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それぞれの道

4.発表

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 何度も大勢の前に立ち、発表してきているはずだというのに、彼女の声はわずかに震えていた。
 初対面であれば気づかないであろう些細な変化も、付き合いの長い三人の目で見れば容易くわかってしまう。

「静かにしろよ、シオン」
「何故名指しする」
「はいはい。
 二人とも静かにしてよね」

 一瞬、火花を散らしあった両者であるが、割り込んできた声に頭を冷やし、視線の位置を変える。

「こうして、皆様に集まっていただき、光栄に感じております。
 さて、どちら様方も大変お忙しいかと思いますので、手短に済ませていただきます」

 電子によって変換された声が個室に響く。
 会場も彼女の言葉を聞きとめるべく、誰もが口を閉ざし、余計な雑音は一切存在していない。きっと、三人と同じく立体映像を通してこの様子を見ている者達も皆、己の声でホーリーの声を打ち消すことがないよう喉を震わせることなく見守り続けていることだろう。

「この度、私は土地の問題について一つ、提案をさせていただきました。
 昨今、この国は、いいえ、世界中の国々は、新たな住宅地開発や工業地帯、農地開拓ができない、という問題を抱えていました。
 これらを解消するために必要なのはたった三つの要素です。
 あちらにいらっしゃるお三方がその三つを提供してくださります」

 ホーリーが手を向ければ、ぐるりと視点が動く。
 壁際に立っている二人の男と一人の女。どの人物にもエミリオ達は心当たりがなく、紹介の言葉を待つ。

「反重力研究開発から、カール・ニスカラさん。
 土地製造開発から、アベル・ペーテルスさん。
 空気圧制御技術からはアレーナ・シェアーさん」

 名を呼ばれ、彼らは順に頭を下げていく。
 壇上に立つホーリーより、十も二十も長く生きているであろう三人であるが、彼らはこの場の主役にはなれない。そのことを示すかのように映像は再び美しい金糸と青を映し出す。

「私は、このお三方の持つ技術により、新たな土地を空へ浮かべることを提案しております。
 海を狭めるでもなく、川や湖を埋め立てるわけでもない。新しい空間に、人が住み、生活できる場所を作るのです」

 それは画期的な提案であった。
 大きな災害はなく、病が蔓延することもなく、戦争も起こらない、ただただ満たされた世界において、人間は減少することなく緩やかに増加を続けている。

 人が増えれば汚染も進む。いくら浄化の技術が確立されていようとも、美しい海を維持し続けることができないように、限界というものはある。そうすると、農耕地や人が住める場所が減る。悪循環だ。
 今日明日で何かが起こるわけではないけれど、いつしか限界が来る。まことしやかに囁かれていた悩みをホーリーは解決してくれようとしていた。

「幸い、移動は航空移動容器がありますので、不便はないかと思います。
 しかしながら、空に巨大な土地が浮かぶとなれば、地上に降り注ぐ太陽光の遮断や、空気の流れが変わってしまいます。
 そこで、アレーナさん達、空気圧制御技術を用い、遥か上空、地上へ影響をもたらさない高度での生活が可能なよう、気圧や酸素といったものを整えてもらいます」

 一度、両手を大きく掲げ、静かに下ろす。
 彼女の瞳には何が写り、脳はどのように動いているのだろうか。
 自分達にはない、新鮮な発想を耳にする度、目で追う度、三人は思う。

 同じ時代に生まれ、短い三年間肩を並べていた。自分達の間にある繋がりは消えず、何か大きな事が起こればすぐさま駆けつけた。
 エミリオの結婚、シオンの授賞式、マリユスの室長抜擢、ホーリーの両親の死去。褒め称え、喜び合い、悲しみを共有してきた仲間だ。
 それでも、三人はホーリーと同じものを見ることはできない。

「相変わらず凄いこと考えるな」

 ゆっくりと息を吐き出し、背もたれに体を預けながらエミリオは呟く。
 ここ数年、何度もあったホーリーの驚くべき発想と、それによる発展。与えられる衝撃に慣れることはなく、三人の体は知らぬ間に強張り、全身全霊をかけて彼女の言葉を追っていた。
 発表の大筋を聞き遂げたところでようやく力が抜け、筋肉が緩和していく。心地よい倦怠感に包まれ、場の雰囲気が和らいでいった。

「関わることのない三つの分野を合わせるなんてね。
 彼女はいつも新しい組み合わせを考えてくれる」
「これでまた一歩、人類は前に進んだな」

 マリユスは感心し、シオンは我がことのように喜んでみせた。
 満ち足りていた世界がさらに満ちる。まだ進むべき果てがある。その素晴らしさをホーリーは世界中の人間に教えてくれたのだ。

「しっかし、あいつは歴史医学者だってことを知ってる奴はどんだけいるのかねぇ。
 大体の奴は発明家だと思ってんじゃね?」
「残念ながら、な。
 私のところでも発明家のホーリー・ライトで通っている」
「あー、それはホーリーさんが聞いたら悲しむだろうなぁ」

 歴史医学者としての能力が低いわけではない。
 そちらの方面でも新たな資料の発見、解読に成功し、多大なる功績を挙げている。学会で注目を浴びたこともあり、同業者達は彼女を褒め称えるために言葉を尽くすほどだ。

 だが、それ以上に発明家としての才覚がずば抜けていた。
 彼女の発案したものは一般市民の生活に直結するようなものが多く、より大勢がホーリーの名を目にすることとなった。認知度に差が出るのは当然のことであったが、目指した場所と違うイメージを強く持たれるというのは複雑な心境だろう。

「歴史に関心を持つ人間は元々少ない。
 その中でさらに専門的な医療系ともなれば、学問としての存在すら知っている者が限られてしまう」
「数の力だけはどうしようもねぇしな」

 シオンは悲しげに目を伏せる。
 ホーリーは同世代の誰よりも有名になり、名誉も地位も財も得ただろう。しかし、彼女はそれを望んでいなかった。

「皆様。私がしたことは、歴史を紐解いたことだけなんです。
 技術は専門の方々。アイディアの殆どは史料が示してくれただけなんです」

 最後の締めに入った彼女の声が聞こえる。

 ホーリーは大勢の人々に対し、また、エミリオ達に対し、いつも言っていた。
 人々を幸せに導いている発明の中に、自分の力が介入しているものなどほんのひと欠片もないのだ、と。

「謙遜は美徳だろうけどよ、あいつはもっと自分に自信を持つべきだよな」

 彼女以前にも多くの学者が歴史を紐解いてきた。だが、その中の誰一人として、ホーリーのような偉業を成し遂げた者はいない。
 歴史の中に素晴らしきアイディアがあるというのなら、もっとずっと昔のうちに多くの発明品が生み出されているはずだろう。人類の進歩は頭打ちに至ったのだ、という説は流れもしなかったはずだ。

 そうはならなかった。それが答えの全て。

「最初の発明から今に至るまで、彼女の姿勢は全く変わっていない。
 数を重ねてきたのだから、そろそろ観念して胸を張ってもいいだろうにね」
「それができないホーリーだからこそ、私達が力を貸すのだろ?」

 人類を大きく前進させる術を思いついたホーリーは、科学者や技術者に繋がりのあるマリユスを頼った。彼は快く彼女の協力者となる者を探し、ただの案でしかなかったものを現実にしてみせた。
 問題となったのはその後だ。

 何と、ホーリーは自身のアイディアが正しく機能したことを確認したかと思えば、残りはすべて技術者に託すと言い出したのだ。それは開発に関する話だけではない。利益も、発明による名誉も、全て、実際に手を動かし完成に至らしめた者達のものだ、と。
 慌てたマリユスはシオンとエミリオに連絡を入れ、エミリオによるホーリーの足止めと、シオンによるマスコミ各社への根回しを行った。彼らの行動がなければ、ホーリーの素晴らしき能力は歴史の闇に消えてしまっていたかもしれない。

「私からは以上です。
 何か質問があれ、ば――」

 ガタン、と音がした。
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