眠らない世界で彼女は眠る

楠木 楓

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それぞれの道

12.託すもの

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私一人の考えだから、正しいかはわらかない。
でも、一つの可能性として、このことを誰かに知っていてほしい。

抱え込むには大きすぎることだから。
直接、誰かに伝えるのは、ちょっと怖いことだから。

ここに残しておきます。
たぶん、私はエミリオ君やシオンちゃん、マリユス君よりも先に死んでしまうから。
そしたらみんなにこれを読んでもらいたいの。

ずっとずっと昔の人は、今の人よりも長く生きて、大きく成長してた、って聞いてたのにね。
体は確かにみんなより大きくなったけど、長生きはできないみたい。
ごめんね。

さて、結論から書きます。
現代の人々は、昔の人よりもずっと劣ってしまっています。


驚いた? ちゃんとこれから説明を書くから、ちゃんと読んでもらえると嬉しいな。

眠る私は、睡眠によって脳のダメージや体の疲れを回復させているの。
たくさんのことを記憶したり、体を動かしたり、起きている間、脳はずっと活動を続け、ダメージを受け続けている。

じゃあ、今の人達はどうして眠る必要がないの?
脳や体が昔よりもずっと強くなったから?
文明が発達して、ダメージを受けなくても生きていけるようになったから?

ううん。全部違うの。
脳はダメージを受けてるし、体も疲れちゃう。

だから、今のヒトは昔のヒトに比べて早く死んでしまう。
蓄積され続けたダメージは修復されない。
昔は八十を越える人もたくさんいたのに、今じゃ六十まで生きたら、とってもすごいことだよね。

今、マウスを使って不眠の実験をした記録はある?
少なくとも、私がこれを書いてるときはまだ無かった。

でも、それをしたっていう史料を見つけたの。

二週間ほどで皮膚に腫瘍ができて、四週間も経てば死んでしまった、という史料。

私を含め、今を生きる人々はもっと眠りに興味を持つべきだった。
本来、眠りとは生物にとって必要不可欠なものだったのだから。

どちらが先だったか、なんて私にはわからないけれど、今のヒトの体はダメージを修復せずとも生きていられるように進化、あるいは退化した。
皆の脳はね、外からの情報にとても鈍くなってる。

負うダメージを減らすため、他者の感情への共感性や推し量る力を希薄に。落ち込むことのないように思考力を低く。それらをより強く鈍らせるために想像力を欠いた。

そんなことない、って、皆は言うかな。
皆には思考する力があるし、人を愛することだってある。誰かのために何かをしてあげたい、って思うこともある。

私だって知ってるよ。
短い今までの人生の中で、私はたくさん皆に支えられてきたから。

だけど、それは「鈍っていない」という証明にはならないの。

私のアイディアを画期的だ、って皆が褒めてくれたけど、それは違う。
昔々の史料には、私の想像を遥かに超えるようなものがたくさんあった。
もっと面白くてドキドキしちゃうような物語も、考えすぎて病気になっちゃう人も、そのせいで争いが起きることも、あった。

文明は、科学は頭打ちになんてなっていない。
私達が先に進む力を失ってしまっただけなの。

もう一度、ヒトが眠れるようになれば、もっと素晴らしく、もっとずっと先に進めるはず。



でも、それが正しい、と、私は断言できない。

今の生活はどう?
私は、それほど不自由を感じなかった。
眠らずに生きていける皆なら、なおさらそうだと思う。

史料の中にあるような飢えや天災はなく、人々はそれなりに幸せを謳歌している。
現状維持を選ぶことは、間違ってない。

ヒトが眠るようになれば脳波活性化し、たくさん考えて、たくさん傷ついて、たくさん欲が生まれて、争いだってまた生まれる。
今のヒト達は痛みに鈍く、誰かを強く長く恨むことも妬むこともない。
誰もが緩やかに生きて、死ぬこの世界が悪い、と言えるほど、私は偉くないし、立派でもない。

この世界にヒトとして生まれた私。
ある意味では皆と違う生物の私。

だから、私は今のみんなに警鐘を鳴らし、変わるべきだ、なんて言えない。
私のせいで、争いのある世界に戻ってしまったら、今の平和が失われて、たくさんの悲しみが生まれたら。
そんな風に考えると、悲しくてしかたがないの。

エミリオ君。シオンちゃん。マリユス君。
三人に決めてほしい。

この世界をどうするか。
この世界に「ヒト」として生まれてきたみんなに、決めてほしい。

私の日記を公表して、眠る方法を探すことは、そんなに難しくないんじゃないかな、って思ってる。
睡眠導入剤を飲んでみたら、意外と皆も眠れるのかもしれない。
もし、眠れなくても、新しい道を探すことはできるかもしれない。

推測ばかりでごめんね。
私に残せるのは、もう、これだけだから。

睡眠不足で免疫力が落ちたり、体のバランスが崩れたりして、私の体はもうボロボロ。

誰も悪くない、素敵なこの世界だけど、私にはちょっとだけ辛かった。
言葉一つに悪意を疑ってしまったり、色々考えすぎちゃったり。
だけど縋るものは少ないし、まぶしくて、うるさい世界。

天国は、静かだといいな。
なんてね。
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