが無視し、身を前に回転させる。
右足が多目的ホールの窓に衝突し、ガラスを割りながら中に突入する。衝撃を逃すために着地の勢いのまま前方に転がり、背中と壁が接してからバク転して立ち上がる。
瞬時に周囲を確認すると、昼休みだからか沢山の生徒がいる。が、ほとんど俺なんて眼中にない。
生徒の視線が集まる場所には、女性的なシルエットに蝶と鳥の羽を合わせた紫色の翼手を持つ、鳥人間のような悪鬼がいる。
俺は咄嗟に叫んだ。
「早く逃げろ! 死にたいのか!」
叱責でようやく頭が動いたのか、今まで沈黙していた生徒が一斉に叫びながら散って行く。
……この様子だと避難が完了するまで時間が掛かる。当然、悪鬼が待ってくれるわけがない。
ならば、やることは一つ。
予めセットしておいた駒を握り──
「変身ッ‼︎」
掛け声と共に押し倒す。魔法陣から分解されたロットとパワードスーツが現れると、瞬く間に装着されていく。
省略された変身エフェクトが終わった瞬間、ランスを悪鬼に向けて突き刺し、そのまま屋外へと突き出した。
教室に響くチョークの音と先生の声だが、大半の生徒は無視している。教科書を立てて寝ている者や、隠れて携帯をイジってる者。特に意味もなく外を眺めている者など様々だ。
かくいう俺も、雨が降る外を意味もなく眺めている。
西橋都立赤羽高校──。偏差値六十四とそこそこ高いが緩い校則と授業のせいで生徒の質は少しだけ悪い。だが定期考査で赤点者は出てこないし、どのクラスも平均点は七十点以上と結構高い。
真面目なのか不真面目なのか分からない学校だが、居心地は悪くない。俺みたいに静かに過ごせば目立たずに済むから。
「じゃあこの問題を……柏木、前に来て解いてくれ」
「ふぇ?」
黄昏ている中、不意に呼ばれてしまったので変な声が出てしまった。周りから笑い声が上がり、先生も必死に笑いを堪えている。
早速目立ってしまったと猛省しながら黒板の前まで歩き、さっさと問題を解く。先生お手製の授業を聞いてないと解けない意地悪問題だが、気を抜いてるようで耳だけは傾けてるので難なく解ける。
「解けました」
チョークの粉を払いながら席に戻ると、今度は笑い声ではなく「おぉっ」と感嘆の声が上がった。
「正解だぞ柏木。流石は委員長だな」
先生のお世辞を無視し、席に着いてまた外を眺める。先生の声とチョークの音がまた響くのを聞きながら、今朝のニュースを思い返す。
『鎧騎士。これこそ、我々警察が開発した悪鬼に対抗する唯一の手段であり、人類の希望そのものです!』
悪鬼の存在を昨日知ったばかりのくせに、鎧騎士を我々警察が開発したなんて。よく嘘でしかないことをあそこまで堂々と言えたものだよ。しかも最後に『人類の希望』って断言もしている。
哀れすぎて感想も出てこなかった。
あの放送は悪鬼の脅威を知らせるのが目的じゃない。警察はきっと、鎧騎士になれる俺に向かって「協力しろ。さもなければ正体をバラす」と脅しているのだろう。
鎧騎士と悪鬼の存在が知られてしまった以上、正体を隠し続けるのは不可能に近い。正体がバレればもう普通の生活ができなくなるが、別に構わない。半年前のあの日から、人並みの生活も幸せも望んでなどいない。
今後の対策はユニが考えると言っているが、俺もこれからは少し考えてから動かねばと考えているうちに授業が終わり、教室内が一気にざわつく。退屈な授業が終わり、昼休みに入ったからだ。
食堂目掛けて教室から出て行く生徒を尻目になおも外を眺めていると、控えめに机を叩く音が聞こえてきた。
顔を向けると、一人の女子が立っていた。血の気を感じないほど白い肌と、対照的なまでの黒髪を三つ編みにしている。高校生とは思えないほど大人びた顔立ちに落ち着いた雰囲気のせいで担任かと思わせるが違う。
彼女の名は冬馬明里。高一から同じクラスで副委員長だ。物静かで消極的な性格だが、面倒な役を買って出ており、容姿も相待ってクラス内での人望も厚い。
去年から同じ委員だから一緒にいる時間が多いので、そこそこ仲が良い。現に今みたいに休み時間になると俺の席によく来る。
「あ、あの……柏木くん」
今にも消えてしまいそうなか細い声で言い、背後に回していた右手を前に出して、更に萎縮された声で続けた。
「よ……よかったら、一緒にお昼食べない? 実はその……柏木くんに話したいこともあって……」
さっきの俺以上に顔を赤面させながら誘ってくれているのが痛々しく思える。恥ずかしい思いを胸に行動する気持ちは痛いほど分かるが、首を横に振る。
「すまない、先約がいるんだ」
鞄を手に椅子から立ち上がり、そそくさと教室を出る。怒られないギリギリの速度で廊下を進み、ユニのいる教室に駆け込む。こちらも大半の生徒が食堂に行っているので人が少ない。
「よっ、ユニちゃん」
教室の端に座る彼女に声をかけると、嬉しそうに顔を綻ばせたかと思いきや、すぐに真剣な面立ちに戻した。
「柏木君、学校ではちゃん付け禁止って言ってるでしょ。一応私たち従姉妹って扱いなんだから」
「ごめんごめん。つい癖で」
本当は従姉妹でもなんでもないが、ユニが転校した時に住所が同じなので仕方なくその設定にした。カップルじゃない高校生二人が同棲してるなんて知られれば、先生方が黙っちゃいないだろう。
「それで、クラスの反応は?」
周りに聞こえないような小声で訊ねると、ユニは改めて周囲を確認してから同じく小声で答えた。
「柏木くんの予想通りの結果。そっちは?」
「同じく」
朝のニュース──悪鬼と鎧騎士の話は既に全国に知らされているのだから、当然学校でもその話を聞かない時間はない。ホームルームでの先生の話、休み時間になればあちこちから悪鬼と鎧騎士の正体を考察する話が飛び交っている。
「全く……こんな事態になるぐらいなら話すんじゃなかった」
俺が警察に安易に情報を流したのが悪いが、まさかたった一日で全国ネットに流すとは……。
「いつかはバレるんだからしょうがないよ。今は、これからの事を考えよ?」
「そうだな……で、何かいい策は思い浮かんだ?」
「……一つだけなら」
「お、もう思いついたのか。流石はユニちゃん」
本来なら喜ばしいことなのだが、ユニの浮かない顔色から察するに本人はあまり納得していないのが分かる。現にさっきは指摘してきたちゃん付けを無視している。
ユニは水筒から口を離し、一拍置いてから話した。
「素直に警察に協力する」
「却下」
食い気味に答えるも、ユニは往生際悪く食いついた。
「でも、これしか案はないよ。警察は柏木くんが鎧騎士だって気付いてるんだから、変に意地を張って敵を増やす必要なんて……」
「関係ない人間を巻き込むわけにはいかない」
俺の反論に、ユニは息を呑んだ。が、引き下がらずになおも主張を続ける。
「これは柏木くんのためでもあるんだよ」
「俺のため……?」
「警察と協力すれば悪鬼の早期発見だけじゃない。現場への移動でパトカーに乗せてもらえば、召喚でロットを出す手間も省けて、副作用だって和らぐんだよ? 警察が付近の住民に避難勧告すれば被害だって抑えられるし、ここは警察と協力した方がいいよ」
言われてみればデメリットはない。警察という強力な後ろ盾が有れば、登校日でも活動することができるかもしれない。被害を抑えられるのなら、俺は悪鬼退治に専念できるし……。
卵焼きと睨めっこしながら熟考し、俺の中でも結論が出た。
「……分かった。君の言う通り、警察と組むよ」
それを聞いた途端、ユニの顔に今まで見たことのないほど明るい笑顔が浮かんだ。しかもすぐに戻さずに、嬉しそうに肯定してきた。
「だよね。柏木くんの負担が減るんだから、断る理由は──」
「ただし、条件を出す」
ユニの台詞を遮る形で提案すると、一瞬で笑顔が消え失せた。
「……どんな?」
「それは言えない。止められそうだから」
「なにそれ」
呆れ果てながら言われるが、こればかりは譲れない。無条件で従えば無理難題を押し付けられそうだし、警察のやり方に従うのも癪だ。という私怨めいた理由だけじゃなく、ちゃんと合理性に基づいている条件だ。ある意味、これは警察と組まねば不可能な条件でもある。
弁当を食べ終わり、まったりと茶を飲みながら外を眺めて黄昏ていると、ユニが思い出したように手を叩き、胸元から取り出した駒を差し出した。
「戦車の駒、浄化終わったよ。朝渡そうと思ってたの忘れてた」
「お疲れ様。ありがたくいただくよ」
礼を言いながら駒を取り、腰のホルダーに入れる。これで騎士・僧侶・戦車の三つにいつでも鎧変化できる。
戦闘の幅が広がったことを内心で喜びながら、ユニに訊ねる。
「それで、何か分かった?」
「…………」
ユニは何も答えずに、水筒に口をつける。口元を拭い、ふぅと一息ついてから言う。
「駒に変化は見られなかったよ。呪力は中級最強だから多かったけど、特別ずば抜けてるほどじゃなかった」
「そうか……」
顎に手を置き、考え込む仕草を取る。
昨日相手にした悪鬼の強さは、どうにも納得いかない。一体化が進めば呪力の質が上がることもあるが、それだけで説明できる強さではなかった。
半年間も戦っているのに、知れば知るほど悪鬼の存在が謎めいていく。
呪力に宿る魂が人間の欲望を喰らい、現実に実体化する悪鬼。空気も水も食料もいらない、必要なのは欲望という抽象的なエネルギーだけ。生き物じゃないせいか、倒されると気化するように朽ちて消滅する。
駄目だ、悪鬼の事を考えると頭が痛くなる。
水筒に口をつけ、お茶を嫌な考えと一緒に喉奥へ流し込む。
「放課後、警察署に行ってくる」
雨の降る外を見ながら言った。
「私もついて行った方がいい?」
「……そうだな。一応来た方がいいかも」
「分かった。それじゃ十六時に校門前ね」
了解と返そうとしたが、それはスマホからの警報によって遮られた。この音は、悪鬼を感知した音だ。
「なんだと⁉︎」
ここは学校の敷地内だ。なのにレーダーが鳴るってことは、近くに悪鬼がいると言うこと……。
瞬時にスマホの画面を見て、俺はまたもや驚いた。
南東百七十六メートル⁉︎
馬鹿な。レーダーは常に作動していて、半径五百メートルに入れば必ず鳴る仕組みになっている。
学校の敷地内で、ここまでの接近を許した……以上から導き出される結論は一つ。
学校関係者が依代になっている。
「ユニちゃん! 君は警察に連絡を!」
「分かった。悠斗くんは?」
「悪鬼を仕留める! 今ここで!」
それだけ言い残し、教室を出る。レーダーが示す座標は二階多目的ホール。回り道しなければ行けないが、近道すればほぼ正面……ならば!
「仕方ねぇ……か!」
正体がバレる恐れがあるが、気にしてる場合じゃない。後々バレるなら今は人命第一だ!
胸中で叫びながら袖をまくり、ブレスレットに騎士を押し込む。そして、窓から身を乗り出す。
「そこのお前、何をしている!」
廊下にいる先生の声が聞こえてきたので、俺は叫び返した。
「悪鬼が出た! 早く生徒を避難させて!」
言うと同時に、三階から二階多目的ホールの窓目掛けて飛び出す。背後から悲鳴が聞こえてくるが無視し、身を前に回転させる。
右足が多目的ホールの窓に衝突し、ガラスを割りながら中に突入する。衝撃を逃すために着地の勢いのまま前方に転がり、背中と壁が接してからバク転して立ち上がる。
瞬時に周囲を確認すると、昼休みだからか沢山の生徒がいる。が、ほとんど俺なんて眼中にない。
生徒の視線が集まる場所には、女性的なシルエットに蝶と鳥の羽を合わせた紫色の翼手を持つ、鳥人間のような悪鬼がいる。
俺は咄嗟に叫んだ。
「早く逃げろ! 死にたいのか!」
叱責でようやく頭が動いたのか、今まで沈黙していた生徒が一斉に叫びながら散って行く。
……この様子だと避難が完了するまで時間が掛かる。当然、悪鬼が待ってくれるわけがない。
ならば、やることは一つ。
予めセットしておいた駒を握り──
「変身ッ‼︎」
掛け声と共に押し倒す。魔法陣から分解されたロットとパワードスーツが現れると、瞬く間に装着されていく。
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