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一章 現代の騎士
第六話
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「さっさと終わらせて帰らせてもらうよ」
「舐めるな! 鎧変化したところで!」
二人が同時に走り出す。
鎧騎士は走りながら左手の鉄扇を悪鬼に向けて投擲する。悪鬼はそれを右腕のキャタピラで払い、その勢いを乗せながら拳を奮った。
右手の鉄扇で受け流し、そのまま空高く舞い上がると、帰ってきた鉄扇を空中でキャッチし、悪鬼めがけて急降下する。
悪鬼は背後に折り畳んでいたミサイルポッドを展開し、激しく撃ち込む。俺は両手の鉄扇でそれを弾きながら脚を突き出す。
悪鬼は飛び蹴りを躱しながら素早くキャタピラのレールを拳に巻き付け、着地する鎧騎士に殴りかかる。鎧騎士はそれを避けながら鉄扇を脇腹に突き刺し、悪鬼の体勢を崩す。
鎧騎士は、間髪入れずに鉄扇で攻める。しかし騎士に比べ一撃の威力が弱い僧侶の攻撃に耐えた悪鬼は、猛烈な突きをすんでのところで躱し、振り向きざまにラリアットを繰り出した。
だが、鎧騎士も読んでいたとばかりに紙一重で躱す。
悪鬼の腹を蹴り、後方に飛んで距離を取る。
「やるな……」
「貴様こそ……だが、もう終わりだ」
両拳を打ち付けた悪鬼が、髑髏の口角を上げながら言った。
「その素早さには見るべきものがあるが、故に貴様は自らの弱点を露見した。そう……その鎧は防御が劣っている。だから貴様は動きで翻弄しているのだろ?」
気付きやがったか……。冷や汗をかきながら憎らしげに呟く。
悪鬼の言う通り、僧侶の鎧は他のに比べて薄くて脆い。恐らく、奴の攻撃を一発でも受ければ致命傷になりかねないほどに。
「貴様に時間をかける暇はないのでね……終わりにさせてもらう!」
四肢のキャタピラを回転させ始めたということは、ナイトの形態変化でやっと対等になれる高速での攻撃で決着をつけようとしている。
「消えろぉ!」
叫び、悪鬼の姿が歪む。
一秒後──。
俺は体を捻って、悪鬼の拳を避けた。
「なんだと⁉︎」
背後から驚く声が聞こえたと思うと、今度は真横からの突撃を一歩下がって避ける。次の斜め右下からのストレートを鉄扇で受け流し、続く正面からの攻撃を鉄扇で弾く。
「馬鹿な⁉︎」
驚愕で一瞬だけ動きを止めた悪鬼の顔面に横蹴りを浴びせる。不意を突かれた悪鬼は受け身を取ることもできずに吹っ飛ばされ、地面に転がっていく。
「な、何故だ! なぜ、私の動きが分かる!」
「さて、何故でしょう?」
跪く悪鬼を見下ろしながらシラを切り、ブレスレットにビショップを二回押し込む。機械音声で『形態変化』と流れ、両手の鉄扇が分解・再構築される。
六本の長い尾に構築されると、既にある三本の尾と合わさり、九本の尾が出来上がった。
「お前の言う通り、さっさとケリをつけようか」
押し込んだ駒を手前に倒すと、デバイスから女性の機械音声が流れた。
『天狐の咆哮』
両腕を組むと、九つの尾から無数のレーザーが放出され、悪鬼に向かって一斉に飛んでいった。
「うぉァァァッ!」
埃と共に舞い上がる悪鬼に追撃をかけるように、二発目のレーザーが襲い掛かる。キャタピラをクロスさせ防ごうとするが、レーザーは当たる直前に軌道を変え背後に回り込む。叩きつけられるように直撃し、瓦礫と共に地面に激突する。
「これで倒せたなんて思っちゃいないよ。……どうだ? 小賢しい攻撃の味は?」
なびく尾を撫でながら訊くと、悪鬼は瓦礫を退けながら立ち上がった。
「先に答えてやる! そんな攻撃を何万回繰り返したところで無駄だ」
強がりに聞こえるが、実際合っている。ビショップの攻撃では戦車の装甲に有効打を与えるのは難しい。
「なぜ私の攻撃を避けられるのかは解らんが、貴様の攻撃では私は倒せん!」
俺はやれやれとばかりに首を振りながら、ため息混じりに呟いた。
「勝敗を分けるのは力だけじゃない」
悪鬼がこちらに顔を向けた途端、ようやく自分の体の違和感に気付いたのか、自分の手に視線を落とした。
「確かにビショップじゃお前は倒せない。だから、目的を一つに絞った」
形態変化を解除し、鉄扇を仰ぎながら続ける。
「ビショップの特性は精密さだ。俺はそれを利用して、お前の特性である機動力を削ぐことに専念したのさ」
「貴様……まさか、あの攻撃は私に対してではなく……最初からこれを狙って!」
背中と四肢から火花と黒煙を上げる悪鬼が全てを理解した瞬間──キャタピラとミサイルポッドが爆発する。
「グァッ⁉︎」
爆発に巻き込まれ後方に吹き飛んでいき、ドラム缶の山が盛大な音を立てて悪鬼を下敷きにする。
「単純な力じゃルークに勝てる駒は少ない。でもな、戦いっていうのは力だけじゃ成立しない。直進しかできないルークじゃ、ビショップを捕らえるのは大変だし、正面以外から攻められて終わりってこともあるんだよ」
ドラム缶を除けながら這い出てきた悪鬼には、もう戦車の面影は残っていない。キャタピラはレールが途切れており、ミサイルポッドはドラム缶に埋もれた時に発射口が潰れてしまったのかへしゃげている。
「機動力を失った戦車なんてただの砲台だが……ここで問題」
地べたに這いつくばる悪鬼に近づき、腰のホルダーから取り出した騎士の駒を悪鬼に突きつける。
「砲台と騎士……勝つのはどちらでしょう?」
キュウビが元の姿に戻ってから、白い魔法陣からロットが現れる。分解されたロットが全身に装着され、槍を握ってから言う。
「正解は……騎士だ」
駒を柄頭に嵌め、引き金を長押しする。槍の穂に雷が纏ったのを確認してから、駒をもう一度ブレスレットに押し込む。
ブレスレットの側面に備えられたボタンを押してから押し倒すと、機械音声が流れる。
『必殺技・雷馬の脚』
「チェックメイトだ」
決め台詞と共に槍を悪鬼に投げつける。穂が深々と胴体に突き刺さり、雷で内部までダメージを負わせる。
右脚に雷が宿ってから走り出し、槍の柄頭に飛び蹴りを叩き込む。
槍ごと悪鬼を貫き通り、着地しながら槍についた雷を振り払うと、後方から悲鳴と共に巨大な爆発が炸裂する。振り向けば、駒の依代になっていたスーツ姿の男性が駒を握りながら倒れている。
「……ふぅ」
やっと悪鬼を仕留められたことに安堵しながら、男の手から駒を奪い取る。
「白の戦車……」
これで残り七個。しかも白の駒は浄化すればビショップのように使うことが出来る。
「う……うぅぅん……」
倒れ込む男の呻きで我に帰り、視線を向ける。声帯まで侵食されていたから意識が目覚めない可能性もあったが、どうやら杞憂だったようだ。
変身を解除し、男の顔を覗き込む。
「……こいつは」
男の顔には見覚えがあった。
記憶の中を適当に探り、あっと思い出す。
署に連行される時にパトカー内のテレビで見た、例の横領事件の犯人だ。留置所にいるはずの男が目の前にいる事は謎だが、それを調べる暇はない。
先に戦車をホルダーに入れてから、眠っている男の顔を数回軽く叩く。
「起きてください。もう朝ですよ」
耳元で囁くと、朦朧としてるはずなのにやけにはっきりした声を上げて起き上がってきた。
「ま、待ってくれ! 金はちゃんと返すから、もう少しだけ!」
いきなりどうしたのかと唖然としていると、男は少しだけ落ち着いたのか自分の体を何回も見ながら一人で喋り始めた。
「あ、あれ? 私は、なんでこんな所にいるんだ? 警察署にいたはずなのに……?」
「覚えてないんですか?」
慌てそうになるのを未然に防ぐために話しかけると、男は違う意味で慌ててしまった。
「うわぁ! だ、誰だ君は!」
悪鬼の時は勝ち気な性格だったが、依代は結構臆病なんだな……。真逆な性格に苦笑し、興奮を冷ますようにゆっくりと話す。
「俺は柏木悠斗と言う者で、あなたを悪鬼から救うために戦った鎧騎士です。その名前に覚えはありますか?」
「アーマー……ナイト……?」
小声で何度も復唱すると、ぼんやりとしながら話し出した。
「……覚えてるよ。たしか私は、留置所にいた時に……黒ローブの男から変な駒を渡されて、それから意識がなくて……ただ、お金のことしか考えられなくなって……」
「黒ローブの男……?」
「あぁ。そいつは、私に言ったんだ。欲望を叶える力を与える。その欲望で強力な悪鬼を生み出し、鎧騎士を倒せって」
これで確定だ。三十二個の駒を奪った犯人は間違いなくソイツだ。俺の存在を知っているのはユニと駒を奪った者だけだ。
少しずつ犯人に近づいてきている気がするが、今は喜んでる場合ではない。
俺は呆然としている男に訊ねた。
「混乱しているのに畳み掛けるようで悪いですが、黒ローブの男について何か教えてください。些細なことでもいいので」
男はたっぷり数十秒考え込んだが、何も覚えていないと言われてしまった。
仕方ない。用心深い犯人ならそう簡単にボロは出さないし、黒ローブという特徴が知れただけ良しにしておこう。
「……悠斗くん。これから私は、どうなるんだ……」
自分がしてきた事に今更ながら反省しているのか、男の顔が真っ青になっていく。
本来なら欲望に負けた人間なんて励ます気はないんだが、ユニから何回も言われた言葉が脳裏をチラついてしまう。
はぁ……とため息をどうにか呑み込み、適当な台詞を無感情に告げる。
「……残念ですが無罪とはいきませんよ。会社のお金に手を出したんですから」
「やっぱり、そうだよねぇ……はぁ、なんであんな馬鹿なことを……」
「そこまで後悔してるなら、なんでしたんですか?」
ニュースでは私的利用と言われていたが、臆病なこの男にそれだけの度量があるとは思えない。そもそもで会社の金に手を出す勇気もなさそうだ。
「いやね……しょうもない理由だよ。ただ……仕事が上手くいかなくて、毎日上司に怒られて。ストレスを賭け事で発散してたら破産してね。借金もしていて、気付いたら会社のお金を返済に当てていたんだ」
だから起きた時にあんな事を言っていたのか。
しかし……やばいな。
同情の余地もないほどの理由にどう励ますべきか悩んでしまう。いや、そもそも励ます必要もないんじゃないかってぐらい酷い理由だ。
ぶっちゃけ放っておきたいが、警察が来るまでここに留めておかねば。
俺は懸命に言葉を探しながら喋った。
「はっきり言って、貴方は大馬鹿です。一時の快楽に身を任せた行動で破滅するのは勝手ですが、後始末で他人を巻き込むなんて常軌を逸してます。金銭欲を利用されて悪鬼の依代にされるなんて、本当に馬鹿ですよ。最悪、命が無くなってたかもしれないのに」
キツめな言い方だが、男は反論せずに一身に受け止めている。少しだけ可哀想だと思いそうになるのをどうにか堪え、なおも続ける。
「今回の件で懲りたんなら、次からは真面目に生きるようにしてください。汚い欲望に負けないように努力して、毎日を必死に生きれば、いつかは報われますから」
「……ゆ、悠斗くん」
半泣き状態で名前を呼ぶのと同時に、工場の外からいくつものサイレンが鳴り響いてきた。ユニが呼んだ警察がようやく来たようだ。
「後のことは警察に任せるんで、あなたはちゃんと罪を償ってください。それで帰ってきたら、今度こそ真面目に生きるようにしてください」
心にもない励ましを告げると、戦車の駒を再度確認してから走り出す。窓枠から外に出た瞬間にロットを召喚し、ユニを手招きで呼び寄せる。
「悠斗くん⁉︎ 異常はないよね?」
「この通りピンピンしてるよ。それより早く乗って。また捕まったらめんどくさいから」
先に跨り、ユニの手を取る。前座に座らせてから手綱を鳴らし、乗り手に負担が掛からない速度で廃道を駆け抜ける。
「舐めるな! 鎧変化したところで!」
二人が同時に走り出す。
鎧騎士は走りながら左手の鉄扇を悪鬼に向けて投擲する。悪鬼はそれを右腕のキャタピラで払い、その勢いを乗せながら拳を奮った。
右手の鉄扇で受け流し、そのまま空高く舞い上がると、帰ってきた鉄扇を空中でキャッチし、悪鬼めがけて急降下する。
悪鬼は背後に折り畳んでいたミサイルポッドを展開し、激しく撃ち込む。俺は両手の鉄扇でそれを弾きながら脚を突き出す。
悪鬼は飛び蹴りを躱しながら素早くキャタピラのレールを拳に巻き付け、着地する鎧騎士に殴りかかる。鎧騎士はそれを避けながら鉄扇を脇腹に突き刺し、悪鬼の体勢を崩す。
鎧騎士は、間髪入れずに鉄扇で攻める。しかし騎士に比べ一撃の威力が弱い僧侶の攻撃に耐えた悪鬼は、猛烈な突きをすんでのところで躱し、振り向きざまにラリアットを繰り出した。
だが、鎧騎士も読んでいたとばかりに紙一重で躱す。
悪鬼の腹を蹴り、後方に飛んで距離を取る。
「やるな……」
「貴様こそ……だが、もう終わりだ」
両拳を打ち付けた悪鬼が、髑髏の口角を上げながら言った。
「その素早さには見るべきものがあるが、故に貴様は自らの弱点を露見した。そう……その鎧は防御が劣っている。だから貴様は動きで翻弄しているのだろ?」
気付きやがったか……。冷や汗をかきながら憎らしげに呟く。
悪鬼の言う通り、僧侶の鎧は他のに比べて薄くて脆い。恐らく、奴の攻撃を一発でも受ければ致命傷になりかねないほどに。
「貴様に時間をかける暇はないのでね……終わりにさせてもらう!」
四肢のキャタピラを回転させ始めたということは、ナイトの形態変化でやっと対等になれる高速での攻撃で決着をつけようとしている。
「消えろぉ!」
叫び、悪鬼の姿が歪む。
一秒後──。
俺は体を捻って、悪鬼の拳を避けた。
「なんだと⁉︎」
背後から驚く声が聞こえたと思うと、今度は真横からの突撃を一歩下がって避ける。次の斜め右下からのストレートを鉄扇で受け流し、続く正面からの攻撃を鉄扇で弾く。
「馬鹿な⁉︎」
驚愕で一瞬だけ動きを止めた悪鬼の顔面に横蹴りを浴びせる。不意を突かれた悪鬼は受け身を取ることもできずに吹っ飛ばされ、地面に転がっていく。
「な、何故だ! なぜ、私の動きが分かる!」
「さて、何故でしょう?」
跪く悪鬼を見下ろしながらシラを切り、ブレスレットにビショップを二回押し込む。機械音声で『形態変化』と流れ、両手の鉄扇が分解・再構築される。
六本の長い尾に構築されると、既にある三本の尾と合わさり、九本の尾が出来上がった。
「お前の言う通り、さっさとケリをつけようか」
押し込んだ駒を手前に倒すと、デバイスから女性の機械音声が流れた。
『天狐の咆哮』
両腕を組むと、九つの尾から無数のレーザーが放出され、悪鬼に向かって一斉に飛んでいった。
「うぉァァァッ!」
埃と共に舞い上がる悪鬼に追撃をかけるように、二発目のレーザーが襲い掛かる。キャタピラをクロスさせ防ごうとするが、レーザーは当たる直前に軌道を変え背後に回り込む。叩きつけられるように直撃し、瓦礫と共に地面に激突する。
「これで倒せたなんて思っちゃいないよ。……どうだ? 小賢しい攻撃の味は?」
なびく尾を撫でながら訊くと、悪鬼は瓦礫を退けながら立ち上がった。
「先に答えてやる! そんな攻撃を何万回繰り返したところで無駄だ」
強がりに聞こえるが、実際合っている。ビショップの攻撃では戦車の装甲に有効打を与えるのは難しい。
「なぜ私の攻撃を避けられるのかは解らんが、貴様の攻撃では私は倒せん!」
俺はやれやれとばかりに首を振りながら、ため息混じりに呟いた。
「勝敗を分けるのは力だけじゃない」
悪鬼がこちらに顔を向けた途端、ようやく自分の体の違和感に気付いたのか、自分の手に視線を落とした。
「確かにビショップじゃお前は倒せない。だから、目的を一つに絞った」
形態変化を解除し、鉄扇を仰ぎながら続ける。
「ビショップの特性は精密さだ。俺はそれを利用して、お前の特性である機動力を削ぐことに専念したのさ」
「貴様……まさか、あの攻撃は私に対してではなく……最初からこれを狙って!」
背中と四肢から火花と黒煙を上げる悪鬼が全てを理解した瞬間──キャタピラとミサイルポッドが爆発する。
「グァッ⁉︎」
爆発に巻き込まれ後方に吹き飛んでいき、ドラム缶の山が盛大な音を立てて悪鬼を下敷きにする。
「単純な力じゃルークに勝てる駒は少ない。でもな、戦いっていうのは力だけじゃ成立しない。直進しかできないルークじゃ、ビショップを捕らえるのは大変だし、正面以外から攻められて終わりってこともあるんだよ」
ドラム缶を除けながら這い出てきた悪鬼には、もう戦車の面影は残っていない。キャタピラはレールが途切れており、ミサイルポッドはドラム缶に埋もれた時に発射口が潰れてしまったのかへしゃげている。
「機動力を失った戦車なんてただの砲台だが……ここで問題」
地べたに這いつくばる悪鬼に近づき、腰のホルダーから取り出した騎士の駒を悪鬼に突きつける。
「砲台と騎士……勝つのはどちらでしょう?」
キュウビが元の姿に戻ってから、白い魔法陣からロットが現れる。分解されたロットが全身に装着され、槍を握ってから言う。
「正解は……騎士だ」
駒を柄頭に嵌め、引き金を長押しする。槍の穂に雷が纏ったのを確認してから、駒をもう一度ブレスレットに押し込む。
ブレスレットの側面に備えられたボタンを押してから押し倒すと、機械音声が流れる。
『必殺技・雷馬の脚』
「チェックメイトだ」
決め台詞と共に槍を悪鬼に投げつける。穂が深々と胴体に突き刺さり、雷で内部までダメージを負わせる。
右脚に雷が宿ってから走り出し、槍の柄頭に飛び蹴りを叩き込む。
槍ごと悪鬼を貫き通り、着地しながら槍についた雷を振り払うと、後方から悲鳴と共に巨大な爆発が炸裂する。振り向けば、駒の依代になっていたスーツ姿の男性が駒を握りながら倒れている。
「……ふぅ」
やっと悪鬼を仕留められたことに安堵しながら、男の手から駒を奪い取る。
「白の戦車……」
これで残り七個。しかも白の駒は浄化すればビショップのように使うことが出来る。
「う……うぅぅん……」
倒れ込む男の呻きで我に帰り、視線を向ける。声帯まで侵食されていたから意識が目覚めない可能性もあったが、どうやら杞憂だったようだ。
変身を解除し、男の顔を覗き込む。
「……こいつは」
男の顔には見覚えがあった。
記憶の中を適当に探り、あっと思い出す。
署に連行される時にパトカー内のテレビで見た、例の横領事件の犯人だ。留置所にいるはずの男が目の前にいる事は謎だが、それを調べる暇はない。
先に戦車をホルダーに入れてから、眠っている男の顔を数回軽く叩く。
「起きてください。もう朝ですよ」
耳元で囁くと、朦朧としてるはずなのにやけにはっきりした声を上げて起き上がってきた。
「ま、待ってくれ! 金はちゃんと返すから、もう少しだけ!」
いきなりどうしたのかと唖然としていると、男は少しだけ落ち着いたのか自分の体を何回も見ながら一人で喋り始めた。
「あ、あれ? 私は、なんでこんな所にいるんだ? 警察署にいたはずなのに……?」
「覚えてないんですか?」
慌てそうになるのを未然に防ぐために話しかけると、男は違う意味で慌ててしまった。
「うわぁ! だ、誰だ君は!」
悪鬼の時は勝ち気な性格だったが、依代は結構臆病なんだな……。真逆な性格に苦笑し、興奮を冷ますようにゆっくりと話す。
「俺は柏木悠斗と言う者で、あなたを悪鬼から救うために戦った鎧騎士です。その名前に覚えはありますか?」
「アーマー……ナイト……?」
小声で何度も復唱すると、ぼんやりとしながら話し出した。
「……覚えてるよ。たしか私は、留置所にいた時に……黒ローブの男から変な駒を渡されて、それから意識がなくて……ただ、お金のことしか考えられなくなって……」
「黒ローブの男……?」
「あぁ。そいつは、私に言ったんだ。欲望を叶える力を与える。その欲望で強力な悪鬼を生み出し、鎧騎士を倒せって」
これで確定だ。三十二個の駒を奪った犯人は間違いなくソイツだ。俺の存在を知っているのはユニと駒を奪った者だけだ。
少しずつ犯人に近づいてきている気がするが、今は喜んでる場合ではない。
俺は呆然としている男に訊ねた。
「混乱しているのに畳み掛けるようで悪いですが、黒ローブの男について何か教えてください。些細なことでもいいので」
男はたっぷり数十秒考え込んだが、何も覚えていないと言われてしまった。
仕方ない。用心深い犯人ならそう簡単にボロは出さないし、黒ローブという特徴が知れただけ良しにしておこう。
「……悠斗くん。これから私は、どうなるんだ……」
自分がしてきた事に今更ながら反省しているのか、男の顔が真っ青になっていく。
本来なら欲望に負けた人間なんて励ます気はないんだが、ユニから何回も言われた言葉が脳裏をチラついてしまう。
はぁ……とため息をどうにか呑み込み、適当な台詞を無感情に告げる。
「……残念ですが無罪とはいきませんよ。会社のお金に手を出したんですから」
「やっぱり、そうだよねぇ……はぁ、なんであんな馬鹿なことを……」
「そこまで後悔してるなら、なんでしたんですか?」
ニュースでは私的利用と言われていたが、臆病なこの男にそれだけの度量があるとは思えない。そもそもで会社の金に手を出す勇気もなさそうだ。
「いやね……しょうもない理由だよ。ただ……仕事が上手くいかなくて、毎日上司に怒られて。ストレスを賭け事で発散してたら破産してね。借金もしていて、気付いたら会社のお金を返済に当てていたんだ」
だから起きた時にあんな事を言っていたのか。
しかし……やばいな。
同情の余地もないほどの理由にどう励ますべきか悩んでしまう。いや、そもそも励ます必要もないんじゃないかってぐらい酷い理由だ。
ぶっちゃけ放っておきたいが、警察が来るまでここに留めておかねば。
俺は懸命に言葉を探しながら喋った。
「はっきり言って、貴方は大馬鹿です。一時の快楽に身を任せた行動で破滅するのは勝手ですが、後始末で他人を巻き込むなんて常軌を逸してます。金銭欲を利用されて悪鬼の依代にされるなんて、本当に馬鹿ですよ。最悪、命が無くなってたかもしれないのに」
キツめな言い方だが、男は反論せずに一身に受け止めている。少しだけ可哀想だと思いそうになるのをどうにか堪え、なおも続ける。
「今回の件で懲りたんなら、次からは真面目に生きるようにしてください。汚い欲望に負けないように努力して、毎日を必死に生きれば、いつかは報われますから」
「……ゆ、悠斗くん」
半泣き状態で名前を呼ぶのと同時に、工場の外からいくつものサイレンが鳴り響いてきた。ユニが呼んだ警察がようやく来たようだ。
「後のことは警察に任せるんで、あなたはちゃんと罪を償ってください。それで帰ってきたら、今度こそ真面目に生きるようにしてください」
心にもない励ましを告げると、戦車の駒を再度確認してから走り出す。窓枠から外に出た瞬間にロットを召喚し、ユニを手招きで呼び寄せる。
「悠斗くん⁉︎ 異常はないよね?」
「この通りピンピンしてるよ。それより早く乗って。また捕まったらめんどくさいから」
先に跨り、ユニの手を取る。前座に座らせてから手綱を鳴らし、乗り手に負担が掛からない速度で廃道を駆け抜ける。
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