欲望を求める騎士

小沢アキラ

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一章 現代の騎士

第一話

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 二〇六七年五月二十一日、河川敷かせんじきにて──。

店長マスター、いつもの一つ」
 おれは行きつけのラーメン屋『天龍堂てんりゅうどう』のカウンターにひじをついて注文した。そう、いつものやつ──店長お手製てせいのニンニク豚骨とんこつラーメンだ。
 今日みたいに天気てんきがいい日は無性むしょうにラーメンが食べたくなる。
 あかるい日差ひざしが広がる河川敷かせんじきに店を出すラーメン屋は、今時いまどき珍しい店長マスターのみの屋台方式やたいほうしきであり、俺のお気に入りの店だ。
「おいおい、相変あいかわらずだなぁ。たまにはほかのもたのんでくれよ、悠斗ゆうと
 スキンヘッドでガタイのいい店長マスターがいつものようにドスのいた声で他のメニューをすすめてくる。が、俺の心は決まっている。
「いつもので」
 俺はにっこり笑ってもう一度言った。
 だが、店長マスターあきらめが悪い。
「まぁ見てみろって、コレ。今日のおすすめスペシャル……新作しんさく魚介豚骨ぎょかいとんこつつけ麺! 煮干にぼしと鰹節かつおぶしから摂った出汁だし豚足とんそく、ゲンコツから濃厚出汁のうこうだしをブレンドしたスープに、柚子ゆずペーストを生地きじんだ特製柚子麺とくせいゆずめん! 柚子の清涼感せいりょうかんかおりが食欲を注ぐぞ~? どうだ悠斗、おいしそうだろ?」
 と、マシンガンのごとく解説かいせつをしながら、今日のおすすめの写真しゃしんを俺の前にサッと差し出した。
 たしかにうまそうなラーメンだ。
 この店のおすすめスペシャルは、店長マスターのひらめきとこだわりがぎっしり詰まった日替ひがわりラーメンで、この店のちょっとした人気にんきメニューになっている。今日のおすすめも部活ぶかつ仕事帰しごとかえりなら飛びつきそうなメニューで、厨房ちゅうぼうからは豚骨とんこつの匂いが漂っている。
「どうだ?」
 おすすめスペシャルを見つめる俺にいつのまにか強面こわもて店長マスターが顔を寄せ、そのあら鼻息はないきほおに当ててくる。
「う~ん……やっぱりいつものひとつ」
 ワザとなやんでから、おすすめスペシャルと至近距離しきんきょりにまで近づいた店長マスターの顔を静かに押し返す。
「くそ~、頑固がんこだな」
 店長マスター降参こうさんしたようにおすすめスペシャルをひっこめ、見事みごと手捌てさばきで豚骨とんこつラーメンを盛り付け、仕上げの揚げニンニクチップをチャーシューの上に乗せてから差し出した。
「どんなおすすめだろうと、このラーメンには劣るよ。いただきます」
 ばしを手にそう言うと、店長マスターは苦笑いで応えてきた。
 店長マスターの見た目に反したノリのいい性格せいかくは好きなのだが、だからこそ見た目をどうにかした方がいいと切に思う。
 スキンヘッドでガタイがいい上、グラサンと強面こわもてあごに残る傷痕きずあとが客を怖がらせているので、この店は万人受ばんにんうけされていない。美味おいしくて値段ねだんやすいのだから店長マスターが少しでも見た目に気を利かせればもっと繁盛はんじょうするのに。
 性格だって聖人説せいじんせつ体現たいげんしたような優男やさおとこだ。河川敷かせんじきに店を構えているのは、部活帰ぶかつがえりの学生がくせいにラーメンを提供ていきょうしたい、学生に安い値段ねだん美味おいしいラーメンを食べてもらいたいからで、故にこのラーメン屋はうちの高校でもかなり人気だ。
 外見がいけんをとやかく言うつもりはさらさらないが、顔だってそれなりに整ってるし、大人おとなしくしてればラーメンも売れそうなのに。いや、こういう店長マスターだからこそ、この店は学生に愛されているのかも知れない……そんなどうでもいい事を考えながら、俺はラーメンをすすった。
「うま」
 個性的こせいてき店長マスターからは想像できない濃厚で繊細な味。天龍堂のニンニク豚骨ラーメンはやっぱり絶品だ。俺はさらに一口、二口とすする。
 このラーメンにはちょっとした思い出がある。
 子供こどもころ両親りょうしんが俺にはじめて食べさせてくれたラーメン、それがニンニク豚骨ラーメンだった。初めてのラーメンをうまそうに食べる俺の顔を父さんと母さんが嬉しそうにじっと眺めていた。
 そんな両親を見るのが俺もうれしくて、それからは家族かぞく外食がいしょくするたびにこのラーメンをねだるようになった。そしていつのまにか大好物だいこうぶつになってしまったというわけだ。
「悠斗は本当にラーメンが好きねえ」
 そう言いながら俺を優しく見つめる母さん……。
「うまいか?」
 そう言いながら満足げに笑っている父さん……。
 ラーメンを食べていると、子供の頃の温かい家族の記憶きおくが胸の奥によみがえってくる……そんな気がするのだ。
 ノスタルジックな気分きぶんひたりながらもう一口ひとくちすすろうとした時、カウンターに置かれたラジオから気になるニュースが流れてきた。
『次のニュースです。四方製薬しほうせいやくに勤める三十代男性が三〇〇〇万円の会社資金かいしゃしきん私的利用してきりようしたとのことで逮捕たいほされました。男性は現在留置所げんざいりゅうちじょにおり、三日後に地方裁判所ちほうさいばんしょにて裁判が行われるそうです』
「また横領事件おうりょうじけんか。最近多いな」
「三〇〇〇万円って……何に使うんだよ」
「私的利用だからなぁ。大方、キャバクラか風俗ふうぞくに使い込んだんだろ。金つぎ込めばいいってもんじゃないってのによ」
 高校生こうこうせいの前で言わないでよ。と、ゲンナリしながら内心でツッコミつつ、店長マスターに問いかける。
「ちなみにだけど、店長マスターは三〇〇〇万もあったら何に使うの?」
「……半分は貯金で、残りは店に入れるな」
「うわっ、当たりさわりない答え……」
 堅実けんじつではあるが、特に面白味おもしろみのない答えが返ってきた。まぁ、け事に注ぎ込むよりははるかにマシだが……。
「悠斗はどうするんだ? お前は学生だから欲しい物全部買うのか?」
「……いや、多分俺も貯金ちょきんかな」
 なんだかんだ言って俺もあまり変わらない答えを返すと、店長マスターはだろうなって鼻で笑ってきた。
 実際じっさい、それだけの大金たいきんを手にしたところで使い道に困る。デカい家に住みたい訳でもないし、スポーツカーが欲しい訳でもない。ブランド品にも興味きょうみはないし、手に入れた所であまり意味がない。
 そもそも──お金を沢山持っていて何があるんだ? 生活する上で大切なのは分かる。何をするにも必要になってくるし、多めにあって困ることはない。
 だけど……誰かに迷惑めいわくをかけてまで欲しいとは思えない。結果自分けっかじぶんくびめる羽目はめになるし、誰もしあわせになんかならない。
 物思いにふけていると、不意にポケットの携帯けいたいが鳴った。反射的はんしゃてきに素早くとって画面を見ると、『ユニ』と表示されている。
 これだけで大体だいたい要件ようけんさっすることができるのは、彼女からの電話は決まっているからだ。すぐに着信ちゃくしんボタンを押すと、いつもの明るい声が聞こえてきた。
『悠斗くん、今大丈夫?』
 声に少し緊張感きんちょうかんがある。それに対してこちらは若干緊張感じゃっかんきんちょうかんけるこえかえす。
絶賛ぜっさん昼中ひるちゅうだけど大丈夫だいじょうぶ
『じゃあおひるはん一旦いったんあずけだね。が出たよ』
「……了解りょうかい。データ送っといて」
 電話でんわを切り、すぐにけ出そうとした。が、一旦いったん引き返して、店長マスターに向かって千円を突き出す。
「はいこれ。釣りはいらないから」
「おい待てよ! まだ残ってるぞ!」
 たしかにまだ半分近はんぶんちかのこっている。今すぐ全部食ぜんぶたべたいところだが、一刻いっこくあらそ事態じたいだ。
 俺は苦渋くじゅう決断けつだん断腸だんちょうの思いで選び、ラーメン屋を後にする。
「俺のラーメンタイムをうばったつみは重いぞ」
 うらめしながらつぶやき、制服せいふくうちポケットからチェスのこま──騎士ナイトを取り出し、左手の腕時計うでどけいにあるくぼみに押し込む。
 腕時計うでどけいこま反応はんのうすると、二歩先ほさき地面じめんに白い魔法陣まほうじんが浮かび上がる。今度は駒で魔法陣まほうじんを叩くと、一匹の馬──機械仕掛けの馬ギアホースが姿を現す。
 ギアホース──《ロット》は荒々あらあらしく鼻を鳴らすと、鋼鉄こうてつ頭部とうぶを胸にこすりつけてきた。馬のデータがインプットされた機械ギアだから甘えてくるのは仕方ないが、鉄でこすりつけられると少し痛い。あと額にあるツノが刺さりそうで怖い。
 あたまあご交互こうごでながら軽やかにまたがると、いつのまにかそばにいた幼稚園児ようちえんじくらいの女の子がおどろいたかおで俺を見つめて立っている。
 そりゃそうだ。高校生こうこうせい突然魔法陣とつぜんまほうじんを出したかと思うと、その中から機械きかいうまを出したのだから。
「何、今の……?」
魔法マジックさ」
 適当てきとうに答えた。本当は複雑ふくざつ物理ぶつり化学かがく融合ゆうごうだが、子供相手こどもあいてならこっちのほうがロマンチックだろう。
「おにいちゃんは魔法使まほうつかいなのっ⁉︎」
 女の子は興奮気味こうふんぎみに身を乗り出した。
「いや、俺は魔法使いじゃないよ」
 今度はちゃんと断ってから、女の子の頭を撫でて馬から少しだけはなす。
「俺は、君たちを守る騎士ナイトだよ」
 女の子にそう言うと手綱たずなを鳴らし、馬を発進させた。
 
 そう、俺は騎士ナイトの魔の手から人々を守る……鎧騎士アーマーナイトだ。
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