224 / 225
24-15
しおりを挟む「何故あのような無茶をした」
「す……すみません」
「すみませんじゃすまないよ。見てるこっちはハラハラしたんだからね?」
「は、い……」
謁見の間から場所は変わり、今は騎士団本部へと連れてこられていた。
杉崎が魔導師たちを引き付けている間に海はアレクサンダーとクインシーに手を引かれてあの場から逃げ出した。本当はヴィンスの宿に戻ろうとしていたのだが、橋を下ろす許可が取れなかった。エヴラールが海を城下町に戻ることを許さなかったからだ。
アレクサンダーがエヴラールに何度も橋を下ろすように掛け合ったが、杉崎の対応に手を焼いていてそれどころではないと帰されてしまった。その為、海は騎士団本部に身を寄せているのだが、ただいまクインシーとアレクサンダーに本部の食堂で説教されている。海の位置は三者面談の教師側と言えば分かるだろうか。腕を組んで海を睨んでいるアレクサンダーと、困り顔で笑うクインシー。
これなら宿に帰りたかった。アレクサンダーたちが普段暮らしている本部が見れる!という淡い期待は見事に打ち砕かれてしまったのだから。
「カイ? ちゃんと聞いてる?」
「聞いてる! だからそんな怒らないで欲しいんだけど……」
「ならば何について叱られているのか言ってみろ」
「えっと、それは……」
「ほらやっぱり聞いてないー!」
「聞いてるってば! もう今後、あんな真似はするなってことじゃないの!?」
「あの女の件だけではない!!」
ビリビリッと鼓膜が震えそうな程の怒鳴り声。隣に座っているクインシーも突然の大きな声に驚いて腰を浮かせていた。
「何故、城に来た!」
「俺にだってやる事があるんだよ! その為にはここにもう一度来なきゃ行けなかったんだ」
「お前がやることなどここにはない! 明日、橋を下ろしてもらうように話を通す! 二度と城には来るな!」
アレクサンダーの言い方に沸々と怒りが湧いてきて、怒鳴り返そうと口を開いたが、この状況はまずいと思ったクインシーが慌てて止めに入ってきた事によって海の意見は言葉にならなかった。
「待って待って! 喧嘩しないでって! ほら、あっち見てみなよ!」
クインシーが指差した方をアレクサンダーと共に見る。食堂の出入口に団員たちがコソコソしながらこちらの様子を伺っているのが見えた。
「アレクサンダーの声であいつら来ちゃったじゃん! カイが謁見の間に一人で来たっていうことにも驚いてるのに、アレクサンダーが怒鳴ってたらもっとびっくりするだろ!?」
「知るか! あいつらは追い返せ!」
「だからそんなに怒るのはやめなっての! そんなに怒ってたらカイだって聞くの嫌だよ!」
「こいつが勝手なことをしたからだろうが!」
「悪かったな!! 勝手なことして!」
もう我慢できるか。海の意見を聞かずに一方的に怒鳴ってくるアレクサンダーに向けて叫び返して睨んだ。海のヘボい睨みではアレクサンダーはビクともしない。
「もういいよ。俺が悪うございました!!」
「ちょ、カイ!!」
ガタッと椅子を跳ね飛ばす勢いで海は立ち上がり、二人に背を向けて歩き出した。
「カイ!! 話は終わっていない!」
「知らないよ! 俺の話は聞かないくせに、なんでアレクサンダーの言い分だけ聞かなきゃいけないんだよ!」
「聞いているだろう!」
「聞いてない! 言ったところですぐに否定して怒るだろ!」
クインシーの制止の声も聞かずに海は駆け出した。
これ以上、話をしていても無駄に怒りが湧くだけだ。
「アレクサンダーのバカ。バーカ、バーーーカ!!」
本部の外に出て、表から裏に回って叫んだ。こんなこと本人に言ったらなんて返ってくることか。
「アレクサンダーがちゃんと聞いてくれないのが悪いんじゃないか」
建物を背にして座り込み、足元にあった石ころを適当に投げる。ぶつぶつ文句を言いながら石を投げている姿は完全にいじけている子供の様。自分でも大人気ないと思ってはいるが、今から謝りに戻る気にもならなかった。
「ばーか……」
暫くはここで頭を冷やした方がいいかもしれない。
そう思って海はそこで石を投げ続けていた。
⋆ ・⋆ ・⋆ ・⋆
「カイ? ここにいるの?」
「クインシー?」
石を投げ続けてどれくらい経ったか。ひょこりとクインシーが顔を出した。
「やっぱいた。こんな所でなにしてるの?」
「……頭でも冷やそうかと」
「そっか。カイも怒ってたもんね」
「まだ……アレクサンダーは怒ってる?」
「それはどうかな。自分で見てくるといいよ」
「…………会いたくない」
まだアレクサンダーと会いたいと思わない。怒っているのであれば尚更。
「こんな所にいたら風邪ひくよ。中に戻ろう?」
「冷やしてるから丁度いいんだよ」
「頭どころか全身冷えちゃうよ」
海の頭の上へと掛けられるもの。それはほんのりと温かかった。
「これじゃクインシーの方が風邪ひくじゃん」
「んー? なら早く戻ろう?」
「だからまだ戻りたくないって……」
「じゃあ、俺も戻らないでここにいる」
自分の上着を海に掛け、クインシーは海の隣に腰を下ろした。
それから何をするでもなく沈黙が流れる。
「カイはさ、ここに来て何がしたかったの?」
「説明して分かってくれるか……」
「言ってくれなきゃ分かんないなぁ」
話したところで伝わるかは分からない。海にだって分かってないことがあるのだから。でも、一人で抱えているのも辛い。誰かに聞いて欲しい。出来れば、これからどうすればいいかを教えて欲しかった。
「聖女の呪いが付き纏ってるんだ」
「呪い?」
「うん。記憶を受け継いだ時はそんなこと無かったのに、最近になってよく聞くようになったんだ。過去の聖女たちがラザミアを呪う声が。許せないって気持ちが」
「……ずっと?」
「ずっと。謁見の間で彼女達の怒りを抑えるのは大変だった。国王と魔導師を前にした途端、恨み言が酷くなったんだ。常に声は聞こえていたけど、今日ほどじゃなかった。聖女の声に……殺されるかと思った」
今思い返せばとても恐ろしかった。何人もの聖女が国王たちに向けて罵詈雑言を吐き散らかし、怒りの感情を露わにする。彼らには言葉が届いていないから、海が受け止めるしかなかった。神経をすり減らしながらの国王たちとの対話は本当にしんどかった。
「カイ」
辛かった、と一言漏らすと、クインシーは海を横から抱きしめた。痛いほど強く抱きしめられたが、海はクインシーから離れようとはしなかった。今はそれくらい強い方がいい。痛みを感じるとここにいる実感が湧く。海はちゃんとこの場にいて生きているのだと。
「クインシー……俺……嫌だ、死にたくない」
クインシーの背中に腕を回してしがみつくように抱きしめ返す。言い表せぬ恐怖と不安に泣き出しそうになる。こんな所で泣くわけにはいかない。まだ城に来たばかりで何もしていないのに、早々に音をあげている暇はないのだ。泣き顔を晒すことの無いようにクインシーの首元に頭を埋めて隠した。
「死なせないよ。カイは絶対に死なせない。そんなことアレクサンダーが許すと思う? 俺は絶対に許さないから。聖女の呪いだろうが、城下町の闇だろうがどうでもいい。カイを怖がらせるなら俺が許さない」
包み込むように抱きしめられて徐々に不安が消えていった。もう大丈夫だと言おうとしたが、人の温もりが心地よすぎて離れるに離れられなかった。
1
お気に入りに追加
2,194
あなたにおすすめの小説


塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

変態高校生♂〜俺、親友やめます!〜
ゆきみまんじゅう
BL
学校中の男子たちから、俺、狙われちゃいます!?
※この小説は『変態村♂〜俺、やられます!〜』の続編です。
いろいろあって、何とか村から脱出できた翔馬。
しかしまだ問題が残っていた。
その問題を解決しようとした結果、学校中の男子たちに身体を狙われてしまう事に。
果たして翔馬は、無事、平穏を取り戻せるのか?
また、恋の行方は如何に。

俺が総受けって何かの間違いですよね?
彩ノ華
BL
生まれた時から体が弱く病院生活を送っていた俺。
17歳で死んだ俺だが女神様のおかげで男同志が恋愛をするのが普通だという世界に転生した。
ここで俺は青春と愛情を感じてみたい!
ひっそりと平和な日常を送ります。
待って!俺ってモブだよね…??
女神様が言ってた話では…
このゲームってヒロインが総受けにされるんでしょっ!?
俺ヒロインじゃないから!ヒロインあっちだよ!俺モブだから…!!
平和に日常を過ごさせて〜〜〜!!!(泣)
女神様…俺が総受けって何かの間違いですよね?
モブ(無自覚ヒロイン)がみんなから総愛されるお話です。

悪役令息シャルル様はドSな家から脱出したい
椿
BL
ドSな両親から生まれ、使用人がほぼ全員ドMなせいで、本人に特殊な嗜好はないにも関わらずSの振る舞いが発作のように出てしまう(不本意)シャルル。
その悪癖を正しく自覚し、学園でも息を潜めるように過ごしていた彼だが、ひょんなことからみんなのアイドルことミシェル(ドM)に懐かれてしまい、ついつい出てしまう暴言に周囲からの勘違いは加速。婚約者である王子の二コラにも「甘えるな」と冷たく突き放され、「このままなら婚約を破棄する」と言われてしまって……。
婚約破棄は…それだけは困る!!王子との、ニコラとの結婚だけが、俺があのドSな実家から安全に抜け出すことができる唯一の希望なのに!!
婚約破棄、もとい安全な家出計画の破綻を回避するために、SとかMとかに囲まれてる悪役令息(勘違い)受けが頑張る話。
攻めズ
ノーマルなクール王子
ドMぶりっ子
ドS従者
×
Sムーブに悩むツッコミぼっち受け
作者はSMについて無知です。温かい目で見てください。

イケメンの後輩にめちゃめちゃお願いされて、一回だけやってしまったら、大変なことになってしまった話
ゆなな
BL
タイトルどおり熱烈に年下に口説かれるお話。Twitterに載せていたものに加筆しました。Twitter→@yuna_org
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる