上 下
35 / 56
眠る少女も恋をする

8.思い出

しおりを挟む
「ごめんね」
「いいって。お前を怖がらせてまで見たいもんでもないし」

 自然体で紡がれる言葉に見栄や虚構はない。
 当たり前のように考え、行動に移してしまえる。ホーリーはエミリオのそんなところが好きだった。

「ありがとう」
「どういたしまして」

 移動中も二人の手が離れることはなく、先ほどよりも緩く繋がりあっている。
 暖かな二人は極寒の地に住まう生き物を眺めた。もこもこと可愛らしい姿をしている彼らは、獰猛な生物を前にして凍り付いてしまいかけたホーリーを優しく迎えてくれる。

「可愛い!」
「ちょっと間抜けじゃね?」
「そこがまた良いんじゃない」

 にこにことそんな話をしつつ、エミリオが時計を確認すると、エサやりの体験ができる時間が迫っていた。

「さっきいたペリンにエサやりに行こうぜ」
「うん!」

 広いステージ上にて二人は職員からエサとなる魚を手渡され、指示通りにペリンと呼ばれる毛皮が厚く、ヒレの大きな動物へと放り投げる。
 泳ぐこと、滑ることを得意とする彼らは、お世辞にもコントロールができているとは言い難い投げで放たれた魚すらくちばしで捕まえ、丸呑みして己の臓腑へと落とし込む。

 自分が投げたエサを生き物が食べた。
 初めての経験と光景に、ホーリーは一瞬呆けたような顔をしてから、興奮冷めやらぬ顔でエミリオへ感動をまくし立てる。理解や同意が得られるとは思っていなかったけれど、身近な人物に今すぐ伝えたいという気持ちが抑えられなかったのだ。

「――ごめん。ちょっと興奮しちゃった」
「おぉ、ちょっとビビったけどへーきだぜ」

 流れ落ちる言葉を止めることができぬままステージを降り、次の場所へと向かう途中でホーリーやようやく息をつく。
 その間、エミリオは一言も発することなく、疑問符を浮かべながらもしっかりと聞いてくれた。圧倒され、言葉が出なかった、といったほうが正しいのかもしれないけれど。

「あともうちょっとで回りきっちまうな」
「まだまだずっと見ていたいのに……」

 楽しい時間にも終わりはやってくる。
 デートという面でも非常に有意義な時間であったが、何よりも、文字や写真、動画越しではなく、実物の生き物を見ることができる数少ない機会でもあった。
 普段とは全く違う、特別な時間は素晴らしく輝き、何時何時までもと願ってしまう。

「そんなに楽しかったのか?」
「楽しかったよ!
 ……エミリオ君は、楽しくなかった?」
「いや、楽しかったけどよ。
 なんつーか。お前ってすっげぇ楽しい、嬉しい、って感じ出すだろ」

 柔らかに弧を描く緑の瞳に、ホーリーは今まで出会ってきた人、彼らの表情を思い出す。
 皆、笑い、怒り、泣くけれど、感情を大きく揺らしているようには見えなかった。楽しいもも悲しいも、一定のところを行き来しているような。

 今まで多くの医者や学者といった大人達に囲まれて過ごしていたため、自分も成長すればそうなるのだと思っていた。しかし、中学に入り、知った友人や教師、文化祭のお客さん。誰もが同じであった。

 気のせいかもしれない。
 ホーリーは心中に零す。

 人の記憶など曖昧なもので、今という瞬間に引きずられ、偽りの情報を見ているだけという可能性は多いに存在する。

「そういうところ、好きだぞ」
「……やだ。恥ずかしい」
「何でだよ。好きなもんは好きって言って何が悪いんだ」
「悪くないけど、ないけど」

 自由な片手で頬を押さえ、ホーリーはエミリオから顔を背けた。
 好きだと、面と向かって言えるのは彼の美徳だ。同じように、彼はホーリーの感情表現を美徳としてくれている。

「私も、好き、だよ」

 そっと目を合わせ、想いを返す。

 生まれてまだ十数年。世界の一割も知らないような子供だ。
 他者の感情表現がどうであるか、自分はおかしいのか。その答えを出すための統計だって碌に取れていない。そんな中で勝手に不安になるのは良くないことだ。

 見つめるべきは唯一つ。
 目の前にある真実。エミリオという男が自分を愛してくれ、自分はそれと同じ気持ちを抱いているのだということ。

「あ、見ろよ」

 いよいよ最後の部屋となったところで、エミリオがあるものを見つける。

「お土産屋さん?」

 売店、と簡素に表示させているが、長机二つに申し訳程度の布を敷き、その上に細々としたものを並べているだけのものだ。何があるのだ、とホーリーとエミリオが近づけば、生き物の骨や羽、鱗といったものが並んでいた。
 土産のために売っているのではなく、研究や飼育に興味を持った人へそれらの過程で出たものをお売りします、というものらしい。

 せめて加工し、アクセサリーやストラップにでもなっていたならば、お土産目的で買う人も増えただろうに。これでは良くて自分用、悪ければゴミ扱いだ。
 現に、ホーリーが並べられたものを眺めている間にも、数人がちらりと目をやっては素通りして行く。

「ホーリー」

 名を呼ばれ、彼を見る。

「何か欲しいもん、あるか?」

 惜しいな、とホーリーが商品をまじまじと眺めている姿に、彼は何か買いたいものがあるのかと勘違いしたらしい。
 慌てて否定の言葉を紡ごうとし、止まる。

「……これ」

 そっと触れたのは七色に輝く鱗のセットだ。
 小袋に六枚程度入っており、それぞれが光を反射して違った色身を見せている。

「ふーん。
 じゃあ、これください」

 悩む素振りもなくエミリオは品を手に取り、職員へ代金を払う。
 何故それを欲するのか、買ってどうするのか、等とは聞かない。
 ホーリーが欲しいと願った。購入する理由など、それだけで十分だった。

「ほい」
「いいの?」
「当たり前だろ。
 せっかくのデートだし。プレゼントくらいさせろって」

 包装も何もされていない剥き出しの商品がエミリオの手からホーリーの手に移る。鱗は机の上にあった時とはまた違う色を放っており、ホーリーの指先を薄く色づけていた。
 手の中に納まった鱗とエミリオを見比べた後、彼女は優しく鱗を握りこむ。

「あのね」
「ん?」
「これで、ストラップ作るから、そしたら、あの、お、お揃いにするんだけど、良かったら、つけて、くれる?」

 可愛らしく加工されたものが売られていないのならば、自分で作ってしまえばいい。
 あまりにも美しく輝く鱗を横目に見てしまったとき、ホーリーは考えた。

 簡単な縫い物や編み物ならば経験もある。鱗に穴を開け、コーティングし、紐とビーズを通す。それだけならば素人にだってできるはずだ。
 幸い、手先は器用な方であるという自負もある。

 残る問題は、エミリオの返答だ。
 性差のないものを作るつもりだが、女子であるホーリーが作る以上、ある程度の女っぽさは避けることができない。第一、お揃いの物をつけるなど、恥ずかしいと言われてしまえばそれで終わりでもある。

「いいのか?」

 破裂しそうな心臓を身の内に抱えていたホーリーへ向けられたのは、驚きと喜びを混ぜた声だった。

「お前とお揃い?
 しかも手作りで?
 めっちゃ良いじゃん。楽しみにしてるぜ」

 太陽のような笑みにホーリーは肩の力を抜く。
 きっと、そう言ってくれると思っていた。彼が、自分の思う彼で良かった。

「頑張るからね!」

 ガッツポーズをし、ホーリーは気合を入れる。
 どうせ作るのであれば、エミリオの予想を上回るものを作り上げてみせたい。あっと驚かせてやるのだ、と小さな野望を秘め、幸せな時間は緩やかに終わりを迎えたのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

コネクト・フロム・アイアン・エイジ

@p
SF
荒廃した世界を旅する2人。旅には理由があった。 片方は復讐のため、片方は自分を探すため。 片方は人間、片方は機械。 旅の中で2人は様々な人々に出会い、葛藤し、互いに変化していく。

10秒で読めるちょっと怖い話。

絢郷水沙
ホラー
 ほんのりと不条理なギャグが香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)

熱血豪傑ビッグバンダー!

ハリエンジュ
SF
時は地球人の宇宙進出が当たり前になった、今より遥か遠い未来。 舞台は第二の地球として人類が住みやすいように改良を加え、文明が発展した惑星『セカンドアース』。 しかし、二十数年前の最高権力者の暗殺をきっかけに、セカンドアースは地区間の争いが絶えず治安は絶望的なものとなっていました。 さらに、外界からの謎の侵略生物『アンノウン』の襲撃も始まって、セカンドアースは現在未曽有の危機に。 そこで政府は、セカンドアース内のカースト制度を明確にする為に、さらにはアンノウンに対抗する為に、アンノウン討伐も兼ねた人型ロボット『ビッグバンダー』を用いた代理戦争『バトル・ロボイヤル』を提案。 各地区から一人選出された代表パイロット『ファイター』が、機体整備や医療、ファイターのメンタルケア、身の回りの世話などの仕事を担う『サポーター』とペアを組んで共に参戦。 ファイターはビッグバンダーに搭乗し、ビッグバンダー同士で戦い、最後に勝ち残ったビッグバンダーを擁する地区がセカンドアースの全ての権力を握る、と言ったルールの下、それぞれの地区は戦うことになりました。 主人公・バッカス=リュボフはスラム街の比率が多い荒れた第13地区の代表ファイターである29歳メタボ体型の陽気で大らかなドルオタ青年。 『宇宙中の人が好きなだけ美味しいごはんを食べられる世界を作ること』を夢見るバッカスは幼馴染のシーメールなサポーター・ピアス=トゥインクルと共に、ファイター・サポーターが集まる『カーバンクル寮』での生活を通し、様々なライバルとの出会いを経験しながら、美味しいごはんを沢山食べたり推してるアイドルに夢中になったりしつつ、戦いに身を投じていくのでした。 『熱血豪傑ビッグバンダー!』はファイターとサポーターの絆を描いたゆるふわ熱血ロボットSF(すこしふぁんたじー)アクション恋愛ドラマです。

関西訛りな人工生命体の少女がお母さんを探して旅するお話。

虎柄トラ
SF
あるところに誰もがうらやむ才能を持った科学者がいた。 科学者は天賦の才を得た代償なのか、天涯孤独の身で愛する家族も頼れる友人もいなかった。 愛情に飢えた科学者は存在しないのであれば、創造すればいいじゃないかという発想に至る。 そして試行錯誤の末、科学者はありとあらゆる癖を詰め込んだ最高傑作を完成させた。 科学者は人工生命体にリアムと名付け、それはもうドン引きするぐらい溺愛した。 そして月日は経ち、可憐な少女に成長したリアムは二度目の誕生日を迎えようとしていた。 誕生日プレゼントを手に入れるため科学者は、リアムに留守番をお願いすると家を出て行った。 それからいくつも季節が通り過ぎたが、科学者が家に帰ってくることはなかった。 科学者が帰宅しないのは迷子になっているからだと、推察をしたリアムはある行動を起こした。 「お母さん待っててな、リアムがいま迎えに行くから!」 一度も外に出たことがない関西訛りな箱入り娘による壮大な母親探しの旅がいまはじまる。

VRMMOを引退してソロゲーでスローライフ ~仲良くなった別ゲーのNPCが押しかけてくる~

オクトパスボールマン
SF
とある社会人の男性、児玉 光太郎。 彼は「Fantasy World Online」というVRMMOのゲームを他のプレイヤーの様々な嫌がらせをきっかけに引退。 新しくオフラインのゲーム「のんびり牧場ファンタジー」をはじめる。 「のんびり牧場ファンタジー」のコンセプトは、魔法やモンスターがいるがファンタジー世界で スローライフをおくる。魔王や勇者、戦争など物騒なことは無縁な世界で自由気ままに生活しよう! 「次こそはのんびり自由にゲームをするぞ!」 そうしてゲームを始めた主人公は畑作業、釣り、もふもふとの交流など自由気ままに好きなことをして過ごす。 一方、とあるVRMMOでは様々な事件が発生するようになっていた。 主人公と関わりのあったNPCの暗躍によって。 ※ゲームの世界よりスローライフが主軸となっています。 ※是非感想いただけると幸いです。 ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

求めていた俺 sequel

メズタッキン
SF
「求めていた俺」の続編。戦いは正念場へと突入する・・・ 桐生は意識を失い病室のベットに横たわっていた。皇楼祭最後の戦いにて、『冥王』の『システムディスターバー』を辛くも攻略することが出来たが、桐生が受けた身体的、精神的ダメージ、疲労は極めて深かった。そして一ヶ月の入院生活を終えたある夜、桐生は謎の黒服の男に追われているクラスメイトの馬場コウスケを自宅に匿うことに。 ・・・この行動が後に桐生の全てを踏みにじった男、祠堂流星との思いがけぬ邂逅を引き起こしてしまう。

病弱な私はVRMMOの世界で生きていく。

べちてん
SF
生まれつき体の弱い少女、夏凪夕日は、ある日『サンライズファンタジー』というフルダイブ型VRMMOのゲームに出会う。現実ではできないことがたくさんできて、気が付くとこのゲームのとりこになってしまっていた。スキルを手に入れて敵と戦ってみたり、少し食事をしてみたり、大会に出てみたり。初めての友達もできて毎日が充実しています。朝起きてご飯を食べてゲームをして寝る。そんな生活を続けていたらいつの間にかゲーム最強のプレイヤーになっていた!!

銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?

処理中です...