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文化祭
4.星空展
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エミリオも両親と仲が悪いわけではないのだが、学校行事に親が来るというのはどうにも居心地が悪い。
遊びに来る程度ならばまだしも、会話をしたり共に店を回ったりするのは勘弁願いたいところだ。
「そういうもの?」
「そーいうもん」
そっか、とホーリーは零し、手にしていた容器を開ける。
「じゃあ、そこのベンチでこれを食べたら一緒に行こ!」
「食いながら行けばいいじゃん」
「行儀悪いよー」
文句を言いつつ、ホーリーが腰を下ろせばエミリオもそれに続く。
拳一つ分の距離を開けて座り、彼女は焼きそばに舌鼓を打つ。エミリオの分は既になくなっており、空の容器は近場のゴミ箱に投げ入れられていた。
「おすすめのところとかある?」
「三年の縁日とか面白かったぞ」
パンフレットを開き、エミリオはどの教室にまだ行っておらず、どの店が面白かったかを話していく。行動力のある彼は、わずかな時間でかなりの店を回っていたらしく、付き合っていたマリユスの苦労は推して知るべしといったところか。
ソースや青海苔に気をつけつつ、ホーリーはエミリオのパンフレットを覗き込む。
「この星空展は?」
「まだ行ってねぇ」
「ならここに行こうよ」
決まり、と笑えば、エミリオは否定することなく肯定の笑みを返してくれる。彼の好みから言えば、騒ぐことのできる縁日の類の方が好ましくあるのだが、まだ行ったことのない場所というのも好奇心がくすぐられる。
同行者がその場所を望むというのであれば、拒絶する理由はない。
「口の周り、何もついてない?」
空になった容器を捨て、エミリオの方へ振り向きながら尋ねる。
少し歩けばトイレの鏡で確認もできるのだが、それまでの間、ソースをべったりつけていては恥ずかしい。そこで近くにいる友人へ確認をとることにしたのだが、彼に細やかな気配りを求めるというのは酷だったようだ。
「んー? 大丈夫じゃね?」
「もう。適当なんだから」
適当であることを隠さぬどころか、視線すら一瞬しか向けられていない。
ホーリーは小さく頬を膨らませ、トイレの前を通ったらすぐに鏡を見に行くことを決意する。
一度校舎に入り、別に気にする必要はないだろうと口を尖らせるエミリオを無視してホーリーが用事を済ませれば、後は目的地に向かって歩いていくだけだ。
階段を数階上がれば、人ごみが多少減った階にあたる。
飲食や縁日といった店がなく、研究成果等を発表している教室ばかりであるため、人を選ぶ場所となっているらしい。
「ここね」
「誰もいねぇな」
ぽつんと置かれた機械と解説書。
後は好きに使ってくれればいい、という方針らしく、遮光カーテンによって一寸の光も存在していない部屋中には、対応をする生徒すら見当たらない。
出入り口を開けたままにして中へ入り、解説書を読む。設置されている機械は星空を映し出すためのもので、製作者はこの教室で普段から勉学に励んでいる在校生達のようだ。
誰にでも扱える簡単な手順が記載された解説書を片手にホーリーは手を動かし始める。
「いけそうか?」
「簡単なものだから大丈夫。
よし。エミリオ君、そこも閉めて!」
彼女の言葉に従い、扉とカーテンを閉めれば室内は真の闇に包まれる。自身の両手がかろうじて見える程度の暗さに、人工の光に慣れ親しんでいるエミリオは背筋が冷たくなるのを感じた。
どうして、という理由を彼は解すことができなかったが、薄れた本能が闇の危険性をうるさく警鐘している。
手のひらから滲み出る汗を彼がズボンで拭いた時、世界に明かりが生まれた。
カチリ、という音と共に現れたそれは、機械を薄く照らす光と空を覆いつくす小さな輝き達だ。
「綺麗」
朝露が零れ落ちるかのように彼女は呟く。
壁も、床も、全てが美しい輝きに満ちていた。大小様々、色さえ違う星々が二人を包み込んでいる。
人工の光によって、空の輝きが殆ど失われてしまった現代。これだけの星を見ることは山であろうとも北や南の端であったとしても不可能だ。
天文学の本でしか見たことのないような光景に、ホーリーだけではなくエミリオまで呆然と輝きを瞳の中に映し続けていた。
「昔の人は、これとこれを繋いで星座を作ったのね」
バックライトによって暗闇の中でも難なく読むことのできる解説書には、機械の動かし方だけではなく、過去にあった星座というものについても書かれていた。
ホーリーは壁に映し出された星をなぞり、一つ一つ星座の名前を口にしていく。
「これが羅針盤。これが蟹。これは山猫」
「んん? それのどこをどう見たら羅針盤になるんだ?」
エミリオは首を傾け、あらゆる方向からなぞられた部分を眺めてみるが、どうしても羅針盤には見えてこない。昔と今とでは物の形が変わっているということもあるだろうけれど、ホーリーが示したものはただの直線でしかなく、それ意外のものには到底見えやしなかった。
解説書を読んでいるホーリーも眉を下げて笑いながら彼に同意を示す。
「ロマンチックだとは思うけど、やっぱり見えないよね」
かつては星座の一つ一つに物語があったという。既に失われてしまったそれらを知る術はなく、今を生きるホーリー達は不確実な形跡をなぞるばかりだ。
過去に思いを馳せ、星に込められた物語を夢想する楽しみはあれど、それぞれの形と物を繋ぎ合わせることはできない。
ホーリーはその事実に一抹の寂しさを覚えてしまう。
「……でも、キレイだってのはわかる」
エミリオは彼女の隣に立ち、星を適当に触れていく。
込められている意味も、物語も、彼にはわからない。説明されたところで理解もできないだろう。
それでも、目の前にある光景が美しいことは理解できるし、彼自身も感じている。
「充分だろ?」
どれだけの年月が経とうとも、星を美しいと思う感性は変わらなかった。
実物を目にすることは難しくとも、こうして人工的に作られた星を見て感動を得ることができる。
失われてしまったことは悲しいことかもしれない。だが、確実に残され、受け継がれてきたものがある。充分ではないか。長い長い時の中で、失われずにいたものがあるだけでも。
エミリオが笑うから。
ホーリーはそれにつられる。
「そうだね」
二人は肩を並べ、ゆっくりと壁沿いを歩く。
輝く星々に込められた物語を読み解くことはできない。ただ、その美しい空の上を行くだけ。
「次、どこに行こうか」
「二階の的当てとか面白かったぞ」
「じゃあそこにしようか」
足元の星を優しく踏みながら彼らはこれからの話をする。
その顔には、星空に負けぬ笑みが広がっていた。
遊びに来る程度ならばまだしも、会話をしたり共に店を回ったりするのは勘弁願いたいところだ。
「そういうもの?」
「そーいうもん」
そっか、とホーリーは零し、手にしていた容器を開ける。
「じゃあ、そこのベンチでこれを食べたら一緒に行こ!」
「食いながら行けばいいじゃん」
「行儀悪いよー」
文句を言いつつ、ホーリーが腰を下ろせばエミリオもそれに続く。
拳一つ分の距離を開けて座り、彼女は焼きそばに舌鼓を打つ。エミリオの分は既になくなっており、空の容器は近場のゴミ箱に投げ入れられていた。
「おすすめのところとかある?」
「三年の縁日とか面白かったぞ」
パンフレットを開き、エミリオはどの教室にまだ行っておらず、どの店が面白かったかを話していく。行動力のある彼は、わずかな時間でかなりの店を回っていたらしく、付き合っていたマリユスの苦労は推して知るべしといったところか。
ソースや青海苔に気をつけつつ、ホーリーはエミリオのパンフレットを覗き込む。
「この星空展は?」
「まだ行ってねぇ」
「ならここに行こうよ」
決まり、と笑えば、エミリオは否定することなく肯定の笑みを返してくれる。彼の好みから言えば、騒ぐことのできる縁日の類の方が好ましくあるのだが、まだ行ったことのない場所というのも好奇心がくすぐられる。
同行者がその場所を望むというのであれば、拒絶する理由はない。
「口の周り、何もついてない?」
空になった容器を捨て、エミリオの方へ振り向きながら尋ねる。
少し歩けばトイレの鏡で確認もできるのだが、それまでの間、ソースをべったりつけていては恥ずかしい。そこで近くにいる友人へ確認をとることにしたのだが、彼に細やかな気配りを求めるというのは酷だったようだ。
「んー? 大丈夫じゃね?」
「もう。適当なんだから」
適当であることを隠さぬどころか、視線すら一瞬しか向けられていない。
ホーリーは小さく頬を膨らませ、トイレの前を通ったらすぐに鏡を見に行くことを決意する。
一度校舎に入り、別に気にする必要はないだろうと口を尖らせるエミリオを無視してホーリーが用事を済ませれば、後は目的地に向かって歩いていくだけだ。
階段を数階上がれば、人ごみが多少減った階にあたる。
飲食や縁日といった店がなく、研究成果等を発表している教室ばかりであるため、人を選ぶ場所となっているらしい。
「ここね」
「誰もいねぇな」
ぽつんと置かれた機械と解説書。
後は好きに使ってくれればいい、という方針らしく、遮光カーテンによって一寸の光も存在していない部屋中には、対応をする生徒すら見当たらない。
出入り口を開けたままにして中へ入り、解説書を読む。設置されている機械は星空を映し出すためのもので、製作者はこの教室で普段から勉学に励んでいる在校生達のようだ。
誰にでも扱える簡単な手順が記載された解説書を片手にホーリーは手を動かし始める。
「いけそうか?」
「簡単なものだから大丈夫。
よし。エミリオ君、そこも閉めて!」
彼女の言葉に従い、扉とカーテンを閉めれば室内は真の闇に包まれる。自身の両手がかろうじて見える程度の暗さに、人工の光に慣れ親しんでいるエミリオは背筋が冷たくなるのを感じた。
どうして、という理由を彼は解すことができなかったが、薄れた本能が闇の危険性をうるさく警鐘している。
手のひらから滲み出る汗を彼がズボンで拭いた時、世界に明かりが生まれた。
カチリ、という音と共に現れたそれは、機械を薄く照らす光と空を覆いつくす小さな輝き達だ。
「綺麗」
朝露が零れ落ちるかのように彼女は呟く。
壁も、床も、全てが美しい輝きに満ちていた。大小様々、色さえ違う星々が二人を包み込んでいる。
人工の光によって、空の輝きが殆ど失われてしまった現代。これだけの星を見ることは山であろうとも北や南の端であったとしても不可能だ。
天文学の本でしか見たことのないような光景に、ホーリーだけではなくエミリオまで呆然と輝きを瞳の中に映し続けていた。
「昔の人は、これとこれを繋いで星座を作ったのね」
バックライトによって暗闇の中でも難なく読むことのできる解説書には、機械の動かし方だけではなく、過去にあった星座というものについても書かれていた。
ホーリーは壁に映し出された星をなぞり、一つ一つ星座の名前を口にしていく。
「これが羅針盤。これが蟹。これは山猫」
「んん? それのどこをどう見たら羅針盤になるんだ?」
エミリオは首を傾け、あらゆる方向からなぞられた部分を眺めてみるが、どうしても羅針盤には見えてこない。昔と今とでは物の形が変わっているということもあるだろうけれど、ホーリーが示したものはただの直線でしかなく、それ意外のものには到底見えやしなかった。
解説書を読んでいるホーリーも眉を下げて笑いながら彼に同意を示す。
「ロマンチックだとは思うけど、やっぱり見えないよね」
かつては星座の一つ一つに物語があったという。既に失われてしまったそれらを知る術はなく、今を生きるホーリー達は不確実な形跡をなぞるばかりだ。
過去に思いを馳せ、星に込められた物語を夢想する楽しみはあれど、それぞれの形と物を繋ぎ合わせることはできない。
ホーリーはその事実に一抹の寂しさを覚えてしまう。
「……でも、キレイだってのはわかる」
エミリオは彼女の隣に立ち、星を適当に触れていく。
込められている意味も、物語も、彼にはわからない。説明されたところで理解もできないだろう。
それでも、目の前にある光景が美しいことは理解できるし、彼自身も感じている。
「充分だろ?」
どれだけの年月が経とうとも、星を美しいと思う感性は変わらなかった。
実物を目にすることは難しくとも、こうして人工的に作られた星を見て感動を得ることができる。
失われてしまったことは悲しいことかもしれない。だが、確実に残され、受け継がれてきたものがある。充分ではないか。長い長い時の中で、失われずにいたものがあるだけでも。
エミリオが笑うから。
ホーリーはそれにつられる。
「そうだね」
二人は肩を並べ、ゆっくりと壁沿いを歩く。
輝く星々に込められた物語を読み解くことはできない。ただ、その美しい空の上を行くだけ。
「次、どこに行こうか」
「二階の的当てとか面白かったぞ」
「じゃあそこにしようか」
足元の星を優しく踏みながら彼らはこれからの話をする。
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