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66アヴァロンと料理
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今回の料理の目的は二つ。
一つは魔女の円卓のことを教えてくれたハンナの、ぎっくり腰へのお見舞いの品を作ること。
魔女の円卓という素晴らしい交流の場を教えてくれて以来、わたしはまだハンナに顔を見せに行っていない。さすがにこれでは不義理だし、次に円卓でどんな顔をしてハンナに会えばいいかわからない。
だからお見舞いという名目でお礼をしに行くのだ。
そしてもう一つの理由が、飴細工とは異なる自作の甘味を用意すること。
精霊は魔法使いが自ら作ったものの方を捧げるが、喜んで力を貸してくれるのだという。特に自分の周りに長く同じ精霊がとどまってくれている場合だとそれが顕著になる。
つまり、より強い魔法を少ない甘味で放つにはお菓子の自作が好ましいということ。作れないのであれば無理をする必要はないけれど、少ない手持ちのお金で甘味をやりくりするには、対価を自作するのがよいだろう。
円卓で教わったことをさっそく実行するつもり……だったのだけれど、作りながら疑問が浮かんだ。
それは、誰かと合作の場合はどうなるのか、ということ。
既製品、合作、自作の順番で精霊により強く好まれるのか。あるいは、合作と自作はどちらも同じくらいなのか。
すでにスワンたちが試しているかもしれないし、考えればわたしが加工した飴細工だって、わたし一人の料理とは言い難い。つまりは合作。とはいえ、両者を検討してみるのは意外と面白いかもしれない。
アヴァロン王子殿下とフィナンが協力しているこの甘味がどのような扱いになるのか、どれほどの意味を持つのか。
場合によっては、わたしが少し手を出すだけで後はフィナンが作るだけでも、十分に有用かもしれない。
……つまりは、費用対効果に優れるということ。まあ、フィナンに面倒ごとを押し付けているだけであるような気がしなくもないけれど。
「……楽しそうだな」
魔法のことを考えていたからか、自然と口端が吊り上がっていた。
それを見咎められた――というと少しおかしいかもしれないけれど――アヴァロン王子殿下に見られた。
自然と口を引き結び、けれど楽しいという気持ち自体は消えてなくならなかった。
怨敵と呼ぶに等しい相手が一緒であっても、それが魔法に関係するのであれば天秤は後者に傾く。
つくづく、わたしという人間の中では魔法がどれだけ大きな割合を占めているのかと考えさせられる。
そんな魔法の使用を禁じてくるのだから、やっぱり王族なんてろくでもないし、王子殿下の妃なんていう立場には百害あって一利なし。
……フィナンをいじめ、わたしを嘲っていた彼女たちと立場を交換できていたらどれだけよかったか。
「面白いですから。料理を作っている感触ではありませんし……魔法実験、とでもいえばいいのでしょうかね」
お湯を入れて練り混ぜているコラーゲンスライムはすでにゲル化し、かき混ぜるヘラはひどく重い。それをぐりぐりと練るのは力が要るけれど、この工程が触感に大きくかかわってくるから大事なのだ。
……魔女の円卓の時といい、今回といい、なんか毎回こうして腕がだるくなるまでかき混ぜている。
わたしは、実は被虐趣味だった? こう、苦労したくて仕方がない、みたいな……なんか、考えるだけドツボにはまりそうだ。
だって、魔法の実験だと思えば頬が緩みそうになって仕方がなくて、それはつまり、この苦行だってあまり苦行とは感じていないということ……ああもう、やめやめ。
それよりも、料理になると途端に不器用を発揮し始めた王子殿下を内心で嘲っておこう。こんなチャンス、ほとんどないだろうし。
……一体わたしはどうしてアヴァロン王子殿下と一緒に料理なんてしているのだろうか。
いや、わかっている。流れに加えて、殿下が拒否しなかったからだと。
拒否、してくれればよかったのに。フィナンと二人きりでの料理は、きっと今よりもずっと楽しかった。
まあ、これはこれで、殿下のことを笑える黒い自分の心が満たされるから悪くはない。
そんなことを考えながら、生地をまとめる。
しっかりと練ったら半分を別の器に移し、殿下が計量してふるいにかけた小麦粉と砂糖、各種隠し味を加える。
片方は空気を混ぜ込むように大きくかき混ぜ、もう一方はボウルのふちにこすりつけるように押して空気を抜く。
気分はマカロナージュ。なんだかパティシエになったような気持ちになる。
……作っているのは、スライムゲル入りのなんちゃってお菓子なのだけれど。
「楽しそうですね」
殿下に引き続き、フィナンもまた手を止めてわたしをじっと見てくる。そのまなざしは、気のせいだろうか、我が子の成長を見届ける母親のそれに思える。
殿下もフィナンも、そんなにわたしが普段楽しくなさそうだといいたいのだろうか。
……あながち間違っていない。というか大体あっている。
だって、王城での生活は、より正確には王子妃としての生活は窮屈で仕方がないから。
本当に、どれだけわたしの生活を縛れば気が済むというのか。
今からでも暴れて、王城の中心で魔法を放ちたい。こう、王城を砕くレベルで。
……権威の象徴であるお城が崩れて、魔法が王国の歴史に爪痕を刻む。
確かに楽しそうだけれど、その場合、わたしの末路は大罪人で、一族郎党処刑なのだろう。
はぁ、人生とはどうしてこうもままならないのだろう。したいことは禁止され、したくないことで雁字搦めにされる。
考えながらも手は止まらず、気づけば生地はすっかり完成していた。
ボウルの中には、丸くまとまった生地がある。
「それにしても手慣れたものだな」
「多少は料理はしますから」
なんて、わたしの料理のレパートリーのほとんどは野営で食べるような粗野なものだ。
素材をそのまま焼けばいい。火が通っていればいい。あと、塩がきいていれば言うことはない、といった感じ。
それでも多少は薬を作った経験があって、そのおかげで手の動きに慣れが見えるのかもしれない。
まあ、ここで薬を作る腕を生かしているなんて言えば、フィナンから化け物でも見るような眼を向けられるかもしれない。
フィナンの頭の中では、調薬と調理は別次元にあるらしい。似たような響きの言葉だし、香草とか、紅茶の抽出とか、両者にまたがって存在する素材とか手法があるにも関わらず、だ。
まあわたし個人としても、調剤の腕を生かして作製したフレッシュ・ボールです、という触れ込みの品を好き好んで食べたいとは思えない。薬草臭いか、あるいは恐ろしいほどの劇物が中に入っていそうだ。
おのれ、フレッシュ・ボール。
……つまりは製作物の選択ミスということなのかもしれない。
一つは魔女の円卓のことを教えてくれたハンナの、ぎっくり腰へのお見舞いの品を作ること。
魔女の円卓という素晴らしい交流の場を教えてくれて以来、わたしはまだハンナに顔を見せに行っていない。さすがにこれでは不義理だし、次に円卓でどんな顔をしてハンナに会えばいいかわからない。
だからお見舞いという名目でお礼をしに行くのだ。
そしてもう一つの理由が、飴細工とは異なる自作の甘味を用意すること。
精霊は魔法使いが自ら作ったものの方を捧げるが、喜んで力を貸してくれるのだという。特に自分の周りに長く同じ精霊がとどまってくれている場合だとそれが顕著になる。
つまり、より強い魔法を少ない甘味で放つにはお菓子の自作が好ましいということ。作れないのであれば無理をする必要はないけれど、少ない手持ちのお金で甘味をやりくりするには、対価を自作するのがよいだろう。
円卓で教わったことをさっそく実行するつもり……だったのだけれど、作りながら疑問が浮かんだ。
それは、誰かと合作の場合はどうなるのか、ということ。
既製品、合作、自作の順番で精霊により強く好まれるのか。あるいは、合作と自作はどちらも同じくらいなのか。
すでにスワンたちが試しているかもしれないし、考えればわたしが加工した飴細工だって、わたし一人の料理とは言い難い。つまりは合作。とはいえ、両者を検討してみるのは意外と面白いかもしれない。
アヴァロン王子殿下とフィナンが協力しているこの甘味がどのような扱いになるのか、どれほどの意味を持つのか。
場合によっては、わたしが少し手を出すだけで後はフィナンが作るだけでも、十分に有用かもしれない。
……つまりは、費用対効果に優れるということ。まあ、フィナンに面倒ごとを押し付けているだけであるような気がしなくもないけれど。
「……楽しそうだな」
魔法のことを考えていたからか、自然と口端が吊り上がっていた。
それを見咎められた――というと少しおかしいかもしれないけれど――アヴァロン王子殿下に見られた。
自然と口を引き結び、けれど楽しいという気持ち自体は消えてなくならなかった。
怨敵と呼ぶに等しい相手が一緒であっても、それが魔法に関係するのであれば天秤は後者に傾く。
つくづく、わたしという人間の中では魔法がどれだけ大きな割合を占めているのかと考えさせられる。
そんな魔法の使用を禁じてくるのだから、やっぱり王族なんてろくでもないし、王子殿下の妃なんていう立場には百害あって一利なし。
……フィナンをいじめ、わたしを嘲っていた彼女たちと立場を交換できていたらどれだけよかったか。
「面白いですから。料理を作っている感触ではありませんし……魔法実験、とでもいえばいいのでしょうかね」
お湯を入れて練り混ぜているコラーゲンスライムはすでにゲル化し、かき混ぜるヘラはひどく重い。それをぐりぐりと練るのは力が要るけれど、この工程が触感に大きくかかわってくるから大事なのだ。
……魔女の円卓の時といい、今回といい、なんか毎回こうして腕がだるくなるまでかき混ぜている。
わたしは、実は被虐趣味だった? こう、苦労したくて仕方がない、みたいな……なんか、考えるだけドツボにはまりそうだ。
だって、魔法の実験だと思えば頬が緩みそうになって仕方がなくて、それはつまり、この苦行だってあまり苦行とは感じていないということ……ああもう、やめやめ。
それよりも、料理になると途端に不器用を発揮し始めた王子殿下を内心で嘲っておこう。こんなチャンス、ほとんどないだろうし。
……一体わたしはどうしてアヴァロン王子殿下と一緒に料理なんてしているのだろうか。
いや、わかっている。流れに加えて、殿下が拒否しなかったからだと。
拒否、してくれればよかったのに。フィナンと二人きりでの料理は、きっと今よりもずっと楽しかった。
まあ、これはこれで、殿下のことを笑える黒い自分の心が満たされるから悪くはない。
そんなことを考えながら、生地をまとめる。
しっかりと練ったら半分を別の器に移し、殿下が計量してふるいにかけた小麦粉と砂糖、各種隠し味を加える。
片方は空気を混ぜ込むように大きくかき混ぜ、もう一方はボウルのふちにこすりつけるように押して空気を抜く。
気分はマカロナージュ。なんだかパティシエになったような気持ちになる。
……作っているのは、スライムゲル入りのなんちゃってお菓子なのだけれど。
「楽しそうですね」
殿下に引き続き、フィナンもまた手を止めてわたしをじっと見てくる。そのまなざしは、気のせいだろうか、我が子の成長を見届ける母親のそれに思える。
殿下もフィナンも、そんなにわたしが普段楽しくなさそうだといいたいのだろうか。
……あながち間違っていない。というか大体あっている。
だって、王城での生活は、より正確には王子妃としての生活は窮屈で仕方がないから。
本当に、どれだけわたしの生活を縛れば気が済むというのか。
今からでも暴れて、王城の中心で魔法を放ちたい。こう、王城を砕くレベルで。
……権威の象徴であるお城が崩れて、魔法が王国の歴史に爪痕を刻む。
確かに楽しそうだけれど、その場合、わたしの末路は大罪人で、一族郎党処刑なのだろう。
はぁ、人生とはどうしてこうもままならないのだろう。したいことは禁止され、したくないことで雁字搦めにされる。
考えながらも手は止まらず、気づけば生地はすっかり完成していた。
ボウルの中には、丸くまとまった生地がある。
「それにしても手慣れたものだな」
「多少は料理はしますから」
なんて、わたしの料理のレパートリーのほとんどは野営で食べるような粗野なものだ。
素材をそのまま焼けばいい。火が通っていればいい。あと、塩がきいていれば言うことはない、といった感じ。
それでも多少は薬を作った経験があって、そのおかげで手の動きに慣れが見えるのかもしれない。
まあ、ここで薬を作る腕を生かしているなんて言えば、フィナンから化け物でも見るような眼を向けられるかもしれない。
フィナンの頭の中では、調薬と調理は別次元にあるらしい。似たような響きの言葉だし、香草とか、紅茶の抽出とか、両者にまたがって存在する素材とか手法があるにも関わらず、だ。
まあわたし個人としても、調剤の腕を生かして作製したフレッシュ・ボールです、という触れ込みの品を好き好んで食べたいとは思えない。薬草臭いか、あるいは恐ろしいほどの劇物が中に入っていそうだ。
おのれ、フレッシュ・ボール。
……つまりは製作物の選択ミスということなのかもしれない。
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