欲望を求める騎士

小沢アキラ

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二章 もう一人の鎧騎士

第八話

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 二〇六七年五月二十二日、月曜日──。

 鼻腔びこうに入ってくる美味おいしそうな香りを捉えた瞬間しゅんかん暗闇くらやみに包まれていた視界にチカチカと光が入り込んでくる。
 ぼんやりとする意識いしきを上体と共に起こしながら、窓の外を眺める。清々すがすがしい朝……とは呼べない空模様そらもようだ。灰色のちぎれ雲が高校こうこうの方から迫っており、まぶた攻撃こうげきしてきた光の根源こんげんは厚い灰色雲の向こうに引っ込んでしまった。
「雨、か……」
 おもまぶた懸命けんめいに持ち上げながらつぶやき、もう一眠ひとねむりしようとベッドにたおれる。が、倒れると同時に枕元まくらもとのスマホが耳障みみざわりな警報をひびかせてきた。
悪鬼あっきか!」
 半覚醒はんかくせいだった意識いしき明瞭めいりょうになり、すぐにブレスレットを巻きつける。騎士ナイトの駒を先に取り、次いでスマホを取り──枕元に戻す。
「ただの目覚ましだった……」
 悪鬼あっきを見つけた時と同じおとだから早とちりしてしまった。二度寝癖にどねぐせを治す為にユニが設定していたのを忘れていた。
 その効果は絶大ぜつだいで、さっきまで後頭部に残留ざんりゅうしていた眠気ねむけ完璧かんぺきに消えている。
 仕方なく寝巻ねまきをぎ、ハンガーにかけてある制服せいふくを手に取り、そでを通す。寝る前にアイロンがけをしてあるから新品同様しんぴんどうようのYシャツとズボンに着替きがえ、ブレザーを羽織はおり白と青のストライプがらのネクタイを結びながら階段かいだんを早足に降りる。
 一階のリビングに近づくに連れ、目覚めた時に感じ取った匂いが強くなっていく。ネクタイを締めてからドアを開けると、既に机に朝食──ご飯と豆腐とうふ味噌汁みそしる、焼き鮭に小松菜こまつなのおひたしという、健康的けんこうてきなメニューが並べられていた。
「おはよう」
「おはよう。今日は二度寝にどねしなかったんだね」
 キッチンをのぞみ、制服の上にエプロンを着ているユニに挨拶すると、チラッと目だけを向けながら返してきた。
「あれはもう反射はんしゃだよ」
 皮肉気味ひにくぎみに答え、冷蔵庫れいぞうこから取った牛乳をコップにそそぐ。
 いつ鳴るか分からない音と半年間はんとしかんも付き合っていれば、音を聞くだけで反応はんのうする習慣しゅうかんいやでもつく。かんがかたを変えれば絶対ぜったい寝坊ねぼう遅刻ちこく二度寝にどねもしないが、毎日続けていたら緊急時きんきゅうじ反応はんのう支障ししょうきたす恐れもある。
 ぼちぼちなおしていかなきゃいけないのは分かっているが、変身した次の日の朝は、長距離走ちょうきょりそう全速力ぜんそくりょくで走り切ったかのような疲労感ひろうかんが込み上げてくるので、どうしても眠気に意識を乗っ取られてしまう。
 だが──それもあと少しだ。
 のここまは七個。一日一個のペースで回収すれば、一週間でケリがつく。悪習慣あくしゅうかんはそのあとに治せばいい。
「……しかし、今日も凝ったメニューだな」
 牛乳を一気に飲み干し、他人事ひとごとのように言った。
「料理は趣味だから」
「いい趣味をお持ちで……見習いたいよ」
「夢中になれる趣味はどれも立派だよ。悠斗くんの読書もね」
「そうですか……いただきます」
 つかみどころのない会話をしながら、俺はユニの作った味噌汁みそしるすする。
 ユニと一緒に住んでから毎朝インスタントでない味噌汁を飲んでいるが、相変わらず美味しい。塩味がちょうどよいというのもあるし、『だれかの手作り』のいう事実がどこか胸に染みてくる。
 小学三年から一人で暮らしていたから、俺も家事や料理は同年代に比べたら出来ると自負じふしているが、ユニは俺以上に料理が美味い。教えたのは俺なのに……。
「味噌汁美味しい?」
「美味しいけど、いつもと味違うね」
「あ、分かっちゃった? 味噌と出汁変えたんだよ」
「へぇ。いつもは白味噌しろみそ鰹節かつおぶし昆布こんぶだっけ?」
「うん。でも今日のは赤味噌あかみそとカメノテから出汁を取ったんだ」
 カメノテだと?
 おわんを持つ手が止まり、記憶を巡らせる。
 確かカメノテっていその割れ目とかに張り付いてる甲殻類こうかくるいで、スーパーでは中々見ないレアな食材だと、天龍堂の店長が愚痴ぐちっていた気がする。
「もしかして、店長からもらった?」
「うん。珍しいのが入ったからあげるって」
 念願ねんがん食材しょくざいを仕入れられたのが嬉しかったんだろうな。
 あの人は珍しい食材を仕入れたら、常連客じょうれんきゃくにレシピと一緒に少しだけお裾分すそわけする変わった性格を持っており、時折我が家には知らない食材による知らない料理が並ぶことがある。
 今回は出汁だから問題ないが、以前もらった『このわた』という料理を知らずに食べ、あまりの塩辛さに悶絶もんぜつした思い出がある。そのせいで店長からの食材は常に警戒するようになった。
「店長も変な食材仕入れるのやめればいいのに。なんであそこまで好奇心旺盛こうきしんおうせいなんだかね」
「でも、お陰で食費が少しだけ浮くからいいじゃん……って言いたいけど、誰かさんがその分ラーメン食べに行くから意味ないんだよね」
 わざとらしい口調とギロリと向けられる睨みから逃げるように、咳払いしながらリモコンのボタンを押す。
「さぁて、今日の星座占いはどうなってるかな!」
 普段占いなんて見てないが、このままだと朝から叱られてしまう。テレビに綺麗なニュースキャスターが表示されると、今朝のニュースが早速流れた。
『それでは本日最初のニュースです。留置所から脱走していた横領罪の会社員が、町外れの廃工場にて逮捕されました。警察は通報を受けて駆けつけたと言っております。会社員は横領罪に加え脱走の件も罪に加えられてしまい、二日後に予定されていた裁判も急遽きゅうきょ本日行うと警察が発表しました』
「あの男の裁判今日になったのか。まぁ、脱走したんだから妥当だな」
のせいで脱走したんでしょ」
 不満げに指摘され、そうだったと思い出すように頷く。
 昨晩、犯人から得た情報は戦車ルークの駒を浄化している最中に全て話した。黒ローブの男は鎧騎士アーマーナイトの存在を知っており、会社員に駒を渡したのを考慮こうりょして、残り七個をそいつが持っている説が濃厚のうこうになった。
 犯人を探すよりも駒の回収が最優先さいゆうせんなので、この件は後回しにしようとしているが、場合によっては併行へいこうした方がいいかもしれない。
『それでは次に……え、今からですか? ……はい…………はい、分かりました』
 お浸しを口にしながらニュースを見ていると、ニュースキャスターが何やら困惑こんわくしながら渡された紙を見詰めている。内容を一見すると、先ほどまでと同じ落ち着いた声で紙の字を読み上げた。
『ただいま入った情報によりますと、警察が今からある重大な情報を全国ネットで放送するそうです。既にスタジオの外にまで来ているので、少々お待ちください』
 早口で言い終わる駆け足でスタジオから降りてしまい、しばし誰も映らない画面が流されっぱなしだった。
「警察からの情報ってなんだろ? 税金カットとか給付金とかだったら嬉しいな」
「絶対にそれはない」
 俺の願望がんぼうを愛想笑いを浮かべながら否定すると、ようやくテレビに動きがあった。
 秘書の女性と初老の警官が映っている。
『皆さん、おはようございます。自分は地方警察局長ちほうけいさつきょくちょう中谷翼なかたにつばさと申します。本日は我々が得た重要情報を皆様にお知らせしたく、この場をもうけさせていただきました』
 地方警察局長──翼を名乗る男は、秘書から渡された携帯型デバイスを起動させると、背後のスクリーンにを映した。
『これは昨日、葉山公園はやまこうえんにて自衛隊が捉えた写真です。我々は付近の住民の通報を受けて駆けつけた所、写真の中心にいる怪物と遭遇しました』
 映像を切ると、今度は昨日倒した悪鬼の姿がスクリーンに映された。
『怪物の名は悪鬼あっき。五十年前に発見された呪物が人間の欲望を餌に生まれた存在です。悪鬼は現場に駆けつけた自衛隊を壊滅させるほどの凶暴性を持っておりますので、もし見かけた際にはすぐにその場から離れてください』
「……こいつら、何考えてんだ?」
 しばらく無言で聞き入れていたが、今になって率直な感想がこぼれ落ちた。
 いくらなんでも早すぎる。高校生のなんの根拠もない情報をたった一日でおおやけにするなんて……。
『恐ろしい点はそれだけではありません。悪鬼には自衛隊が持つ近代兵器が通用しません。つまり、一度暴れ出したら、我々に止める術がありません』
「で、では……悪鬼は倒せないということでしょうか?」
 カメラが動き、ステージの端に座る老人が映る。朝のニュースでよく見る政治家の質問に、局長は首を横に振って答えた。
『いえ、悪鬼を倒す方法はあります。我々はその情報を得たので、悪鬼の存在をおおやけにしたのです』
「ま……まさか」
 嫌な予感が背筋を這い上がってくる。
 スクリーンの映像が変わり、今度は白い騎士が映される。あれは……鎧騎士アーマーナイトだ。
鎧騎士アーマーナイト。これこそ、我々警察が開発した悪鬼に対抗する唯一の手段であり、人類の希望そのものです!』
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