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幕間
1.睡眠
しおりを挟む大盛況を持って終えた文化祭。ホーリーのクラスは校内一位の売り上げと評判を記録し、表彰までされた。クラスメイト達は今回の立役者であるホーリーを褒め称え、あらん限りの賞賛を彼女に捧げた。
多くのアイディアによって人々を魅了し、売り上げに貢献してくれた、と。眠る時間の都合もあり、彼女は打ち上げに半分ほどの時間しか参加できなかったけれど、わずかな時間いっぱいに贈られた言葉の数々はホーリーの胸を熱くする。
過剰評価にも程がある、と思いつつも友人達からの言葉は嬉しく、打ち上げを途中退場するのは後ろ髪が引かれる想いであった。
そんな風に時は流れ、季節は冬。楽しくも短い正月休みも終わり、中学一年生としての時間も間もなく終わるという時期。順調に進んでいたイリネイの授業はいよいよ睡眠の単元に突入した。
「まず、昔は我々ヒトも睡眠をとっていた。
そうでなかった、という説もあったが、その話を聞いたことがある人」
目線で挙手を促せば、クラスの全員が静かに手を伸ばす。
「ライノちゃんが言ってたしな」
「ライノ先生」
相も変わらずな席で、いつも通りの態度をしているエミリオにイリネイは端的な注意をする。
人名を告げただけではあるが、彼の声に内包されているものは明らかであり、気の弱い生徒であればその声を聞いただけで心臓が跳ね上がってしまう。
しかし、気づいているのか気にもとめていないのか、エミリオは謝罪もせずニコニコと前を向いたまま手の中にあるペンをくるくる回す。
完全に教師を舐めている態度ではあるのだが、彼は授業の進行を大きく邪魔することは滅多にない。
イリネイはため息をついて彼のことを放置しておくことに決めた。
構えば構っただけ授業が遅れてしまう。
「とにかく。ヒトは睡眠を必要としない進化を遂げた。
何故でしょう。はい、キミ」
「え、っと……」
手にしていた端末で差された生徒は立ち上がり、言葉を迷わせる。
睡眠を必要としない自分と、必要とするホーリーを比較。今の自分にとっての利であり、彼女にとっての不利とは何か。視線を左右にやり、思考をめぐらせ、口を開く。
「時間が、たくさん使える?」
数十秒を使い導き出された答えに、イリネイは頷き、彼の着席を促す。
「なるほど。それもあるかもしれない。
実はこれは意地悪な質問でね。
何故、ヒトは眠らなくなったのか。その答えはまだ明らかになっていないんだ」
コツコツとイリネイはスクリーンの前を歩く。
どの時代からヒトは睡眠を必要としなくなったのか。消失期を過ぎた頃にはヒトはそう在り、どのような過程を経たのかすら現代に伝わっていなかった。
「これは歴史の授業でまた聞くことになるだろうけど、昔の論文や研究書というものはあまり多く残っていない。
おかげでつい最近まではヒトが眠っていたかどうかさえわかっていなかった」
殆どの動物が寝るのだからヒトも眠っていただろう。
太古、壁画には眠っているヒトが描かれている。
いいや、全ては空想の類だ。
そんな憶測が飛び交い、結論が出ることはないだろうとさえ言われていた。
ホーリーがこの世に生まれてくるまでは。
「先生」
マリユスが手を挙げ、発言の許可を求める。
「何だ?」
「ホーリーさんを調べてもわからないんですか?」
「えっ」
悪意は、ないのだろう。
調べるという言葉に深い意味はなく、彼は単純により深く物事を知るための手段を提示しただけに過ぎない。
だが、一個人としてのホーリーからしてみれば、自身の体を好き勝手に調べられて嬉しいはずがない。たとえ、想像の中だけだとしても、耳にしてしまえば面白くない気持ちも湧き出てくる。
医者や学者に多くを問われ、観察され、データの収集をされていたが、それは彼女が生きていくために必要であったからこそ許可し続けていた。今、人類の発展のために体を調べさせてほしい、と見知らぬ医者や学者に言われたとしても、ホーリーは是を返さないだろう。
「少なくとも現段階ではわかっていないね。
ヒトの睡眠と他の生物の睡眠がもつ役割や波は殆ど同じであった、ということくらいしか判明していないらしい」
ホーリーの脳や体内をくまなく調べれば何か解明されることもあるかもしれないが、人の命を消費してまで調べなければならないことでもあるまい。
倫理的な問題がなくとも、知的好奇心のみでそこまで実行に移す人間はいないはずだ。
「睡眠の歴史に触れたところで、現時点で判明しているメカニズムについても話しておこう」
正面のスクリーンにレム、ノンレムという単語が表示される。
「ヒト以外、つまり、動物や昆虫、魚などは今でも睡眠をとっており、種類によって睡眠のとり方も大なり小なり違いがある。
動き続けることが必要な生き物は脳を半分ずつ眠らせることが可能であったり、冬の間は眠り続けることができたり、一つ一つについて解説すると膨大な時間がかかる。
なので、この授業では大まかに睡眠、というものについて解説していく」
イリネイがこつり、とボタンを押せば、スクリーンに映し出されていた単語の下に、深い、浅い、という言葉が追加された。
「眠っているとき、脳はこの二つを一定の周期で繰り返すことがわかっている。
レム睡眠というのは、別名休息眼球運動睡眠、とも呼ばれている。つまり、眠っているが、瞼の下で眼球が動いている状態だ。この時、脳の一部は活動しており、起きているときの記憶の処理を行っており、それが夢という形で発現する。
――ホーリーさん、間違いないかな?」
「ふえっ!」
突然名を呼ばれ、ホーリーは腑抜けた声を上げてしまう。
クラス中の視線が集まっているのを感じるが、彼女はイリネイの質問に是とも否とも返すことができない。
幼い頃から医者や学者の話を聞いていたため、夢をどのような原理で見ているのか、脳でどのような処理が起きているのか、ということは大雑把に聞かされていたが、所詮は子供の記憶力と理解力だ。
詳細を全て覚えているわけではないし、研究の成果が正しいのか間違っているのか、という判断がつけられるほどの知識があるわけでもない。
毎夜のように夢を見てはいるが、最中に己の体がどのような働きをしているかまで知っているはずがなかった。
「……たぶん」
結局、ホーリーは曖昧な返事をするだけに終わってしまったが、イリネイは気にした様子もなく授業を進めていく。
「かつてはその夢、というものを使って占いというものが行われていたらしい。
詳細は知らないが、おそらく何を見たのか、というところからその人の未来や過去を紐解いたのだろうね」
「占い?」
「ほら、歴史の授業でやったでしょ。
骨とか星とか使うやつ」
「あの意味のわっかんないやつな」
小さな声があちらこちらで交わされる。
その気になりさえすれば、天候から地殻の動きまで制御ができるようになった現代に、占いなどという根拠も何もないようなものは受け継がれていない。
人類がまだ土と石で生活していた時代にそういったものがあった、という話を歴史の授業で聞く程度。それも、嘘くさい、存在する意味がわからない、という印象を残すばかりで、細かなところまで覚えてる生徒はクラスに数名しかいなかった。
その内の一人がホーリーだ。
彼女は真面目であるが故に占いというものを覚えていたのではない。
夢がある。そう感じたのだ。
「科学ない時代から発達しきっていなかった時代にあったものだろうから、多少の不合理や非現実的な考え方は仕方ない。
それこそ、宗教なんてものはその代表だった」
「しゅうきょう?」
「ん? まだそこまでやっていなかったか」
疑問符を浮かべたホーリーの言葉を聴き、イリネイは手元の端末を操作する。歴史の授業が現在、どの程度まで進んでいるのかを確認しているのだ。
その間も生徒達は首を傾げ、前後左右の友人達に知っているか、知らない、と情報共有をしていく。
数回の操作を終え、生徒達がまだ宗教について学んでいないことを確認したイリネイは、改めて顔を上げて口を開いた。
「どうやら二年でやる範囲みたいだね。
大雑把に言ってしまうと、昔はカミサマと呼ばれる存在を信じていたんだ。
悪いことがあればカミサマが助けてくれる。辛いことはカミサマの試練なのだと信じる。
これも人によって、時代によって、宗派によって変わるものだが、まあ、そういう非科学的な存在を信じていた、とだけ知っていればいい」
「えー、もっと詳しく聞かせてくれよ」
「私も詳しいことは知らないから、二年になった時に授業でちゃんと聞きなさい」
新たに知った言葉について追求しようとするエミリオをイリネイは軽く交わす。
不真面目なエミリオを嫌ったわけでも、面倒に思ったわけでもない。単純に、専門分野でないことについて軽々しく口にすれば、誤った知識を子供達に植えつけてしまう可能性がある。教師として、それは避けなければならないことであった。
「ちぇー」
「先生を困らせるんじゃない。
二年まで待っていろ」
唇を尖らせたエミリオの頭を、後ろの席に座っていたシオンが軽く叩いた。
彼の質問や雑談は授業を面白おかしくしてくれることもあるが、対イリネイとなっては相性が悪い。緊迫した空気になるよりも前に誰かが止めなければならない。
「領土争いにも関わってくるところだ。飛ばされることはないから安心しなさい」
「領土争い?」
「宗教というものには色々あるんだ。
ほら、私の専門は生物。次に行くぞ」
画面がまた切り替わる。次はノンレム睡眠とやらの説明に入るらしい。
しかし、そこで空気を読まないのがエミリオだ。
「せんせー! 戦争って何で起きたんですかー!」
「知らん。歴史の授業で聞きなさい」
すげない返答にもめげず質問を続けてみたが、イリネイの心は折れることなく、背後からシオンにチョップを食らったことでエミリオは沈黙することとなった。
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