眠らない世界で彼女は眠る

楠木 楓

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それぞれの道

1.進路

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 季節は巡り、気がつけば中学三年生。
 ホーリー達は進路を決める時期がやってきた。

「キミ達は進学先決めた?」

 夕暮れの教室でマリユスは友人達へ問いかける。

「私はマスコミ系だな。
 生の人間というものを世界に発信していきたい」

 進学先もそれに合わせた高校にした、とシオンは長い髪を耳にかけながら言う。
 成績優秀の部類に入る彼女は進学先をいくらでも選ぶことができた。それこそ、肉体労働を必要としない職種へ向けて邁進することを目的とした高校へ入ることもできたはずだ。

 だが、ホーリーという感性豊かな友人と三年間を共にしたシオンは、人間という存在に強い興味を抱くようになっていた。一律ではない思考や捉え方を知り、多くへ伝えるためには情報伝達に関わる職を目指すのが最も効率的であった。
 翻訳機を片手に会社から旅費をせしめ、各地各国を飛び回り様々な人と触れ合うことができるというのも、大そう魅力的なポイントの一つだ。

 そんなシオンの夢に続き、エミリオが勢いよく手を挙げる。

「オレは警察! 正義のヒーロー!」

 変わらないといえば聞こえは良いが、いつまでも子供らしさを失うことなく中学時代を終えようとしている彼は、ヒーローという単語に憧れを抱いていた。
 無論、幼児のそれとは違い、現実を見据えたうえでのものではあるのだけれど、発言の内容は小学生と大差ない。

「今時の警察なんて、ロボットや端末で対処できない道の案内とか、雑用とかばっかりだよ?
 エミリオには丁度良い具合かもしれないけど、わざわざそこを目指す必要ある?」
「んだと。人の夢にケチつけてんじゃねーよ!」

 バン、とエミリオはマリユスの机を力強く叩く。
 消失期を終えてから数百年程度の間は警察という職業にもきちんとした仕事が与えられていた。

 犯罪者をとらえ、地域を見回り、町の治安を維持する。時には危険と隣り合わせになりながらも人々を守る、まさにヒーローのような存在であったらしい。
 今では形式として、また機械類では対処できぬ些事さじのために残されている職に成り果てている。
 文明の発達と共に滅んでいった職業の多さを思えば、粗末であっても仕事が残されている程度には社会に必要とされているのだろう。好き好んで就職する者は少ないが、エミリオが少数派の一人であっても何らおかしなことはない。

「今のはマリユスが悪いぞ」
「うんうん。エミリオ君だって本気で考えてるんだから」
「……ごめん」

 女性陣から責められ、マリユスは小さく謝罪を零す。
 言い過ぎたという自覚はあった。

 軽い冗談のつもりであり、エミリオもそう受け取っていただろう。だが、今の警察官として日夜働いている人間がいる以上、その職を侮辱するような言葉を紡ぐべきではなかった。
 素直に頭を下げたマリユスの肩を軽やかにエミリオが叩き、シオンとホーリーもにこやかに頷きを返す。

 ホーリーとエミリオが友人関係に戻って一年と少し。四人は以前と何ら変わらぬ付き合いを続けている。別れを聞かされてから数日はぎこちなさも見え隠れしていたが、当の本人達が友人として自然なやり取りを行っているのだ。
 部外者であるシオンやマリユスがいつまでも引きずっているわけにもいくまい。

「で、マリユスはどうなんだ」

 気まずげな彼の頬を軽く突きながらシオンは己がされた問いかけをそのまま返す。

「ボクはロボット工学かな。
 文明も科学も頭打ちって言われてるけど、一番やりがいがある分野だろうし」

 世界の文明、科学は行き着くところまで行き着いた。だからこそ、世界は平和に満たされており、ここ数百年は争いもない。代償のようにして成長も発達もないが、今の時代以上に良き時代というものは歴史上存在していないほど恵まれている。
 新しい何かを生み出すことは叶わずとも、停滞の中での最先端を見たいというのならば、やはりロボットや人工知能に携わるのが一番だ。

 性能はそのままに小型化、デザイン性、時間の短縮等々。わずかながらではあるけれど、世界の変化を見ることができる。
 修理や微調整の仕事も未来永劫と続いていくことを考えれば、最も安定した職業とも言えるだろう。

 さらに一つ。マリユスがロボット工学の道を志した密やかな理由がある。
 彼もまた、ホーリーに少なからず影響を受けた一人であった。

 三年という短い期間の中で、彼女は様々なアイディアを見せてくれた。ちょっとした料理のアレンジから、数学の解き方まで、多様な方向性であったが、そのどれもが斬新で、マリユスの目を惹いて離してくれない。
 彼女を見ていると、もしかすると、人類にはまだ先があるのではないか。そんな風に思えてならないのだ。
 何事にも慎重で、選択肢が提示されれば安心や安定を選びがちなマリユスにとって、ロボット工学は将来性と期待の両方を満たすことができる最適な職業であった。

「ホーリーはどうすんだ?」
「私?」

 エミリオに聞かれ、彼女はにこやかに言う。

「歴史医学者になりたい」

 気が遠くなるほど長く、未解明の部分が多い歴史を研究する学者の中でも、医療に特化して調べたいとホーリーは願った。

「自分の体のことをもっとよく知りたいの。
 できることなら、皆と同じような体にもなってみたい」

 さらりと零れ落ちる彼女の本心へ三人は黙して耳を傾ける。
 ホーリーは、今まで一度として、眠らない体になりたい、と言葉にすることはなかった。眠るのも悪くない、と。自分の個性の一つだから、と。いつも笑っていた。

 それも本心なのだろう。
 今を生きる人間には見ることのできぬ夢を見て、他者とは違う道を生きる楽しみは確かにある。

 独りぼっちの寂しさが全てを凌駕しただけの話だ。

「そのためにたくさん勉強をして、消失期についてもっとたくさん知りたいの」

 険しい道だ。この場にいる四人のうち、もっとも厳しく、困難な道を彼女は進もうとしていた。

 史料は極わずかしかなく、研究を進展させるには新たなものを探し出す必要がある。ホーリーが行動できる短い時間の中で、一体いくつの史料を発見できるだろうか。
 たとえ有力なものが見つかったとしても、今とは全く異なる言語で書かれているため、言葉を学ぶ必要もあるだろう。未知の部分が多い時代ゆえに、翻訳機でも正確に言葉を現代語に直すことができないのだ。
 医学に特化した歴史を調べるというのであれば、ホーリーにも医学の知識が必要となる。眠らぬ体を持つ人間による医学がどれほど過去を読み解くのに使えるかはわからないが、無知のまま紐解けるほど容易い問題でもないだろう。

 多岐に渡る知識と能力が必要とされるというのに、得られる名誉や地位というのは決して高くない。志す人間は余程の物好きか、強い目的意識を持っている者かのいずれかになる。
 ホーリーは後者の人間であった。
 そして、固められた決意は揺らがず、砕けることのないものであることが青い瞳から察せられた。

「勤勉なホーリーならすぐにでもなれそうだ」

 三人は彼女の目指す先を馬鹿にしない。
 口元に笑みを浮かべ、肯定の言葉をかけてくれる。

「勉強のことは何にも協力できねぇけど、頑張れよ!」
「大変な道だよ。
 それでも、キミが行くというのなら応援するけどね。
 眠ることのできるキミだからこその発見もあるかもしれないし、意外とそれが世界の発展に繋がるかもしれない」

 ホーリーが他愛もない発想だと笑い、自分達は驚きにひっくり返るような出来事は何度もあった。その思考が世界を大きく変えるものでないとどうして断定できようか。
 マリユスは彼女の行く道に期待さえしてみせた。

「そりゃいい。今よりも便利で面白い世界なんて想像できねぇけど、そんなもんがあるなら見てみてぇしな!」
「選ばれし者、というわけか。
 世界中に名を知らしめる時は是非とも呼んでくれ。独占インタビューを敢行させてもらう」

 彼らは目を輝かせ、来る未来に思いを馳せる。
 豊かで、平和なこの世界のさらなる先など、贅沢にも程があるかもしれない。
 進展のしようがないと語られてもうずいぶんと長い時を経ている。

 それでも、ホーリーと共に過ごし、彼女によって変えられたものを知っていると先を願ってしまう。自分達の想像力では欠片も見ることのできないようないつかの世界を。
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