契約妃は隠れた魔法使い

雨足怜

文字の大きさ
上 下
89 / 89

89秘密の共有

しおりを挟む
「――妃でありながら魔法を使った、魔法使いである……ですよね」

 フィナンの顔には、言葉には、もう、疑問は無かった。確信だけがあった。

 わたしが、魔法使いであると。

 魔法使いであること自体は、実のところ大きな問題ではない。重要なのはルクセント王国の王族の女性は魔法の使用を禁止されているということ。
 そして、曲がりなりにも王族の一員になったわたしが、その決まりを破って魔法を使ってしまったという事実。

「……隠しているつもりだったんですか? ……隠しているつもりだったんですね」

 本気かと疑う視線が痛くてそっと目をそらせば、視界に映るのは闇ばかり。吹き抜ける風が心の中に入り込み、隙間風を吹かせているような寒さと心細さがこみあげる。

「全く言い直せてないけれど?」

 つい唇を尖らせてジト目で告げる。口調がとげとげしくなって、フィナンに嫌われたらどうしようだとか、今更にもほどがある感情が心の中で存在感を増していく。

 足元がぐらついているような不安は、フィナンの小さなため息を聞いたところで最高潮に達した。

「いえ、こう、途中から面倒になってきているのかな、と思っていたんですが」

 倒れそうなほどには不安だったのに、フィナンはあっさりとわたしの思いを吹き飛ばす。
 張り詰めていた緊張の糸が切れる音が、頭の中で響いた気がした。

 何をいまさら、と鼻で笑ったのはいただけないけれど、それでも、うれしいのは事実で。

 こみ上げるものを必死に抑えるべく、軽く唇を噛んで空を見上げる。
 ちょうど精霊の宿り木の真下に来ていたせいで、頭上は明るく、空の光はすべてその明かりにかき消されてしまっていた。

「ちなみに、いつから気づいていたの?」
「ええと、最初の怪しいと思ったのはやっぱりハンナ様の……ん?」

 おそらくはハンナの家にわたしだけが気づいた時とか、ハンナが意味ありげに視線をわたしに送っていた時とか、そのあたりだろう。
 予想はけれど正解にも外れにも行きつかず、フィナンは何かの引っかかりに手を伸ばすように、ふらふらと危うげな足取りで歩を進める。まるで、他のことを一瞬でも考えてしまえば、手掛かりが指の間から滑り落ちて行ってしまうとでもいうように、心ここに在らずの様子。

 転びやしないかとひやひやしつつ構えていれば、数歩進んだところでフィナンは大きく目を見張る。

「どうかした?」
「ハンナ様って、あのハンナ様なんですかね!?」

 要領を得ないにもほどがあるし、ハンナへの敬意の強さが異常だった。

「どのハンナ様よ」

 というか、声が大きい。
 さっきわたしの口を手で押されたのはどこの誰だったのか、自分で忘れてしまったのだろうか。

「あのハンナ様と言えばあのハンナ様ですよ!」
「だからどのハンナ?」
「『ハンナのメイド碌』の凄腕使用人のハンナ様です!」
「……ええと?」

 先ほどまで存在していたシリアスな空気の一切合切を吹き飛ばしてしまうような単語。
 空耳かと疑い、フィナンのキラキラと輝く大きく見開かれた目を前にすれば、幻聴などではなかったと実感する。

 ――で、なんだって?

しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

【完結】「政略結婚ですのでお構いなく!」

仙桜可律
恋愛
文官の妹が王子に見初められたことで、派閥間の勢力図が変わった。 「で、政略結婚って言われましてもお父様……」 優秀な兄と妹に挟まれて、何事もほどほどにこなしてきたミランダ。代々優秀な文官を輩出してきたシューゼル伯爵家は良縁に恵まれるそうだ。 適齢期になったら適当に釣り合う方と適当にお付き合いをして適当な時期に結婚したいと思っていた。 それなのに代々武官の家柄で有名なリッキー家と結婚だなんて。 のんびりに見えて豪胆な令嬢と 体力系にしか自信がないワンコ令息 24.4.87 本編完結 以降不定期で番外編予定

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。

真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。 親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。 そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。 (しかも私にだけ!!) 社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。 最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。 (((こんな仕打ち、あんまりよーー!!))) 旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

愛する義兄に憎まれています

ミカン♬
恋愛
自分と婚約予定の義兄が子爵令嬢の恋人を両親に紹介すると聞いたフィーナは、悲しくて辛くて、やがて心は闇に染まっていった。 義兄はフィーナと結婚して侯爵家を継ぐはずだった、なのにフィーナも両親も裏切って真実の愛を貫くと言う。 許せない!そんなフィーナがとった行動は愛する義兄に憎まれるものだった。 2023/12/27 ミモザと義兄の閑話を投稿しました。 ふわっと設定でサクっと終わります。 他サイトにも投稿。

処理中です...