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一章 現代の騎士
第七話
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人通りの少ない裏路地を通って帰路についてからロットを魔法陣に戻し、何食わぬ顔で表参道を歩き始める。
道路には何台ものパトカーがサイレンを鳴らしながら走っている。ユニが戦闘開始と同時に通報していたから、行き先は恐らく廃工場だろう。今頃、犯人が逮捕されて輸送される手前に違いない。
などと考えながら、おもむろにポケットから戦車の駒を取り出し、ユニに手渡す。
「はい、白の戦車。浄化しといて」
一瞬嫌そうな表情を見せてきたが、すぐに真顔に戻り、頷いた。
「うん。任せて」
ユニが受け取るのを確かめてから、コンビニを指差す。
「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる」
「家まで我慢できないの?」
「我慢できたら言わないよ」
適当にあしらいながら足早にコンビニのトイレに駆け込み、多目的トイレの鍵を施錠する。
急いで便器の前まで行き、堪えていたものを解く。
「ぐっ──!」
心臓を直接握りしめられてるかのような激痛に喘ぎながら、その場に崩れるように屈する。
激痛を少しでも和らげようと何度も深呼吸を繰り返すが、痛みは止まずに増していく一方だった。
次第に痛みは心臓から全身に広がっていくが、最後に出る耐え難い頭痛が全ての痛みを掻き消してくれた。
無数の針が脳を中から刺してくるような痛み。何も考えることができず、叫び声すら上げられない。できるのは、痛みが去るまで蹲るだけ……。
五分ほど経っただろうか。全身から痛みがゆっくりと薄れていき、乱れた呼吸も正常に戻っていく。だが頭痛の残留はまだ残っているのか、頭を動かすと少しだけ疼く。
「はぁ……はぁ……」
頭を揺らさないように立ち上がり、鏡で自分の顔を見る。真っ青な顔色に滝のように汗をかいて、自分で言うのもなんだが酷い顔だ。
「流石に……無茶しすぎたか……」
鏡に写る無様な自分を戒め、嘲笑する。
一日に二回の変身自体は問題ないが、召喚獣を呼び出しすぎた。予想以上に呪力を体に入れすぎたせいで、いつもの比じゃないほどの副作用が一気に押し寄せてきた。
壁にもたれながら、まだ少し荒い呼吸を正し、ふとブレスレットを見る。
俺が使っているブレスレットは、理性を保ちながら呪力を纏って戦うことができるが、ノーリスクというわけではない。
呪力は駒が発する負のエネルギーであり、人間の欲望を餌に人体に広がっていくウィルスのようなものだ。
ブレスレットは簡単に言えば、駒から流れる呪力を鎧や武器に変換してくれる装置であり、呪力を無害な増強剤に変えているわけでもなく、呪力が餌にする物を変えているだけに過ぎない。
呪力が餌にしている物までは不明だが、変身を解除する度に心臓が苦しくなる。ユニも原因を探ってくれているが未だ判明しないため、俺たちは副作用と呼んでいる。
我慢する必要はないが、彼女に余計な心配はかけたくない。
汗を流すために顔を洗い、顔色が戻るのを待ってからトイレを出ると、待ちくたびれたユニがレジ袋片手に紅茶を飲んでいる。
俺に気付くと、レジ袋からもう一本紅茶を取り出し、こちらに差し出してきた。
「随分と長かったね」
疑いの眼差しで訊ねられ、俺は逃げるように目を合わせずに答える。
「ず……ずっと我慢してたからしょうがないよ」
全てを見透かす彼女の目を前に嘘はつけないので、大事な部分だけを端折るも、そんな浅はかな考えをもお見通しとばかりに、突然襟元を掴んできた。
目と鼻の先にまで顔を近づけると、苦虫を噛み潰したような表情で訴えてきた。
「今回も許したくないけど、次また無理したら本気で怒るから」
目を見れば分かる。冗談ではなく本気で怒っている。そして──それだけ心配してくれているのが。
「悪鬼を倒したい気持ちは分かるけど、無理して苦しむ悠斗くんなんて見たくない。だから……」
そこから先は言葉にできないのか、何も言わずにゆっくりと手を離す。
俺は緩んだネクタイを締め直し、腕を組んでから断る。
「次から気をつけるよ。……と言いたいところだけど、難しいかな」
「……なんで?」
極限まで怒りを抑えているんだろうが、どうしても声色に滲み出てしまっており、若干強張っている。
俺は表情を引き締め、真剣に返す。
「敵はどんどん強くなってる。欲望の強さだけじゃない……駒の呪力が原因かもしれない」
「それは絶対にない」
食い気味な否定だが反論はせずに、彼女の考察に耳を傾ける。
「駒は三つの種類──上級・中級・下級に分けられてるでしょ? 下級は兵士、中級は騎士に僧侶、戦車の三つで、上級はまだ回収できてない女王と王の二つ。今回の戦車は騎士と同等の級だから呪力に差はないはずだよ?」
「そうなんだけど……なんていうか、理屈の話じゃないんだ。直に戦って分かった……今回の悪鬼は、何かおかしかった」
駒の呪力は同じのはずなのに、騎士と僧侶を併用してやっと倒せる強さだった。ならば原因は、呪力の質か?
今回の依代は金への執着を餌にされていた。金に対する欲望は底を尽きることはなく、無限に湧き出てくる。呪力からすれば砂漠のオアシスとでも言うべきもので、常に餌が溢れてくるから力も湧いてきたというのだろうか……?
騎士のスペックは特性『中立』のせいもあって全てが平均的だから相性の問題もありそうだな……とブツブツ呟きながら先に行くと、ユニは駆け寄り、呆れながら言った。
「なにそれ……感覚で話されても分かんないよ」
一度考える事をやめ、後ろ髪を掻きながらやけくそ気味に返す。
「しょうがないでしょ。上手く言えないんだから」
「もう……分かったよ。浄化する前に一通り調べてみる」
「任せたよ……さぁて、それじゃ晩飯にラーメンでも食べに行くか」
湿っぽい話題を切り替えようと陽気な声で言うも、返ってきたのは非情なものだった。
「駄目に決まってるでしょ」
「え、なんで」
「悠斗くん、今月何杯目?」
詰め寄られてしまい、俺は目を泳がせながら不明瞭に答える。
「四……いや、五杯目だったかな……」
「七杯目でしょ。店長から聞いた」
あの強面店長め……今度行った時にオススメの紹介最後まで聞いた上でいつもの頼んでやると、ささやかな復讐を誓いながら、夕陽が沈んでいく表参道を後にする。
残された駒は、上級の駒が四個。黒の騎士・戦車と黒の僧侶が二個──。
道路には何台ものパトカーがサイレンを鳴らしながら走っている。ユニが戦闘開始と同時に通報していたから、行き先は恐らく廃工場だろう。今頃、犯人が逮捕されて輸送される手前に違いない。
などと考えながら、おもむろにポケットから戦車の駒を取り出し、ユニに手渡す。
「はい、白の戦車。浄化しといて」
一瞬嫌そうな表情を見せてきたが、すぐに真顔に戻り、頷いた。
「うん。任せて」
ユニが受け取るのを確かめてから、コンビニを指差す。
「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる」
「家まで我慢できないの?」
「我慢できたら言わないよ」
適当にあしらいながら足早にコンビニのトイレに駆け込み、多目的トイレの鍵を施錠する。
急いで便器の前まで行き、堪えていたものを解く。
「ぐっ──!」
心臓を直接握りしめられてるかのような激痛に喘ぎながら、その場に崩れるように屈する。
激痛を少しでも和らげようと何度も深呼吸を繰り返すが、痛みは止まずに増していく一方だった。
次第に痛みは心臓から全身に広がっていくが、最後に出る耐え難い頭痛が全ての痛みを掻き消してくれた。
無数の針が脳を中から刺してくるような痛み。何も考えることができず、叫び声すら上げられない。できるのは、痛みが去るまで蹲るだけ……。
五分ほど経っただろうか。全身から痛みがゆっくりと薄れていき、乱れた呼吸も正常に戻っていく。だが頭痛の残留はまだ残っているのか、頭を動かすと少しだけ疼く。
「はぁ……はぁ……」
頭を揺らさないように立ち上がり、鏡で自分の顔を見る。真っ青な顔色に滝のように汗をかいて、自分で言うのもなんだが酷い顔だ。
「流石に……無茶しすぎたか……」
鏡に写る無様な自分を戒め、嘲笑する。
一日に二回の変身自体は問題ないが、召喚獣を呼び出しすぎた。予想以上に呪力を体に入れすぎたせいで、いつもの比じゃないほどの副作用が一気に押し寄せてきた。
壁にもたれながら、まだ少し荒い呼吸を正し、ふとブレスレットを見る。
俺が使っているブレスレットは、理性を保ちながら呪力を纏って戦うことができるが、ノーリスクというわけではない。
呪力は駒が発する負のエネルギーであり、人間の欲望を餌に人体に広がっていくウィルスのようなものだ。
ブレスレットは簡単に言えば、駒から流れる呪力を鎧や武器に変換してくれる装置であり、呪力を無害な増強剤に変えているわけでもなく、呪力が餌にする物を変えているだけに過ぎない。
呪力が餌にしている物までは不明だが、変身を解除する度に心臓が苦しくなる。ユニも原因を探ってくれているが未だ判明しないため、俺たちは副作用と呼んでいる。
我慢する必要はないが、彼女に余計な心配はかけたくない。
汗を流すために顔を洗い、顔色が戻るのを待ってからトイレを出ると、待ちくたびれたユニがレジ袋片手に紅茶を飲んでいる。
俺に気付くと、レジ袋からもう一本紅茶を取り出し、こちらに差し出してきた。
「随分と長かったね」
疑いの眼差しで訊ねられ、俺は逃げるように目を合わせずに答える。
「ず……ずっと我慢してたからしょうがないよ」
全てを見透かす彼女の目を前に嘘はつけないので、大事な部分だけを端折るも、そんな浅はかな考えをもお見通しとばかりに、突然襟元を掴んできた。
目と鼻の先にまで顔を近づけると、苦虫を噛み潰したような表情で訴えてきた。
「今回も許したくないけど、次また無理したら本気で怒るから」
目を見れば分かる。冗談ではなく本気で怒っている。そして──それだけ心配してくれているのが。
「悪鬼を倒したい気持ちは分かるけど、無理して苦しむ悠斗くんなんて見たくない。だから……」
そこから先は言葉にできないのか、何も言わずにゆっくりと手を離す。
俺は緩んだネクタイを締め直し、腕を組んでから断る。
「次から気をつけるよ。……と言いたいところだけど、難しいかな」
「……なんで?」
極限まで怒りを抑えているんだろうが、どうしても声色に滲み出てしまっており、若干強張っている。
俺は表情を引き締め、真剣に返す。
「敵はどんどん強くなってる。欲望の強さだけじゃない……駒の呪力が原因かもしれない」
「それは絶対にない」
食い気味な否定だが反論はせずに、彼女の考察に耳を傾ける。
「駒は三つの種類──上級・中級・下級に分けられてるでしょ? 下級は兵士、中級は騎士に僧侶、戦車の三つで、上級はまだ回収できてない女王と王の二つ。今回の戦車は騎士と同等の級だから呪力に差はないはずだよ?」
「そうなんだけど……なんていうか、理屈の話じゃないんだ。直に戦って分かった……今回の悪鬼は、何かおかしかった」
駒の呪力は同じのはずなのに、騎士と僧侶を併用してやっと倒せる強さだった。ならば原因は、呪力の質か?
今回の依代は金への執着を餌にされていた。金に対する欲望は底を尽きることはなく、無限に湧き出てくる。呪力からすれば砂漠のオアシスとでも言うべきもので、常に餌が溢れてくるから力も湧いてきたというのだろうか……?
騎士のスペックは特性『中立』のせいもあって全てが平均的だから相性の問題もありそうだな……とブツブツ呟きながら先に行くと、ユニは駆け寄り、呆れながら言った。
「なにそれ……感覚で話されても分かんないよ」
一度考える事をやめ、後ろ髪を掻きながらやけくそ気味に返す。
「しょうがないでしょ。上手く言えないんだから」
「もう……分かったよ。浄化する前に一通り調べてみる」
「任せたよ……さぁて、それじゃ晩飯にラーメンでも食べに行くか」
湿っぽい話題を切り替えようと陽気な声で言うも、返ってきたのは非情なものだった。
「駄目に決まってるでしょ」
「え、なんで」
「悠斗くん、今月何杯目?」
詰め寄られてしまい、俺は目を泳がせながら不明瞭に答える。
「四……いや、五杯目だったかな……」
「七杯目でしょ。店長から聞いた」
あの強面店長め……今度行った時にオススメの紹介最後まで聞いた上でいつもの頼んでやると、ささやかな復讐を誓いながら、夕陽が沈んでいく表参道を後にする。
残された駒は、上級の駒が四個。黒の騎士・戦車と黒の僧侶が二個──。
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