49 / 56
それぞれの道
8.彼女との別れ
しおりを挟む細い雨が静かに降り注ぐ中、ホーリーは多くの人々に悼まれながら解剖、保存を専門としている施設へと送られた。
これから彼女は適切に分解され、必要とされている人に必要とされている部位が提供される。レシピエントはドナーの身分を知ることはないが、世界を大きく発展させた女性の一部を受け取り、立派に成長することだろう。
眠りを得た唯一無二の存在である彼女の体は分解されることなく全身保存を行うべきである、という声もあがっていたが、大多数の善良なる意見により棄却された。故人の意志なき保存は侮辱的な行為であり、臓器を含めた様々な部位の移植を待っている人は大勢いるのだ。
ホーリーの体の一部は生き、残りは自然に還る。
現代人として生きた彼女を現代人として終わらせるのは当然のことであった。
「……あの、馬鹿」
呼吸を止めたホーリーの体を乗せた車を見送り、シオンは搾り出すようにして声を吐き出す。
「やっぱり、あの時、無理にでも入院させておくべきだったんだ」
わっ、と涙を流すのはマリユスだ。
スーツが汚れることも忘れ、濡れた地面に膝をつく。じわりじわりと染み込んでくる雨の冷たさも今の彼には感じられない。
「んなこと言ったって、あいつの決意は変えられなかった。
言うだけ無駄だ。つまんねぇこと言うんじゃねーよ」
ホーリーの死亡が確認されると同時に、彼女にとってもっとも親しい人間としてあらかじめ登録されていたらしい三人へすぐ連絡が入った。
各々が仕事を放り出して駆けつけた時から今に至るまで、マリユスの目から涙が消えた時間はない。
それと対になるかのようにして、エミリオは一度も泣かずにいた。
穏やかというにはやつれてしまったホーリーの顔を見たときも、一日の安置期間を経て彼女の遺体が車へ搬送されていくときも。どこからか彼女の死を聞きつけ、最期の姿をひと目見ようと集まってきた群集を眺めたときも、少しも変わらず、ただ、生気を失った目で立っていた。
応答はすれど、視線の先はおぼろげで、何を見ているのか、何を感じているのかを読み取ることは一切できない。
三人の中でいえば、シオンがもっとも気丈に振舞っていると言っていいだろう。
泣きはらした目元は赤く染まっているが、目に浮かぶ涙も今はなく、瞳はしっかりと一方向を見定めている。
遠くに聞こえるホーリーの偉業を讃える演説も、素晴らしい発明の数々を羅列する声も、どうでもいい。やりたい人間、聞きたい人間が勝手にすればいい。
「お前達、忘れたわけではあるまいな」
男達の姿を視界に入れることなく、シオンは言う。
「うん……」
「……あぁ」
最期に受け取ったホーリーの言葉。
全てを分け合ってくれ、という遺言。
冗談でも何でもなかったそれのため、彼女は前々から準備を整えていたらしい。
自身の死後はエミリオ達へ連絡がいくように。財産は全て彼らに譲渡されるように。遺品整理のための鍵が、彼ら手へ渡るように。
今、シオンの手の中にはアンティーク調の鍵が握られている。
指紋や網膜、声紋認証が一般的な中、ホーリーは古めかしい物を好んだ。
王冠を象った頭に複雑な形をした背と腹。特殊なチップが複数枚埋め込まれており、形状とチップの両方が認識されて始めて鍵としての役割を果たす。
複製しにくい機構ではあるが、指紋や網膜と比べればセキュリティーの性能は落ちる。
多くを発明し、莫大な財を持つホーリーには相応しくないものであると言えよう。
「泣き止め。哀れったらしい顔をやめろ。
私まで感傷に浸りたくなってしまう」
シオンは鍵を握り締める。
託されたものだ。手放すわけにはいかない。
そうして、彼女は男達を睨みつける。
全員がいつまでも途方に暮れ、傷を舐めあっていれば、いつまで経ってもホーリーの意志を受け取ることができない。
誰かが引っ張ってやる必要がある。
一人、気丈に立つシオンはそのことをよく理解していた。
悲しみも虚しさも全て押さえ込み、前へ進まなければならない。酷い苦痛と想像することさえ億劫になってしまうくらい膨大な気力を必要としてもなお、彼女はそれを成し遂げる。
そんな役回りを得てしまった、と思わないでもない。
数ヶ月、数年越しにホーリーの家へ赴くことは悪なのか。誰がシオンを責めるのか。きっと誰も、何も言わない。彼女に同情すらしてくれるだろう。それでも、シオンの足は、口は動いた。
「――行くぞ」
鍵の凹凸がシオンの手を刺す。
その痛みに顔を歪めながらも、彼女は一歩を踏み出した。
エミリオのように唯一無二の恋人となったわけではなかったけれど、一方的な思いであったかもしれないけれど、シオンはホーリーを守ってきた唯一であると自負していた。
中学を卒業して以降、知識や技術の面でマリユスはホーリーを支えた。今も昔も心を支えるのはエミリオだ。そして、シオンはホーリーへ害をなすモノをなぎ払い、侵入を防ぐ盾となった。
受け取ってもらえぬことをホーリーが嘆くなら、シオンは立って進む。
そうしなければ自分が納得できないのだ。
「おう」
「ま、まって」
率先して行くシオンの背を男達が追う。
向かうのはホーリーが住んでいたあの家だ。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー活劇〜
天海二色
SF
西暦2320年、世界は寄生菌『珊瑚』がもたらす不治の病、『珊瑚症』に蝕まれていた。
珊瑚症に罹患した者はステージの進行と共に異形となり凶暴化し、生物災害【バイオハザード】を各地で引き起こす。
その珊瑚症の感染者が引き起こす生物災害を鎮める切り札は、毒素を宿す有毒人種《ウミヘビ》。
彼らは一人につき一つの毒素を持つ。
医師モーズは、その《ウミヘビ》を管理する研究所に奇縁によって入所する事となった。
彼はそこで《ウミヘビ》の手を借り、生物災害鎮圧及び珊瑚症の治療薬を探究することになる。
これはモーズが、治療薬『テリアカ』を作るまでの物語である。
……そして個性豊か過ぎるウミヘビと、同僚となる癖の強いクスシに振り回される物語でもある。
※《ウミヘビ》は毒劇や危険物、元素を擬人化した男子になります
※研究所に所属している職員《クスシヘビ》は全員モデルとなる化学者がいます
※この小説は国家資格である『毒劇物取扱責任者』を覚える為に考えた話なので、日本の法律や規約を世界観に採用していたりします。
参考文献
松井奈美子 一発合格! 毒物劇物取扱者試験テキスト&問題集
船山信次 史上最強カラー図解 毒の科学 毒と人間のかかわり
齋藤勝裕 毒の科学 身近にある毒から人間がつくりだした化学物質まで
鈴木勉 毒と薬 (大人のための図鑑)
特別展「毒」 公式図録
くられ、姫川たけお 毒物ずかん: キュートであぶない毒キャラの世界へ
ジェームス・M・ラッセル著 森 寛敏監修 118元素全百科
その他広辞苑、Wikipediaなど
自衛隊のロボット乗りは大変です。~頑張れ若年陸曹~
ハの字
SF
日比野 比乃(ヒビノ ヒノ)。国土防衛組織、陸上自衛隊第三師団“機士科”所属の三等陸曹、齢十七歳。
自衛隊最年少の人型機動兵器「AMW」乗りであり、通称「狂ってる師団」の期待株。そして、同僚(変人)達から愛されるマスコット的な存在……とはいかないのが、今日の世界情勢であった。
多発する重武装テロ、過激な市民団体による暴動、挙げ句の果てには正体不明の敵まで出現。
びっくり人間と言っても差し支えがない愉快なチームメンバー。
行く先々で知り合うことになる、立場も個性も豊か過ぎる友人達。
これらの対処に追われる毎日に、果たして終わりは来るのだろうか……日比野三曹の奮闘が始まる。
▼「小説家になろう」と同時掲載です。改稿を終えたものから更新する予定です。
▼人型ロボットが活躍する話です。実在する団体・企業・軍事・政治・世界情勢その他もろもろとはまったく関係ありません、御了承下さい。
斧で逝く
ICMZ
SF
仕事なんて大嫌いだ―――
ああ 癒しが必要だ
そんな時 満員電車の中で目にしたビデオ広告 VRMMORPG
ランドロンドオンライン やってみるかなーー
使うのは個人的に思い入れがある斧を武器としたキャラ
しかし 斧はネタ武器であり 明らかに弱くてバグってて
その上 LV上の奴からPKくらったり 強敵と戦ったり
一難さってもまた一難
それでも俺にはゲーム、漫画、映画の知識がある、知恵がある
人生経験者という名の おっさん なめんなーー
どんどん 明後日の方向にいく サクセス ストーリー
味付け | 甘め
ゲーム世界 | ファンタジー
ゲーム内 環境 | フレンドリー アプデ有(頻繁)
バーサス | PVE,PVP
ゲーマスと運営 | フレンドリー
比率 ゲーム:リアル | 8:2
プレイスタイル | 命は大事だんべ
キーワード | パンツ カニ 酎ハイ
でぃすくれいまー
ヒロイン出てから本番です
なろう/カクヨム/ノベルUpでも掲載しています
この小説はスペースを多用しています
てにをが句読点を入れれば読みやすくなるんですが、
会話がメインとなってくる物で
その会話の中で てにをが をちゃんと使いこなしている人、
人生で2人しか出会っていません
またイントネーション、文章にすると難しすぎます
あえてカタカナや→などをつかったりしたのですが
読むに堪えない物になってしまったので
解決するための苦肉の策がスペースです
読みやすくするため、強調する為、一拍入れている
それらの解釈は読み手側にお任せします
異世界の約束:追放者の再興〜外れギフト【光】を授り侯爵家を追い出されたけど本当はチート持ちなので幸せに生きて見返してやります!〜
KeyBow
ファンタジー
主人公の井野口 孝志は交通事故により死亡し、異世界へ転生した。
そこは剣と魔法の王道的なファンタジー世界。
転生した先は侯爵家の子息。
妾の子として家督相続とは無縁のはずだったが、兄の全てが事故により死亡し嫡男に。
女神により魔王討伐を受ける者は記憶を持ったまま転生させる事が出来ると言われ、主人公はゲームで遊んだ世界に転生した。
ゲームと言ってもその世界を模したゲームで、手を打たなければこうなる【if】の世界だった。
理不尽な死を迎えるモブ以下のヒロインを救いたく、転生した先で14歳の時にギフトを得られる信託の儀の後に追放されるが、その時に備えストーリーを変えてしまう。
メイヤと言うゲームでは犯され、絶望から自殺した少女をそのルートから外す事を幼少期より決めていた。
しかしそう簡単な話ではない。
女神の意図とは違う生き様と、ゲームで救えなかった少女を救う。
2人で逃げて何処かで畑でも耕しながら生きようとしていたが、計画が狂い何故か闘技場でハッスルする未来が待ち受けているとは物語がスタートした時はまだ知らない・・・
多くの者と出会い、誤解されたり頼られたり、理不尽な目に遭ったりと、平穏な生活を求める主人公の思いとは裏腹に波乱万丈な未来が待ち受けている。
しかし、主人公補正からかメインストリートから逃げられない予感。
信託の儀の後に侯爵家から追放されるところから物語はスタートする。
いつしか追放した侯爵家にザマアをし、経済的にも見返し謝罪させる事を当面の目標とする事へと、物語の早々に変化していく。
孤児達と出会い自活と脱却を手伝ったりお人好しだ。
また、貴族ではあるが、多くの貴族が好んでするが自分は奴隷を性的に抱かないとのポリシーが行動に規制を掛ける。
果たして幸せを掴む事が出来るのか?魔王討伐から逃げられるのか?・・・
グールムーンワールド
神坂 セイ
SF
佐々木 セイ 27歳、しがないサラリーマンで4人兄妹の長男。
ある暑い日の夜、コンビニに向かう途中で光に包まれた!
気が付くと、大勢のゾンビと戦う少女たちと出会うが、みんな剣と魔法、銃もありありで戦ってる??
近未来転移SFバトルサバイバル!
これは1人の青年が荒廃した未来に転移し、グールと呼ばれる怪物たちと闘いながら、少しずつ成長して元の時代への戻り方を探し強くなっていく物語。
成り上がり最強と兄弟愛。
※一歩ずつ着実に強くなり成長しながら、最強になる物語です。
覚醒などは極力ないような展開の物語です。
話の展開はゆっくりめです。
深刻なエラーが発生しました
ちや
SF
あれ? チュートリアルの敵、でかくない? こんなのと初回から戦わないといけないの?
VRゲームって、現役高校生には高価な品なんだ。
ものすっごくバイトをがんばって、ようやく買えたんだ!
なのに何故かエラーとバグに巻き込まれて、こわいものが苦手なのにオカルトホラーじみたどっきりを仕かけられて、何度も心臓を止めかけた。
レベルカンストの物理で解決する美人剣士さんや、廃課金バリトンボイス幼女、心を抉る名推理をきらめかせる美少年など、個性豊かなゲーム仲間に支えられながら、平和にゲームできる日を夢見て、今日も脱初心者を目指してがんばる!
だからオカルトこっちこないで……。
※他投稿サイト様にも掲載しています。
ボーイズラブに見えそうな表現があるかと思われます。ご注意ください。なお、ここのボーイズが本当にボーイズかは保証しません。
Beyond the soul 最強に挑む者たち
Keitetsu003
SF
西暦2016年。
アノア研究所が発見した新元素『ソウル』が全世界に発表された。
ソウルとは魂を形成する元素であり、謎に包まれていた第六感にも関わる物質であると公表されている。
アノア研究所は魂と第六感の関連性のデータをとる為、あるゲームを開発した。
『アルカナ・ボンヤード』。
ソウルで構成された魂の仮想世界に、人の魂をソウルメイト(アバター)にリンクさせ、ソウルメイトを通して視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚、そして第六感を再現を試みたシミュレーションゲームである。
アルカナ・ボンヤードは現存のVR技術をはるかに超えた代物で、次世代のMMORPG、SRMMORPG(Soul Reality Massively Multiplayer Online Role-Playing Game)として期待されているだけでなく、軍事、医療等の様々な分野でも注目されていた。
しかし、魂の仮想世界にソウルイン(ログイン)するには膨大なデータを処理できる装置と通信施設が必要となるため、一部の大企業と国家だけがアルカナ・ボンヤードを体験出来た。
アノア研究所は多くのサンプルデータを集めるため、PVP形式のゲーム大会『ソウル杯』を企画した。
その目的はアノア研究所が用意した施設に参加者を集め、アルカナ・ボンヤードを体験してもらい、より多くのデータを収集する事にある。
ゲームのルールは、ゲーム内でプレイヤー同士を戦わせて、最後に生き残った者が勝者となる。優勝賞金は300万ドルという高額から、全世界のゲーマーだけでなく、格闘家、軍隊からも注目される大会となった。
各界のプロが競い合うことから、ネットではある噂が囁かれていた。それは……。
『この大会で優勝した人物はネトゲ―最強のプレイヤーの称号を得ることができる』
あるものは富と名声を、あるものは魂の世界の邂逅を夢見て……参加者は様々な思いを胸に、戦いへと身を投じていくのであった。
*お話の都合上、会話が長文になることがあります。
その場合、読みやすさを重視するため、改行や一行開けた文体にしていますので、ご容赦ください。
投稿日は不定期です
海道一の弓取り~昨日なし明日またしらぬ、人はただ今日のうちこそ命なりけれ~
海野 入鹿
SF
高校2年生の相場源太は暴走した車によって突如として人生に終止符を打たれた、はずだった。
再び目覚めた時、源太はあの桶狭間の戦いで有名な今川義元に転生していた―
これは現代っ子の高校生が突き進む戦国物語。
史実に沿って進みますが、作者の創作なので架空の人物や設定が入っております。
不定期更新です。
SFとなっていますが、歴史物です。
小説家になろうでも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる