欲望を求める騎士

小沢アキラ

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一章 現代の騎士

第四話

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 署に連行され、留置所りゅうちじょに放り込まれてからどれくらい経っただろうか。手錠てじょうは外してもらえたが、スマホと腕時計は没収ぼっしゅうされてしまった。
 ブレスレットと駒はなんとか隠し通せたから、その気になれば警察署けいさつしょを破壊して脱走する事もできる。しかしそんな強行策に出れば指名手配にされるので、ここは大人しくしていよう。
 それに、無闇むやみに変身するのは避けたい。正体を隠す以外の理由で……。
 やることもなく呆然と外を眺めていると、留置所の扉が開く音が聞こえた。
 ようやく釈放かと思いきや、出てきたのは二人の女性警官だった。片方はバインダーを持っており、もう片方は手錠を持っている。
悠斗ゆうとくん。取調室とりしらべしつまでご同行願います」
「了解です」
 立ち上がり、素直に手首を差し出す。すぐに手錠てじょうが嵌められ、バインダーを持つ方が背後に回る。正面に立つ警官に縄で牽引されながら、廊下を控えめな奇異きいの視線を浴びつつ歩いた。
 高校生が縄に牽引されながら取調室に入る光景がよっぽど珍しいのだろうか? たしかに滅多に見られるものではないが、ここまで注目されると少し照れる。
 自分でも分かるほど能天気のうてんきな思考に苦笑しながら取調室に入る。
 パイプ椅子に座るよう促され、離れた席に警官が座ったのを確認してから、正面に座るもう一人の警官が発した。
わたしは刑事部の沙耶香さやかと言う者です。本日はよろしくお願いいたします」
「あ、はい。こちらこそよろしくお願いいたします」
 まるで面接みたいな始まり方に戸惑っていると、警察署に来た時に書かされたプリントを持った沙耶香が、記された情報を読み上げる。
柏木悠斗かしわぎゆうとくん、西暦二〇五〇年一月三十日生まれで、歳は十六。西橋せいきょう都出身で、西橋都立赤羽高校せいきょうとりつあかばねこうこうに在学中……合ってる?」
「はい」
「両親は……って、あれ? 職業が描かれてないけど、どうして?」
 返答に一瞬だけ迷ったが、ここでにごしても面倒だ。調べたら分かる事だし、今は従順じゅうじゅんなフリをしてさっさと釈放されよう。
「両親は八年前に亡くなっています。今は叔父おじからの仕送りで生活しています」
「……失礼しつれい詮索せんさくだったわ。ごめんなさい」
「もう昔のことなんで大丈夫です」
 頭を下げられる前に制す。いきなり逮捕してきたが、無礼を詫びる心構えはあることには感心させられる。
「……それでは悠斗さん。これから貴方にはいくつか質問させていただきます。中には無礼な質問もあるかもしれないので、あらかじめご了承りょうしょうください。それとあなたには黙秘権がありますので、答えたくない質問には無理して答える必要はありません」
 何が答える必要ないだよ。黙秘したら何時間でも粘る気でいるくせに。取調べをする前に事前に申告しなければいけないのは分かっているが……。
「それで、質問する前に何か聞いておきたいことはある?」
「あります。なんで僕は逮捕されたんですか」
 食い気味にたずねるほど気になる質問を、警官はやはりと言わんばかりのため息で答えてきた。
「貴方の気持ちも分かります。私も今回の逮捕はいくらなんでも横暴ですし……下手すれば人権侵害ですから」
「そうですよ。第一、緊急逮捕きんきゅうたいほが許される要件ようけん死刑しけい無期むきもしくは長期ちょうき3年以上の懲役ちょうえき禁固きんこにあたる罪の場合でしょ? 単なる高校生の俺にそれだけの重罪起こせるわけないでしょ」
「…………」
「……ん? どうしました?」
 何故か呆然としてる警官は、今の言葉で我に返ったのか咳払いをした。
「いえ、随分ずいぶんくわしいから。法律の勉強でもしてるの?」
 それを言われ、自分でも普通の高校生ならそこまで法律に詳しくない事に気付き、細々と答える。
「父が警官けいかんだったので……」
「……そう。だから……」
 納得したのかそれ以上訊ねてくることもなく、こちらが顔を上げるのを待っている。俺はすぐに顔をあげ、警官の眼を見据える。
「貴方が逮捕された理由は二つです。一つ目は、あの怪物について私たち警察よりも詳しいから。二つ目は、ただの学生である貴方が怪物を退しりぞけるほどの兵器へいき所有しょゆうしているからです」
 後半は納得いくが前半は全然納得できない。鎧騎士アーマーナイトは兵器じゃないんだが、事情を知らない人から見れば立派な兵器なのは仕方ないにしても、自分らよりも詳しそうだから逮捕ってのは横暴だろ。
「単刀直入に聞きます。あの怪物について知っている事を全部話しなさい」
 少し圧のある問いかけに一瞬だけ焦ったが、すぐに思考を巡らせ、話すべきことだけを頭の中で整理する。
 今最も優先すべきことは悪鬼の駆除であり、早くここから出なくてはならない。
 どうせ悪鬼の存在は遅かれ早かれおおやけになる。なら今は、警察が納得するだけの情報を与えてさっさと出よう。
 話すべき事をまとめ終わると、俺は口を開いた。
「……沙耶香さんは、欲望よくぼうってありますか?」
「よ、欲望……?」
「はい。美味おいしい物が食べたい、もっとお金が欲しい、もっと寝ていたいとか、人間なら誰しもが持ってる欲望です」
 突然すぎる話にきょとんとする沙耶香だが、構わず続ける。
「欲望は人を動かす動力みたいなものです。それを満たすために人は努力し、動きます。それだけ欲望とは強くて素晴らしいものなんです」
「……確かに、働く理由なんて言っちゃえばお金が欲しいみたいな所だしね。私も、安定した収入の為に公務員目指したようなものだし」
 少しずつ話を理解してきた沙耶香がとんでもない事を口走ろうとしたのを、俺は強めの口調で遮った。
「ですが! それは必ずしも良いとは限りません。……誰かを傷つける、陥れようとする欲望だってある」
 八年前──両親を失った事件がフラッシュバックし、固く閉じた両手に無意識に力が込められる。
 忌々しい記憶を脳の奥底に閉じ込め、ブレザーの胸ポケットに隠していた駒を取り出し、机の上に置く。
「これは五十年前、ある科学者が見つけた呪物じゅぶつです。発見された時は鉱石でしたが、今はどう言う訳かこうなっています。詳細は不明ですが、この呪物じゅぶつは人間の欲望に反応し、叶えるための力を与えます。それがさっきの怪物の正体です」
「それじゃ、あの怪物は誰かの欲望から生まれたってこと?」
「はい。奴等のことは悪鬼あっきと呼んでいます」
「悪鬼……」
 復唱した沙耶香が駒にゆっくりと手を伸ばしたが、取られる前に素早く胸ポケットに入れる。
 するとなぜか警官は少しだけ怒ったように言ってきた。
「なんで隠すんですか?」
「これは悪鬼を倒すのに必要な物です。警察といえど渡せません」
「……そう」
 倒す。この単語が出た瞬間、悪鬼の話よりも食いついているということは、警察が知りたいのは悪鬼の倒し方のようだ。
 当然だろう。足止めが精一杯だった怪物を倒せる力となれば、喉から手が出るほど欲しくなる気持ちは分かる。だからといって手放す気はないが。
 胸ポケットから手を出し、両腕を組みながら話す。
「話を戻しますが、これを発見した科学者は研究の末に呪物を三十二個の駒に変え、厳重げんじゅうに保管していました。しかし、駒の保管場が何者かに襲撃され、三十一個の駒を奪われてしまい、悪鬼が西橋都せいきょうとに出没するようになりました」
「あれほどの怪物が暴れていたらニュースにもなっているし、警察だって把握しているはずでしょ?」
「でも実際、あなた方は悪鬼の存在を知らなかったでしょ?」
 指摘すると、警官は押し黙ってしまった。生まれた静まりを破るように続ける。
「知らなくて当然です。悪鬼は今まで僕が倒してきたんですから。あなた方にバレないように」
「……さっき言ってた、駒の力で?」
 頷き、左腕の袖をまくって盾型のブレスレットを露わにする。
「駒の使い方は二つあります。自らを依代よりしろ呪力しゅりょくを具現化させる方法と、このブレスレットを媒体ばいたいに駒の呪力しゅりょくを体内に取り込み、アーマー武器ウェポン変換する方法です」
「しゅ、呪力……?」
「駒に宿る魂って解釈でいいです」
 本当はもっと複雑だが、説明する義理はないし面倒くさいので省く。
「さっき話した悪鬼は前者で、強大な力と引き換えに理性を失い、欲望を叶えるためだけに動く怪物になります。そして俺のように装置を介しての場合は、理性を保ちつつ呪力を使えます。ちなみに腕時計は呪力を別空間に保管してある機械ギアに宿して召喚し、使役する召喚機です」
「……ちょっと待ってね。少しだけ時間を頂戴」
 そう言って席から立ち上がった沙耶香は、離れた席で俺の話を必死に記録していた警官の元に行くと、何やらコソコソと話し合っている。俺の話の真偽性を疑っているのか、二人の顔色が怪しい。
 何一つ嘘は言ってないから、疑われるのは少しだけしゃくだ。信憑性しんぴようせいの低い話ではあるが、警察も悪鬼を目撃しているのだから全てが嘘ではないのは解っているだろうし、釈放されるのは上官の判断次第かな?
 しかし、あれが正常の反応なのだろう。今でこそ慣れたが、初めて悪鬼と遭遇した時はかなり混乱したものだ。
 警察からしたら、悪鬼に怯えずに立ち向かう俺の方が異常なのかもしれない。
 自嘲気味に笑っていると、やがて席に戻ってきた沙耶香が、頭を抱えながら淡々と告げてきた。
「とりあえず、今日はもう帰って大丈夫です。聞きたいことも聞けたので」
「え、本当ですか⁉︎」
 思ったより早い展開に思わず喜んでしまうと、沙耶香から冷たい視線が送られてきた。萎縮しながら袖を戻し、こほんと咳払いしてから言う。
「貴方の所持品は受付で渡します。それと、いつでも連絡が取れるようにしておいてください。後日、またお話を伺いますので」
「了解です」
「それでは出口までご案内するので、ついてきてください」

 警察署を出ると、俺と同じ高校の制服に白のロングガウンを羽織った、清純せいじゅんが少しよわいを取ったような感じの小柄こがらな少女が、駐車場の端っこで不機嫌そうな顔をこちらに向けながら座っていた。
「やっベぇ……怒ってる」
 怖いから近づきたくないが、気付いた以上無視できない。覚悟を決めて小走りで駆け寄り、何事もなかったように話しかける。
「やぁ。こんな所で奇遇だね。ユニちゃんも、警察署に何か用事?」
 女の子──ユニは不機嫌な顔をゆっくりと動かすと、微笑みを浮かべた。
 ユニは普通に見ればとても可愛いのだが、怒った時に見せる微笑みはそれを忘れるほど恐ろしく見える。
「そうだねぇ。誰かさんをお迎えに来たんだよ」
 笑いながら言っているが、目が全く笑ってない。むしろ目が「面倒な問題増やして」と訴えかけてるように見える。
 警官からの冷たい視線よりも強烈な威力に更に萎縮するも、負けじと軽口を叩く。
「そいつはいいな。こんな可愛い女の子にお迎えされるなんて」
「良かったね。その可愛い女の子から、たくさんされるんだから」
 ユニはその一言と同時に襟元を掴み、ズルズルと俺をひきづりながら警察署を後にした。
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