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それぞれの道

8.彼女との別れ

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 細い雨が静かに降り注ぐ中、ホーリーは多くの人々に悼まれながら解剖、保存を専門としている施設へと送られた。
 これから彼女は適切に分解され、必要とされている人に必要とされている部位が提供される。レシピエントはドナーの身分を知ることはないが、世界を大きく発展させた女性の一部を受け取り、立派に成長することだろう。

 眠りを得た唯一無二の存在である彼女の体は分解されることなく全身保存を行うべきである、という声もあがっていたが、大多数の善良なる意見により棄却された。故人の意志なき保存は侮辱的な行為であり、臓器を含めた様々な部位の移植を待っている人は大勢いるのだ。
 ホーリーの体の一部は生き、残りは自然に還る。
 現代人として生きた彼女を現代人として終わらせるのは当然のことであった。

「……あの、馬鹿」

 呼吸を止めたホーリーの体を乗せた車を見送り、シオンは搾り出すようにして声を吐き出す。

「やっぱり、あの時、無理にでも入院させておくべきだったんだ」

 わっ、と涙を流すのはマリユスだ。
 スーツが汚れることも忘れ、濡れた地面に膝をつく。じわりじわりと染み込んでくる雨の冷たさも今の彼には感じられない。

「んなこと言ったって、あいつの決意は変えられなかった。
 言うだけ無駄だ。つまんねぇこと言うんじゃねーよ」

 ホーリーの死亡が確認されると同時に、彼女にとってもっとも親しい人間としてあらかじめ登録されていたらしい三人へすぐ連絡が入った。
 各々が仕事を放り出して駆けつけた時から今に至るまで、マリユスの目から涙が消えた時間はない。

 それと対になるかのようにして、エミリオは一度も泣かずにいた。
 穏やかというにはやつれてしまったホーリーの顔を見たときも、一日の安置期間を経て彼女の遺体が車へ搬送されていくときも。どこからか彼女の死を聞きつけ、最期の姿をひと目見ようと集まってきた群集を眺めたときも、少しも変わらず、ただ、生気を失った目で立っていた。

 応答はすれど、視線の先はおぼろげで、何を見ているのか、何を感じているのかを読み取ることは一切できない。
 三人の中でいえば、シオンがもっとも気丈に振舞っていると言っていいだろう。

 泣きはらした目元は赤く染まっているが、目に浮かぶ涙も今はなく、瞳はしっかりと一方向を見定めている。
 遠くに聞こえるホーリーの偉業を讃える演説も、素晴らしい発明の数々を羅列する声も、どうでもいい。やりたい人間、聞きたい人間が勝手にすればいい。

「お前達、忘れたわけではあるまいな」

 男達の姿を視界に入れることなく、シオンは言う。

「うん……」
「……あぁ」

 最期に受け取ったホーリーの言葉。
 全てを分け合ってくれ、という遺言。

 冗談でも何でもなかったそれのため、彼女は前々から準備を整えていたらしい。
 自身の死後はエミリオ達へ連絡がいくように。財産は全て彼らに譲渡されるように。遺品整理のための鍵が、彼ら手へ渡るように。

 今、シオンの手の中にはアンティーク調の鍵が握られている。
 指紋や網膜、声紋認証が一般的な中、ホーリーは古めかしい物を好んだ。

 王冠を象った頭に複雑な形をした背と腹。特殊なチップが複数枚埋め込まれており、形状とチップの両方が認識されて始めて鍵としての役割を果たす。
 複製しにくい機構ではあるが、指紋や網膜と比べればセキュリティーの性能は落ちる。
 多くを発明し、莫大な財を持つホーリーには相応しくないものであると言えよう。

「泣き止め。哀れったらしい顔をやめろ。
 私まで感傷に浸りたくなってしまう」

 シオンは鍵を握り締める。
 託されたものだ。手放すわけにはいかない。

 そうして、彼女は男達を睨みつける。
 全員がいつまでも途方に暮れ、傷を舐めあっていれば、いつまで経ってもホーリーの意志を受け取ることができない。
 誰かが引っ張ってやる必要がある。

 一人、気丈に立つシオンはそのことをよく理解していた。
 悲しみも虚しさも全て押さえ込み、前へ進まなければならない。酷い苦痛と想像することさえ億劫になってしまうくらい膨大な気力を必要としてもなお、彼女はそれを成し遂げる。

 そんな役回りを得てしまった、と思わないでもない。
 数ヶ月、数年越しにホーリーの家へ赴くことは悪なのか。誰がシオンを責めるのか。きっと誰も、何も言わない。彼女に同情すらしてくれるだろう。それでも、シオンの足は、口は動いた。

「――行くぞ」

 鍵の凹凸がシオンの手を刺す。
 その痛みに顔を歪めながらも、彼女は一歩を踏み出した。

 エミリオのように唯一無二の恋人となったわけではなかったけれど、一方的な思いであったかもしれないけれど、シオンはホーリーを守ってきた唯一であると自負していた。
 中学を卒業して以降、知識や技術の面でマリユスはホーリーを支えた。今も昔も心を支えるのはエミリオだ。そして、シオンはホーリーへ害をなすモノをなぎ払い、侵入を防ぐ盾となった。

 受け取ってもらえぬことをホーリーが嘆くなら、シオンは立って進む。
 そうしなければ自分が納得できないのだ。

「おう」
「ま、まって」

 率先して行くシオンの背を男達が追う。
 向かうのはホーリーが住んでいたあの家だ。
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